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引用「歴史の急所、文学とは」


 「吾妻鏡」の実朝横死事件の簡明な記録に続く文を引用したあと、小林秀雄は次のように綴っている。

 吾妻鏡には、編纂者等の勝手な創作にかかる文学が多く混入していると見るのは、今日の史家の定説の様である。上の引用も、確かに事の真相ではあるまい。併し、文学には文学の真相というものが、自ずから現れるもので、それが、史家の詮索とは関係なく、事実の忠実な記録が誇示する所謂真相なるものを貫き、もっと深い所に行こうとする傾向があるのはどうも致し方のない事なのである。深く行って、何に到ろうとするのであろうか。深く歴史の生きている所以のものに到ろうとするのであろうか。とまれ、文学の表す美の深浅は、この不思議な力の強弱に係わるようである。吾妻鏡の文学は無論上等な文学ではない。だが、史家の所謂一等資料吾妻鏡の劣等な部分が、かえって歴史の大事を語っていないとも限るまい。

by ichiro_ishikawa | 2010-05-31 01:44 | 文学 | Comments(0)  

エセー「印鑑証明と俺」


 地球との相性の悪さで有名な俺だが、こと官公庁が絡む場面でそれは如実に表れる。

 ある事情で印鑑証明が必要となり、ということはまず印鑑登録をせねばならぬ、という状況に陥った。

 まず、役所というのは平日の朝から夕までしかやっていない。俺は月給取りの勤め人だから平日は夜しか動けない。役所に行けるヤツは自由業を営んでいる者だけだろう。月給取りは、役所に行きたければ会社を辞めなければならない、というのがこの日本のシステムだ。
だが、大半は月給取りなわけだから、役所の類は、本来平日夜と休日にこそ開くべきだろう。書類を取りに行くたびに会社を辞め、再就職するなんて馬鹿げている。

 という大前提の政府への提言はひとまず置いておいて、出勤一時間前に家を出て、一時間で事を処理するという無難な方策をとることにした。この時点で、すでに不服だ。

 提出締切日まで一週間ほどあったが、早めに処理しておこうという腹から、毎晩、通常の起床時間の一時間前にケータイのアラームをセットするも、毎回、「ねみいな…、明日行けばいいか…」と、予定を変更する、という朝が何日も続き、ついに最終日になってしまった。

 最終日、いよいよ今日はグワッと起きねばならぬ。という日に限って、緊張して寝坊。しかし危機ほど冷静になる俺は、提出先に連絡し、「果たして今日はどれだけ最終か?」と質した。
すると「本当はダメだが、まあ明日でもなんとかならんでもない」。大抵最終とは名ばかり、という世の慣例通りだった。

 翌日、一時間前に家を出ることに見事成功。役所に直行した。
 かつて、やはり印鑑登録をしようと思ったとき、印鑑が欠けていたため受理されなかったというアクシデントに見舞われた経験がある俺は、欠けていない別の印鑑を家のどこかから探し出し持ち出してきていた。こういうのを用意周到という。
現場ではつつがなく書類を書き終え、欠けていない印鑑を押し、窓口に提出すると、身分証明書を出せと言う。保険証でいいですかと問うと、「否」。免許証かパスポート、顔写真入りの官公庁の発行したものしかダメと言い張る。こういうとき役所はかなり頑な、という事は、これまでイヤというほど思い知らされていた俺は、「じゃあいらない」と、役所を後にした。

 免許はそも、ない、パスポートなら家にある。だが、家に帰ってはゴトシに間に合わない。
 俺は、提出先と再度コンタクトを取り、「果たして、明日に延ばすと人が死ぬか?」と詰問。「死なないが、契約は無効になる」と、敵も然る者、足元を見やがる。この契約が無効になるといろいろな事がイチからやり直しになるのだった。「明日朝すぐ取って、その足ですぐ渡せばいいのでは?」。「しょうがない」。先方は折れた。

 翌朝、一時間前に家を出た俺は、パスポートを握り締め、役所に直行。しかし書類に印鑑を押す段になり、事故発生。
印鑑がねえ。
先日、役所を後にし、そのまま向った仕事場に置き忘れていたのだった。やはり、一つの事を得るためには一つの事を失わなければいけないのか…。鞄には、欠けた印鑑ならある。「ままよ」と、それを出すと、案の定、「欠けててダメですね」。しまった、5分ロスした。

 危機ほどいよいよ冷静になる俺は、印鑑を買えばいいというアイディアを導き出した。iPhoneで文具店を検索。数十メートル離れたところに最寄店がある。すかさずgoogle mapを起動させ、住所を入力、検索。目的地までまっしぐらに向った。「ごめんよ!」と入店するやいなや、印鑑が並ぶ回転ラックをぐるぐる回して、てめえの苗字「石川」を目で検索。こういうとき無難な苗字は助かる。ないことはまずない。だが、ずらーっと判子が並ぶ中、なんと、「石川」だけない。
 「おいおばちゃん、石川がないよ!」
 「ああ、品切れだねえ」と気のない返事。仕方がない、隣の500円高いラックを調べると、なんと、ここも「石川」だけ空席。最近石川が連続で来店したな…すぐ補充しとけよ…。という文句は一切言うことなく、「ばばあ、近くに文具店は?」。「四つ角を左に入ったところにある」。

 ゴトシに遅刻するという焦りから、ダッシュで次の文具店に向う。石川がないというのは実に稀有な不運、しかし、2店連続でないことはまずないだろう。そう踏んだ俺は、四つ角を左に入った。
見つかった「日進文具店」は、シャッターが降りていた。
開店は10時から。そっちか…。そっちの不運か。ありうる、それは悲しいかな、ありうる。

 俺はもはや全速力で、ちょっと遠い大型文具店へ走っていた。印鑑を入手するのにこんなに骨が折れるとは。やっとのことで、なんとかゲットすると、全く逆方向の役所へ全速力で走る。ヘッドフォンはずれ、もはやDJのように首から下がっている。トミー・フラナガンのピアノが首元からかすかに響く。

 役所に入り、番号札を取り、待つこと5分。てめえの番号が呼ばれると同時に、印鑑、書類、パスポートをブワッと差し出し、「印鑑登録&証明を!」と依頼した。10分以内にここを出ないと遅刻が確定する。「急ぎお願いします!」と俺は懇願した。
 だが、俺の担当になった役所員、障害がある女性で、申し訳ないが、発せられる言葉がよく聞き取れない、そして彼女自身、上手く字が書けない、というか、すげえおせえ。しかし、そこで「早く!」など急かすような野蛮な俺じゃない。「別の人に!」とも言わない。これはしょうがない。この人は悪くない。この人でいい。否、この人がいい…。

 俺は穏やかな心持ちで口笛を吹きながら発行を待ち、10分後にやっともらえた証明書を笑顔で受け取り、掲示板などをチラと眺める余裕の態度で役所を出た。
外は、小雨がそぼ降ってきた。傘がない。遅刻は確定。だが、駅までの道中も、「おばちゃん、儲かってる?」などと声をかけつつ、のんびり物見なぞしながら、俺は商店街を闊歩していた。
 地球との相性が悪いのか、俺がドジなのか。相性が悪く、かつドジなのか。否。おそらくは、やはり原罪を贖っているのだろう。これはしょうがない。

by ichiro_ishikawa | 2010-05-26 12:12 | 日々の泡 | Comments(2)  

感想「ツイッター」


 ゴトシで「やれ」命令が下されたと思しき知人の漫画家・寒椿しげる(どおくまんに私淑)の勧めで、これまでそっぽを向いていたツイッターを始めたら、興味深い人物がいろいろつぶやいていることを知り、それらを閲覧登録した。結構いい情報やセリフが入ってくる。下記に、抜粋。
 金の匂いはするが、具体的には無策。考えるのが億劫だ。
 趣味として扱う分には、発信するより、受信が主になる。一旦片っ端から閲覧登録してみたが、取捨選択しないと収拾が付かなくなることが発覚。ニュース系はやめた。ちょっと興味がある、程度の人物も切った。サブカル系は更新頻度が高く玉石混交甚だし、イベント系の告知がやたら多いのも鬱陶しいのでばっさり切った。
 いい点は、ブログのように自ら見に行かなくても勝手に受信するところ、且つそれが短文であるところだ。しかも抜粋でなく、予め短文にまとめられている、という点が大きい(連作もあるが)。特に言葉で食ってる作家たちは、つぶやきであっても書き捨てない、あるいは書き捨てているとしても言葉のレベルが高いので、いい。


銀色夏生
「そうと決めたら だれが何といおうと 気にしたらダメだ」

その通り。


松尾スズキ
「ヤノマミ」読了。すごすぎる。マジックリアリズムの世界を1万年続けてる部族。本ではドキュメンタリーのその後、彼らの生活が文明に侵されグダグダになってくさま(手塚治虫が描くような)も書かれていて、そこもすごく興味深い。」
「国分拓というNHKでドキュメンタリーを撮ってる方が書いた本です。文明と非文明の対立構造を善悪でなく俯瞰しようとして、心身ともにぶっ壊れてしまって。矛盾を矛盾として肯定することって、できそうでとても難しい。だから俺らはフィクションをやるんだけど、この人はリアルでいってるのがすごい。 」

即、amazonで国分拓著『ヤノマミ』購入。
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ピーター・バラカン(Barakan Morning)
「今日もこのあとRolling Stonesの最新リマスター盤『Exile on Main St.』 (邦題: メイン・ストリートのならず者) を特集!」

そんなの出てたつけ。


横尾忠則

「色彩感覚は先天的なものだとばかり長い間思い続けて、ぼくは色彩音痴だと決めつけていた。だからデザイナー時代はほとんど原色以外の色は怖くて使わなかった。それが絵の道に進むようになって色感は後天的なものだと理解し始めたが、その途端何が何だか解らないほど難しくなった。 」

「それを実験するためにひとつのモチーフをいろんな色で描きわけてみた。色を変えるだけで印象が一変する。シャガールは色彩を造形のように扱った。」

「シャガールの絵の中に赤い馬、青い天使、黄色の顔などは、事物の内面の表現ではなく、色を形と考えた結果だと思う。」

「ぼくは絵を観る時、主題やモチーフよりも、筆致や絵具の表情に眼奪われる。絵を見るということは何を描いているかではなく、如何に描かれているかに最大の関心がある。」

俺もエアー絵描きだが、全く同感だ。

by ichiro_ishikawa | 2010-05-25 16:13 | 文学 | Comments(0)  

神之真券「アルレッティ登場の巻」


南関競馬重賞・大井記念に「神之真券」信者・アルレッティさんが登場。
果たして神之真券は炸裂したのか!?


by ichiro_ishikawa | 2010-05-24 00:46 | お笑い | Comments(0)  

告知「俵万智×一青窈」


5月22日(土)リリース
『短歌の作り方、教えてください』
著:俵 万智、一青 窈
装丁:永石 勝 カバーイラスト:一青窈
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一青窈が俵万智に短歌の作り方を習う往復メール書簡。
創作の現場を実況中継。
ゲストに穂村弘、斉藤斎藤。

5/30(日)、丸善・丸の内本店にて刊行記念サイン会開催。
購入者(電話予約可)先着150名に整理券配布。
丸善問い合わせ:03-5288-8881(営業時間 9:00~21:00)。

by ichiro_ishikawa | 2010-05-18 23:04 | 総務便り | Comments(0)  

話題騒然「テルボーイ」


「ヤバすぎだろ!」との大反響にお応えして再UP。
神之真券プロデュースの最終兵器「テルボーイ(歌手)」


by ichiro_ishikawa | 2010-05-17 23:29 | 総務便り | Comments(0)  

炸裂「神之真券」


メルマガ会員がついに200人を突破した「神之真券」総帥、神之凌一当人が川崎に登場。
元手1万がなんと……!


by ichiro_ishikawa | 2010-05-15 03:41 | 総務便り | Comments(0)  

返信「文学と人生」


 最近、文学とは何か、という質問を投げかけられることが増え、その都度、ロックと答えるが、どうも腑に落ちていない輩が多いので、ここに改めて答えんとす。

 文学は、事実との対応を要求されず、従って現実の役に立つようでいて実は本質的には役に立たないものであり、というか現実の役に立つ立たないはまったくその眼中になく、ある種の「真実」を述べることだけを目指している、ということは経験的に多くの人が知っていることだろう。真実という言葉の響きがなにやら新興宗教めくのなら、「ほんとうのこと」とでもしとく。文学は、特に、人生のほんとうのことを、あぶり出す。学問中の学問である。現実の役に立つことを最大の目的にしている社会という場所に不向きであり、つまり就職に不利。文学をやるかやらないかとは、何を価値とするか、という人生の覚悟が問われる。
 
 日々、人の世で障害にぶちあたりながら生きていると、正解とされたものに対して常に違和感を持つことだろう。なんかちげえ…。でもその何かはうまく言えない。定義できない。そこで、その何か違う感を肯定し、そういうことってわけかい、と納得させてくれるのが、俺にとっては文学であり、つまり高尚趣味でもない、ブンガクなどいう日和見商品でもない、貴重な、価値ある何か、なのである。

 実にいろいろな作家が文学とは何かについて書いているが、俺が好むのは、夏目漱石「野分」という隠れた名作だ。書き出しはこうだ。
 「白井道也は文学者である」
 この手の幼稚とも思われかねないシンプルな物言いを書き出しに持ってくることは、「吾輩は猫である」を初め、漱石には結構多い。だが、この「野分」の書き出しは、「猫」とは全く違う、シンプルさを持っている。幕が開いた瞬間の空気が違う。「猫」は冒頭、笑みがこぼれ、なにやらワクワクするが、「野分」には、いきなり眉間にしわが寄っているギスギスした緊張感を感じる。「野分」は、白井道也を通した漱石の「俺と文学」という覚悟の表明だ。

 世へ不満たらたらの未熟な文学青年の高柳くんに、肝の座った白井道也はこう言い放つ。
「金がなくって困ってるものは、困りなりにやればいいのです」
「勢力をとられてしまったら、他に何もしないで構わないのです」
「だって、あなたは文学をやったと云われたじゃありませんか。それならいい訳だ。それならそれでいい訳だ」(←名言)

そして「文学はほかの学問とは違うのです」と、続ける。
「文学は人生そのものである。苦痛にあれ、困窮にあれ、窮愁にあれ、凡そ人生の行路にあたるものは即ち文学で、それ等を嘗め得たものが文学者である。文学者と云うのは原稿用紙を前に置いて、熟語字典を参考して首をひねっている様な閑人じゃありません。円熟して深厚な趣味を体して、人間の万事を臆面なく取り捌いたり、感得したりする普通以上の吾々を指すのであります。その取り捌き方や感得し具合を紙に写したのが文学書になるのです。だから書物は読まないでも実際にそのことにあたれば立派な文学者です。従って他の学問が出来得る限り研究を妨害する事物を避けて、次第に人世に遠ざかるに引き易えて文学者は進んでこの障害の中に飛び込むのであります」

by ichiro_ishikawa | 2010-05-13 23:32 | 文学 | Comments(0)  

つぶやき「日々の感想」


 やることベスト5を作ってみると、やる事が100コぐらいあって、
 「これは終わらねえな…」と、途方に暮れ、
 締め切り前日には、「せめてあと1日あればな…」と、悔やみ、
 終了後、「終わるつけ…」と、安堵のため息をつく。但し、ジョーに勝ったは勝ったホセのような容貌。
 1週間後、ミス発覚で関係各所に詫び巡礼。

 というのを大学受験の19歳(浪人)ぐらいから、かれこれ20年繰り返している気がする。
 一刻も早く、「何もしないで月50入るシステム」を構築しないとな。
 今は、ブタのくそにまみれながらブタ小屋の掃除を毎日やって月18だからな。
 こんな40歳になるとは中2のときは思っても見なかったな。
 「君は存在しているだけで価値だ」と言って、とりあえず2億くれる物の分かった富豪、現われねえかな。

 俺が神だったらもっと俺を有効に活用するけどな。
 なんか、「全人類があくせくしないでも悠々自適に暮らす為の経世済民案」とか「日本を芸術大国にする施策」とか「自然に手をつけず人類が快適に暮らす方法」とかを俺に考えさせたほうがいいのでは? こういうの考えた場合、誰に出せばいいんだ? 新聞に投書してもしょうがないしな。文部科学省とかか? 原口のメアドは? というか、取りに来てくれねえかな。チラシの裏とかに走り書きしたメモを渡すから。というか、お説拝聴しに来てくれねえかな。キリストやソクラテスは常に話し聞かせてた。

by ichiro_ishikawa | 2010-05-11 19:57 | 日々の泡 | Comments(1)  

名演「Kenny Burrell & John Coltrane」

武蔵小金井のテーマ Part 2
「Why Was I Born? 」(Jerome Kern)
Kenny Burrell & John Coltrane

Personnel:
John Coltrane(ts), Kenny Burrell(g)
Recorded at Rudy Van Gelder Studio, Hackensack, NJ, March 7, 1958

from the album 'Kenny Burrell & John Coltrane'
with/ Tommy Flanagan(p), Paul Chambers(b), Jimmy Cobb(ds)


by ichiro_ishikawa | 2010-05-11 16:55 | 音楽 | Comments(0)