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所信表明「2010年、未知との遭遇」


 年が変わると、心機一転、やり直し、ということを、半ば、外部に強制されているがごとく出来るから都合がいい。2009年は未曽有の危機に瀕したが、負けが込んだ顔になり、ゲボを吐き、便を垂れ流し、この上ない異臭を発するようになり、殆どの人が去っていく中、なお、というか、だからこそそばにいてくれた、器のでかい人間たちに感謝。恩はかいす。
 2010年は、30代最後の年というある意味節目でもあり、通年よりも大事にというか意識的に過ごさんとす。
 器量を上げるため、今年、為したいことを書いてみむ。
 
 1.水平に広がる。異物との接触を積極果敢に試みていく。異質、未知に触れ、感応していく。来るものを拒まず、去るものを追う。
 2.何かを数書き、自信作を売り込む。
 3.2年目となる競馬予想チーム「ベッラレイア」の経営を軌道に乗せる。
 4.万葉集から山家集、山田航まで、短歌をぐっと血にする。
 5.精神を陶冶する良書を編集出版する。「文学」を世に出す。
 6.他者のために生きる、為す。恋人、肉親、友人は当然、誤解を恐れずに言えば、社会、国家のために身を粉にする。
 7.早寝、早起きをする。

by ichiro_ishikawa | 2009-12-31 21:47 | 日々の泡 | Comments(0)  

激名曲「いっそセレナーデ」

作詞・作曲 井上陽水

  Am7 D7  GM7 Em7
甘い口づけ 遠い思い出
  Am7    D6 B on D# Em
夢のあいだに 浮かべて泣こうか
   Am7 D7  GM7  Em7
忘れたままの 恋のささやき
  Am7   D6 B on D# Em7
今宵ひととき 探してみようか
D     C      Em
恋の歌が 誘いながら 流れてくる
   D     C
そっと眠りかけたラジオからの
Em        A7
さみしい そして かなしい
    D     B   Em
いっそ やさしい セレナーデ

風の便りの途絶えた訳を
誰に聞こうか それとも泣こうか
君の事を 思うたびに 聞こえてくる
そっと淡い恋が揺れるごとに
さみしい そして かなしい
いっそ やさしい セレナーデ

甘い口づけ 遠い思い出
夢のあいだに 浮かべて泣こうか


by ichiro_ishikawa | 2009-12-31 03:36 | 音楽 | Comments(0)  

メモ「小説を読むとは」


 福田和也が、ヘーゲルを引用しつつ、いい事を書いていたので、抜粋的に再構成。

 経験とは、自分の真実を失う事。つまり、これが自分なんだという自認と足場が崩壊し、自己が自己として、自分に対して持っていた信頼感なりあてにしていた気持ちが雲散霧消してしまう事。それは自分の、つまりは不特定のエゴの視点と視界から見てきた事の崩壊に他ならない。
 成熟をするとは様々な経験を積んでいく事だとすれば、その自分の真実の崩壊後になお、自分の姿を見つめて生きていこうと努力をするという事だ。
 小説は、様々な「自分の真実」の喪失を、つまりは成熟への入り口を描いている。
 書物の名前を値するもの、それを真剣に読む者は、まず失う。同時に、世界が自分が、その本を開く前と違って見える。

by ichiro_ishikawa | 2009-12-31 00:46 | 文学 | Comments(0)  

ライブ動画「バンバンバザール20091226」


ティーンエイジャー


どういうこと(おしどり夫婦スキャット)

by ichiro_ishikawa | 2009-12-30 18:18 | 音楽 | Comments(0)  

名曲聴き比べ「Up The Junction」


Squeeze (original)


Lily Allen


Travis

by ichiro_ishikawa | 2009-12-30 02:52 | 音楽 | Comments(0)  

名PV「Subterranean Homesick Blues」



by ichiro_ishikawa | 2009-12-30 02:37 | 音楽 | Comments(0)  

すべらぬ話「実家のマザーネイチャーズサン」


 最近は帰省ブームのようで、俺も人並みにワンデイ帰省をした。田舎の年寄りというのは、基本的にボケ通しというかツッコミどころ満載なのが常だろうが、大阪方面の年寄りは積極的にボケてくるのでいささか閉口してしまうのに対し、東方の連中は天然なので、思わず秀逸なものがたまに出てくる。
 実母の本気ボケ3つ。

ちょっと前だが、
「あの人捕まったでしょ、あれ、ほら、あれ、布袋」
よくよく聞いてみると、まず布袋を氷室と間違えていて、そも、氷室を小室と間違えていた。二重に間違えてるからさっぱり分からぬ。

安全地帯の昔のビデオを見てたら、
「懐かしいね、あれでしょ、吉川晃司」
こうじ違いというより、同じ頃出てきたひとえまぶたの歌手、という括りゆえの間違いっていう。

極めつけはキッチンのテーブルにあったメモ。
「なべ ドンキホーティ」
この「ィ」は意図的なボケには不可能だろう。
天然が期せずしてシュールになってるっていう。

by ichiro_ishikawa | 2009-12-28 23:32 | 日々の泡 | Comments(1)  

名盤「深夜はブルー」


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 かっけえジャケットと言えぱ、このコステロの『Almost Blue』(1981年、ナッシュビル録音)というコステロの数多あるルーツのひとつである米南部カントリーのカバーアルバムだが、これはケニー・バレル『MIDNIGHT BLUE』を模したもの。最近スピーカーの位置と台を変えて部屋に響き渡る音がすごく良くなった事もありジャスばかりを聴いているが、先日一日じゅう、計20回ぐらいリピートで流していたのが、その『MIDNIGHT BLUE』だ。ギターとサックスのインプロヴィゼーションは言わずもがな、ドラムとベースの鋭さ、そしてコンガが効いている。

ケニー・バレル『MIDNIGHT BLUE』
c0005419_1333276.jpg1. Chittlins Con Carne
2. Mule
3. Soul Lament
4. Midnight Blue
5. Wavy Gravy
6. Gee Baby Ain't I Good To You
7. Saturday Night Blues
8. Kenny's Sound (bonus track)
9. K Twist (bonus track)


ケニー・バレル(g)、スタンリー・タレンタイン(ts)、メジャー・ホリー・ジュニア(b)、ビル・イングリッシュ(ds)、レイ・バレット(conga)
1967年4月21日、ニュージャージーにて録音

by ichiro_ishikawa | 2009-12-28 04:35 | 音楽 | Comments(0)  

エセー「2009年締めくくりギグ」


 T.UTU襲来というここ10年で最悪の年となってしまった2009年。史上稀に見る逆境を屈強な精神力でなんとか乗り切りつつある今日、最後のお祓い、全てを忘れて心機一転的な意味も兼ね、横浜サムズアップにて今年最後のバンバンバザールライブ鑑賞。
 前半の白眉は「マリアッチ」で、得意の間奏での「テキーラ! マルガリータ!」で幕を開ける「スパニッシュ系単語大連呼」も、相変わらず冴えまくっていた。「ペネロペ・クルース!」「ジェニファー・ロペス!」から、「グロリア・エステファン!」を持ってきたり、「ミル・マスカラース! ドスカラース!」から「グラン浜田!」「ナチョ・リブレ!」と続け、さらにスポーツつながりで「セギノール!」から「マルカーノ!」までが飛び出す雑学教養の深さに毎度しびれる。途中、アニータ・アルバラード関連単語としてもはやスパニッシュではない「青森住宅供給公社」「消えた14億円」「千田容疑者」「山形刑務所」までまくしたてる部分はほんとものすげえ。
 他には「どういうこと」「ボウルにゼリー」といった初期名曲に興奮。「どういうこと」では、おしどり夫婦スキャットを展開。村井国夫−音無美紀子、津川雅彦−朝丘雪路、長門裕之−南田洋子、峰竜太−海老名美どり、谷隼人−松岡きっこ、で締めた。こういう人名を出させたら右に出るものはいない。また、これはコメディソングだが、サビのメロディと歌詞の秀逸さ加減はバンバンの数多ある名曲の中でも最高峰の一つ、という事に気づくのは良い事だ。「ボウルにゼリー」での「♪君みたいじゃないか」で女性客一人を狙い打って見つめ続ける芸も健在。そのとき後ろで同時に見つめる富やんのツラが実はものすげえ(分かりにくくて恐縮)。
 黒川修は、奇しくも前日俺がYouTubeに合わせ自宅で熱唱していた「Till There Was You」をボーカルで披露。「盛り場へ出て行こう」「Lover Come Back To Me」はこの時期だけにかなり沁みた。ショー終了後は、なんとセッションを展開。「All of Me」「It's Only A Paper Moon」「The Song Is Ended But The Melody Lingers On」「Jesus On The Mainline」「待ち合わせ」「ティーンエイジャー」「あの素晴しい愛をもう一度」等、名カバー連発でなかなか帰れずに困った。「スローバラード」はキーが高すぎると言ってやらなかった。そこも分かってる。


2009年12月26日(土)横浜Thumb's Up 「待ち合わせ」(友部正人カバー)
セッションにて福島氏が富やんに「あれやろうよ、友部正人さんの」と言うと、富やんは「ふと…?」と答えていた。いや違う、といって始めたのがこの「待ち合わせ」だが、富やんの言う「ふと…」とは、もしかしたら「ふと後をふり返ると そこには夕焼けがありました 本当に何年ぶりのこと そこには夕焼けがありました あれからどの位たったのか」という「一本道」の事だった!? それも聞きてかった。


 バンバンバザールはどうすげえかと言うと、ズバリ、「センスとユーモア」で、もうここに尽きる。演奏力、ボーカル等、明らかにものすごいけれど、やはりなにより「センスとユーモア」。ひどい抽象語だろうと、こう言うしかない。それが選曲、歌詞、ショーとしての出し方、MC、そして曲自体に表れている。以下、音楽性、ポップ、歌詞の点から自問自答してみる。
 音楽的に言えばブルース、カントリー、フォーク、ジャズ、ジャグを主とした伝統的アメリカン・ミュージックをベースにしつつ、単なる趣味趣味ミュージックでなく、今の音楽になっているところ。今の音楽になってなければ、オリジナルソングとして昇華されていなければ、バンバンバザールを聴かずに原典に当たればいいだけだ。直輸入でなくバンバンバザールというフィルターを通して日本風にアレンジされているという事ではない。むしろ、直輸入で、フィルターがかかっていない、当時のミュージシャン達がそのまま今この場へ蘇っている感じがする。バンバンバザールというフィルターを全く消す事で実はバンバンバザールがくっきりと表れているという逆説的な事態が起こっていて、それはやはりセンスの問題だ。そこがすげえのではないかな。
 さらにポップネス。特にオリジナルソングで顕著だが、歌謡曲ではない、あえて比して言えばブリルビル・ポップのような、洗練された非常にエヴァーグリーンなポップネスがバンバンバザールにはあって、そこが数多のルーツ・バンドとはもちろん、J-POP、J-ROCKの連中とも一線を画すところだ。この大人が聴けるポップは、そうそう出来ることではない。「論理的には」不可能な荒業だ。そして、それこそ、テレビのような不特定多数の有象無象が接するポピュラーな媒体で流れてきても、全く違和感のない、ミリオンセラーになりうるポップネスをバンバンバザールは持っている。
 そして歌詞(とMC)。基本、バンバンバザールのやっていることの根底には「笑わせる」という使命があり、ポカスカジャンや和田ラヂヲをうならせるほど隅から隅まで非常にウィットに富んでいるのだが、たとえばS先輩こと下田卓率いるカンザスシティ・バンドや吾妻光良ら、同じく歌詞やMCにひねりのあるジョークをまぶすバンドらとも「まったく」違うユーモアがある。簡単に言えば彼らが吉本だとすれば、バンバンはリリー・フランキー。前者が「落語、漫才、風刺、洒落」だとしたら、バンバンバザールは「文学」だ。微妙で複雑な部分だけれど決して曖昧ではないその一線が区切る差異が齎すものは、ものすごくでかい。

特別企画「バンバンレパートリーの他者によるカバー集」

「The Song Is Ended」Louis Armstrong with The Mills Brothers


「Jesus On The Mainline」Ry Cooder



「It's Only A Paper Moon」バンバンバザール(2008)


「All Of Me」Billy Holiday


「Lover Come Back To Me」Max Roach, Clifford Brown他


by ichiro_ishikawa | 2009-12-27 20:27 | 音楽 | Comments(0)  

散文詩「JEEP」


 俺の中で最近、野生、ワイルドネスが目覚めている事は、俺が毎日、昼下がりの本郷のドトールで葉巻をふかしている事を知っている人間でもにわかには信じがたいだろうが、夜な夜な吉祥寺のソウル・バーで、顎を砕かれて引退したウルフ金串やゴロマキ権藤らとつるんでジャック・ダニエルズをあおっていることに気づけば、いやはや、むべなるかなと得心するところがあるかもしれない。
 そういや俺は、ボーン・トゥ・ビー・ワイルドだった。
 ワークブーツに履き替え、赤いジャンパー引っ掛け、夜明け前の湾岸道路を俺は西へと走らせ、背中に街が遠ざかり、背中に人が遠ざかり、俺の前にはただ風が吹いている。フロントガラスの向こうから、やっと太陽が昇った。俺はできたばかりの唄をカーステレオから流した。深く息をすいこみ、そいつを吐き出したら、昨日までのざわめきが笑い始めた。
 哀しくてやりきれなかった。愛されていなかったのかも。不安ばかりの夜だった。俺はいま海を見に行くところだ。愛車のジープを駆って。

by ichiro_ishikawa | 2009-12-25 03:20 | 文学 | Comments(0)