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Lucinda Williams


名曲「Changed the Locks」。
新作はコステロがギターで3曲に参加…!


by ichiro_ishikawa | 2011-03-29 01:46 | 音楽 | Comments(0)  

New Orleansと俺

 俺が毎朝ラジオでピーター・バラカンの「バラカン・モーニング」を聴きながら身支度をしていることは、おそらく誰も知るまい。いや、知ろうとも思うまい。
 ピーター・バラカンと俺の音楽の趣味はピタッと一致しているため、彼がかける曲はものすげえいい。ちなみに今週は1920年代から60年代までのニューオーリーンズの音楽を集めたコンピレーション“Let Me Tell You About The Blues – New Orleans”を紹介していて、今週の俺がずっとニューオーリーンズ・モードであり、セカンドラインを刻んでいたのはそういうわけだったのだ。
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 というわけで、ニューオリンズ・スタンダード集。レッツ・ダンス。


「Go To The Mardi Gras」Professor Longhair


「Tipitina」Professor Longhair


「Cissy Strut」The Meters


「Iko Iko」Dr John


「Southern Nights」Allen Toussaint


「Dixie Chicken」Little Feat


「Sneakin Sally Through The Alley」Robert Palmer


「Dr.Jazz」Squeeze
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「FUSSA STRUT part-1」NIAGARA TRAIANGLE


「さかなごっこ」ボ・ガンボス


「鉄腕アトム」岸田繁×バンバンバザール× Dr.kyOn

by ichiro_ishikawa | 2011-03-25 01:36 | 音楽 | Comments(0)  

箸休めエセー「震災と俺」

 ここまで被害が甚大だと俺の被災など無いに等しいので黙っていたが、俺は俺で意外としんどいここ数日であったことをチョビッとしたためん。

 震災数日前から風邪をこじらせ、頭痛とめまいと下痢で疲労困憊しながらも会社でゴトシに勤しんでいた俺は、その日の昼、ランチを食いに行く振りをして病院に薬を処方してもらいに本郷三丁目駅付近のとある病院に向かっていた。が、なんと金曜午後はまるまる休診とあったため、かわりの病院を探すはめになり、近くの産婦人科に駆け込んだ。まあ、風邪の処方ぐらいしてくれるべ、風邪に男も女もねえべ。
 案の定、受付のばばあは「産婦人科ですけどいいですか?」。「そっちがいいならお願いします」と紳士な対応の俺。「では記入を」と促され、保険証を見せ、指定の紙に症状を記入している時、その大地震は起こったのだった。

 これは、でかい。ついに来たか…。これは負傷するな、でもうまい具合に病院にいるな俺…、と思うや否や、「出て!」と院長の怒声。え?こここそ避難所に相応しいのでは? しかし、隣には小学校の校庭があり、その手前には広い駐車場があるので、そこの方がベターとのことだった。
 頭痛とめまいと下痢でへとへとな俺は、ベッドで寝ていたかったが、医者が出ろというのに逆らう余裕はなく、駐車場へ避難した。だが、地面はいつまでもぐらぐらものすげえ揺れている。ただでさえ頭がくらくらしていたため、体感震度は28ぐらいだった。頭はがんがんいてえし、揺れで尻の力が緩まると茶色い水害が、という二次災害の危機もあった。これには屈強でならしているこの俺もさすがに耐えきれず、駐車場でへたり込んでしまったのだった。

 目にはクマ、頬はこけ、おまけに両手10本の指で、頭の各部分を指圧している俺を、周囲は放っておかなかった。
「大丈夫ですか?」「救急車呼びますか?」みな、親切だ。「いや、及ばない…というか、さっき病院を追い出されたのだ…、それに地震で被災したわけでなく、地震前からこの状態なのだよ…」と、説明したくてしょうがなかった。そうでなければ、地震のショックで具合が悪くなったヘタレ野郎と見なされてしまう。いや、すでに見なされている…。屈辱だ…。だが、産婦人科のくだりとか正確に叙述する余裕は全くない。仕方ない、いいよ、ショックで具合が悪くなったと思っていればいいよ…。屈辱、恥辱…。

 ああ、ドタマがいてえ、気持ちわりい…、口と尻から同時にゲボが出そうだ…。でもこれは震災とは関係ないんだよ、だからみんなそんな目で俺を哀れまないでくれ…。

 そんな複雑な事情を抱えた3月11日金曜日、午後3時であった。

by ichiro_ishikawa | 2011-03-24 01:44 | 日々の泡 | Comments(0)  

背表紙と俺

 大震災で俺のCD棚は崩壊し、多くのケースがわれ、ディスクが破損した。
 以前、外付けHDが壊れ20000曲のデータが失われた事は既に嘆き済みで、データの儚さを知ったものだが、ディスクもまた実に脆いものであった。
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 同じく本棚もあらかた倒壊したが、本一冊一冊は全く無事である。多少の破損はあるものの読むには全く支障はない。たとえそれが八つ裂きになっていたとしてもその復元が容易な事は、癇癪をおこして一度自ら引きちぎってしまった段平からの「あしたのために その1」を見事つなぎ合わせ、ジャブを会得したジョーの例が立証済みだ。
 本の耐久力のすげさに感心する。
 そんな中、あまり報道はされていないが、東北に多い紙の工場が被災し、紙の調達がままならず、出版に支障が生じている。さらに物流難で配本もままならない事態だ。というと、やっぱり電子書籍じゃね? という思考放棄・右へ習え体質のイージーな輩が多く出没するが、電子書籍なんて本じゃねえ。まあ野球に対しての野球盤みたいなものだ。野球盤は野球盤ですげえ面白いが。

 この震災で倒壊した本棚の中、唯一被災を奇跡的に免れていたのが、我が家では、小林秀雄全集ならびに池田晶子コーナーであった。
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 滅茶苦茶になった我が部屋の中、唯一すっくと屹立し、たじろがない小林秀雄と池田晶子。その背表紙を眺めていたら、涙が止まらなかった。男は背中ですべてを語るものだが、本は背表紙がすべてを語る。

by ichiro_ishikawa | 2011-03-24 01:19 | 文学 | Comments(0)  

1人が死んだ事件が2万件あった

 人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
 本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。
 一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。
 そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えてるんだから。
(ビートたけし 週刊ポスト「21世紀毒談特別編」より抜粋)

 バンバンバザールのギタリスト富永寛之が「良文」とリツイートしていたツイッターで知った文章だ。確かに良文で、これは「歴史」というもの、すなわち「人生」の最も深い部分に触れている。
 すぐに連想したのが小林秀雄である。史実を追う事に歴史の本質は無い。「歴史とは子を失った母親の悲しみに似ている」。というのが、小林秀雄の歴史観、すなわち人生観だ。

 誰も短い一生を思わず、長い歴史の流れを思いはしない。言わば、因果的に結ばれた長い歴史の水平の流れに、どうにか生きねばならぬ短い人の一生は垂直に交わる。これは歴史哲学ではない。歴史は、そのようにしか誰にも経験されてはいない。
(「考えるヒント」)

by ichiro_ishikawa | 2011-03-24 00:59 | 文学 | Comments(1)  

寸感


 書籍の流通が滞っているが、しょうがない。衣食住のための生活物資の流通が最優先。まず、水、食料、電気、ガス。
 ということは、本を読めるのは衣食住に満ち足りた時しかないという事だ。これまで衣食住が満ち足りていることが日常だったので、本を読める事の優先順位が、個体保存のための諸々の生活所作と同レベルに見えていたが、読書とは実はめっぽう高次元の行為だったことが発覚。
 だから、衣食住が満ち足りた貴重な瞬間が訪れたら、ここぞとばかりに本(古典)を読んだ方がいいな。学校では、文学、哲学、芸術を徹底的に教えた方がいいな。経済とか法律とか政治とか科学とかビジネスとかは、生活に直結してるゆえ黙っててもやるだろうから。
 やっぱり人格が最終的にものをいうからな。人格の陶冶なら文学、哲学、芸術しかないからな。

by ichiro_ishikawa | 2011-03-18 19:42 | 日々の泡 | Comments(0)  

関東大震災の小林秀雄


 大正12(1923)年秋、関東大震災の直後、鎌倉の小林秀雄(一番右)。21歳。屈強な精神力がにじみ出ている。
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by ichiro_ishikawa | 2011-03-15 22:21 | 文学 | Comments(0)  

明るい表通りで


Darjeeling × バンバンバザール
「 明るい表通りで」



Dr.kyOn ニューオーリーンズアレンジ
「鉄腕アトム」
Vocal:岸田繁(くるり)、Vocal & guiter:福島康之、guiter:富永寛之、bass:黒川修、tenor sax:山本拓夫、percussion:三沢またろう、Darjeeling(guiter:佐橋佳幸、keybord: Dr.kyOn)

by ichiro_ishikawa | 2011-03-15 21:37 | 音楽 | Comments(0)  

バンバンバザール20110312

バンバンバザール ライブ1部


バンバンバザール レコードの夕べ&ライブ2部

by ichiro_ishikawa | 2011-03-14 19:57 | 音楽 | Comments(1)  

ミッドナイト論考「牙」


 ほんと、人生というのはじめじめと暗く腐った憂鬱なものだが、その酷さを正確に表すためには、実相に観入して真実の言葉を見つめ、捉える辛抱強さと、それを伝える捌く技術の、両方が同時に必要となる。
 自分の中の最も激しい、牙の部分。それを出さずに事の本質を如何に正確に表現するか。やりたいようにやるのは技術的には簡単な事だ。しかし、悲しいかな、やりたいようにやっては一切伝わらない。どころか誤解される、いや、聞く耳を持ってももらえないというのが常だ。何より、その正直で直接な表現は、本質を矮小化しぼやけさせてしまう。尖った表現というのは得てして稚拙という衣をまとっている。じめじめと暗く腐った憂鬱な人生。をいかに、じめじめと暗く腐った憂鬱な人生と言わずに表すか。
 問題は、その激しさを、いかに鎮め、牙を見せることなくその本質を明かすか、という事だ。それは、毒を薄めることでも、平準化する事でもないし、普遍的な言葉を見い出す事でもない。
 その牙とは、別名、エゴであろう。無私、中庸の実践とは相当に難しい。


 

by ichiro_ishikawa | 2011-03-10 00:54 | 文学 | Comments(0)