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対談「ロック・ジャーナリズム50年」 渋谷陽一×ピーター・バラカン


いま日本で最も面白い音楽雑誌「ERIS/エリス」が5周年
​・
20号を迎え、渋谷陽一とピーター・バラカンの対談「ロック・ジャーナリズム50年」が掲載されてゐる。

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俺が敬愛する二人の貴重な対談だし、何より渋谷陽一が
​ロッキング・オン以外の​
メディアに登場するとい
​ふ
のがレア。
早速読んだが、全文書き取りしたいほど、良い。
真の音楽愛好家にしてメディアのプロ中のプロとしての、おそらく他では見られない知見が満載。

以下、
一部を
抜粋してもよくわからない
​だらう​
が、てめえのメモとして記す。

「戦う相手はAIじゃないかと、キュレイションのメディアをAIに取られちゃったら大変だっていうかね。」(渋谷陽一)

「ただ、個人の熱量と個人のエネルギー、個人の愛というのはすごいものだと思うよね。それをどれだけメディア化してちゃんといろいろな人に伝えていくかということが、やっぱり、ぼくは重要だと思う。」(渋谷陽一)

by ichiro_ishikawa | 2017-09-07 09:57 | 音楽 | Comments(0)  

いま最も面白い音楽誌


すっかり音楽誌を読まなくなったのは、
「情報」や、力のない、手間のかかっていない記事は、もはや要らないといふことを意味する。
情報は無論、手間のかかっていない記事は、熱心なブログやHPなどネット上でさんざん発信されている。
記事が永久保存版と感じられなければ、読まない。
永久保存版とは、今後もずっと繰り返し読むだらうと思われること。
永久保存版と感じられれば読むし、結局買ひもする。

そんな中いま一番おもしろい音楽誌は、『ERIS』だ。
PCやタブレット、スマホで無料で読めて、紙版も少し高いが購入できる。
俺は電子版を落として、かつ紙版も買っている。
電子版では、時と場所を選ばずどこでも読めるといふ便利を享受しつつも、
なんかの拍子で消えそうで、まだ不安だ。
紙版は持っていないと読めないが、火事や盗難に遭はない限り不滅である。

もうかういふ時代だらう。
採算が取れるのかは知らぬが、ユーザーにとって最良の形態と言へよう。
とはいへ、なんといっても最終的には内容だ。
ピーター・バラカンや北中正和、中川五郎といった執筆陣、
彼らならではの取り上げる素材、扱う切り口、どれも秀逸だ。

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by ichiro_ishikawa | 2016-06-02 19:42 | 音楽 | Comments(0)  

ピーター・バラカンの黒人音楽ライブ


 ブラック・ミュージックを特集したピーター・バラカンのトーキング・ライブが、2007年8月25日(土)17:00から池袋マイルス・カフェで行なわれた。40年代からかけ始めたが、ソウルが誕生する50年代半ばでタイムリミットとなってしまい、あとはランダムに、アル・グリーンやリー・ドーシー、アリーサ・フランクリンらの激レア映像を流した。もう凄まじいラインナップで、ピーターのコメントも冴え渡り、パート2の開催を予告して幕を閉じた。早速自宅の書斎で、本日のプレイリストを作って聴いているが、やっぱりとんでもねえ。
 最後に、「今」のミュージシャン、Amy WinehouseのRehabのPVが登場。これがすげえ良かった。さすがピーター・バラカン。
 以下、当日のセットリスト。

Nat King Cole "Straighten Up And Fly Right"
Charles Brown "Driftin' Blues"
T-Bone Walker "Stormy Monday"
Louis Jordan "Saturday Night Fish Fry"
Roy Brown "Good Rockin' Tonight"
Fats Domino "The Fat Man"
Professor Longhair "Mardi Gras In New Orleans"
Stick McGhee " Drinking Wine Spo-dee O-dee"
Percy Mayfield " Please Send Someone to Love"
The Dominoes "Sixty Minute Man"
Hank Ballard "Work With Me Annie"
Etta James "Dance With Me Henry"
Jackie Brenston "Rocket 88"
Jimmy Reed "Baby What You Want Me To Do"
John Lee Hooker "Boogie Chillen"
Clovers "One Mint Julep"
Drifters "Money Honey"
Lloyd Price "Lawdy Miss Clawdy"
Ruth Brown "Mama He Treats Your Daughter Mean"
Big Mama Thornton "Hound Dog" (DVD)
Coasters "Riot In Cell Block #9"
Ray Charles "I Got A Woman"
Bill Doggett "Honky Tonk"
Al Green "Let's Stay Together" (DVD)
Lee Dorsey " Ride Your Pony" (DVD)
Aretha Franklin " Say A Little Prayer" (DVD)
Aretha Franklin "Natural Woman" (DVD)
Aretha Franklin "Call Me" (DVD)
Sam And Dave "Soul Man" (DVD)
Sly & The Family Stone "I Want To Take You Higher" (DVD)
Amy Winehouse "Rehab" (DVD)

by ichiro_ishikawa | 2007-08-26 23:54 | 音楽 | Comments(0)  

黒光り礼賛


月刊PLAYBOYで黒汁特集

 ロックンロール・ブックとうたいつつ、ジャズとかブラック・ミュージックばかり取り上げているが、実のところ、最近、ロックでガツンとやられることが殆どなくなってしまっている。文を書くモチベーション、根本の理由は、「分からないから考える」であって、クワッとくる感動や衝撃を、言葉に整えて形を与えるというのも、「分からないから考える」ことの具体例に過ぎない。
 ロックンロールは相変わらず自分の核であり、揺らぎはまったく無いのだけれど、それがもたらす感動や衝撃は長年の付き合いということもあり、「考える」までもなく自明のこととして心に常にあり続けている。
 2007年になり、「90年代」というものが少しずつ対象化できるようになった昨今、レディオヘッドやベックまでを、ビートルズ、ストーンズなどに代表される「ロック・クラシック」という同じ俎上に乗せてみる。つまり30年後の視点でロックを眺めてみると、傑出してくるのは、月並みな、極めて想定内の結果だが、ザ・ローリング・ストーンズ(60〜70s)だ。その辺のことは別の機会で改めて検証していきたい。

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 現在発売中の『月刊PLAYBOY』9月号を購入した。『月刊PLAYBOY』は、ちょくちょく音楽特集をやっていて、その中身も、ライフスタイルやファッションとしてのそれでなく、音楽そのものにスポットを当てているのがいいし、また、ウッディ・アレンやピーター・バラカンの連載を持ち、数あるオッサン雑誌の中でも、相対的に秀でた質を保っていると日頃からやや感じていたが、所詮、一般誌、通り一遍のことしか書いていないので、購入することはこれまでなかった。

 話はずれるが、昨今のオヤジ雑誌のダメぶりはどうだ。「モテるための」を露骨にうたうことが画期的と思い込み、「ちょい不良(ワル)」に代表される低級なキャッチコピーに悦に入り、オヤジのカッコ良さについて完全に誤ったというか、80年代のマガジンハウスブームから一切変わっていない、最低にカッコ悪いカッコ良さを追求しているメディアのなんと多いことよ。やや若者向けだが『Rolling Stone日本版』にも弱る。米バックナンバーのインタビューなどは当たり前に秀逸なものも多いが、日本版独自の特集がひどすぎる。ロックをなめているとしか言いようが無い。
 「オヤジ」自体が、そもカッコいいものじゃないので、どうやったってカッコ良く見せるのは困難なのかもしれない。オッサンと若者、どちらがカッコいいかといったら若者に決まっているじゃないか。オッサンのカッコ良さとは、渋みとかいぶし銀とか、知性、ユーモアといったところだろうが、それらはすべて内面、精神の成熟であって、そうしたものを打ち出すならば、ファッションやライフスタイルではなくて、文学や映画、音楽などの芸術、哲学に向うはずだ。タチが悪いのは、そういうものも「これを読んでいると、知っているとモテる」というカッコ悪い手つきで扱っていることだ。
 また、40代とかになると、「自分のため」から「人のため」に、考え方がシフトして来るから、そうなるとここで初めて政治や国際関係、医療・福祉など生活に関わる問題意識も本来の意味で目覚めて来るので、そこら辺への切り込み方も問題になって来る。
 そうしたところをクリアしている秀逸なオッサン・メディアは『en-taxi』、『SIGHT』だと思う。やはり作り手の覚悟の問題だろう。「モテる」と「考える」、どちらが重要か。人それぞれと言えばそれまでだし、並列に考えることがそもおかしい、問いの立て方が粗雑なのかもしれないが、いい年かっぱらって「こうすればモテる」みたいなことを追いかけている様は醜悪で見るに耐えない。というか、「どうすればモテるか」をそんな年で考えているようでは絶対モテない。10〜20代に考え尽くされるべき命題だろう。何ごとにも時機というものがある。

 ちょっと寄り道するつもりが思わず長くなったが戻す。
 現在発売中の『月刊PLAYBOY』9月号、決死の購入に至ったのは、ピーター・バラカンのナイル・ロジャースへのインタビューが至極秀逸なのと、付録でピーター・バラカンが選ぶブラック・ミュージック100選という冊子がついているのが決め手だった。c0005419_143857.jpgピーター・バラカンは自著「魂(ソウル)のゆくえ」をはじめ各所で散々、そういうことをやっていて、ここでも同じことをやっているに過ぎないが、CDというのは古いものでも、時が経つとベストが出たり、未発表トラックが発掘されたり、あるいは廃盤になったりで、ディスクガイドというのはある程度の年ごとに改訂する必要があるのだが、今回の付録は「黒皿名盤 最新市場情報」という意味で重宝する。惜しいのは、すべての解説をバラカンがこなしているわけではないこと。ジャズが省かれていること。あとやはり、媒体の特色上、ブラック・ミュージックの経験値があまり高くない人向けに作られていることで、プラスアルファに乏しい。まあこれはしょうがない。
 とはいえ、この媒体ならではのことでいえば、金を惜しまずバンバン通信社から買っている写真がいい。紙もいい。さらに、鮎川誠、鈴木雅之へのインタビューも載っている。大出版社がやることは派手でいい。が、何度も言うが当たり障りが無い。ブルース・インターアクションズあたりに巨額の資金を預けて作らせたら、とんでもないことになるだろうに。でもそうすると部数が激減するし、タグホイヤーの広告も絶対入らないから、やはりその辺りの採算合わせのバランスは難しい。

ロックのゴッドファーザー、黒人

 己がブラック・ミュージック初体験は、シャネルズ/ラッツ&スター(80〜)だ。音楽的には歌謡曲、ポップスなのかもしれないが、ブラック・ミュージックというのは基本的にポップスだろう。何より鈴木雅之のボーカルはブラックだ。洋楽ではマイケル・ジャクソンの『スリラー』(83)、プリンスの『パープル・レイン』(83)で、白人ロックと同時に、一緒くたにして聴いていた。つまり白人と黒人を分けて聴くことが無かった。自分がローティーンだったせいもあろうが、時代性もあろう。マイケル・ジャクソンとプリンス以外は、好んで聴いていたのは大抵白人なわけだが、白人を選んでいた訳ではなく、耳に入ってくるのが白人が多かったに過ぎない。前述の2作も、プリンスはともかく黒光り度は弱い。
 そんな中、黒人音楽に意識的になったのは、まず、自分が好きなロックの傾向というものを、分析というと大げさだが、少し自分の嗜好を対象化してみたくなったときだ。
 80年代やや後半、高校時分にLAメタルが大ブームで、周囲のロック野郎にはハード・ロックやヘヴィ・メタル好きが多く、きゃつらに対して、俺がそれらを嫌いな理由を論理的に(心の中で)述べる必要に迫られた。
 「黒くない」という答えを発見した時は悦に入ったものだ。俺が好きになるロックの共通点は、黒光りしていることだった。その直感の裏取り作業の中で、黒汁音楽にどでかい影響を受け、それでも黒人のようにはやれない白人の葛藤から生まれたのがロックだったという事実に行き着いた時は、「リンゴが落ちるとは何ごとか」→「万有引力の発見」という、ニュートンの気持ちが少しわかったし、「ユーレカ!」と叫んで息絶えそうになった。
 ロックの陰に常に黒汁出しまくりの黒人がいることは、ジャガーやレノンを筆頭に白人ミュージシャンのフェイバリット・リストを眺めれば一目瞭然で、特にイギリス人に多い。今回のPLAYBOYの記事でも大鷹俊一が書いているようにモッズはその代表で、ザ・フーやスモール・フェイセズ、ポール・ウェラーを絞ると、黒汁がどんどん溢れ出してくることとなり、彼等こそ俺の黒汁案内人であった。
 ピーター・バラカンもその一人だ。60年代のロンドンで少年期を過ごしたバラカンは、当時のロンドン子のご多分に漏れず黒光り音楽に夢中になった。そうした説得力が日本人の批評家と違うところで、彼の書く黒汁本やテレビ、ラジオ番組、講演は、至極秀逸なのであった。ロックの渋谷陽一、ブラックのバラカンというのが、音楽批評界における俺の指針であった(ロックに関しては、渋谷離れ、ロッキング・オンからミュージック・マガジンへのシフトが最近は進んでいるが、これも別の機会にまとめる)。

c0005419_14373549.jpg そんなピーター・バラカンが8月25日(土)に、池袋の「マイルス・カフェ」で、今回のPLAYBOYの特集を受けたトークショーを行なうので、これは行かざるを得ない。

 また、先日、「アトランティック・レコード:60年の軌跡」という秀逸なDVDも出たので、買わざるを得ない。アトランティックについては、本ブログのココに詳しい。

by ichiro_ishikawa | 2007-07-27 13:19 | 音楽 | Comments(0)  

ピーター・バラカン「アメリカン・ルーツミュージック探訪」

 1月8日、東京都写真美術館2Fカフェ・シャンブルクレールで、ピーター・バラカンの講演「アメリカン・ルーツミュージック探訪」が行われた。2回連続の第1回。今回は、「1920年代から30年代まで」ということで、その時代のアメリカ音楽のレコードを流しながら解説していくというもの。全34曲。
 その美術館で行われている写真展『明日を夢見て アメリカ社会を動かしたソーシャル・ドキュメンタリー』にちなんだ企画だ(写真展については、新世界ニューヨークというブログに詳しい)。去年から、ちょうどルーツミュージックを繙いていた矢先、しかもピーター・バラカンの著作が筆者をしてそうせしめた直接のきっかけだったということで、すぐさま駆け付けた。写真展の方は、19世紀後半から20世紀前半のアメリカの風景、特に南部とニューヨークの展示で、時代、場所的にまさにルーツミュージックが生まれ発展していった、その視覚的事実の羅列だったわけだ。メンフィス、テュペロの民家の写真があって、「ここでエルヴィス・プレスリーは黒人と精神的なファックをしていたわけか…」と、写真の前でしばらく佇み、当時に思いを馳せていた。テュペロの農村をエルヴィスと一緒に駆けずり回った。

 講演で聴くことが出来た音楽は、ブルース、フォーク、カントリー、ジャズといった様々なテイストがブレンドされていて、一口に語るのが憚られる、未分化なものが多い。音楽的には未熟だけれど(もちろん、今から見れば、ということ)、その荒削りなザックリとした質感が実に刺激的だった。また、当時はまだ電気楽器がないから、アコースティック・サウンドなのだが、ビートが強く効いていて、のちにリズム&ブルースに発展していくそのルーツであるということがよく分かった。

 アメリカン・ミュージックというのは、簡単に言えばアフロ・ビートとヨーロッパの民族音楽の融合だ。そもアメリカという国は、ヨーロッパとアフリカの幸福な出会いによって生まれた。
 音楽の歴史的な部分に強く惹かれる。それは、その時々の音楽好きたちの心の有り様がリアルに明かされるからだ。彼らは、異物との出会いによって強い内省を起こし、異物を必死に模倣し、やがて凌駕していく。音楽に限らず表現においては、この、他者に驚く、という事態が必ず起こる。歴史を繙いていくと、なぜ彼らがそうした音楽を作り出したのか、作り出したい衝動に駆られたのか、そういう気持ちを共有できる。これがスリリングだ。
 アメリカのヨーロッパ移民とアフリカ移民がお互い触発し合い、ブルース、ジャズ、ゴスペル、カントリー、フォークを生み、リズム&ブルースへと発展させていく。そんなR&Bに驚いたビートルズらイギリス人。逆にビートルズに驚いたボブ・ディラン。バッファロースプリングフィールドが「分かった」日本人は、はっぴいえんどを作った。こうした長い長い音楽の歴史が、確実に、今につながっている。
 ジャンル別けという行為は面白い。それは、マーケティングの手段としては格別騒ぐことはないのだけれど、前述したような、ミュージシャンが味わった他者への驚きを感じてみる、という意味ではとても刺激的なのである。いいものはいい、音楽に理屈はいらない。確かにそうなのだけれど、その芳醇な音楽を深く味わってくと、なぜいいのかを考えて自分を納得させずにはいられなくなるし、他人に伝えるためには理屈、すなわち言葉によって、その「いい、というそれ」を整えていくという行為がやはり必要なのだ。

 要は、音楽を抱きしめたいのである。ルーツを繙き、歴史のつなぎ目に思いを馳せることで、それは少しは達成できる。
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→The Definitive Charley Patton
(録音1929.06.14 - 1934.02.01)
バラカンが紹介した曲にThe Masked Marvel名義の「Mississippi Boweavil Blues」があったが、The Masked Marvelとは、このチャーリー・パットンのこと。早速購入、聴いた。すごくいい。これを聴いてベック(・ハンセン)の凄さもまたわかった次第。

by ichiro_ishikawa | 2005-01-11 21:33 | 音楽 | Comments(2)  

「ぼくが愛するロック名盤240」

■「ぼくが愛するロック名盤240」ピーター・バラカン

 てめえの経験(実体験から瑞々しい夢想まで含む)から直に感じたところを、なんら飾ることなくストレートに語り切っているというやり口が逆に批評的で、優れた読み物として成立させている。c0005419_23264495.jpgデヴィッド・ボウイやレッド・ゼペリンを挙げていないという断りや、ニール・ヤングが生理的に嫌いという告白も、てめえのフェイバリットを批判されているにも拘わらず、文章を通してバーター・ピラカンという人間に信頼がおけるから面白く読める。個人の内面の情熱から始まっているが、その情熱のほとばしりが半端でないので、単なる個人的カタログではなくなっている。ロックを愛したバーター・ピラカンという人間の一報告書でありながら、優れた作品になっている所以。

by ichiro_ishikawa | 2004-11-17 23:22 | 文学 | Comments(0)  

ソウル

 バラカンの「魂(ソウル)のゆくえ」に触発されてブルーズ/ソウル/R&B関係のレコードをディスクユニオン中古館で大人買い。全部聴き込みきれてないが、基本的にみんな第1音でノックアウト! ナイスセレクト、バラカンと俺!

特に良かったのはアリーサ・フランクリン
Amazing Grace
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by ichiro_ishikawa | 2004-11-12 23:32 | 音楽 | Comments(0)