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アベマTV


サイバーエージェントとテレビ朝日が組んで作ったアベマTVのアプリが3か月で500万DLを超えたといふ記事が朝日新聞にあり、ためしにDLしてみた。

「いい番組があってもTVだと見ない、スマホなら見る」という仮説が当たったと藤田晋氏。
腑に落ちる。2010年以来、うちにはテレビがなく、PCかスマホでしか番組や動画は見ない。それで充分事足りてゐるどころか、そもあまり家に居ないので鑑賞は大抵スマホで、ずーっとYouTubeを見てゐる。もともと昭和の熱心なテレビっ子で、テレビを家から外したのも、あるとずっと見てしまうからなのだった。固定電話をもはや使わないように、番組・動画鑑賞ももはやモバイルなのだらう。

同氏は、「見たい番組を探すのは、レンタルビデオ店に行くようなもので意外に面倒。流れている番組を見るという気軽さも大きな武器」とも。
YouTubeやhuluで「観たいものだけを観る」全盛の今、「何となく視聴」の楽さは確かに見直される。

そこで早速アベマTVを鑑賞。まず使いやすさがいい。チャンネルの切り替えが極めて容易だ。肝心のコンテンツも、ざっと見たところかなり豊富でテレビ局が絡んでいるのでニュースが良い。アナウンサー志望の学生がキャスターだといふ。これも新鮮でよい。

この日は当の藤田晋自身が面子に入っている麻雀を通勤時ずっと見てしまった。損した気分だ。面白かったけど。
局終わりでためしにチャンネルを変えると、ナイツの土屋伸之が司会でリリー・フランキーをゲストに迎えたトークという、超ハイクオリティな人選の番組があった。
久しぶりに見るリリーは相変わらず全発言秀逸。
雑誌のグラビアはもはや観るだけでは飽き足らず、嗅ぐといふ。シアンとマゼンダが強いなとか、凸版印刷だなとか、インクの種類や印刷所までも匂いでわかるといふ。

結論。やはり時間の無駄。すごーく暇か(そんな時は殆どないだらうが)、どうしても見たい番組が放映される場合のみ、見る。


by ichiro_ishikawa | 2016-07-12 10:50 | 日々の泡 | Comments(0)  

文庫化「東京タワー」


リリー・フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの名作が遂に文庫化、「東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン―」
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扶桑社の単行本が、なんと新潮文庫に入った。英断。文庫の中では唯一、天アンカット(あのザラザラがいい)でスピンが入っている点、天地左右のマージン、書体、行・字送りなどなど完璧な新潮文庫。小林秀雄では「Xへの手紙・私小説論」「作家の顔」「ドストエフスキイの生活」「近代絵画」「無常といふ事」「本居宣長」が新潮文庫だ(あ、つまり文春文庫『考へるヒント』以外全部か)。

Frankie Goes To Hollywood「Relax」(1983)

by ichiro_ishikawa | 2010-07-03 02:10 | 文学 | Comments(0)  

リリー・フランキー in『GQ』

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 「泣ける」という触れ込みがずっとイヤだった。何か大事な物を取りこぼしている。「あとで、会いにゆきます」とか「世界中の中心で」とか「1リットルもの涙」とかと同じレベルで語られては迷惑だ。だが、当のリリー・フランキーはさすが動じない。
「ミュージシャンと同じで、リリースされてしまえば、どう捉えようが受け手の自由」というスタンスだ。
「ただ、『泣いた』と言われるのは嫌じゃない。でも泣いたで言えば、俺の方が泣いてる。書く前から泣いてるし、泣きながら書いていたからね」
 インタビュアーはGQだから地位や名声に対して敏感だ。周りの反応は変わったかと聞かれると、
「年上の人と接する機会が増えた。いつも“変わった奴”と見られていたが、“母親思いの変わった奴”に変わった」と余裕の返し。
 GQだから女性にモテることに対しても過剰な反応を示している。100万部超えなくたってリリーはモテていた。数は増えただろうが、それは下衆が増えたということだ。モテないやつは100万部超えたってモテない。下衆は寄って来るだろうが。そこを履き違えるのがGQとレオンだ。リリーは“ちょいワル”とは縁もゆかりもない最も遠いところにいる。言っとくがリリーは“すげえ悪い”だ。
 最後に福田和也は、『東京タワー』を「男目線による究極のマザコン小説」と評した。もちろんこれは絶賛ということだ。
 いつも金、金うるさいGQが印税について聞いてくると、
「母親の墓を買う」
 ロックだなあ、リリーは。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-21 17:18 | 文学 | Comments(0)  

アルペジオの手記

「旅行が楽しかったとか、美味しいものを食べて嬉しいという感情は、創作にはあまりつながらない。むしろ喜怒哀楽の怒と哀を感じたときに心が震える」

「居酒屋で飲んでいる集団の中で、中心で盛り上げている人ではなく、隅っこでちびちびやっているやつに引かれるし、何かを創りたいと心動かされる」

——リリー・フランキー
(2/5放送予定『トップランナー』での発言/週刊ザテレビジョン6号より)

 この2つの発言は、リリー・フランキーの核をなす何かに触れている。本質的にブルーズ、ロックであり、ファンクであり、パンクであり、根本的にジョークである。


 2ヶ月ぶりの更新となるが、これだけブランクが空いたのは、書くことがなかったからだ。書くことがなかったということは何も考えていなかったということだ。正確に言えば、ぼんやりと考えていた。あるいは、ただひたすら吸収していた。何を。リズム&ブルーズをか。そうかもしれぬ。そんな気もする。

 去年の暮れからこれまで、メンフィス、マッスルショールズ、ニューヨークあたりをずっと回っていた。
 1947〜73年のアトランティック、STAX、ハイ・レーベルなどの音源をグワッと聞き込み、アフロ・アメリカンのソウルを噛み締めていた。もう、その辺しか全然聴いていなかった。あの頃のブラック・ミュージックはとてつもない。素晴らしい。
 通勤時、休日と、時間があればiPodsでリズム&ブルーズ5000曲を聴き、ネルソン・ジョージ『リズム&ブルーズの死』、ピーター・ギュラルニック『スウィート・ソウル・ミュージック』、バーター・ピラカン『魂(ソウル)のゆくえ』、岩波新書『アメリカ黒人の歴史』を読み耽っていた。

 そんな中、会社のある虎ノ門から国会議事堂を抜けて江東区へ帰る電車で、ふと中吊り広告に目をやった。
「秘すれば花の“メリハリ”化粧」「ミラノ艶女(アデージョ)はヌーディサンダル」「くびれ美人で春に勝つ」
といった、救いようがないバカな文字が目に入った。「ちょいワル」などに代表される、こうした浮かれポンチなコピーにはずっとウンザリしていたが、ここに来て怒り心頭に発した。
「お前ら、いいかげんしろ、バカヤロウ!」と広告を引き裂いた。さらにふと目にした湾岸戦争を描いた映画『ジャーヘッド』のチラシには、どこかの編集者らしきコメントで、「主人公の“ワルかわいさ”にも注目」とある。「お前もか、ちょっと来い、このバカヤロウ!」と怒声をあげた。
 その刹那、シャッフルしていたiPodsから5000分の1の確率でかかったのが、「マザーファッカー!」と叫びながら、ダウン・トゥ・アースな歪んだギターをかき鳴らすMC5だった。俺はクワッ!と覚醒した。
 
「(そういや)俺はロックだった」

 住吉のアパルトマン・アルペジオに帰ると、部屋からパブリック・エネミーが流れていた。すげえ怒っている。俺はいよいよ覚醒した。

 「(そういや)俺は10代の頃は、みんなブッとばしていた」 

 20代からは、全てを許し、ジェントリーに紳士ぶるようになっていたが、そういや俺は、悲しみの権化であると同時に怒りの権化でもあったのだった。クールにやっている場合じゃない。もう、許さねえ。

「冷静に構えるぐらいわけのないことはない。ただ他方を向いてさえいれば冷静面ぐらいは出来るのである」(小林秀雄)
 
 俺は、踵を返し、そのまま国会議事堂へゆき、ションべん引っ掛けて、口笛吹いて、お家に帰った。

by ichiro_ishikawa | 2006-02-01 00:55 | 日々の泡 | Comments(3)  

AERA 2005年10月31日増大号

それ、なにやってんの
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by ichiro_ishikawa | 2005-10-24 13:21 | 日々の泡 | Comments(2)  

リリー・フランキー『東京タワー』刊行記念サイン会

 去る7月2日、土曜日、東京・六本木青山ブックセンター内、奥のレジ近く、特集コーナーの辺りで、リリー・フランキー『東京タワー』刊行記念サイン会が執り行われた。
 周りには扶桑社、abcのスタッフと思しき面々が5〜6人いる。第三者がそんなにズラッといるとトークの邪魔だよ、ピリピリするじゃんよと不満を感じていたら、ちょっと離れたところにはBJの姿が見える。スタッフなのに、離れたところで客然として居るところが、なんとも分かっているBJ。
 あたしらはそこから入り口に向かって縦1列に整理番号順に並ばされる。10番ひと組で順に呼ばれ、列を作る。開始から30分ちょっと遅れて着いたときは、まだ30番だった。私の整理番号は79番。この日は100番ちょっといたらしい。
 リリーはロフト・プラスワンでのトークショーの時もそうだったけれど、ファン1人1人と長々と話をすることで有名。1人1人、リリーの前に着席すると、リリーはその1人1人に軽いいじりを交えながら、めいめいが持ち寄った『東京タワー』にゴールドのペンでサインをしていく。オトンのペンになる中表紙の文字と同じ色で、大胆に、めいめいの名前と日付を書き添え、サインをしていく。
 リリーのいじりに対して、俺は果たしてどうきり返していくのか。それが今回のテーマだった。
 
 俺を見るなり、リリーは言った。
 「酒作ってそうだよね」
 「(あ…、さ…さけ…)」
 そんなことを言われたのは初めてで、いや、月並みなことは言われないことは分かっていたのだが、言葉が何も出ず芸もなくただ逡巡していたところに、
 「シェイカー振ってそうだもんね」
 と重ねられる。セコンドが投げた白いタオルを視認した。ゴングが鳴って2発でTKO負け。秒殺だ。
 勝負は終わったとはいえ、放送時間はまだまだ残っていたので、世間話的に、サシでの対面は実は3度目だと伝えると、リリーは昔、ともに竹中直人のライヴを見たことを憶えてくれていた。
「リキッドルームだよね」
「そうです」
ドクトクくんの頃だよね」
「そうです」
「あれ、何年前かな」
「ちょうど10年ですね」
「うちにも来ましたよね」
「お母さまに麦茶もらいました」
 オカンが出たところで、『東京タワー』の本質である“悲劇の誕生”と、それがオカンを永遠に生かしたことを絶賛したかったのだが、そんな真面目な話をする雰囲気ではなかったので言葉を飲み込んで繰り出す時機を待つ。
 暇もなく、サインも終わり、リリーはインクが対向ページに染みないよう丁寧に半紙を挟み、私たちは別れた。
 「好きです」のひと言も言えないシャイネス・オーバードライブな俺、34歳の初夏。

by ichiro_ishikawa | 2005-07-07 12:18 | 日々の泡 | Comments(0)  

福田和也のリリー・フランキー評

 日本の作家の中で極めてロック的(中庸)な人物というと、小林秀雄を筆頭に、現役では池田晶子と斉藤美奈子、リリー・フランキーが群を抜いている、というか、その3人しかいないのだけれど、最近、福田和也が気になっていた。当初はデブという時点でナシだったし、多読家というだけで立花隆、筆が早いというだけで村上龍といった烙印を押して素通りしてきたが、文芸誌『en-TAXI』や『週刊新潮』の連載「闘う時評」でその文章を熟読するにつけ、この人は高い教養があるだけでなく、その教養はいよいよ単に教養に過ぎないことを熟知し、本質を射抜くことに常に照準を定めている人だと分かってきた。
 『en-TAXI』は、扶桑社の編集者が責任編集として福田和也、リリー・フランキーを集めたと勝手に思っていたが、発起人はどうやら福田で、リリーに声を掛けたのも福田だったことが、今週の「闘う時評」で初めて明らかになった(俺に)。

 福田がリリーを知ったのにはこういう経緯があった。大学で学生たちにコラムを課した際、いいなあと思う文章に共通のスタイルがあることに福田は気付いた。あきらかに誰かの影響を受けていると思い学生らに問うてみると、みなリリーのファンだったという。福田は、その後、リリーの著作『誰も知らない名言集』『女子の生きざま』『美女と野球』を読むにつけ、
 「烈しく打ちのめされました。
 こんなにシンプルに、とてつもなく本質的なことを語れるとは

 『en-TAXI』の責任編集同人としてリリーを指名した理由もふるっている。
 「小説とかエッセイといった枠を取り払ったところで、言葉を用いてなんらかの表現をする人間という形で見廻したとき、この人が一番手強い、優れた人だと思いました
 
先日リリースとあいなった『東京タワー』については、
 「クダラナいものにしか見えない日常から誰も書かなかった、けれども誰もが持っているかけがえのない煌めきを、作者は鮮やかにすくいとります
と評し、その本質を
 「著者の周囲の人々の人生に対する賛歌
ズバッと射抜く。

 好きな人に対して、その好きたる所以を余すところなく表現するのが文章の神髄だろうが、おのが母親に対してその神髄を発揮した『東京タワー』という書物に対して、福田はその神髄を発揮した。
 いい文章とは、こういうことで、すなわち読書の醍醐味とはこうした神髄に触れることにある。
 
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by ichiro_ishikawa | 2005-07-01 17:45 | 文学 | Comments(0)  

まさにリリー・フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

 『POPEYE』最新号で、吉田豪がリリー・フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドに濃いインタビューをしていて、デビュー時のマニック・ストリート・プリーチャーズが「最高のデビューアルバムを1枚出して、すぐ解散する」とか「ストーンズくだらねえ」的なコメントを残したのに対して、「やっぱり若いうちにこういうことを言っとくべきだね」「年とってから言うとただのひがみになるからね」というような発言をリリーがしていて、老いて尚わかってるその精神に改めて敬服した。吉田豪もすげえわかってるが、いかんせん、わかってるぞ然としすぎ、わかってるぞ臭を出し過ぎなのが気になるところ。
 扶桑社から6月29日に『東京タワー』の単行本が出るらしく、いよいよリリーは芥川賞作家になる。7月2日の復活した六本木のabcでの発売記念サイン会には行かざるを得ないだろう。『おでんくん』もアニメ化される。マンガ・アニメ・グッズ蔑視傾向にある自分でさえ、このグッズばかりは超ほしい。おにぎしを食びるおでんくんの人形、すげえほしい。リリーのここ一連のド・メジャーな展開は喜ばしい限りだ。あのスタンスでメジャーに君臨するというのは、すごい。
 また、資生堂で福田和也とトークショーをするらしい。テーマがいい。「テーマ、ディテール、テイスト……文章の感動って何だろう?」。これは行かざるを得ない。
 また、8月には小樽でのオールナイト・ロックンロール・パーティ「ライジング・サン」にてコメディ・テント「ブラックホール」なるステージに出るらしい。これもいよいよ北海道発上陸を果たさざるを得ない。
 また、オフィシャルサイト内人気企画「今日のつぶやき」が単行本化されるらしい。
これは立ち読みせざるを得ない。

以上のニュースソース
ロックンロール・ニュース




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←いとこん君(かっけえ)
C リリー・フランキー

by ichiro_ishikawa | 2005-06-24 18:52 | 日々の泡 | Comments(2)  

リリー・フランキー「東京タワー」完結

リリー・フランキー「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」c0005419_13123156.gif
『en-taxi』2005 SPRING、第9号)



 昨日、「オカン」が死んだ。
 とうとう、「子供の頃からボクが最もおそれていたこと」が起きてしまった。
 いつかは起こると理性は知っていた。が、今、ここに、常に脈々と存在し、機に応じて変化し続ける感情というリアルは、それを信じてはいなかった。まったく信じていなかった。
 肉体は自然であり物質であるが、精神は物質ではない。そんな物質と非物質が一体となっている奇妙な存在、人間。物質は朽ちるが、精神はそれに抗う。
 「なんで死んじゃったの?」
 これのどこが子供じみた発言か。科学などがまったく追いつけない、高度で本質的な質問である。「ボク」には、それが、本当に分からない。
 ただ、「オカン」はもういない。残っているのは、骨である。
「ボク」は骨になる前のオカンの死体を抱きしめて眠り、骨になったあと、それをかじりてめえの肉体の一部とした。

「疲れたよ」
「ごめん」
「ありがとう」

 こんな言葉は発語されてはいけないのだ。それが本心から搾り出されたものであればあるほど、僕らはそれらの言葉をグッと飲み込み、どぶに流して捨てる。
 だが「ボク」は、「オカン」が死んだあとに、死んだ「オカン」に対して連呼する。そうした禁句が、堰を切ったように流れて出てしまう。
 生前のオカンには「ありがとう」と言いたくて決して言えなかった。「ボク」は後悔している。だが、もう一度、「オカン」が生き返ったとして、果たして言えるだろうか。

 深い哀しみだけが、そこにはある。それは実に恐ろしく深い。
 「ボク」は、絶望の後に、それでもなお、生きてゆかねばならない。これが悲劇だ。「オカン」は死んだ。それでも「ボク」は生き続ける。
 要は、思い出というやつが厄介なのだ。今後、そうした思い出が、人生のそこかしこで甦ることだろう。その度に「ボク」は嗚咽する。
 なぜに、生きるとはここまで哀しいか。

 「オカン」が「ボク」にくれたもの。それは無償の愛で、オカンの生きざまは愛おしく、「ボク」はそのあり方全体を無条件に肯定したい。だが、その「ボク」は「オカン」に何をしてやれたというのか。
 この小説は、「オカン」という人間を永遠に生かすことに主眼があり、「ありがとう」と決して発語しえなかった「ボク」の最大の「ありがとう」宣言であった。全身全霊を傾けた、最初で最後の、「オカン」へのラブレター。

 人間の真実の心というのは、大好きな人のことをその好きさ加減を余すところなく正確に語りたいと願うもののようで、それがえてして成功しないのは一般によく見られる限りだが、この「東京タワー」では、奇跡的にそれが実っている。この小説、文学の極限が存在した今、「オカン」は今この瞬間瞬間に生きている。そして、私たちは「ごめん」や「ありがとう」とは多分言えないけれど、まだ生きている人への愛と感謝を一層大切に感じ続ける。

by ichiro_ishikawa | 2005-04-04 13:16 | 文学 | Comments(0)  

en-taxi 最新号

 文芸誌『en-taxi』で、リリー・フランキーが連載している「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」。
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 現在発売中の最新号。
 オカンが胃がんを告知された。
 あの、明るく、強いオカンが、「もう、死にゃあええ……」と初めて弱音を吐くほど、
闘病に苦しんでいる。

 私は、そのオカン、リリー・ママンキーに一度だけ会ったことがある。
1995年夏、今は存在しない音楽雑誌の新米編集者だった私は、竹中直人の新宿リキッドルームでのライヴ(高橋幸宏プロデュースの『メルシィ・ボク』発売ライヴ)のリポートを企画し、その執筆をリリー・フランキーさんにお願いした。私は当時、雑誌『クロスビート』などでの文章や、TBSの深夜コント番組「マージナルマン」の構成などを通して、リリーさんを敬愛しており、竹中直人の笑いを文章で解説できるのは、リリーさん以外に誰がいよう、ということで、周囲の「誰それ?」、「というかなんで竹中直人?」という反論を全く意に介さず、かつ論理的に彼らを説得することもせず、ただ単に素人発想で勝手に企画を進め、お願いしたのだった。
 偶然にも社内デザイナーが武蔵野美術大学時代のリリーさんの後輩で、その人を通じて、すんなりと執筆の許可をいただくことができた。企画趣旨説明にはわざわざリリーさんが会社まで足を運んでくれた。私が、「竹中直人の笑いをズバリ文章で解説してほしい」と言うと、それじゃ面白くないから、竹中さんの笑いを全くわからない女子と一緒にライヴを観て、「えー、わかんなーい」とか言う女子をボクがブつ、というのはどうだろうという、さすがの提案を即答でしてきた。ぼくは大賛成で、そういう記事にまとめることで一致した。
 だが、当日、適当な女子が見つからなかったということで、例の「マージナルマン」出演者で、当時リリーさんがジャケットデザインやCDプロデュースを手掛けていた宍戸留美さんを連れてきた。そして、困ったことに宍戸さんは竹中さんの笑いを一発で分かってしまい、普通にライヴを楽しんでしまった(それもそのはず宍戸留美さんは竹中直人の笑いの集大成であるTBSの深夜バラエティ『東京イエローページ』の出演者だった)。見事、企画倒れとなったけれど、趣旨変更で、まあ普通にリリーさんがリポートすることになった。
 しかし、当時からリリーさんは、大遅筆家で、締め切りを大分すぎても一向に原稿があがってこない。電話も留守電だ。編集長からは白い目で見られ、「どうすんの」と挑発され、新人の私は、ほとほと弱った。そこで、名刺を頼りに、リリーさんの笹塚のマンションで待ち伏せることにした。この笹塚のマンションこそ、「東京タワー」の舞台である。私は、アイスクリームを手みやげに、そのマンションを訪れた。出迎えてくれたのは、リリー・ママンキー。そのときは、まさかお母さんがいるとは思わなんだ(なぜいるのかは「東京タワー」にすべてが書いてある)。リリー・ママンキー、“オカン”は、非常に人懐っこい当たりで、私を部屋に入れ、麦茶を出してくれた。どんな会話をしたかは非常に残念ながら覚えていないが、まだ大学生でこんな新人の編集者の私を、とんでもなく厚く、そしてフランクにもてなしてくれて、恐縮しきりだったことを記憶している。
 結局、本人には会えなかったが、本当に「オチる」寸前に、玉稿をいただいた。
 遅筆家だが、オトしたことはないと豪語する、その伝説は本当だった。

長くなってしまったけれど、「東京タワー」である。
そのオカンが、今、苦しんでいる。私は、居ても立ってもいられないのである。
面識があるので、余計に情が入り込んでいるのを否定はしない。
だが、それを差し引いても、この偉大なる、普遍的な「母」という存在を、ここまで生き生きと描ききっている作品を、私はほかに知らない。
今号では、オカンはまだ生きている。
リリーさんが生まれた当時から始まった連載も、「今」は、2001年ということもあり、おそらく、次号が最終回だろうと思う。
どうか、死なないでほしい、と切に願う。

 人はいつか死ぬ。絶対的な事実である。だが、私たちは、「死なないこともあるのではないか」と、実は本気で思っているのではないか。私は実は思っている。そうでなければ、今、生きられないではないか。

by ichiro_ishikawa | 2004-12-30 01:52 | 文学 | Comments(4)