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ボノと諭吉

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 ボノが5月27日(火)、慶応義塾大学から名誉博士号を受けた。言わずもがな、慶應と言えば福沢諭吉、福沢諭吉と言えば、「学問のすゝめ」、「文明論之概略」、「福翁自伝」、そして「アメリカ独立宣言」の訳者なわけだ。俺はいずれの著書も最初の数ページしか読んでいないし、実生活においては圧倒的に野口英世の方に親しいので、福沢を語る資格もないのだが、小林秀雄が、「福沢諭吉」(1962年)、「天という言葉」(1962年)、「常識について」(1964年)で、福沢諭吉について書いていて、その3作だったら何十回と読んでいるので、かなり福沢には愛着があるのだった。
 実は、ボノきっかけで福沢の凄さを思い出し、その偉業をここに記そうと思って筆をとったのだが、執筆途中で「あ、これは結局、小林秀雄の全文書き取りだ」と賢くも見抜き、止めた。

 慶應と聞いて、すぐ思い出すのが、慶應義塾が、塾長か誰だかが言ったという次の名セリフだ。
「うちでは専門センスなぞというつまらぬものは教えない、コンモン・センスだけを教えている」

 小林はこの話を聞いて、「歴史の真理が閃くような話だと思った」、「コンモン・センスは、福沢諭吉の思想の礎石の如きものであった」と書いている(「常識について」)。コンモン・センスとは、日本で「常識」と訳された英語の原語で、塾長か誰だかのセリフは、大正の初めころに、コンモン・センスに対抗して専門センスという言葉が大いに幅を利かした事に腹を立てての言だ。

「常識について」は、「考えるヒント2」収録の大名文で、実は福沢の登場はさわりだけで、デカルト、孔子、伊藤仁斎がメインなのだが、中心はデカルト批評だ。デカルトと言えば、“人口に膾炙する事、ソクラテスの「汝自身を知れ」と並ぶ”(池田晶子)、「我思う、故に我あり」でお馴染みの「方法序説」を書いた人だが、小林に言わせれば、これはタイトルの訳がまずいらしく、「方法の話」と訳しておけばいいらしく、もっと大胆に「私のやり方」と砕いて訳した方が、もっといいとのこと。つまり、デカルトのやり方とは、常識を駆使する事なのだった。

 この、常識、つまり「中庸」という言葉は、小林秀雄の核であり、言葉は易しいが、そこには恐ろしく深いものがしみ込んでいるので、ここ数ヶ月、俺は、この「常識について」の文章をノートに抜き書きして、じっくりと注意深く眺めて、日々を過ごしているのだが、それよりも、サクセスブロッケンという、まず目の前の事を処理しなければいけない。

by ichiro_ishikawa | 2008-05-29 03:12 | 文学 | Comments(0)  

下柳、1日で5勝


 5月26日(月)、中5日の先発。現在、最強と思しき、中島・ブラゼル・G.G.佐藤・中村・ボカチカという超重量打線を持つ西武打線を完璧に押さえた不惑・下柳。同じく不惑・金本がサヨナラ・タイムリーで応えた。星は付かなかったものの、この日の投球は5勝分の価値アリ。
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by ichiro_ishikawa | 2008-05-27 23:30 | 日々の泡 | Comments(0)  

久々に引っかかったJ-POPチューン


 ル・ジャンビング・ルート10バンドのボーカル&ギターからのたれ込みで知った、アムロックこと安室奈美恵の新しい吹き込み「New Look」が、いいつけ。
 元々、声は嫌いじゃなかったが、小室の曲が全然ダメだったし、彼女がデビューしたころ、俺はとっくに大人だったので、日本の下らねえ音楽はほとんど聴いていなかった。
 とはいえ、俺も俗に生きている以上、それぞれ聞きかじってはきているので(だって勝手に流れて来るじゃないか、いい迷惑だ)、アムロックが、アイドルの常套で、その時その時の時流に乗ってスタイルをころころ変えて来たことは知っている。最近はヒップホップ、R&Bの日本解釈路線である事は薄々感づいていたし、マライアン・キャリーやビヨンセあたりを参考にしているのだろう、ぐらいの見当はついていた。
 アムロックがやれば何でもサマになるからそれはそれでいいのだけれど、参考にしている原典自体がやはりつまらないので、どうしたってサマどまりだった。
 今回の曲は、60sモータウン風ガールポップを意識したポップチューンで、まず曲がいい。そして声がいい。のち、YouTubeで検索してみたら、当時をポップにパロった踊りと振り付け、メイクとヘアースタイリスティックスもいい事が発覚。
 とにかくアムロックのロー・キーでの余裕の歌唱がいいが、サビの、最高音パートと思われる「気になるカバーガールの、よ・お・な」の、ギリギリな感じのセクシーさが特にいい。全体のキーをあげたバージョンも聴いてみたい。CDは、調子に乗るから買わない。YouTubeで充分だ。

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by ichiro_ishikawa | 2008-05-25 00:28 | 音楽 | Comments(0)  

バタバタしていた俺が悪い


 開幕から2ヶ月になるが、一回神宮で観戦しただけで、テレビ中継はまだ一度も見ていない。
おかげで新戦力の新井や平野、フォード、バルディリス、さらには、昨シーズン活躍を見せた桜井、林も実は未だ顔が分からない。ネットの文字データ観戦・新聞記事後追い派のデメリットだ。

 5月20日(火)、セパ交流試合の開幕戦、下柳が中5日で先発。3-0で迎えた7回、まだ無失点ながら、二死一二塁というピンチを招き、110球で降板。自慢の中継ぎ渡辺、ウィリアムスがことごとく打たれ、逆転負け。自身に黒星はつかなかったが、開幕から続いていた下柳先発試合のチーム連勝も7で止まった。
 ピンチとはいえまだ一二塁。しかも二死なので「ここは続投」と岡田にテレパシーを送ったが、届かなかったか、あるいは届くも却下されたのか。神と岡田のみぞ知ることだが、まあ、渡辺もウィリアムスも責めまい。こういうときはある。岡田も責めまい。定石っちゃあ定石通りに動いたともいえよう。ただやはり…と、たらればをフルに駆使して、未練タラタラで試合を反芻してみてしまうのが俺だ。
 ところが当の下柳はどうだ。

「しゃあない。それが野球。バタバタしていた俺が悪い」

 俺は下柳のこういうところにも惚れている。

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by ichiro_ishikawa | 2008-05-21 02:00 | 日々の泡 | Comments(0)  

総務部からの連絡



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 ただいま、大プロジェクト(「A計劃」)進行中につき、文学に関する文章の新UPは自粛中。しばらくは音楽と下柳に特化する。6月末、何かが起こる!

by ichiro_ishikawa | 2008-05-13 04:43 | 総務便り | Comments(3)  

吉川晃司1987-88

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いよいよアーティストへとまい進する87-88年。アイドル的テレビ的80sバブル的環境における居心地の悪さは増すばかりで、テレビ出演はさらに減り、明らかにレコードセールスも落ちていくが、ロック・ミュージシャンに転身すべく(本人曰く「素直な場所にいたい」)、88年2月の「プリティ・デート」を最後に、充電休養し、当時BOφWYを終えたばかりの布袋寅泰との190cmユニット、complex結成への準備に入る。



「MARILYNE」
作詞:吉川晃司/作曲:吉川晃司/編曲:松本晃彦
1987年03月05日発売
c0005419_1543479.jpgマリリンとは石原真理子のこと。



「終わらないSun Set」
作詞:吉川晃司/作曲:吉川晃司/編曲:松本晃彦
1987年06月05日発売
c0005419_1545232.jpg今でもよく歌う名バラッド。



「HOT LIPS」(プロモーション盤のみ)
作詞:吉川晃司/作曲:吉川晃司/編曲:清水信之
※1987年11月21日発売予定だったが急遽中止された。
c0005419_15566.jpg「ハヒフヘホをカキクケコというのがカッコいい」(極楽とんぼのラジオにゲスト出演したときの発言)と思っていたので、「ホット・リップス」も「コット・リップス」と言っている。ちなみに、結構初期から、この発語法は駆使されている。



「プリティ・デイト」
作詞:吉川晃司/作曲:村松邦男/編曲:清水信之
1988年02月03日発売
c0005419_155217.jpg最後のシングル。御大、村松邦男に曲を任せたポップ・チューン。

by ichiro_ishikawa | 2008-05-04 02:49 | 音楽 | Comments(0)  

吉川晃司1986

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吉川が最もカッコよかった西暦のひとつ、1986年。BOφWY、大沢誉志幸、岡村靖幸、アン・ルイスらロック畑の面々との交流から、グッとロックに近づいていく。作詞作曲を手掛けるようにもなり、歌番組でも奇行が目立ってくる。衣装は黒が基調になり、「ロック」がまだ認知されていなかったテレビへの出演は次第に減り、レコードセールスもグッと減っていく。


「キャンドルの瞳」
作詞:安藤秀樹/作曲:原田真二/編曲:後藤次利
1986年01月01日発売
c0005419_156017.jpg映像はアイドル映画、民川裕二3部作『テイク・イット・イージー』より。


「MODERN TIME」
詞:吉川晃司/作曲:吉川晃司/編曲:後藤次利
1986年03月21日発売
c0005419_1562850.jpg記念すべき初の自作自演シングル。ギターで布袋寅泰が参加。


「ナーバス ビーナス」(12インチ)
作詞:吉川晃司/作曲:吉川晃司/編曲:後藤次利
1986年06月21日発売
c0005419_1565396.jpg得意の12インチ第3弾。


B面「サイケデリックHIP」
作詞:吉川晃司/作曲:吉川晃司/編曲:後藤次利

超名曲。ダンスも秀逸だった。いわずもがな吉川は手がすげえ。


「すべてはこの夜に」
作詞:佐野元春/作曲:佐野元春/編曲:西平彰
1986年09月30日発売
c0005419_1571683.jpgバラッドの名曲。佐野元春がついに登場。

by ichiro_ishikawa | 2008-05-03 06:49 | 音楽 | Comments(0)  

吉川晃司1985

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84年は、けっこうガチガチでアイドル路線を踏襲していたものの、1年経った85年は、元来のとんがった部分が出てくるようになる。グラサンに原色のスーツで、派手な展開が目白押し。1年の締めは、紅白初出場でギターを燃やし、NHK出入り禁止。アイドルと決別する。




「No No サーキュレーション」(MAIN DISH -PARTY VERSION-)(12インチ)
作詞:売野雅勇/作曲:大沢誉志幸/編曲:大村雅朗
1984年12月05日発売
c0005419_1575922.jpg前年末に、当時DJ用として海外で流行していた12インチシングル(LPサイズのシングル盤)をリリース。映像は、86年夏の野外ロックフェスの模様。BOφWYをバックに従えてのステージ。



「You Gotta Chance~ダンスで夏を抱きしめて~」
作詞:麻生圭子/作曲:NOBODY/編曲:大村雅朗
1985年01月11日発売
c0005419_158838.jpg85年は、この「Tonight!」で幕を開けた。自由奔放アイドル時代へ突入する。



「にくまれそうなNEWフェイス」
作詞:安藤秀樹/作曲:NOBODY/編曲:後藤次利
1985年04月23日発売
c0005419_1582078.jpgグラサンに原色スーツ路線、第2弾。映像は年末の紅白歌合戦。



「RAIN-DANCEがきこえる」
作詞:安藤秀樹/作曲:佐藤健/編曲:後藤次利
1985年09月25日発売
c0005419_1583284.jpg映像はザベストテンの静岡からの生中継。11月には12インチシングルとしてもリリースした。

by ichiro_ishikawa | 2008-05-02 05:41 | 音楽 | Comments(2)