ジャズ・ギター

 グラント・グリーン(1935〜1979)という主に60年代に活躍した黒人ジャズ・ギタリストが最近いい。昔からいいのだろうが、自分にとってよくなったのは最近のことだ。
 そも、ジャズ・ギターというものにあまり馴染みがなかった。ギターはロックの専売特許だという感が強かったし、ジャズにおいてはやはりピアノやサックスが花形で、ギターはザッザッザッザッとリズムを刻む、ベースやドラムと役割的には近いバッキング楽器だから、“すげえいいさ加減”も地味なものだった。70年代マイルズ・デイヴィス・バンドのジョン・マクラフリンなどはロック寄りなので好きだけれど、パット・メセニーとか、マイク・スターンはよりフュージョンぽくて、楽器ベタ、味オンチの自分にとってはあまり楽しめるものではなかった。 
 それがここに来て、ジャズギターブームが到来。チャーリー・クリスチャン、ジム・ホール、ウェス・モンゴメリー、パット・マルティーノがものすごく好きになった。ここ最近、バンバンバザールや、戦前のブルーズや、40〜60年代のリズム&ブルーズをかなりサイコパセティックに聴いてきた耳が、ジャズの繊細さ、アーティスティックさを許容しはじめたのやもしれぬ(やっと)。

 とはいえ、グラント・グリーンは、実はド・ジャズではない。アーシーでブルーズ・フィーリングあふれ、ゴスペルっぽくもあり、朴訥で素朴な、いなたいギターを弾く。
 このダウン・トゥ・アースなギタリストは、フットワークが実に軽く、いろいろなところに駆り出されては、気軽にセッションを展開している。アドリブ回しにおいては、主役をバンバン喰っちまう。主役であるサックスやトランペット、ピアノはそんなグラントに挑発され、レベルがグワッとあがっていく。結果、全体がファンキーな大セッション大会となり、嫌が応にも聴く者の腰を変拍子で痙攣させるといった塩梅だ。
 自分のリーダーアルバムよりいい演奏を膨大に残している——そこに目を付けたピーター・バラカンは、グラント・グリーン客演集といった趣のコンピレーション・アルバムを編集して東芝EMIからリリースさせた(だいぶ前に)。
 その名も『Have Guitar, Will Travell』。
 このタイトルが実に秀逸。ピーターが若き頃に見ていたテレビドラマ『Have Gun, Will Travell』をもじったものらしく、そのドラマは、殺し屋の主人公がチャカひとつで世界を飛び回るもので、タイトルの意味は「当方、銃あり。出張致します」といった意味合いだと、日本人より日本語が堪能なイングリッシュマン・イン・トーキョーことピーターは言う。つまり、この客演集も、「当方、ギターあり。出張致します」となる。
 その殺し屋ぶり、ギター1本での道場破り的な豪放感が、すげえいい。

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      これは2作目のリーダー作。メロディとか、すげえ

# by ichiro_ishikawa | 2006-03-01 19:47 | 音楽 | Comments(0)  

リリー・フランキー in『GQ』

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 「泣ける」という触れ込みがずっとイヤだった。何か大事な物を取りこぼしている。「あとで、会いにゆきます」とか「世界中の中心で」とか「1リットルもの涙」とかと同じレベルで語られては迷惑だ。だが、当のリリー・フランキーはさすが動じない。
「ミュージシャンと同じで、リリースされてしまえば、どう捉えようが受け手の自由」というスタンスだ。
「ただ、『泣いた』と言われるのは嫌じゃない。でも泣いたで言えば、俺の方が泣いてる。書く前から泣いてるし、泣きながら書いていたからね」
 インタビュアーはGQだから地位や名声に対して敏感だ。周りの反応は変わったかと聞かれると、
「年上の人と接する機会が増えた。いつも“変わった奴”と見られていたが、“母親思いの変わった奴”に変わった」と余裕の返し。
 GQだから女性にモテることに対しても過剰な反応を示している。100万部超えなくたってリリーはモテていた。数は増えただろうが、それは下衆が増えたということだ。モテないやつは100万部超えたってモテない。下衆は寄って来るだろうが。そこを履き違えるのがGQとレオンだ。リリーは“ちょいワル”とは縁もゆかりもない最も遠いところにいる。言っとくがリリーは“すげえ悪い”だ。
 最後に福田和也は、『東京タワー』を「男目線による究極のマザコン小説」と評した。もちろんこれは絶賛ということだ。
 いつも金、金うるさいGQが印税について聞いてくると、
「母親の墓を買う」
 ロックだなあ、リリーは。

# by ichiro_ishikawa | 2006-02-21 17:18 | 文学 | Comments(0)  

養老“唯脳論”孟司「無思想の発見」はいい

新書がちょっとしたブームなのか。
 「バカの壁」を皮切りに、「さおだけ屋はなぜ潰れないか」、「国家の品格」、「下流社会」、「千円札は拾うな」、「超バカの壁」など、新書が軒並み大ヒットしている。
 新書は、そも手軽に物事の概要をざっと捉えるにはもってこいの媒体だけれど、ここまでヒットしているというのは近年まれに見る現象だ。大学生から一般のサラリ−マンまで幅広い層に読まれているということだろう。最大の要因はタイトルにあると思われる。
 どれも“おやっ”と思うキャッチーさがある。それで立ち読みでパラパラとページを繰ってみると、身に覚えのある(社会生活に役立ちそうな)フレーズがポンポンと飛び出してくる。「これは楽だ!」というわけである。
 そういう人は、いかに「情報」が生活に役立つかこそが重要であり、情報誌でも読むように一度読んだらすぐに忘れて、「現実」なる生活にさっと戻ってゆくのだろうが、出版社にとってはどう読まれようが売れれば勝ちだろうし、著者にとっては読者の0.1%でも思索の喜びを感じてもらえたらこれ幸い、といったところだろう。 
 一方、普段から思索癖のある輩にとって、新書はあまり必要ではないらしいのだけれど、近年上梓された本は、そうした層も取り込んでいる感がある。言われている内容が、易しく、あるいはやや扇情的に書かれてはいるものの、その本質は深いからだ。
 特に、新潮社のベストセラー3冊「バカの壁」「超バカの壁」「国家の品格」は深い。
 養老孟司は、そも深い思索家だけれど、「国家の品格」もそんなに負けてはいない。
 だが、これは編集者がすごいのだろう。
 タイトルの秀逸さ、本文の分かりやすさ。「超バカの壁」に至っては、編集者による養老の口述筆記である。著者色よりも、編集者色がプンプン臭ってくる。気持ち悪い。

 そんな中、あまり売れていない新書がある。
 内容は一番凄いのだけれど、売れていない。
 それは、同じ養老による、ちくま新書「無思想の発見」だ。
 内容の本質は「唯脳論」や「バカの壁」と同じにもかかわらず、売れていない。その原因は様々あるだろうが、おおまかに言って、タイトルと文章にあると言えよう。タイトルは文学的にすぎるし、内容は事象そのものに特化し過ぎだ。それでも、「世間」「世間」とやたら出してくるところなど、「生活」=「現実」の一般読者に対する十分な配慮はなされている。が、やはり一般の“楽に考えたい”派には受け入れられないだろう。“楽に考えたい”派は、サラーッと読みたいのだ。そこが週刊誌も出している新潮社とちくまの差か。

 売り上げだけで判断するのは市場史上主義ならともかく、ファンキーでリズム&ブルーズなロックンローラーにはあってはならないこと。ここで声のボリュームを大にするが(といっても3ぐらい)、ここ最近の新書では、「無思想の発見」がトップだ。これは売り上げに対して金銭的な利害関係のない、どの出版社にも属していない自分が言わねばならない。
 どういいか。
 知らぬ。小林秀雄や池田晶子、茂木健一郎、あるいはプラトン(ソクラテス)的なところを、日本の生活にどっぷり漬かった理科系の科学者が、伝えるべき読者をはっきりと想定した上で綴っている、といったところかも知れぬ。
 そんなものは、他にもけっこうあるぜ、というムキもあろう。それはあろう。だから、本書が唯一と主張するのではないし、唯一かどうか、そんなに読書家でもないから知らないのだが、近年の著作で、行動範囲が江東区と港区に限られている中年男性の手に届く範囲で見た限り、最もすごい、とだけ言いたい。

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# by ichiro_ishikawa | 2006-02-21 17:16 | 文学 | Comments(1)  

なんでお前そんな質問するか

小林秀雄講演CDをグワッと聞いているが、
抜粋せざるを得ない衝動に駆られたので、一部ここに記さん。

大学生への講演が一段落し、小林は聴衆にこう切り出す。
「なんか質問はないですか?」
おっと思うが、そこは小林秀雄、やはり一筋縄ではいかない。
小林は、大学で講義をやっていたときに、学生によく質問をさせたのだと続ける。
そして、よくこう叱ったものだと。
「なんでお前そんな質問するか」

「質問すれば答えてくれるなんて思っちゃいかんよ。
そんなぁ、君、僕は答えられやしないよ。
『どうしますか、現代の混乱を』、なんて言われてどうしますか? これは質問がなってないんですよ。
あの人なら答えてくれると思ってる。これがいけないんですよ。
質問をするってのは、自分で考えるってこったろ?」
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「実際、質問というのは難しいことでね、本当にうまく質問するということは、もう答えは要らないっていうことなんですよ、本当は。
人間の分際で、この難しい人生に向かって、解決を与えるなんていうようなことはおそらく、出来ないですね。
ただ、正しく聞くっていうことは出来ますね。
だから、正しく聞こうと、諸君、考えておくれよ。
なにも質問を止めろというわけじゃないよ」



2月17日の朝日新聞朝刊に、池田晶子が東京の戸山高校で特別授業を行った際の記事が出ていた。
「自分とはなにか」
「死とはなにか」
これらを、考えろという。(以下、問答の想像)
学生は、そんな当たり前のことは考えたこともないので当惑する。
自分は自分です、と鼻を指す。それは「自分の鼻」だ。自分じゃない。
自分は脳か? じゃあ脳を触ったら、自分に触れたことになるのか?
死は? 
人が死んだ。死はそこにあるか? いや、そこにあるのは死体だ。
死はなくなることか? 何が?

池田が質問を投げかけるのは、当然、答えを見いだすためではない。
ただ考えるきっかけを与えるのみだ。
また、生徒の質問に答えるわけでもない。
「そんなぁ、君、アタシは答えられやしないよ」
そして、池田は、最後にこう言い放って帰ったことだろう。
「おのが一人で考えよ、もちろん参考書なんていらぬ。手ぶらで考えよ。分からないということがはっきりと分かるまで」

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▲戸山はバンバンバザール福島君の母校です。


The Whoのピート・タウンゼントがこう言ったそうだ。
「ロックンロールは誰かを救済するものではない。
ただ、悩み苦しんだまま、そいつを踊らせるんだ」

本物は、答えを与えない。考えを促すのみ。
思えば、キリストもそうだ。ソクラテスなんてその代表だ。
彼らは、思索を促すための、“考えるヒント”しか言わない。

# by ichiro_ishikawa | 2006-02-18 19:36 | 文学 | Comments(1)  

氷室京介と布袋寅泰

 氷室と布袋は水と油。性格的にも音楽的にも、対極に位置する存在だった。
 暴走族に属し不良の親分でケンカがめっぽう強く屈強な肉体を持つ硬派な氷室。
 一方、音楽マニアでアート少年。奇行ばかりが目立ち、痩せっぽちでひょろ長く、女性的でなよっとした布袋。
 キャロル/矢沢を敬愛し、「傷だらけの天使」やヤクザ映画をこよなく愛する氷室。
 一方、10cc、スティーヴ・ハーレイ&コックニーレベル、ロキシーミュージックといった英国音楽やファッションに傾倒していた布袋。
 絶対に相容れない2人。それがなぜ結ばれ、バンドを結成したか。それは、絶対に相容れない2人だったからだ。お互い自分とは真逆の存在が気になった。むかついた。大嫌いだった。だが、自分の世界を広げようと必死だった若き彼らは、異文化交流を激しく求めた。結果、互いに触発しあい火花を散らし、これまでの日本の歌謡曲/ロック、洋楽とはまったく異なる、独特なバンド/サウンドが生まれた。これまで地下街で暗躍していたロックバンド/ミュージシャンは洋楽のコピー、選民意識の高いスレた連中ばかりだった。チャートに台頭する音楽は「すべて」アイドル歌謡だった。BOφWYは、そのどちらでもなかった。どこにも属さないバンドだった。日本の音楽シーンに文字どおり風穴を開け、“ロックでなければ売れない時代”を築き上げた。ここが、BOφWYがビートルズである所以だ。

 蛇足だが、解散以降、氷室はより女性さや繊細さを増し、布袋はより男っぽさを増していく、というのは実に興味深い。


布袋寅泰の自伝「秘密」


 布袋寅泰の自伝「秘密」(幻冬舎)が刊行された。
「秘密」という意味深なタイトル。熱心なファンならば、まず“あのこと”が語られているのでは、と直覚するはずだ。
 結論をズバリいうと、“あのこと”は「墓場まで持っていく」とだけ記されている。つまり、永遠に語らない。
 これは、理由といっても様々な要素が複雑に絡まっており、メンバー4人にしてもそれぞれ思いは異なる。自分はBOφWYとしては1/4の存在である。そうした謙虚さと誠意からだ口を噤んだ。当事者としては正しい態度だ。

 布袋の人生が、本人の言葉で書かれ上梓されるのは、93年の「よい夢を、おやすみ」(八曜社)、95年の「六弦の騎士」(東京書籍/森永博志との共著)以来3冊目。いずれも自伝的要素が強かったが、今作の特異性は、生い立ちから現在までを網羅しているところ。「サレンダー」「さらば青春の光」「ポイズン」「スリル」といったヒットシングルを制作し、大衆と真っ正面から向き合うようになって以降、初めての著書で、文体も肩の力が抜けている。その分、比較的、過去を赤裸裸に振り返っている感がある。
 軸は、様々な出会いと別れ。最も大きなポイントとなる別れは5つ。

1.韓国人の父親との別れ
2.氷室京介との出会いと別れ
3.吉川晃司との出会いと別れ
4.山下久美子との出会いと別れ
5.今井美樹との出会い

 概ね、これまでの著作やインタビュー、ラジオなどですでに知られている事実が多いが、ここでは個人的に面白かった部分を紹介せんとす。



布袋の音楽的ルーツ
パンク〜ニューウェーヴ
と英国趣味


 高校3年の冬、いよいよ長髪がキリスト教系の私立学校・新島学園で問題となった時、「イエス様の髪はもっと長い」との名言を残し、卒業間近に退学した布袋(退学直後、パンクの影響で短髪にしたのだが)。
 上京したての、原宿のアパートに暮らしていた頃、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルといった王道ハードロックや、片やジャズミュージシャンが華やかにテクニックを競うクロスオーヴァーと呼ばれた音楽が主流だった中、
「俺は地下のマグマが噴出する寸前のムーヴメントに夢中だった。(中略)セックス・ピストルズやディーヴォといった、プロフェッショナルなミュージシャンからすれば、“音楽じゃない”と言われるような連中が、ただエネルギーと発想力だけで世界中を涌かせていた。インテリアート集団トーキング・ヘッズやテレヴィジョンの登場。レゲエやスカなどの黒人音楽のエッセンスを取り入れた新しいダンスブームの火付け役はツー・トーンレーベルのスペシャルズやマッドネス。(中略)俺は一瞬にしてパンク、ニューウェーヴの世界にどっぷりとはまっていった」

 ディスコ、フィラデルフィア・サウンド(フィリー・ソウル)全盛のとき、布袋がセンスとダンスを磨いたディスコが2つ。新宿のツバキハウスと六本木のクライマックス。
 ツバキハウスは、「セックス・ピストルズのパンクで踊り、クラフトワークのテクノで猛然と頭を振る悦楽の空間だった」
 また、「六本木のクライマックスでかかるのは、XTCやポップ・グループやD.A.F.といったインテリジェントなパンクだ」

 福生の米軍ハウスにいた頃。
「フライングリザーズ、カン、スロッビング・グロッスル、ペル・ウブ、P.I.L.…。その中でもやはり一番のお気に入りだったのは、クラフトワークだ」
「このクラフトワークを大音量で聴くと、これがまた凄い。スピーカーから飛び出てくる形而上学的なビートは限りなく立体的で、散らばった音の一つ一つがDNAを直接揺さぶるように刺激する」

 それにあわせてギターをかき鳴らした。
「なにせクラフトワークにはギターがないし、ずっと同じテンポでループされるからメトロノーム代わりに持ってこいだし、新しいフレーズを考えるには最適だったのだ。つまりあの福生時代、おれは世界のクラフトワークをバックバンドにしてしまっていたのである。何と夢のあるプロジェクトだったことか」

 いずれもBOφWY結成前夜、花の都、大東京でぐずぐずと燻っていたときである。誰であれ、この季節に、如何に本気で燻るか、これが後の人生を決めるのやもしれぬ。
 この音楽的“いい趣味”が、不良・氷室京介を刺激し、火花を散らすことになる。



氷室京介への憧れ

 この自伝の最もスリリングな部分は、これまでほとんど語られることがなかった氷室京介の描写だ。布袋は氷室に「憧れていた」という。
 驚きだ。と同時に“だろうよ”との感を拭えない。男が最も惚れる男、氷室、畏るべし。
この『秘密』の裏タイトルは、「俺が氷室に惚れたワケ」だ。

 燻っていた布袋に、氷室から突然、電話が入る。
「高崎では一瞬でも火花を散らしたバンド仲間、顔見知りではあった。しかし、彼は不良の親分的存在。決して弱いものいじめをすることはないけれど、常にカミソリのような鋭いオーラを出しまくっていて、まったくもって近寄りがたい人だった。だから面と向かって話したことは一度もなく、音楽性もどちらかと言えば水と油だ」

 やばい、殴られるのでは!? だがなぜ俺!? と戸惑いながらも布袋は、氷室に呼び出され、会いに行く。氷室は、「のちに誰もが虜になるあの笑顔を浮かべて」現れた。六本木のアマンドで氷室は単刀直入にこう切り出す。
「布袋、バンドやらない?」

「飢えたオオカミのようにギラギラとした、野蛮でセクシーな匂いを振りまく男。攻撃的ながら、その瞳には謎の翳りがあった」

以下、布袋の氷室評を抜粋。

「“デスペナルティ”。ヴォーカリストに氷室京介を擁する筋金入りの硬派ロックバンド。バイク乗りたちの強固な結束による動員力がある、近寄りがたい存在感のバンドだった。皮の上下に身を包み、全員がジェームス・ディーンのような佇まいだった」

「何度か対バンライヴをやる中で、次第にデスペナルティのヴォーカリストに一目置くようになっていた」

「とにかく圧倒的な存在感だった」

「楽屋で隣り合わせても、誰とも話そうとしない。そして強靭な肉体から醸し出されるバイオレントなオーラ。その一方で、バイク仲間や知人が楽屋を訪ねてくると、まるで別人のように柔らかな空気を纏う不思議な男」

「どうやら宇宙人のような身長187センチの俺の音楽家としてのセンスに触れて、いわゆる“不良のロック”という括りに満足がいかなくなる前提が生まれたのかもしれない」

「ソリッドで、硬派で、まるでナイフのような切れ味を持ったヒムロックのヴォーカル」

(柄の悪いバンド連中と同じタコ部屋のような楽屋にて)「普通のバンドだったらひと悶着起こっただろう。ところがBOφWYにはあの氷室京介がいた。『なんか文句あんの?』とばかりに一睨みしただけで、他のバンドはすごすごと視線をそらすのだった」

「客席のほとんどが若い女の子になった。客席の大半がヒムロックに集中しているように映った」

「解散した途端に俺にとってヒムロックは、本当にライバルのような存在になってしまった。ヒムロックはもちろん強力なオーラを放っていた。その光のオーラには誰も抗えなかったはず」

 もう止める。
 最後に、「存在することの危うさに最期まで賭けるのだ」というジャン・コクトーの言葉をいつも前書きに掲げる布袋によるロックの定義を挙げておく。
「最期の最期まで手に汗握る、生存本能が最大限に試される瞬間。その一瞬にだけ見える光こそが、ロックンロールだと思えてならないのだ」

# by ichiro_ishikawa | 2006-02-14 13:00 | 音楽 | Comments(4)  

アルペジオの手記

「旅行が楽しかったとか、美味しいものを食べて嬉しいという感情は、創作にはあまりつながらない。むしろ喜怒哀楽の怒と哀を感じたときに心が震える」

「居酒屋で飲んでいる集団の中で、中心で盛り上げている人ではなく、隅っこでちびちびやっているやつに引かれるし、何かを創りたいと心動かされる」

——リリー・フランキー
(2/5放送予定『トップランナー』での発言/週刊ザテレビジョン6号より)

 この2つの発言は、リリー・フランキーの核をなす何かに触れている。本質的にブルーズ、ロックであり、ファンクであり、パンクであり、根本的にジョークである。


 2ヶ月ぶりの更新となるが、これだけブランクが空いたのは、書くことがなかったからだ。書くことがなかったということは何も考えていなかったということだ。正確に言えば、ぼんやりと考えていた。あるいは、ただひたすら吸収していた。何を。リズム&ブルーズをか。そうかもしれぬ。そんな気もする。

 去年の暮れからこれまで、メンフィス、マッスルショールズ、ニューヨークあたりをずっと回っていた。
 1947〜73年のアトランティック、STAX、ハイ・レーベルなどの音源をグワッと聞き込み、アフロ・アメリカンのソウルを噛み締めていた。もう、その辺しか全然聴いていなかった。あの頃のブラック・ミュージックはとてつもない。素晴らしい。
 通勤時、休日と、時間があればiPodsでリズム&ブルーズ5000曲を聴き、ネルソン・ジョージ『リズム&ブルーズの死』、ピーター・ギュラルニック『スウィート・ソウル・ミュージック』、バーター・ピラカン『魂(ソウル)のゆくえ』、岩波新書『アメリカ黒人の歴史』を読み耽っていた。

 そんな中、会社のある虎ノ門から国会議事堂を抜けて江東区へ帰る電車で、ふと中吊り広告に目をやった。
「秘すれば花の“メリハリ”化粧」「ミラノ艶女(アデージョ)はヌーディサンダル」「くびれ美人で春に勝つ」
といった、救いようがないバカな文字が目に入った。「ちょいワル」などに代表される、こうした浮かれポンチなコピーにはずっとウンザリしていたが、ここに来て怒り心頭に発した。
「お前ら、いいかげんしろ、バカヤロウ!」と広告を引き裂いた。さらにふと目にした湾岸戦争を描いた映画『ジャーヘッド』のチラシには、どこかの編集者らしきコメントで、「主人公の“ワルかわいさ”にも注目」とある。「お前もか、ちょっと来い、このバカヤロウ!」と怒声をあげた。
 その刹那、シャッフルしていたiPodsから5000分の1の確率でかかったのが、「マザーファッカー!」と叫びながら、ダウン・トゥ・アースな歪んだギターをかき鳴らすMC5だった。俺はクワッ!と覚醒した。
 
「(そういや)俺はロックだった」

 住吉のアパルトマン・アルペジオに帰ると、部屋からパブリック・エネミーが流れていた。すげえ怒っている。俺はいよいよ覚醒した。

 「(そういや)俺は10代の頃は、みんなブッとばしていた」 

 20代からは、全てを許し、ジェントリーに紳士ぶるようになっていたが、そういや俺は、悲しみの権化であると同時に怒りの権化でもあったのだった。クールにやっている場合じゃない。もう、許さねえ。

「冷静に構えるぐらいわけのないことはない。ただ他方を向いてさえいれば冷静面ぐらいは出来るのである」(小林秀雄)
 
 俺は、踵を返し、そのまま国会議事堂へゆき、ションべん引っ掛けて、口笛吹いて、お家に帰った。

# by ichiro_ishikawa | 2006-02-01 00:55 | 日々の泡 | Comments(3)  

歌手ザベストテン

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 あえて歌手と言う。シンガーと言っても同義だが、この外来語はいささか乙に構えすぎている節がある。あえて歌手と言うことで、より、声そのものと歌唱の魅力という点に照準を絞れる気がする。
 黒人をあげていったらきりがないので、除かざるを得なかった。レイ・チャールズ、サム・クック、オーティス・レディング、ドニー・ハザウェイ、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーと、やはりきりがない。また、黒人とそれ以外を同じ土俵でランク付けするのに抵抗を感じたことも除去した一因。このカウントダウンの裏テーマは、黒人にも匹敵する歌手たち、であるやもしれぬ。
 また、奇しくも、カラオケで一番歌っては行けない歌手リストにもなっている。女性も省いた。ややこしくなるから。女性については近日公開「女とロック」で、詳しく触れる。


13.グレン・ティルブルック(SQUEEZE〜ソロ)
c0005419_21193795.jpgいきなりマニアックだが、レノン/マッカートニー、スティング、コステロと肩を並べるすげえシンガー/ソングライター。実は1位といってもいい。とにかくすげえいい声。
「グレン・ティルブルックは、僕が今まで聴いたなかで最も素晴しく、最もメロディックなソングライターであり、 素晴しいシンガーだ」(ロン・セクスミス)



12.長渕剛
c0005419_1703961.gif透き通るような美声時代(1978〜1980)に始まり、年代を追うごとに声質、歌い方を変えていった長渕。地声に近い声域でのささやき歌唱から、かなりのハイトーンで歌い上げるものまで、長渕は、その歌のうまさこそ特筆されるべきことなのだ。近年のしゃがれた歌い回しはいささかいただけないけれど、1990年頃までは、どれもすごい。シャウトの説得力は、歌にかける覚悟の違いを、凡百のミュージシャンに見せつけている。



11.ミック・ジャガー(The Rolling Stones)
  レイ・デイヴィス(The Kinks)

c0005419_1702127.jpgc0005419_1783345.jpg1960年代のスウィンギン・ロンドンを牽引した40年代生まれのイギリス人は、黒人ブルース、R&Bの物まねから入った。いかに黒人のように歌うかに賭けていた。ストーンズとキンクスだけが今なお現役なのは、このフロントを務めるソウル歌手のカリスマ性によるところが大きい。



10.ヴァン・モリスン(Them〜ソロ)
c0005419_1659548.jpg世界の白人の中で最も黒人なヴァン・モリスン。作品ごとに様々な音楽的アプローチを見せるが、そのソウルフルな歌声は通奏低音として不変。『Astral Weeks』を聴いているとなぜか涙が止まらない。



9.ボノ(U2)
c0005419_16594366.jpgアイルランド人というのは、ヨーロッパの黒人と言われるほど、根本的にブラックなフィーリングを持つ人が多い。前述のヴァン・モリスンに続き、またしてもアイリッシュの登場だ。ボノは、歌が抜群にうまい。低音のセクシーさ、ハイトーンのシャウト、ロックンロールからゴスペルまで、付け入る隙がない完璧さ。そして、その驚くべき声量も特筆に値する。そういや、モリッシーもコステロもレノンも、みなアイリッシュ系なのだった。



8.大滝詠一(はっぴぃえんど〜ソロ)
c0005419_16593146.jpgはっぴぃえんど的な黒人、ロック的なアプローチと、『A Long Vacation』などに見られる純粋な歌手としての歌唱、どちらも素晴らしい。ソングライターとしての評価が高いが、実は何よりも歌手としての才能がずば抜けていることに気づくのはいいことだ。プレスリーから始めた人なのだ。また、ルイ・アームストロング風もとんでもない。



7.モリッシー(The Smiths〜ソロ)
c0005419_16591981.jpgこのリストの中で、最も黒人から遠く離れた歌手。ヨーデル調の歌唱が特徴だが、腹を抉るような絞り出すような呻き唱法もいい。変態歌手は基本的に好みじゃないのになぜモリッシー?という向きもあるようだが、モリッシーは変態じゃない。言動は変態だが、歌唱、すなわち精神はロック。ただ、「Still Ill」ではあるだけだ。兎にも角にも、最も言わなければならないのは、モリッシーの歌声は、優しい、ということだ。




今週のスポットライト
福島康之(バンバンバザール)
c0005419_1727783.jpg94年デビューなので、まだサンプルが少ないため同じ俎上には乗せなかった。より黒人ブルース色を強めてきた近年の掠れ声も素敵だ。口上も素晴らしく、ライヴ盤でもそれは聴ける。詳しくはバンバンマガザンで書くからここでは書けないのが残念。



6.鈴木雅之(シャネルズ〜RATS & STAR〜ソロ)
c0005419_1659792.jpg歌手というのは俺が最も憧れる職業だ。それは、「左の本格派(本格左腕/サウスポー)」以上である。ロックロックといいながら、歌謡曲が音楽原体験の俺は、「歌もの」に滅法弱いのである。ロックには必ずしも「歌」はなくてもよく、演奏に主眼があるものがすげえ好きである一方、「歌もの」も決して看過できない存在、というか、そっちの方が好きなのかも知れぬ。アルバムよりシングル、なのやもしれぬ。だからi-podsをシャッフルで聴くのが好きなのやも知れぬ。
マーチンこと鈴木雅之は、テレビのザベストテンでシャネルズとして聴いていたから、今回のリストの中で最も早くてめえの人生に登場してきた歌手である。当時の歌手としては、沢田研ニという惜しくも13位で、ランクから外れてしまった人もいるが、ダントツでシャネルズがよかった。単に曲が良かったのだけれど、氷室が89年に雑誌pia music complexで「好きなんだよな、こういう声」と言っていたことで再注目したのだが、大人になってから改めて接するに、シャネルズ〜ラッツは、何より鈴木雅之の声がすげえのだということが明らかになった。俺には黒人と鈴木雅之の声の区別ができぬ。黒人のように歌えるという意味ではイエローモンキー1である。このテの地声が低い人が出すハイトーンはやはり特権と思わざるを得ないのだが、そのセクシーなことといったら! そりゃ大滝詠一も認めるだろうよ。この声はとんでもない。特にシャネルズ〜RATS & STAR時代の太く低い声質で歌い上げるテノールには、しびれる。ハイトーンで掠れるハスキーな響きも秀逸。ずっと聴いていたい。日本人で一番黒人。



5.マイケル・スタイプ(R.E.M.)
c0005419_16585629.jpgR.E.M.は曲がいいのか、ギターがいいのか、ボーカルがいいのか、はっきり言えないところがある。もちろん全ていいのは言わずもがなだが、あえて個人的な見解を述べれば、声、となる。ボリス・ヴィアンの台詞を引用して「電話帳を読み上げても泣かせる声」と、自ら自覚、豪語しているその声は、黒人とも伝統的な歌手とも違う、実にロック的というか詩的というか、誤解を恐れずに言えば文学的なものだ。文学とは文で成り立つが故、音声を文学的などというと比喩を弄しているようで恐縮だが、いまはそうとしか言えぬ。



4.エルヴィス・プレスリー
c0005419_16584578.jpgセクシーだ。ベタベタな感はあるけれど、それはエルヴィスのヴォーカルを何ら損なうものではない。激しいロックンロール、甘いバラード、シャウト、ヴィヴラート、ロック・ヴォーカルのすべてがある。やはり、はじめにエルヴィスありきだ。



3.エルヴィス・コステロ
c0005419_19283040.jpg一番好きな類いの声。歌というのは基本的に地声をオクターブ上げて歌うものだが、「基本的に〜というもの」というものに常に抗う属性のあるロックにおいては、そうしたことが往々にして破られるけれど、ポップに重きをおいているミュージシャンは、形式や伝統に比較的忠実に、ある意味、その枠内で、あらゆる可能性を求める。コステロはそうしたロックミュージシャンだ。コステロを初めて聴いたときは、反骨、前衛、ミュージシャンズ・ミュージシャンなどという事前情報を見事に裏切る、歌謡曲すれすれのポップなロックだったことに面喰らったのを覚えている。
コステロの歌はどこを切ってもとんでもないけれど、際たる魅力のひとつは、ハイトーンだ。俺はハードロック、メタル系の金切り声、女性j-popperの、あのキンキン声、高音、というやつが凄く苦手なのだが、音域的にはコステロも同じぐらいのところのはずだが、コステロのハイトーンは、黒人っぽいフィーリングがあり、そこがすげえいい。それは地声が凄く低く太いということが大きいかも知れない。「低く太いハイトーン」というのが、いいのだろう。掠れ具合もいい。またコステロは、声量も大きい。数年前、NHKホールでアカペラで歌った「she」は震えた。大歌手である。



2.ジョン・レノン(The Beatles〜ソロ)
c0005419_19305723.jpgジョン・レノンを語るには実にいろいろな切り口がある。語るに余りあるいろいろな重要な要素で満ちている所以だろうが、ということは、どれを語っても何かが語り落ちるということで、それが俺がレノンをあまり語らない理由になっている。俺がレノンをあまり語らないことなど知らんだろうが。それでも何かを言うならば、そして家に戻って「また嘘をついっちった」と落ち込まないとするならば、それは、声、なのだった。レノンは、何をおいてもまず、歌手として凄いのだ。それが、レノンの全てとさえ言いたい衝動に駆られる。世界をひっくり返したのは、その声だ。ああ、すげえ。



1. 氷室京介(BOφWY〜ソロ)
c0005419_1658470.jpgそんなレノンを凌駕するのが氷室だ。まあ、異論はあるだろう。あるいは個人の趣味だからとただ看過する冷静な知識人もいるだろう。が、声ということでいえば、申し訳ないが、レノンを上回るというのは厳然たる事実だ。現実を直視したくないのは、俺も夢想で食っているので重々わかるが、事実は悲しいかな事実だ。いや、別に悲しくはない。いずれにせよ、比較は止めよう。このカウントダウンは、順位づけに主眼はない。カウントダウンのワクワク感を出したいがために、便宜上順位付けているだけで、日替わりなのだ。ただ、そんなでかい変動はないけれど。
氷室も、長いキャリアを持つミュージシャンの御多分に洩れず、唱法、声質に変遷があるけれど、最もすごいのは「Only You」を頂点とするBoφWY中後期だ。初期の荒々しいとんがりまくったパンクな感じもいい。ソロの「艶」を強調した感じもいい。でも、BoφWY中後期の、荒々しく暴力的ながらも甘く優しくセクシーであるという奇跡が起こっているヴォーカルは、本当にヤバい。地声はそんなに低くはないけれど、根っこはコステロや鈴木雅之の系統で、黒人の臭いムンムンのソウルフルな声質である。だからハイトーンは艶やかで、ややハスキーだ。低音というやつは、結構誰が出してもセクシー足りうるのだが、セクシーの次元が違う。ソウル、ブルースのそれである。あるいはやくざのドスが効いている、といってもよい。また、93年から歌詞を職業作家に委ねているので、単純に音として声に対峙できるというのも都合がいい。ただ、ソロはギターの音が良くないのが残念だ。ずっと声だけ聴いていたい。

# by ichiro_ishikawa | 2005-11-24 11:00 | 音楽 | Comments(1)  

新企画「カウントダウン・マガジン」vol.1

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c0005419_22362413.jpg 最も誤解しないはずの人たちが、惜しくも誤ってしまいがちなのが、長渕剛の評価である。

「いいかい、男はどんな時でも浮気のひとつくらい、誰でも持っているものさ。わからないだろうが」(「俺らの家まで」78年)とデビューした長渕。

「女の夢は、男の夢を応援する事であってほしい」(NHKの87年のインタビュー)と豪語する男、長渕。

「そんなことより俺はお前をベッドに引きずり込み、素っ裸のお前の胸にしゃぶりつく」(「I Love You」)長渕。

 レスラーばりの筋肉を誇示し、素肌に革のベスト、変なアップリケ付きスリムジーンズの長渕。

 長渕は、神経質で気難しくわがままで完璧主義で武骨ですぐ人を殴る蹴る、そして、蹴る蹴る蹴る。

 中身や心といったって、それは、外見や肩書きと同じくらい表層的な事でしかないので、人は見た目がほとんどすべてだといっても強(あなが)ち、間違いではない。
 その見た目、印象で、大抵の良識ある人たちは、長渕には用がないはずだ。
 確かに、90年代以降の名声を獲得したあとの長渕がファースト・コンタクトだったら、そうなるであろう。
 
 だが、あの頃の長渕はすげえカッコよかった。今では信じられないだろうが、ものすげえカッコよかったのである。


長渕クロニクル

第1期「フォーク」1978 - 1980
(孤高の黎明期、あるいは若き確信)

c0005419_2232517.jpg 長渕は1956年9月7日生まれだ。痩せっぽちで、長髪で、透き通るようなきれいな声で、人生の悲哀を紡いでいたフォーク時代(1978〜80年)。とは言え、「神田川」やチューリップの湿っぽく、情けないフォークではない。吉田拓郎、友部正人直系の、ブルーズ〜ロックと表裏一体の、眼光鋭いフォークである。ディラン、ニール・ヤングである。新人のくせに生意気だと、くそのような業界からはじかれながらも、うんこでいっぱいの世間に逆流してでも、かたくなに自分の表現というものを信じ、生きた。世間的なヒット曲、「巡恋歌」「順子」「乾杯」。

第2期「ポップ、ロック化」1981 - 1984
(模索期、あるいは他者との折り合い)

c0005419_22342068.jpg ニューウェーブという時代性の影響下、フォークというアンダーグランドの聖典に必ずしも拘泥しなくなり、ポップ性、ロック性を増していった1981〜84年。“やつら”と同じ土俵で勝負すべく奮闘した。テレビに出ることもよしとした。ついには俳優としての表現にも挑戦。外部の作詞家ともコラボレーションを始める。それまでの透き通った美声を捨て、アルコールをのどにぶっかけて荒らして、しわのある、しゃがれた声を求めるように。世間的なヒット曲、「Goodbye青春」(ドラマ「家族ゲーム」主題歌)。


第3期「ロック期」1985
(完成前夜、あるいはロックスターの悲劇)

 ポップ、ロック化の集大成として、『Hungry』をリリースした1985年。ここからはじまるのさ。世間的なヒット曲、「孤独なハート」(ドラマ「家族ゲーム2」主題歌)。


第4期「長渕剛」1986 - 1987
(完成期、あるいはジャンル“長渕”の金字塔)

 フォークだ、ポップだ、ロックだ、芸能人だ、アーティストだ、チンピラだ、ラーメン屋だ。そんなことはどうでもいい。要は、“なに歌ってんの”ということ。実験的に背負い込んできた色々なものを、全部捨てた。残ったのは、ギターと己が声。『Stay Dream』(1986年)『License』(1987年)で、誰にも似てない、どこにも属さない、誰もなしえなかった、“長渕の音楽”を創造した。世間的なヒット曲、「Super Star」(ドラマ「親子ゲーム」主題歌)、「ろくなもんじゃねえ」(ドラマ「親子ジグザグ」主題歌)。


第5期「とんぼ」1988 - 1992
(とんぼ期、あるいはとんぼ)

c0005419_22364510.jpg  「ろくなもんじゃねえ」がチャートの1位、『親子ジグザグ』が高視聴率を記録したことで、実質的に、目に見える形で、圧倒的なポピュラリティを獲得。“俺流”が世間で認められたことで、『Stay Dream』『License』の世界が、若干、違った立場(社会的追い風)で、ややハードに押し進められていった。それは「とんぼ」で確立された。ものすごい存在感でぶっちぎっていく。世間的なヒット曲、「とんぼ」(ドラマ「とんぼ」主題歌)、「しゃぼん玉」(ドラマ「しゃぼん玉」主題歌)「RUN」(ドラマ「RUN」主題歌)。

 

 プライベートにせよオフィシャルにせよ、その言動からうかがい知れる事など瑣末なものだ。そのカッコよさは、何よりも作品において、わかる。
 かつてデイヴィッド・ボウイの奥さんは言った。デイヴィッドと共にふだん生活をしたり、ひざを突き合わせてじっくり語り合うよりも、彼の作品や1時間のステージと向き合う方が、彼の本質を知る事ができる。
 作品でみる、ものすげえカッコいい長渕ベストテン。


ドラマ編

第5位
「家族ゲ−ム2」(1984年、TBS系)

c0005419_22405146.jpg 長渕は、三流大学に何年も通う家庭教師・吉本にふんし、落ちこぼれ中学生と、マザコン高校生の兄弟に、活を与える。


第4位
「家族ゲ−ム」(1983年、TBS系)

c0005419_22405734.jpg 長渕は、三流大学に何年も通う家庭教師・吉本にふんし、落ちこぼれ中学生と、陰を持つエリート高校生の兄弟に、活を与える。


第3位
「親子ゲーム」(1985年、TBS系)

c0005419_224216.jpg 長渕は、元暴走族で女好きなラーメン屋の雇われ店長・保(たもつ)にふんし、捨て子のマリオとグワッとかかわっていく。


第2位
「家族ジグザグ」(1987年、TBS系)

c0005419_22423563.jpg 長渕は、元暴走族で女好きな定食屋の雇われ店長・下別府(しもべっぷ)勇二にふんし、元恋人との間に生まれていた子・勇と再会。勇とオニババな母とグワッとかかわっていく。


第1位
「とんぼ」(1988年、TBS系)

c0005419_22443367.jpg ハメられて組織を追われそうなヤクザ・小川英二にふんし、舎弟のツネ(哀川翔)とともに、しがねえ世の中に逆流していく。途中、チンピラ(寺島進)の耳をそぎ落とし、金八先生のプロデューサーでもある番組プロデューサーと確執。
これまで、強くもねえのに粋がってる気難しい若造だったのが、このドラマ以降、暴力的な資質は昔から変わっていないにもかかわらず、本人の社会的な地位が向上してしまったため、「マジでこええ人」と認知されるように。



アルバム・カウントダウン

第10位
「Bye Bye」(1981年)


c0005419_173898.jpg 4作目にして、フォークという、若き自分を根っこから支えてきた音楽の形態に別れを告げたことで、いっそうフォークが輝きだした。「碑」「二人歩記」「さよなら列車」「道」である。そう、フォークとはブルーズであった。「プア・ボーイズ・ブルース」「賞金めあての宝さがし」「銀色の涙とタバコの煙」「ほこりまみれのブルージーンズ」と、フォーク/ブルーズの佳曲が並ぶ。「Bye Bye忘れてしまうしかない悲しみに」は、友部正人への別れのラブレターともいえよう。

ベストトラック
「Bye Bye忘れてしまうしかない悲しみに」
ハイライトトラック
「碑」「二人歩記」「さよなら列車」「道」「プア・ボーイズ・ブルース」「賞金めあての宝さがし」「銀色の涙とタバコの煙」「ほこりまみれのブルージーンズ」




第9位
「時代は僕らに雨を降らしてる」(1982年)


c0005419_10488.jpg ポップさをグンと増した。なんと言っても、「交差点」「愛してるのに」のラブソング2連打はやばい。これはやばい。いよいよやばい。「どしゃぶりレイニー・デイ」「夢破れて」と、名曲ぞろい。

ベストトラック
「愛してるのに」
ハイライトトラック
「時代は僕らに雨を降らしてる」「どしゃぶりレイニー・デイ」「交差点」「夢破れて」




第8位
「JAPAN」(1991年)


c0005419_102546.jpg 長渕35歳。紅白歌合戦に初出場し、ベルリンのフランス聖堂から、前代未聞の3曲熱唱。サブちゃんを怒らせた。NHKのスタッフを“たこ”呼ばわりし、NHKと袂を分かつ。MCの松平アナの質問に全く答えず(86年の徹子の部屋でもそうだったが)、段取り無視。松平アナは帰りに荒れ、タクシーの運ちゃんの後頭部を蹴った。「アイ・ラヴ・ユー」は、バブルで浮かれる女の前で三つ指をつき舌の先を転がすような玩具のような男、及びその女への痛烈な批判ナンバー。

ベストトラック
「炎」
ハイライトトラック
「俺の太陽」「しゃぼん玉」「炎」「アイ・ラヴ・ユー」「何ボの者(もん)じゃい! 」「親知らず」「ベイ・ブリッジ」「シリアス」「東京青春朝焼物語」「マザー」




第7位
「JEEP」(1990年)


c0005419_122791.jpg 苦節11年、89年の「昭和」で、ついに誰もが認めるNo.1になった長渕が、まだまだ有り余るパワーで作り上げた傑作。全曲超名曲。「お家へかえろう」のヒットスタジオでの熱唱はすごかった。「西新宿の親父の唄」は、「北の国から」でおなじみ“やるなら今しかねえ”。「浦安の黒ちゃん」は、長渕のドラマを支えた脚本家・黒土三男へのラブレター。

ベストトラック
「海」
ハイライトトラック
「女よ,GOMEN」「流れもの」「友だちが いなくなっちゃった」「電信柱にひっかけた夢」「海」「カラス」「お家へかえろう」「しょっぱい三日月の夜」「浦安の黒ちゃん」「西新宿の親父の唄」「ジープ」「マイセルフ」




第6位
「ヘビー・ゲージ」(1983年)


c0005419_165755.jpg このあたりから、長渕はテレビへ進出する。フォーク・シンガーとして硬派、純潔を守り、メインストリームとは一線を隠して活動してきた長渕だったが、結局はたからみりゃ、あんたもあたいもミソクソ芸能人。十把一からげ。ならば、俺は俺のやり方を変えずに、やつらと同じ土俵に上って勝負してやろう。そういうことではなかったか。

ベストトラック
「ドント・クライ・マイ・ラヴ」
ハイライト・トラック
「わがまま気まま流れるまま」「おいで僕のそばに」「すべてほんとだよ!! 」「いかさまだらけのルーレット」「—100°の冷たい街」「僕だけのメリークリスマス」「午前0時の向こう側」「僕のギターにはいつもHeavy Gauge」




第5位
「ホールド・ユア・ラスト・チャンス」(1984年)


c0005419_131166.jpg 80年代という浮かれたポップ化の波をいいように受け、とんでもない、長渕の音楽を完成させた。悲しみの権化、長渕、ここにあり。「SHA—LA—LA」は、ウッチャンナンチャンが劇団の名にした。

ベストトラック
「カム・バック・トゥ・マイ・ハート」
ハイライト・トラック
「SHA—LA—LA」「タイム・ゴーズ・アラウンド」「カム・バック・トゥ・マイ・ハート」「孤独なハート」「スローダウン」「ファイティングポーズ」「ホールド・ユア・ラスト・チャンス」




第4位
「昭和」(1989年)


c0005419_125910.jpg 「とんぼ」の大ヒットで、その地位は不動のものになった。64年も続いた昭和が終わり、長渕はこの世の無常を歌にした。

ベストトラック
「シェリー」
ハイライト・トラック
「とんぼ」「シェリー」「激愛」「ネヴァー・チェンジ」「裸足のまんまで」「明け方までにはケリがつく」「昭和」




第3位
「ハングリー」(1985年)


c0005419_114644.jpg 85年の音がする。この時期はニール・ヤングでさえ変な赤い肩の広いジャッケッツを着ていたぐらい、おかしな風潮に抗うのは無理だった。エコーのかかったスネアドラム、キラキラしたシンセが鳴り響く。とはいえ、そうした時代性を持ちながらも、すげえブルースロックが充溢しているところが本作の肝である。

ベストトラック
「明日へ向かって」
ハイライト・トラック
「ハングリー」「スタンス」「生意気なパートナー」「久しぶりに俺は泣いたんだ」「勇次」「逆転ブルース」「太陽へ続くハイウェイ」




第2位
「ステイドリーム」(1986年)


c0005419_12268.jpg 長渕が30歳にして遂に到達した頂がここに。全編アクースティックギター1本で紡がれたこれらの楽曲の尋常じゃない緊張感はどうだ。神経質ロックの金字塔である。主調低音は怒りではない。哀しみだ。いずれにせよ、この目だ。俺は、この目を信用している。

ベストトラック
「ステイ・ドリーム」
ハイライト・トラック
「レース」「だん・だん・だん」「風来坊」「俺たちのキャスティング・ミス」「ハロー悲しみよ」「少し気になったブレイクファスト」「ユー・チェンジド・ユア・マインド」「わがまま・友情・ドリーム&マネー」「ひとりぼっちかい? 」「スーパー・スター(LP特別ヴァージョン) 」




第1位
「ライセンス」(1987年)


c0005419_1404.jpg長渕とは、要は、悲しみだろう。悲しみ、を辞書で引くと、長渕とあってもおかしくない。長渕の悲しみは、愛が永遠のものではない、という悲しみだ。なぜ俺は君に別れを告げなくてはならないか。そこをこそ歌う。

ベストトラック
「パークハウス701 in 1985」
ハイライト・トラック
「泣いてチンピラ」「プリーズ・アゲイン」「ろくなもんじゃねえ」「He・la-He・la」「シッティング・ザ・レイン」「花菱にて」「ライセンス」「何の矛盾もない」




補記
 長渕を聴くことは、1993年以降、めっきりなくなった。けれど、深く傷ついたとき、悲しみに暮れた時、どんな励ましや、ポジティブ・シンキングも歯が立たないとき、長渕に手が伸びるのだった。この得体の知れない悲しみが、長渕にあってこそ、共有されていた、と知ることは、当時、の悲しみからの唯一の脱却であった。そんな、恩のある人を、作品が、言動がつまらなくなったから、ぐらいで見捨てる気にはなれないのである。

# by ichiro_ishikawa | 2005-11-06 22:54 | 音楽 | Comments(10)  

「クイズ・えらい人の心中」第1回:伊藤仁斎の答え

 例えば、彼の心は、きっとこんな具合に動揺していたに違いない。
 論語が聖書である位なことは、誰でも知っている、子供でも知っている、だが、本当に知っているか。自分が、数十年来、論語を熟読して来た経験によれば、論語を「学ンデ知ル」ところと、論語を「思ツテ得ル」ところとは、まるで違った事なのである。今日、自分が、その「思ツテ得タ」ところに従って、注解を書こうとし、この書について、今更のように新たにした驚きを「最上至極宇宙第一」という言葉で書き表わそうとした。これは、大げさな言葉ではない。これ以上大げさな言葉が見付からぬのを悲しんでいる自分の心事が理解されるだろうか。それは覚束ない事である。いっそそんな事は何も言わず、黙って注解だけを見て貰う方がよかろう。しかし、どう注解してみたところが、結局、「最上至極宇宙第一」と注するのが、一番いいという事になりはしないのか。

小林秀雄版「学問のすすめ」
『考えるヒント2』所収「弁明」(文春文庫)より

# by ichiro_ishikawa | 2005-11-04 19:37 | 文学 | Comments(0)  

新連載「クイズ・えらい人の心中」第1回:伊藤仁斎


 
 江戸時代の学者、伊藤仁斎は、孔子の『論語』を「最上至極宇宙第一」の書と呼んだ。今日、使っている彼の論語注釈の稿本を見ると、稿本を書き改める毎に、巻頭にこの語を書き、これを、書いては消し、消しては書きしていて、書こうか書くまいかと思い惑った様子が見えるそうだ、と小林秀雄が言っている。

 ここで問題。

 彼は、一体、書いたり消したりしながら何を考えていたのか。その時の仁斎の心を、慮(おもんぱか)りなさい。

# by ichiro_ishikawa | 2005-11-01 22:53 | 文学 | Comments(5)