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物を見る眼とは

私は所謂慧眼というものを恐れない。ある眼があるものを唯一つの側からしか眺められない処を、様々な角度から眺められる眼がある、そういう眼を世人は慧眼と言っている。つまり恐ろしくわかりのいい眼を言うのであるが、わかりがいいなどという容易な人間能力なら、私だって持っている。私は慧眼に眺められてまごついた事はない。慧眼の出切る事はせいぜい私の虚言を見抜く位が関の山である。私に恐ろしいのは決して見ようとはしないで見ている眼である。物を見るのに、どんな角度から眺めるかという事を必要としない眼、吾々がその眼の視点の自由度を定める事が出来ない態の眼である。
(小林秀雄「志賀直哉」)

例えば歌人の「物を見る眼」とはこれである。だから歌人を前に俺は終始まごついている。

by ichiro_ishikawa | 2013-06-27 23:44 | Comments(0)  

大澤信亮 「小林秀雄」連載開始

『新潮』7月号から大澤信亮 の「小林秀雄」という小林秀雄論の新連載が開始。
ズバリ「小林秀雄」というタイトリングは、当人小林秀雄による「モオツァルト」や「本居宣長」にならったものかもしれず、力の入れ具合が察せられるが、書きぶりは今のところそれらとは異なる。そこに大澤信亮はいない。従って小林秀雄もいない(まだ一回目だが)。足跡をどんなに細密に辿ってもそこにその当人が現れるとは限らない。
「モオツァルト」や「ゴッホの手紙」や「本居宣長」は、小林秀雄の肖像画なのかモオツァルトらのそれなのか分からない。そんな事になっているところが魅力で、小林秀雄が対象に心底惚れ込み、真に理解し尽くそうとしている、その嗜好の形式でも尺度の形式でもなく無双の情熱の形式をとった彼の夢を前にして、俺はまさしく、舟が波に掬われる様に浚われて了うのだった。
という経験をしているであろう大澤信亮が、その上で今後どう書くか、楽しみだ。

by ichiro_ishikawa | 2013-06-27 23:11 | Comments(0)  

模倣といふこと

「模倣は独創の母である。唯一人のほんとうの母親である」(「モオツァルト」)という類いのことをしばしば小林秀雄は書いていて、ほんとうにその通りだと思うので、俺は小林秀雄の全文書き取りをし、かつ直筆の原稿を見ながらその書きグセを真似ているのだった。
ゴッホは浮世絵とミレーを徹底的に真似たというし、ビートルズやストーンズが独創的なのはブルーズに根があるからだし、どんなジャンルであれ一流はみな模倣の情熱に溢れている。
俺に独創はまだ現れないが、実は独創などなんでもない、模倣そのものに価値がある、しかし模倣といってもそんなにやさしくはない、と小林秀雄はいいたいのだということは、徹底的に小林秀雄の真似をしている俺にはよくわかっている。

by ichiro_ishikawa | 2013-06-27 22:33 | Comments(0)  

小林秀雄が示した最後の沈黙と涙

 「無私で真っ正直な思惟の道」を堂々と歩み抜かれた貴方は、もう傍まで来ている御自身の死を、どのような想いで見つめていられたのでしょうか。御妹さんの高見沢潤子さんがお書きになられたそのくだりを読むたびに、私はもう泣けて仕方がないのです。
<昭和五十八年であった。二月初め頃から、見舞にいっても、ほとんど眠っている時が多かったが、目をあけて、こっちをみても、何もいわなかった。こっちも、うるさくしてはいけない、疲れさせてはいけないと思って、あまり言葉はかけなかった。重い気持ちで、義姉と並んで、黙って椅子に腰かけ、兄の顔を、見守りつづけているだけであった。
「何を考えているんでしょうね」
「何かいってくれればいいんだけど」 時々義姉が、ぽつりと、何度も同じようなことをいった。私は溜息をついて、うなずいていた。長い間、一言もいわず、静かに死んでいった兄は、辛抱強い兄らしい死に方だったかもしれない。兄は不断から無口だったし、弁解しない人であった。疲れ切った頭で、兄がぼんやり考えていたことは、もうこれでいい、言ったって、言わなくたって同じことだ、ひとが解ろうが、解るまいが、どうだっていい、というようなことなのではなかったか。(中略)
 義姉がひとり、側にいた時、兄はじっと義姉をみつめて、両眼からぼろぼろ涙をこぼしたことがあったそうである。
「何を考えて、涙をこぼしたんでしょうか。何をいいたかったんでしょうか」と、義姉も涙をこぼして私にいった>(『兄小林秀雄』高見沢潤子)
「私の一生という私の経験の総和は何に対して過ぎ去るのだろう」と生涯問い続けられた貴方が、最後に示された沈黙と涙とは、残された私たちへの、それ以上偽りようもない解答だったのだと、私には思われるのです。

(「小林秀雄への手紙」池田晶子)

by ichiro_ishikawa | 2013-06-10 00:06 | Comments(0)