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チャリング・クロス街84番地

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チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本
ヘレーン・ハンフ:著、江藤 淳:訳

名著‼

by ichiro_ishikawa | 2011-06-29 03:08 | 文学 | Comments(0)  

抒情の解放

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小田切秀雄『抒情の解放-短歌俳句への要求』
(装幀:後藤禎二/八雲書店・昭和23年/初版カバー付・蔵印)
ネット古書店にて999円でゲットン。
小林秀雄の「実朝」批判は的外れだが、冒頭の「歌の条件」など、気概溢れる論調はいい。あと装幀がいい。

by ichiro_ishikawa | 2011-06-23 23:52 | 文学 | Comments(0)  

告知「市井沙耶香×神之凌一」


by ichiro_ishikawa | 2011-06-23 12:29 | 総務便り | Comments(0)  

コント・レオナルド

ちょっとおもれえ。


レオナルド熊&石倉三郎。
石倉三郎、演技うめえ。本気ツッコミ、いい。

by ichiro_ishikawa | 2011-06-22 01:01 | お笑い | Comments(0)  

終わった、何もかも

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by ichiro_ishikawa | 2011-06-10 02:25 | 文学 | Comments(0)  

不惑の抱負

 6月7日に40歳になった。ちなみにプリンス(一時期、The Artist Formerly Known As Prince=かつてプリンスと呼ばれたアーティスト、と改名)、パチョレック(大洋〜阪神)と同じ日だ。

 40といえば、人口に膾炙することこの上ないこの言葉、不惑。
 30にして立たないまま不惑を迎えてしまった…。などと言うと月並みに過ぎるかもしれないが、30で立たなかったが実は19にしてすでに惑わずだったと言えば、少しは新味もあろうか。
 ちなみに、50まで10年あるが、天命も知っているし、しかも耳もすでに順(したが)ってさえいる。
 ただ、いかんせん、立ってねえ。
 早熟なのか、未熟なのか、分からないな。幼少時に聖書を暗記させられたのが、順番を狂わせたな。
 立ってもないのに、惑わず、耳順っていても、何か説得力ないよな。
 小林秀雄が「てめえのかかあも食わせられんで天下国家を語る資格なし」と言ってるのもそれに近いな。

 しかし、40年は長かった。しかも、80まで、これと同じ年月をまた生きなければならないのか。面倒くせえなー。もういいのにな。
 幼少から「明日学校行きたくねえなー」と思い続けて生きてきたが、40になってまだ「明日ゴトシ行きたくねえなー」と同じトーンの感慨を抱いているのはどうなのか。「パリに亡命すっかなー」と新たに付け足したところで大差ない。ああ…人生。ヒマだ。

by ichiro_ishikawa | 2011-06-07 18:05 | 日々の泡 | Comments(1)  

吉川が結婚

吉川が結婚し、すでに一児もいることが発覚
出し抜かれた。「吉川も独身だし」との言い訳がもはや無効になった。
これで40代リアル独身(守るべきもののないオッサン)は、日本で俺一人に。

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by ichiro_ishikawa | 2011-06-01 09:19 | 日々の泡 | Comments(0)  

写生とは何か

 実相に観入して自然・自己一元の生を写す。(斎藤茂吉)

 写生を説いた近代短歌史、否、近現代文学史における名句のひとつだが、これをより多くの言葉で言うと下記の如し。要は、無私の精神と同義だ。写生とは、畢竟、思いやり、ということだ。

 実相に観入しておのずから感ずる衝迫、すなわちうたごごろを歌い上げることが、写生であり、短歌の根本である。ひとつの方法や主義というものではない。いわば芸術全般の根本である。あまりにも簡明で物足りなくとも、真相とはこういう当たり前の事、常識なのである。ただこの当たり前の事を実行する人は少ない。この実相への観入を緩めまいと努める事は大変難しいが、それが全てある。実相実相へと歩兵のようにひたすら歩むだけだ。観入の実行を突き詰めて行けば、感動は自ずから流露する。
(斎藤茂吉)

 写生とはsketchという意味ではい、生を写す、神を伝えるという意味だ。この言葉の伝統をだんだん辿って行くと、宋の書論につき当る。つまり禅の観法につき当るのであります。だから、斎藤(茂吉)氏は写生を説いて実相観入という様な言葉を使っている。空海なら目撃というところかも知れない、空海は詩を論じ、「須らく心を凝らして其物を目撃すべし、便ち心を以て之を撃ち、深く其境を穿れ」と教えている。心を物に入れる、心で物を撃つ、それは現実の体験に関する工夫なのである。
(小林秀雄)

 

by ichiro_ishikawa | 2011-06-01 00:26 | 文学 | Comments(0)