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バンバンバザール live at まとい亭

 4月14日(土)、千葉市の「くつろぎ処 まとい亭」というカフェエで、世紀の楽団バンバンバザールがライブを行った。JR千葉駅から、より人気(ひとけ)の無い方、無い方へ徒歩5分の所にある「まとい亭」という店は、そばでラジオが甘い歌を優しく歌ってたがお茶とお菓子を前にして一言もしゃべらぬカップルがただ黙って向き合っているような、シャイで素朴であたたかい、小さな喫茶店だ。

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ライブ前の待合室でアメリカに思いを馳せる福島康之

 ライブをやるのはその喫茶店、初の試みだという。普段は数席のテーブル席があるだけの、立ち見も含めて40人ほどしか入らない、こぢんまりとしたスペースに設けられたステージに、まずはオープニングアクトとして、「四人楽団マイナス・イザワイルド・アット・ハート」が登場。四街道で生まれたアリョーシャ・カラマーゾフ、といった風情のボーカル&ヤイリギター、アポロの如き肉体で江頭2:50然とした動きをするフェンダー・ジャズベース、「ごめんなさい」が口癖の少女のような優男カホーンの3人(4人目のギブソンES-335、イザワイルド・マグノリアスはギターをもっと泥臭くせんと米国シリコンバレーで修行中のため欠席とのこと)。そんな彼等が、ジャイブ・トークとは最も遠いたどたどしい前説、正直素人感がまだ拭えない歌と演奏で、ステージを温めた。歌は未熟だし曲もあか抜けないが、バンバンバザールの前座という、神をも恐れぬ愚行とも言われかねない役割を、純粋にストレートにこなしたのは立派だ。もしかしたら大化けするやも知れぬ、とは思わないが、好きなことを続けるがいい。そのうち自信と実力は雪が積もるように静かにそっとついてくるのではないか。

 そして真打ち登場、バンバンバザール。空気を読むのが抜群にうまいバンバンバザールは、その「まとい亭」でしか出来ないライブを作り上げていった。口上10分・曲4分のセットで、全2部+アンコール。愛と笑いと音楽は、こちらの笑顔が追いつかない速度で、疾走した。千葉の片田舎の小さな喫茶店でのそれはまさにプライベートライブといった趣で、かといって演奏がぬるくなるのではない、実に濃密な空間がそこに出来上がった。
 アンコールでは、アコギのピックアップをはぎ取り、マイクをどけ、前代未聞、奇跡の完全アクースティック・ライブを繰り広げたのだった。

以下、超レアなセットリスト

【第1部】
●SWEET SUE
●彼女待ってただけなのさ
●10ドルの恋(憂歌団)

●カカオ ! カカオ ! カカオ !
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

卒業写真(荒井由実)※サビのみ
卒業(斉藤由貴)※サビのみ
贈る言葉(海援隊)※サビのみ
●さくら(森山直太朗)※サビのみ
●今日の日はさようなら(森山良子)※サビのみ

ラップに挑戦したがトーキングブルースどまり、あるいはラップ調フォーク
●ハミーゴ ! NO アミーゴ !!
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

リストラされたおやじが、ゴールデンウィークで休めると喜んでたのにどっちにしろ休みじゃねえか、という歌
●Lonesome G.W. Blues
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

千葉出身の洋楽アーティスト八馬くん(ハッチ・ハッチェル)の曲に日本語詩をつけたという
●Sunday Dog Sunset
(6月1日発売予定の新アルバム『One Day, One Month, One Year ! with Ban Ban Bazar』より)

デカ犬・富士丸の日常を追った人気プログの作者からFAXで依頼を受け作ったという
富士丸チャチャチャ ※さわりだけ

エリックさん特集
チェンジ・ザ・ワールド ※さわりだけ
ワンダフル・トゥナイト ※さわりだけ
ティアーズ・イン・ヘヴン ※さわりだけ
レイラ(デレク&ザ・ドミノズ version) ※さわりだけ
レイラ(エリック・アンプラグド version) ※さわりだけ
富やんのツラと姿勢、そしてアウトロも秀逸な
レイラ(バンバンオリジナル・カントリー version)

【第2部】
●When You're Smilin'(君微笑めば)
●ニューオリンズにて
●ハッとして!GOOD
●恋はねずみ色
●ドライフルーツ・オブ・サマー
海の見える街(魔女の宅急便より)

前座を務めた四人楽団のカホーニスト、カーツ・マッタートニーによる厨房からのリクエスト
●4時間座っていたけれど

●マリアッチ
featuring テキーラ!マルガリータ!トルティーヤ!ハラペーニョ!ナチョスチップス!タコース!タコライース!コロナビーア!ハラペーニョ!ハバネーロ!ミル・マスカラース!ドスカラース!チャボ・ゲレーロ!エディ・ゲレーロ!ルチャ・リブレ!グラン浜田!ペネロペ・クルース!アントニオ・バンデラス!ジェニファー・ロペス!グロリア・エステファンカルロス・サンタナ!マルカーノ!マラドーナカカペレフジモリ大統ー領、フジモリ大統ー領!エル・プレジテンテ!アニータ・アルバラード!、アニータさん、青森住宅供給公社、千田容疑者、消えた14億円、アニータの豪邸、山形刑務所、突然の来日、あの人を愛しているのはわたしだけ

●夏だったのかなあ
●FRIDAY NIGHT エビフライ
●明るい表通りで

【アンコール(完全アクースティック)】
●家庭教師2003
●9月の小雨
見上げてごらん夜の星を(坂本九)
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写真提供:杏中里奈(映画批評家)

by ichiro_ishikawa | 2007-04-21 05:33 | 音楽 | Comments(5)  

春なのに、号泣

 小林秀雄と池田晶子の新刊を土日に読むつもりで買ったが、鞄の中から「おい、きさま、早く読め」とせっつかれた気がしたので、読みほした。

 小林秀雄は、その玉言が全集の中から年代順に抜粋されてまとめられていた。この抜粋という作業、本ブログでもたびたび行なっていて、その度に感じていたのだが、小林秀雄を抜粋しようとすると、どうしても1文や2文で足りず、段落丸ごと、いやその文章全体を抜粋せざるを得なくなる。もっと言えば、全ての文を抜粋ざるを得なくなる。そうなるともはや抜粋ではなく、全集全文書き取りとなる。
 本書でも、文壇デビュー作「様々なる意匠」など、いっそ全文載せちまえよと思うほど抜粋し過ぎで、逆に訳が分からなくなっている。
 小林秀雄の本はどのページを繰っても、金言に満ちているが、彼ほど金言集を編みづらい人は無い。全部金言というのも考えものだ。例えば、ビートルズの音楽はどれもものすげえ音に満ちているが、それを例えば珠玉のフレーズ毎に切って、1枚のCDに全100本詰め込んだとしても、何か違うだろう。1つ1つはもちろん光り輝いているが、とはいえ、何か違うだろう(ストーンズなら成立する)。本書では、まさにそういうことが起こってしまっている。というわけで、この本はこれから小林秀雄の本編に向うかもしれない人へのサンプル集、もしくは目次、みたいなものだ。これだけで完結するものでは全くない。とはいえ、ひとつひとつが、ものすごく、とんでもないことには変わりはない。本当にすげえ。

 池田晶子は、死の直前まで筆を執っていた「週刊新潮」での連載「人間自身」をまとめた完結編。と思っていたが、雑誌「BRUTUS」と「ランティエ。」に載ったものも含まれていて、それらは初見だった。死後、新たなものが読めるとは! と喜ぷ中、驚きの文章を発見した。
 表題「小林秀雄 様」。以前から彼女の著作中に小林秀雄はよく登場するし、「小林秀雄への手紙」というズバリの著作もあるし、そして「新・考えるヒント」を上梓したぐらい、池田晶子は小林秀雄だが、もう一作あったとは。ラブレターが。
「僭越ながら、私、貴方のお仕事を継ぐ唯一正当の嫡子と、自認しております。きっとお認めくださることと、これまた僭越にも自認しております」
「いつか、貴方を唸らせるような、凄い作品をものしてみせます」

 「ランティエ。」なる雑誌の今年の2月号に掲載されていた。これは、小林秀雄が文壇のやつらに言い放った「てめえらとは覚悟が違う」という言葉を受けての、同じ覚悟の違いを見せつけた所信表明にして、小林秀雄へ宛てた遺書ではないか! 
 要するに、我々に突きつけられた事実は、今、小林秀雄の仕事を継ぐ者はいない。そして、小林秀雄を唸らせるような凄い作品も、もう出ない、ということだ。と思うと、悲しみというか無念さが心に充満したが、池田晶子の全著作、これがすでに小林秀雄も唸るものだ。

 この新作は、晩年(と言えてしまうとは!)の著作群だからか分からぬが、眼光の鋭さはそのままに、何と言うか、肩の力が抜けた筆致で、小林秀雄の「考えるヒント」を彷彿とさせるものがある。個人的に気に入ってるものは、前述の「小林秀雄 様」と、以前も雑誌連載時に本ブログで書いたが、実父の死に際した「ご苦労さまでした」と、生前最後の著作と思われる「墓碑銘」。「ご苦労さまでした」は、嗚咽もしくは号泣してしまうから、間違っても電車の中などでは読んでいけない。

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by ichiro_ishikawa | 2007-04-20 03:05 | 文学 | Comments(2)  

最高の春、到来


 小林秀雄と池田晶子の新刊が同時期に発売になると、著者の写真入りで新聞に広告が出ていた。両者とも、いかにも考える人、本質をズバッと射抜く人らしい、凛々しい、ロックな顔をしている。
 小林秀雄は、全集を出している新潮社の編集部が編ということで、どう編してくるのか楽しみだが、タイトルの「人生の鍛錬」というのはいただけない。単に「小林秀雄の言葉」でいい。池田晶子の方は、週刊新潮連載「人間自身」をまとめた完結編。と、いずれも既読のものだが、この2人に限っては、何編も何遍も再読を重ねてなんぼなので、構わない。
 2人とももうこの世にはいない。1人は気づいたら死んでいたが、1人はこの間までいた。言葉、考えの不滅を思いながら、土日は、読書に費やさざるを得ない。

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by ichiro_ishikawa | 2007-04-19 00:03 | 文学 | Comments(0)  

「クイズ・えらいひとの心中」第3回の答え


(前略)
 言葉は、先ず似せ易い意があって、生まれたのではない。誰が悲しみを先ず理解してから泣くだろう。先ず動作としての言葉が現れたのである。動作は各人に固有なものであり、似せ難い絶対的な姿を持っている。生活するとは、人々がこの似せ難い動作を、知らず識らずのうちに幾度となく繰り返すことだ。その結果、そこから似せ易い意が発生するに至った。これは極めて考え易い道理だ。実際、子供はそういう経験から言葉を得ている。言葉に習熟して了った大人が、この事実に迂闊になるだけだ。言葉は変わるが、子供によって繰り返されている言葉の出来上がり方は変わりはしない。子供は意によって言葉を得やしない。真似によって言葉を得る。この法則に揺らぎはない。大人が外国語を学ぼうとして、なかなかこれを身につける事が出来ないのは、意から言葉に達しようとするからだ。言うまでもなく、子供の方法は逆である。子供にとって、外国語とは、日本語と同じ意味を持った異なった記号ではない。英語とは見た事も聞いた事もない英国人の動作である。これに近附く為には、これに似せた動作を自ら行なうより他はない。まさしく習熟する唯一のやり方である。
 (中略)
 例えば、「お早う」という言葉を、大人風に理解して誰が成功するか。「お早う」という言葉は平和を意味するのか、それとも習慣を意味するのか、それとも、という具合で切りがあるまい。その意味を求めれば切りがない言葉とは即ち一つの謎ではないか。即ち一つの絶対的な動作の姿ではないか。従って、「お早う」という言葉の意味を完全に理解したいと思うなら、(理解という言葉を、この場合も使いたいと思うなら)「お早う」に対し、「お早う」と応ずるより他に道はないと気附くだろう。その点で、言葉にはすべて歴史の重みがかかっている。或る特殊な歴史生活が流した汗の目方がかかっている。昔の人は、言霊の説を信じていた。有効な実際行為と固く結ばれた言葉しか知らなかった人々には、これほど合理的な言語学はなかった筈である。私達は大人になったから、そんな説を信じなくなった。しかし、大人になったという言葉は拙いのである。何故かというと、大人になっても、やっぱりみんな子供である、大人と子供とは、人生の二面である、と言った方が、真相に近いとも思われるからだ。これに準じて言葉にも表と裏がある。ただ知的な理解に極めてよく応ずる明るい一面の裏には、感覚的な或いは感情的な或いは行動的な極めて複雑な態度を要求している暗い一面がある。
 歌の言葉は、知的理解を容れぬものだ、そんな事なら誰でも言うが、歌が言葉の生活のうちで、どんな位置を占めているものかを反省するものは少い。歌人にも少ない。だから歌は技芸の一流に堕して了ったのだ、と宣長は言うのである。歌は詠んで意を知るものではない。歌は味わうものである。似せ難い姿に吾れも似ようと、心のうちで努める事だ。ある情からある言葉が生まれた、その働きに心のうちで従ってみようと努める事だ。

                     
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(小林秀雄「言葉」より抜粋)

by ichiro_ishikawa | 2007-04-17 09:06 | 文学 | Comments(0)  

「クイズ・えらい人の心中」第3回・本居宣長


「姿は似せがたく、意は似せやすし」
本居宣長は、歌についてこう言った(国歌八論斥非再評の評)。
世に言われる普通の意見とは逆のようで、一般には、上っ面をなぞるのは容易いが、その心までは真似しがたいと言うところだろう。
このときの宣長の心中を慮(おもんぱか)りなさい。

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by ichiro_ishikawa | 2007-04-13 12:27 | 文学 | Comments(2)  

俺とディラン

他のすべてを忘れて、キーツやメルヴィルを読んだり、
ウッディ・ガスリーやロバート・ジョンソンを
聴いた方がいい。(ボブ・ディラン)

ボブ・ディランがやっとわかった。
ディランは天才詩人なのだった。

何を今更と訝る向きもあろうが、はたして本当に今更か。

まず天才というのは、詩人にかかる形容ではない。
詩人だが、詩才が特に凄いわけではない。
いや凄いは凄いが、モリッシーやマイケル・スタイプの方がよほど凄い。
つまり、天才で、詩人なのだ、ディランは。

ディランは詩に重きを置くミュージシャンではない。
ずば抜けて歌とギターがうまい詩人なのだ。
実は、歌わなくても、ギターが無くてもいい。本人にとっては。
瞬間的にキラッと輝くが、とりたててアレンジもフックも無い単調な音楽で、
これといった抑揚も無く、8番ぐらいまで歌うディラン。
それは詩こそがすべてだからだ。

天才は、歌とギターと作曲にある。
ディランはすべて直感で創造している。
知的なアーティストというのが、そも誤解であった。
インテリではない。むしろバカなのやもしれぬ。
あれら諸作はすべて思いつきなのだった。鼻歌がそのまま名曲になっちまうのだった。
コンセプトなどない。ジャケットなども適当だ。

そのようにディランを思うと、
すっとディランが己が脳髄だが心だかになじんで来るのが感じられた。

地味で朴訥としてシンプルで、きらびやかなメロディも何の抑揚もない音楽だのに、ぐわっとハートをわしづかみにするとてつもない旋律。何の変哲も無いただのストロークだのに、ざらざらと疾走していくギター、しゃがれた汚いダミ声なのに、きらきらと美しいボーカル。それは戦前の黒人ブルースマンの身も蓋もない直截性、アメリカン・ルーツ・ミュージックの生の肌触りを彷彿とさせるばかりではなく、今にも何処かに駆け出していきそうな性急さと、どこにも行けないという焦燥が混ぜこぜになった、これぞロックという輝きがあるのである。ビートルズやコステロのようなメロディー・メイカーとは確実に違う種類の、作曲家、ギタリスト、そしてシンガーとしての恐るべき才能に、ディランは溢れている。

というわけで、ディラン名曲名演、ベスト5。

13.
Desolation Row
Recorded Aug 2, 1965
from Highway 61 Revisited ; Released Aug 30, 1965

c0005419_216212.jpg『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』から始まるロック化3部作の第2弾『追憶のハイウェイ61』のラストを飾る名曲。10番まである大作だ。邦題は「廃墟の街」。ニョーヨークの街を走るタクシーの中で書いたという。ディランの詩、ボーカルとハーモニカ、どれもすさまじく、リリカル。さらに特筆すべきは、マイク・ブルームフィールドのギターだ。当時ポール・バタフィールド・ブルース・バンドの一員だったブルームフィールドは、このアルバムで大活躍を見せるが、ディランから誘われたツアーへの参加は固辞。「みんな大スターになるんだろうな。でも僕はただブルースをやりたいだけなんだよ……」と言い残して去ったという。ブルームフィールドについてはこのサイトに詳しい。


12.
Love Minus Zero/No Limit
Recorded Jan 14, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgロック化3部作の第1弾『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』収録。これまで言わば「一元的な」歌を歌ってきたが、今回は「三次元的な」ものにしようと思い、象徴的な表現も多く使って多層的な歌を書いたとは、本人の弁。美しく切ない珠玉のラブ・ソングだ。



11.
Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again
Recorded Feb 16, 1966
from Blonde on Blonde ; Released May 16, 1966

c0005419_2141886.jpgロック化3部作の第3弾にして、ロック史上初の2枚組アルバムにして、名盤中の名盤と名高い『ブロンド・オン・ブロンド』収録。このジャケットのディランの髪形に誰もが憧れたが、日本人には無理だった。1-6-4-5のコード進行の中、1のCsus4、5のG 11thが効いたすげえナンバー。ひとつのパターンを繰り返すだけのギター、ボーカルがとんでもない。


10.
Mr. Tambourine Man
Recorded Jan 15, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgバーズによるカバー・ヴァージョンの方が有名な傑作。天然のディランは、バーズのカバーを聴いて、「お、きゃつらもいい曲作るな」と言ったとか言わなかったとか。


9.
One of Us Must Know (Sooner or Later)
Recorded Jan 25, 1966
from Blonde on Blonde ; Released May 16, 1966

c0005419_2141886.jpgバックはザ・バンド(当時はホークス/ドラムは、ミッキー・ジョーンズ)。


8.
It's All Over Now, Baby Blue
Recorded Jan 15, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgアクースティック・ギターとハーモニカによる弾き語りに、アクセントでさりげなく入るエレクトリック・ギターがいい。とてつもないハーモニカを聴かせるブートレグvol.4『ライブ・アット・ロイヤル・アルバートホール(Live 1966)』(実際はマンチェスターのフリー・トレード・ホールの公演)でのバージョンもいい。


7.
All Along the Watchtower...
Recorded Nov 6, 1967
from John Wesley Harding ; Released Dec 27, 1967

c0005419_216515.jpgジミ・ヘンドリックスによるカバー・ヴァージョンも有名な傑作。ジミヘンのカバーを聴いて、「お、奴もいい曲作るな」と言ったとか言わなかったとか。前述の「タンブリンマン」といい、いずれもカバーの方がいいのだが、とすると、ディランは名デモ・テープ家ともいえる。ザ・バンドとの共演アルバム『Before The Flood』でのバージョンは、ロビー・ロバートソンの疾駆ギター、リヴォン・ヘルムの踊るドラミングが素晴らしい。


6.
Blowin' In The Wind
Recorded: Jul 9, 1963
from The Freewheelin' Bob Dylan ; Released: May 27, 1963

c0005419_2155926.jpgシンプル・イズ・ベストの代表的名曲。これだけで一生食える。「答えは風の中」というサビのフレーズも、そんな大したフレーズではないが、ゴロがいいのが何より。「Yes'n〜」というのは、「そう、で」と訳すといい。前述したザ・バンドとの共演アルバム『Before The Flood』でのアップ・バージョンも秀逸。


5.
Subterranean Homesick Blues
Recorded Jan 14, 1965
from Bringing It All Back Home ; Released March 22, 1965

c0005419_2152255.jpgビデオクリップも秀逸な元祖ラップ。


4.
Hurricane
Recorded Oct 24, 1975
from Desire ; Released Jan 16, 1976

c0005419_2134752.jpgディラン一流のパンク・ロック。ニューヨーク・パンク、ピストルズが爆発する直前に、ローリング・サンダー・レビューと並行して、ディランはこのパンクを放っている。8分34秒、11連の詩からなる大作で、最初は、1975年11月にシングルのA面 、B面に分けてリリースされた。ディランの鬼気迫る叩きつけるようなボーカル、かき鳴らすギター、これまた攻撃的なスカーレット・リヴェラの飛び交うバイオリン。1966年6月17日に起こった殺人事件の容疑者として逮捕された、黒人プロボクサーのルービン・ハリケーン・カーターの冤罪を主張した歌だ。アコースティックギターのカッティングではじまり、リズムセクションが加わり、ジプシー・ヴァイオリンの哀調を帯びたメロディーが絡んでくるといよいよこれはただ事ではなくなる。


3.
Tangled Up In Blue
Recorded Dec 30, 1974
from Blood on the Tracks ; released Jan 20, 1975

c0005419_2145629.jpg邦題「ブルーにこんがらがって」は名訳。シンプルな力強さに満ちている。


2.
Like a Rolling Stone
Recorded Jun 16, 1965
from Highway 61 Revisited ; Released Aug 30, 1965

c0005419_216212.jpgアル・クーパーの偶然のオルガンが、何か素晴らしいことが起こるという胸騒ぎを掻き立てる。C-D-E-F-Gというだんだんと上がっていくコード展開も、高揚感を誘う。「Rollin' Stone」という言葉は、マディ・ウォーターズの曲が初出のようだが、それを拝借してバンド名に冠したストーンズ、そしてこのボブ・ディラン、さらにカウンター・カルチャー誌として出発したヤン・ウェナーの雑誌のタイトルとなり、もはやロックの代名詞となったが、この曲ではむしろ「How Does It Feel ?」の方が重要だ。マーティン・スコセッシは、この曲が爆発する瞬間をハイライトにした長尺ドキュメンタリー『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』を2005年に作った。


1.
I Want You
Recorded Mar 9, 1966
from Blonde on Blonde ; Released May 16, 1966

c0005419_2141886.jpg1-3-6-5-1の黄金のコード進行でギターリフが展開していくポップチューン。だがそんなコード進行を意に介さないボーカルライン。この組み合わせが単なるポップソングに括られない、ロックの輝きを放つ。「傷つけたりけなしたりすることでなく、勇気の出るようなことを言ってくれ」というディランらしく、不穏なボーカルながら音楽全体がキラキラしていて素晴らしい。

by ichiro_ishikawa | 2007-04-11 02:21 | 音楽 | Comments(0)  

悲劇の誕生

 このブログでは日々の出来事、日記の類は極力書かないように意識していたが、今回ばかりはそのようなものを綴っていかざるを得ない。

 ひとつの悲劇(これを悲劇と呼ばず何と言おう)が降り掛かった。被害者面をするのは簡単だが、悲劇のヒーローなんて今日び犬も食わぬ。それにそこにいつまでも浸かっていては、これから生きていく上で支障を来すし、何よりもまず、今まさにこの瞬間、どちらの足から歩み出すかを決めなければならないではないか。地球は回る。
 とりあえず今はもう、その悲しみの正体を論理的に突き詰め、対象化し、葬り去った。苦しい事など人に語るな、ドブに捨てちまったら一生だんまり決めろと、いつか誰かが言っていたように、その辺の感傷的な部分は書かない。ただ善後策を並べていこうと思う。

1. 原則としてiTunesはメインの再生機器としてではなく、iPodのベースメントとして使うにとどめる。
2. 1に伴い、メーンの再生機器を購入する。普通のCDプレーヤーにするか、HD内蔵のものにするかなどは、今後、中長期的視野に立った思案を必要とする。
3. 共有サイトやレンタルCDなどからデータとしてのみ落としたものは、その場その場でCD-Rに焼いておく。水泡に帰したデータ、金、時間のことは忘れる。

 とはいえ、こつこつとストックした2万曲を、ジャンル別、アーティスト別、年代別、作曲者別などで一瞬でソートし、1クリックで次々と聴きたい曲を聴きまくる、あるいは様々な状況別に聴きたい曲を編集したオリジナルプレイリスト(昔で言うオムニバスカセット)で自分だけのDJプレイを楽しむ、ボブ・ディラン全アルバムの中から1クリックで曲を選びながら、全詩集を片手に、ギターとハーモニカを持って、iTunesの画面を見ながら歌う、そうしたことがもはや出来ないという現実に、うまく適応できるものだろうか。スイッチ一つで電気がつく生活からろうそく暮らしに戻れるものだろうか、携帯電話から固定黒電話に戻れるものだろうか。そして何よりも、ここ1〜2年、土日のほぼ毎日を駆使してiTunesと向き合い続けたその時間をどうしてくれよう。HDの寿命が1年なんて初耳だった。I・O DATA並びにヨドバシ、なぜ告げてくれなかったか…。
 もうやめる。形あるものは全て消滅するという世の通例が普段通り行なわれたに過ぎず、俺は、意識的にか無意識的にか、その通例を少し見失っていただけだ。泣き言は言うまい。乱読・多読はもはや出来ないが、高校生のあの時のように、1枚1枚、ターンテーブルに乗せ、一曲一曲を噛み締めて、じっくり聴いていこう。
 さらばiTunes! こんにちはレコードプレーヤー! 今まで蔑ろにしてすまなんだ…。お前は、いつも、そこにいた。やっぱり信用できるのはお前だけだ。

by ichiro_ishikawa | 2007-04-08 23:10 | 日々の泡 | Comments(3)  

新連載・意外とすべらない話

 学問の欲求は昔からずっと人間の本能だった。本能でなくなったのは現代ぐらいで、今日は義務教育だし、黙っていても周りが教えてくれる。江戸時代までは違った。自ら学ぼうとしなければ誰も教えてくれない。

 江戸時代、私塾が流行った。生徒はもっぱら町人だった。当時の町人というと、武士や農民と違い裕福だったから、あらゆる遊びはやった。やり尽くした。ただ、学問だけはやった事が無かった。学問というのは、いかに生きるべきかを問う事だから、人生の根本問題だ。面白くてしようがない。ばくちや女遊びなんかの比じゃない、というわけで、京都に伊藤仁斎という学問を教える人が現われたとなれば、千里を遠しとせず通い、月謝もバンバン払った。

 その江戸時代初期の考える人、伊藤仁斎が、ある弟子が死んだとき、その死を悼み、珍しく弟子の事を日記にしたためた。
 その弟子は、どこかの辺鄙な村の百姓で、金がないから豆ばかり食っていた。学問を学べるとなれば食うものなぞ豆でよかった。熱心に通い学び続け、家に帰ると、学んだ事を反芻しては、「あ、間違ってた!」と手を叩き、「あ、間違ってた!」と手を叩き、と独りでずっとやっている。
 仕舞に、「あいつは気違いになった」と、村で評判になった。ついには村長が遺言で、「学問をすると気違いになるので絶対にしてはならぬ」と残した。
 だが10年後、その弟子は、村でだんだんと頭角を現し出し、周囲から「あいつの言っている事は正しかった」と証明され始め、ついには、聖人と崇められるまでになった。
                                                (小林秀雄の講演より抜粋/オチはない)

by ichiro_ishikawa | 2007-04-04 02:03 | 文学 | Comments(0)  

これはいかにも老人だという老人

 老人になっても若々しいと、褒められる。年を取って身体が利かなくなっても気だけは若い、精神だけは若いと。それも一理あるだろうが、翻って考えると、こんなバカバカしいことはない。それじゃあ年を取った甲斐がないじゃないか。年を取れば取るほど立派な老人にどうしてならないのか。という考え方だって出来る訳だ。
 ユングが若い頃アフリカの蛮地で土人の心理の研究をしていた時に、ある日、老人に会ったのだという。これはいかにも老人だという老人に会ったのだという。人間が、赤ん坊からだんだんだんだん育って、いろいろな経験を重ね、人間全体が変わっていって、仕舞には老人になって滅びる。その人間の一生を経験してきて今死のうとしている、そういう老人。これこそ老人だという老人に、初めて出会ったのだという。
 なるほどそういうこともありますな。

 と、小林秀雄が語っているが、都知事選とかに出て来る老人はちっとも老人じゃないな。ユングが出会った、いかにもこれは老人だという老人がいたら一票入れたいが、そんな老人は横町の隠居ぐらいなんだろうか。彼にはもはや「主張」などないし、徒党を組まない質だから、およそ政治家なぞにはならないのだろう。でも、そういう人の話こそずっと聞いていたい。

by ichiro_ishikawa | 2007-04-03 01:21 | 文学 | Comments(0)