1984年の名曲ベスト5

「セーラー服と機関銃」(来生たかお)、「探偵物語」(大瀧詠一)、「メインテーマ」(南佳孝)、「Woman “Wの悲劇”より」(呉田軽穂)と、初期薬師丸ひろ子は名曲オンパレードなのだが、『1984年の歌謡曲』を読み、改めて全曲を繰り返し繰り返し聴き比べるに、「Woman “Wの悲劇”より」が飛び抜けて優れている事に33年目にして気づいた。「ずつと9th」、「時の河転調」。松任谷由実すげえ。
また、薬師丸の歌唱、そして歌詞。サビの転調部は「セックス」だといふ。さういはれるともうさうとしか思へない。哀しい。そして逆説的だが美しい。松本隆と薬師丸すげえ。


1984年の名曲ベスト5

1.
薬師丸ひろ子「Woman "Wの悲劇"より」
1984年10月24日
作詞=松本隆/作曲=呉田軽穂


スージー鈴木の解説
安定的なルート(b♭)の場合と、
呉田軽穂(松任谷由実)による一音浮いている9th(C)の場合の違い
コード:B♭m


2.
大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」
1984年9月21日
作詞=銀色夏生/作曲=大沢誉志幸
プロデュース=木崎賢治、小林和之


3.
井上陽水 「いっそ セレナーデ」
1984年10月24日
作詞・作曲==井上陽水


4.
吉川晃司「ラ・ヴィアンローズ」
1984年9月10日
作詞=売野雅勇/作曲=大沢誉志幸
プロデュース=木崎賢治、小野山二郎


5.
安全地帯「ワインレッドの心」
1983年11月25日
作詞=井上陽水/作曲=玉置浩二


6.
サザンオールスターズ「ミス・ブランニュー・デイ」
1984年6月25日
作詞・作曲=桑田佳祐


1984年を象徴する、
名曲といふのとは少し違うがよくできていて
愛唱性の高い曲

吉川晃司「モニカ」
1984年2月1日
作詞=三浦徳子/作曲=NOBODY


小泉今日子「渚のはいから人魚」
1984年3月21日
作詞=康珍化/作曲=馬飼野康二


石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」
1984年4月21日
作詞=チャゲ、松井五郎/作曲=チャゲ


近藤真彦「ケジメなさい」
1984年6月6日
作詞=売野雅勇/作曲=馬飼野康二


氷室バージョン(貴重)


中森明菜「十戒 (1984)」
1984年7月25日
作詞=売野雅勇/作曲=高中正義


舘ひろし「泣かないで」
1984年
作詞=今野雄二/作曲=たちひろし


アン・ルイス「六本木心中」
1984年10月5日
作詞=湯川れい子/作曲=NOBODY


吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」
1984年11月25日
作詞・作曲=吉幾三
プロデュース=千昌夫



# by ichiro_ishikawa | 2017-03-10 09:59 | 音楽 | Comments(0)  

絶望について

数年前からの右肘、肩に続き、いよいよ左肩にも違和感が。この一連の不如意によるダメージとは、背中がかけない事は無論、シャツやコートの袖に腕を通す時など日常の肩が上がる局面局面でいちいち気を使はねばならないといふ事だが、やはりいちばんは、豪速球を投げるといふ行為を諦めざるを得ない事である。

これはプロのピッチャーなら即廃業であるのは勿論、プロアマ問はず、老若問はず、全男性にとつてひどく屈辱的であり、無念であり、人生の楽しみの半分を失つてしまふやうなもので、かういふときに絶望といふ言葉は使はれる。

# by ichiro_ishikawa | 2017-03-09 13:13 | 日々の泡 | Comments(0)  

『1984年の歌謡曲』

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スージー鈴木著『1984年の歌謡曲』(イースト新書) 読了。
タイトルからして「俺こんなの出したっけ?」と思つたほどズつぱまりだが、だからこそか、「俺の時代1984年」を俺以外の人間が何をか語らんと、まゆつばで手に取つた(正確にはamazonレビュー吟味)。

結論から言へば、頗るご機嫌な良書であつた。
序盤こそ、水道橋博士フォロワー的な気の利いたヒューモアに彩られた知的サブカル論かと、予想(先入観)通り閉口しながら読んでゐたのだが、楽器奏者でもある著者ならではの音楽的分析が挟み込まれてきたあたりから興が乗つてきて、読了後の今は、俺の肌感覚を見事に言語化し、かつ及ばなかつたところにも及び、とても完成された、高水準の本であるといふ結論に達し、貴重な980円(デニーズ牡蠣フライ定食分)をはたいて余りある価値があつたと喜んでゐる。

秀逸な部分の抜書きは、本稿を日々推敲しながら更新する形で追記していく事にして、ひとまづ一筆書き的に全体の印象を記すと、とにかく分析が全部当たつてゐて(正解は肌感覚で俺が知つてゐる)、かつ新発見もいくつかある。そしてそれを支へる文章のクオリティも高い。
ポップ論の分野は、現代感覚とセンスが重視されるゆゑ、「センス偏重、文章雑」が許容されるといふ悪慣行が跋扈してゐて、ロウクオリティなものは比喩と形容詞句が微妙に雑であったりと、新刊の大半は愚作なのだが、本書はその点をクリアしてゐるところが大きい。文章クオリティの最重要点とは、意味するものと意味されるものとの間に乖離が微塵もないこと、つまり言葉の斡旋の的確さである。それは分析の妥当性とも実は同じものである。

また、かういふリアルタイム検証本に於いては、読者(俺)と著者の身の置かれた環境の差異が重要だ。
今回、共に1984年を愛する身であるが、違ひは、著者は俺の5歳上。1984年当時中1の俺に対し著者は高3で、音楽を本格的に聴くようなつて間もない少年であつた俺に対し、すでにある程度広く深く音楽を聴き倒していた大人であること。
また、著者は大阪、俺は東京(厳密には千葉)で暮らしてゐて、著者はハードロック系、俺は体育会系だつたといふ点だ。
これらはとても大きな違いであり、読む前のまゆつばはそうした不信感、つまり「関西系のハードロッカーがあの1984年を語れるわけがない」といふものだつた。
しかし前述通りそれは大きな誤解で、みごとに1984年の的を射た分析がなされてゐたのであつた。アースシェイカーをとりあげるあたりに趣味的バイアスが少しく認められるものの、基本的に中立である。洋楽過剰崇拝や裕也<はっぴいえんど思想、逆に開き直りの下世話礼賛といつた偏りがなく、大阪バイアスもほとんどない。ローカル目線は銀座じゅわいおクチュールマキのCMのテロップの違いへの言及など、むしろ良い方向に働いてゐる。そして大阪のハイティーンであつたことが、シティポップをよりうまく対象化する事にも成功したか。

さらには、1984年のヒット曲をミクロに分析し、「名曲度」をつけてゐるのだが、その度数も当たつてゐるし(繰り返すが「俺」が答案用紙)、何よりもニューミュージックと歌謡曲が融合しシティポップが誕生した、といふ一見凡庸な結論も、アレンジャーへの目の付け所の良さや、ミクロな楽曲分析からの裏付け、古今東西の音楽史・芸能史への精通度の深さからなる大局的、体系的な視座をもつてゐて、大変説得力がある。つまり結論とその実証過程そのものが読みごたえがあり、かつエンターテインメントとしてまとめられている。

白眉は前述のアレンジャーと音符分析、特に薬師丸ひろ子楽曲の評価だ。この音符分析はよくもここまで大衆に理解できるやうに言語化したものだと驚く。「woman」と大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」。この2曲が1984年のトップ2であることに全く異論はない。1984年どころかオールタイムベストでもある。

玉に瑕である点が、好評価を下してゐるビートたけし&たけし軍団「抱いた腰がチャッチャッチャッ」は、実は大沢誉志幸には珍しい凡作であることと(おそらく著者はたけしファン、60年代生まれに信奉者多し)、「チェッカーズがやってくる、チェ!チェ!チェ!」というフレーズは、1回はよいが何回も、しかも本書の骨子を体現するキャッチフレーズにまでするほどうまくはないというところだ。
とはいえ、それらは惜しいという域に過ぎず、全体のクオリティを貶めるには至らない。といふかその瑕疵を補って余りある本文を擁する。
次作「1986年のロック」を希望する。1979、1984、1986との三部作をもって、黄金の昭和後期の大衆音楽の全貌はいよいよ明らかになる。

# by ichiro_ishikawa | 2017-03-09 09:51 | 音楽 | Comments(2)  

ああ無常


全ては過ぎ去って還らないといふ、いはば無常観は、
人間普遍のもので、多くの場合、それを口惜しくも
やんごとなきこととして処理して人は生きてゐるやうだ。肉親の死の直撃などがその最たるものだらう。

しかし、日常において、過ぎ去つて還らないことがかへつて都合が良いといふ場合の方が実は多い、といふ事に気付くのはよいことだ。

たとへば、あなたはあのときかう言ひましたよね、かういふことしましたよね、それは何故ですか? と問はれるとしたらどうだ。閉口するだらう。全く覚えてゐないことの方が圧倒的に多く、また憶えてゐたとしても動機は不明、理由なき言動だつたり、その時の微妙な環境、その場のノリや気分での言動といふものは、かなり多いものだ。ミスだつて多い。
だからその質問がもし詰問といふ形を取るとき、被詰問者はただただうなだれるばかりだらう。えらうすんまへんとしか答へやうがない。

すべては過ぎ去つてくれて一向に構はない。前だけを見て生きて行かむ。すべてこれから作つていかうではないか。

# by ichiro_ishikawa | 2017-03-08 19:28 | 日々の泡 | Comments(0)  

今日の実験報告

通勤時間1時間半といふ「地の利」を生かした、通勤及び帰宅中の「趣味の読書タイム」は至福の時であるが、同時に音楽も聴いてゐる。読書のBGMとしては歌のないズージャーがベストであるのは普通に考へてわかるし、常にさうしてゐる。

しかし、Apple Music内にてめえで作つたプレイリスト(独自の切り口によるオムニバス集)「日本のAOR」(歌モノ)もこの貴重な時間帯に聴きたいといふ欲望が頭をもたげ、
試しにそれを聴きながらの読書に挑戦してみた。

のだが、どうしても文字の中に歌の歌詞が挿入されてしまうため、断念。
音楽とはいへ日本語を聴きながら日本語を読むといふ芸当はやはり無理があつた。

# by ichiro_ishikawa | 2017-03-07 20:12 | 日々の泡 | Comments(0)  

橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社)

橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社)読了。

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主人公は渋谷陽一と岩谷宏。
これが面白くないわけはない。

「思想」「批評」「文學」といふものを俺が初めて意識したのは「ロッキング・オン」での渋谷陽一と岩谷宏の文章であり、俺を小林秀雄にたどり着かせたのは、渋谷陽一なのであつた。
だから今でも小林と渋谷は俺の中でほぼ同格なのだ。

少し前に上梓された増井修『ロッキング・オン天国』(イースト・プレス)は、増井が「ロッキング・オン」に入社した80年代から、自身が編集長として同誌史上最高部数を達成した90年代前半あたりを中心に、その内部ストーリが綴られていて、これもすこぶる面白かったが、今回の本は著者の橘川幸夫が創刊同人であることが特異だ。
外部のファンが批評的に書いたものでも、現役がサクセスストーリーを描いたものでもなく、当時の当事者がその誕生、黎明期を綴つてゐるといふ点が、独特でよいのである。著者と素材だけでもう面白い事が確定してゐる。

話は1971年、渋谷陽一との「レボルーション」誌、「ソウルイート」での出会いから始まり、80年に増井修が入社し、著者がロッキング・オンを辞めるところで終わる。

この70年代のロッキング・オンストーリーは、渋谷陽一の著書『音楽が終わった後に』、『ロック微分法』、『ロックは語れない』といつた初期著作においてその端々で語られてゐて、それはそれは刺激的なものなのだが、本書は著者が橘川幸夫といふところが重要である。創刊同人でありながら、渋谷陽一、岩谷宏という二大巨人の間に立ち客観的視点を持つて、内部ストーリーを語つてゐる点が本書の特徴だ。レノンとマッカートニー、氷室と布袋といつた強力な相反する個性を同時に語るには、リンゴ・スターや高橋まこと的立ち位置がベストで、橘川はまさにさうした位置にゐたばかりでなく、ミュージシャンでなく雑誌の編輯者であるから文才があるので、きつちり「読み物」として読める、一層貴重なものとなつた。

ロッキング・オン内外の出入りの人々のエピソードはどれも面白いが、なんと言つても渋谷陽一、岩谷宏である。
読みどころ満載な中、特に良かったところは、渋谷の経営手腕、特に他者との交渉力、営業力の描写である。
渋谷は昔自著で「人間関係で悩む人がわからない。人間関係なんて左から来た書類にハンコを押して右に流すだけじゃないか」という趣旨のことを書いていて、その初読時10代後半だつた俺は、これは「ロック」だと感じた。
情緒、人情、侘び寂び、文學を軽視しているのではない。むしろ文學をしやぶり尽くした人間だけが言へる境地(辿り着いたといふか渋谷の場合は天性のもの?)なのである。それは、渋谷のそれまでの文章と呼応してゐてブレるところがなく、はつきりと言へることだ。

本著では、「ビジネスの渋谷、思想の岩谷、文学の橘川」という記述があるが、誰よりも思想的で文學的でロックなのは渋谷陽一である。
中でも強くロックを感じた箇所を抜き出して稿を終へる。

・編集同人紹介記事における人物描写のユーモアのセンス。(渋谷のユーモア力は中村とうようなど、論争時に爆発する)

・何が楽しくてロッキング・オンをやつてゐるのかと橘川が渋谷に聞くと、値上げした広告料金を出すのを渋るクライアントを押し切つて出させることに至上の喜びを感じるな、イヒヒヒと言つたといふこと。

・事業規模拡大のため、創刊時から世話になつてゐた小印刷会社(橘川の父の会社)に別の大印刷会社を紹介してもらつた際、実はその大会社から小印刷会社にマージンが渡つてゐたことに激怒したこと。

・情熱と使命感を持つてスタートした「ロッキング・オン」を、その創刊時から完全にビジネスに仕立て、それで食つていくと徹底的に考へてゐたこと。

・岩谷と橘川がやめる時、10年無償で関わつてくれたのだから退職金を500万円払ふと言ひ、ただ、今は元手がないので、必ず「ロッキング・オン」を軌道に乗せるから50万ずつの分割にさせてくれとして実際払ひ切つたこと。

・そして、岩谷がそれをもらふのを固辞したこと。

である。
理由は書かれてゐない。余白が効いてゐる。
ここに岩谷宏といふ男が見える。


# by ichiro_ishikawa | 2017-03-02 22:00 | 音楽 | Comments(0)  

本日の不思議なひとコマ


例によつて喫茶店で人間研究をしてゐると、
何らかの事情で歩くのがままならない初老の婦人が、店員に支へられながらやつとのことでトイレやらレジで用を済ます現場を目撃。

最晩年の父を思い出すと同時に、
大変だな、一人で全然歩けねえねえんだな、付き添ひも、杖もないんだな…
との感を抱ひた。

と同時に、
「ぢやあここまでどうやつて来た?」
との疑念が。

ドアトゥドアでシータクだらうか。
しかしそこまでして珈琲一杯200円のチェーン喫茶店にわざわざ来るだらうか。料亭とかならともかく。



# by ichiro_ishikawa | 2017-02-23 16:38 | 日々の泡 | Comments(0)  

現金主義に転向


タバコひと箱ですら、簡単に払へてポイントも貯まる「クレジットカード払ひ」をフル適用してきた俺だが、
ここ1ヶ月前に「キャッシュ払ひ」に急転向したことで、ポイントは付かなくなつたが、
1.「現金が物理的に減る様」を目の当たりにすること、
2.鞄から財布を出し小銭やら紙幣やらを取り出し、レジに渡し、釣りをもらひ財布にしまひ、その財布を鞄にしまふといふ「面倒な行為」を経ることで、そも何かを買ふということ自体が面倒になること、
この2点から、結果、生活は変はらないまま出費が少し減つた。

ポイントといつても行つてせいぜい月数百円、年間数千円なのに対し、減つた出費は今月だけで数千円か。
これは地味にデカい、といふ結論に達した次第だ。

# by ichiro_ishikawa | 2017-02-23 16:28 | 日々の泡 | Comments(0)  

関係代名詞そのものを訳す試み

「英文を、単語ごとに、その現れる時系列に沿つて、直訳していきたい願望」を抱える俺にとつて、
there is〜のthere
it is rainy などのit
がしごく厄介だといふ話だが、
そのほかにまだある。

訳さない単語の代名詞が、
それこそ関係代名詞である。
the man who sold the world
のwhoである。

the その
man 男
who (その男を形容して来るぞ)
sold 売つた
the その
world 世界を

一般に、関係代名詞はそれ自体は訳さず、
次に来る句なり節を先に訳して、
関係代名詞直前の単語を形容させる、
ので、上記を自然な日本語に訳すと、
「世界を売つた男」
となる。

theを訳せないのも気になるが、それは別でまた考へるとして、ここでは、関係代名詞を何とか訳す方向で思考を進めて行きたい。
なぜなら関係代名詞のやうな、日本人にとつては「機能」に過ぎない語も、英語ネイティヴは機能プラス「何らかの意味」を持たせてその語を迎へてゐるはずだからである。

the その
man 男
who ところの
sold 売つた
the その
world 世界を

といふ案がある。
〜するところの、といふ言ひ方は理屈つぽい書き言葉でいまでも出ては来るし、昭和中期ごろまでは話し言葉においてもまま登場してゐた表現だが、
「世界を売つたところの男」
はやはり違和感がある。

しかしここでは日本語としての不自然さは度外視して、
とにかく「英文を、単語ごとに、その現れる時系列に沿つて、直訳していく」ことこそに眼目があるので、

the man who sold the world
は、
その 男 ところの 売つた その 世界を
としたい。

英語人がこのフレイズに接した時の頭に去来してゐることを時系列で表すと、かうでなのである。
変わつてるな。


# by ichiro_ishikawa | 2017-02-22 19:32 | 日々の泡 | Comments(0)  

選択肢が複数あることの不快

There were bells on a hill

これは、

丘の上に鐘があつた

であらう。
中学英文法でまかなへる。

しかし、この
there is(are)〜
は、
〜がある、いる
と訳すが、
英語だと語順が、
there、が先に来てゐるわけで、
そのとき、聴くものはどういふ理解なのであらう。

日本語であれば、
丘、の、上、に、鐘、が、あつ、た
と時系列で理解できる。
英語の時系列を追うと、まづ
thereの段階で想起されるものは何だらう。
「そこへ」「そこで」
といふ可能性もあるだらう。
あるいはthere is構文が来ることを想定してゐるとして、かつ、次に来るbe動詞はまだわからないし、
そのbe動詞の後にくるのがどういふ名詞かも分からず、
しかもその名詞は物か人か、単数か複数かも分からないわけだから、
つまり「there」の段階では
「そこへ」「そこで」「(〜がある)」「(〜があつた)」「(〜がいる)」「(〜がいた)」
といふ様々な想念が去来してゐなくてはおかしい。
日本語だとこんなことは起こらない。
丘、と来たら丘を想定する。「丘が」なのか「丘は」なのか、などは次の助詞待ちなわけで、丘の時点では問題はない。丘と来たら丘だ。
英語のこの手のことばは一体どういふ自体なのか。

it's rainy
雨だ

など、「訳さないit」と学校で教わるものもある。
概念がないから言葉もなく訳語がないといふなら分かるが、では、日本語にはないとしても英語の人はitの段階で何を想起してゐるのか、といふ問題は残る。

問題は同じことなのでthereに戻る。
「there」の段階で
「そこへ」「そこで」「(〜がある)」「(〜があつた)」「(〜がいる)」「(〜がいた)」
が去来しながら、次に
「were」と来たところで、
「(〜)があつた」「(〜)がいた」に絞られる。
それでもまだ二択だ。選択肢が複数あること自体、解せないのだつた。
英語人は、いようが、あらうが、どうでもよく、
つまり人も物も、「存在する」的にひとまとめにしていると言へる。
だから「there were」と来たら、訳語として不自然としても、「存在した」といふ想念が去来している、といふこだ。

で次に、「bells」と来るので
「鐘」がとひとまづ落ち着く。
「鐘があつた」と。
厳密にはこれは逆に日本語には無いが「複数の鐘」といふことも確定してゐる。その前のwereの時点で複数の何らかである事は想定されていた。

ここまでをまとめると、

「there」
「そこへ」「そこで」「(〜がある)」「(〜があつた)」「(〜がいる)」「(〜がいた)」
※カッコは確定できないモヤモヤ
「were」
「(複数の〜)があつた」「(複数の〜)がいた」
「bells」
「(複数の)鐘」

全体で、「(複数の)鐘があつた」
となる。
全体でコンマ何秒だし、もしかすると
there wereを一語扱ひにして考へてゐるのやもしれぬが、単語レベルではそれぞれ独立してゐる以上(実際「そこへ」といふ副詞として単独で意味を完結させる場合だつてある)、
there wereであつても、thereの時点で何らかの判断を下してゐなくてはおかしい。といふか気持ち悪い。

on a hill
は、
on
(〜の)上に
a
ひとつの

hill


と、onは前置詞といふだけあつて次に名詞がくることを想定して「(〜の)上に」と、待ち構える姿勢が気持ち悪いが、thereほどひどくないからまあよしとする。

全体を時系列に沿つて、
聴くものが想定する意味を書くと、

「there」
「そこへ」「そこで」「(〜がある)」「(〜があつた)」「(〜がいる)」「(〜がいた)」
※カッコは確定できないモヤモヤ

「were」
「(複数の〜)があつた」「(複数の〜)がいた」

「bells」
「(複数の)鐘(が)」

「on」
「(〜の)上に」

「a」
「ひとつの」

「hill」
「丘(の)」

日本語だけで示すと、

「そこへ」「そこで」「(〜がある)」「(〜があつた)」「(〜がいる)」「(〜がいた)」(モヤモヤ)

「(複数の〜)が存在した」(確定)
「(複数の)鐘(が)」
「(〜の)上に」
「ひとつの」
「丘(の)」

という順序で意味を把握しているといふことになる。

やほり日本語で英語を解しやうとすることにそも無理がある。英語は英語のまま、その感じを解するしかない。

でも、単語レベルで選択肢が複数ある、
といふのは日本人にはどうしても考えらない。

以上。


# by ichiro_ishikawa | 2017-02-22 13:25 | 日々の泡 | Comments(0)