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小林秀雄のジャンル


小林秀雄は研究者や高い教養のある読書家、インテリ層にとても評判が悪いやうで、実証的にそのダメさが多く指摘されてもゐる。
エピゴーネンの俺は、なるべく謙虚に無私の精神を持つてそれらを読むやうにしてゐるが、それでもやはり的外れなものが多いと思はれる。
要するに、それらは「研究論文」「評論文」として小林の著作は瑕疵だらけといふ批判なのだ。
しかし小林の文章はロックンロールであり、つまりポップであり、「常識」を基盤とした個人の情熱であつて、「研究論文」や「評論文」ではない。さういふ意味で的外れなわけだ。「近代批評の確立者」といふレッテルが微妙なのだ。正確には「孤高のロック文士」(でもこれだとアカデミックに残らない、正史に記録されないので俗称にとどめん)。

小林の愛読者がまさしく眺めるものは無私なる(ゆゑに極めて個性的な)小林の情熱であり、その情熱に動かされるのであつて、その「客観的な妥当性」にではない。かつ、小林に認める凄さとは、その情熱の方が客観的な妥当性よりも大事だといふ事に気づかせてくれるところだ。研究や評論に価値がないといふ事では勿論ない。それとは別次元の、原始的な、人間にとつて大事なもの、といふジャンルがあるといふ事で、小林秀雄はそこに属する。そのジャンルにはほかに池田晶子がゐる。その二人しかゐない。

by ichiro_ishikawa | 2017-03-10 12:49 | 文学 | Comments(0)  

『1984年の歌謡曲』

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スージー鈴木著『1984年の歌謡曲』(イースト新書) 読了。
タイトルからして「俺こんなの出したっけ?」と思つたほどズつぱまりだが、だからこそか、「俺の時代1984年」を俺以外の人間が何をか語らんと、まゆつばで手に取つた(正確にはamazonレビュー吟味)。

結論から言へば、頗るご機嫌な良書であつた。
序盤こそ、水道橋博士フォロワー的な気の利いたヒューモアに彩られた知的サブカル論かと、予想(先入観)通り閉口しながら読んでゐたのだが、楽器奏者でもある著者ならではの音楽的分析が挟み込まれてきたあたりから興が乗つてきて、読了後の今は、俺の肌感覚を見事に言語化し、かつ及ばなかつたところにも及び、とても完成された、高水準の本であるといふ結論に達し、貴重な980円(デニーズ牡蠣フライ定食分)をはたいて余りある価値があつたと喜んでゐる。

秀逸な部分の抜書きは、本稿を日々推敲しながら更新する形で追記していく事にして、ひとまづ一筆書き的に全体の印象を記すと、とにかく分析が全部当たつてゐて(正解は肌感覚で俺が知つてゐる)、かつ新発見もいくつかある。そしてそれを支へる文章のクオリティも高い。
ポップ論の分野は、現代感覚とセンスが重視されるゆゑ、「センス偏重、文章雑」が許容されるといふ悪慣行が跋扈してゐて、ロウクオリティなものは比喩と形容詞句が微妙に雑であったりと、新刊の大半は愚作なのだが、本書はその点をクリアしてゐるところが大きい。文章クオリティの最重要点とは、意味するものと意味されるものとの間に乖離が微塵もないこと、つまり言葉の斡旋の的確さである。それは分析の妥当性とも実は同じものである。

また、かういふリアルタイム検証本に於いては、読者(俺)と著者の身の置かれた環境の差異が重要だ。
今回、共に1984年を愛する身であるが、違ひは、著者は俺の5歳上。1984年当時中1の俺に対し著者は高3で、音楽を本格的に聴くようなつて間もない少年であつた俺に対し、すでにある程度広く深く音楽を聴き倒していた大人であること。
また、著者は大阪、俺は東京(厳密には千葉)で暮らしてゐて、著者はハードロック系、俺は体育会系だつたといふ点だ。
これらはとても大きな違いであり、読む前のまゆつばはそうした不信感、つまり「関西系のハードロッカーがあの1984年を語れるわけがない」といふものだつた。
しかし前述通りそれは大きな誤解で、みごとに1984年の的を射た分析がなされてゐたのであつた。アースシェイカーをとりあげるあたりに趣味的バイアスが少しく認められるものの、基本的に中立である。洋楽過剰崇拝や裕也<はっぴいえんど思想、逆に開き直りの下世話礼賛といつた偏りがなく、大阪バイアスもほとんどない。ローカル目線は銀座じゅわいおクチュールマキのCMのテロップの違いへの言及など、むしろ良い方向に働いてゐる。そして大阪のハイティーンであつたことが、シティポップをよりうまく対象化する事にも成功したか。

さらには、1984年のヒット曲をミクロに分析し、「名曲度」をつけてゐるのだが、その度数も当たつてゐるし(繰り返すが「俺」が答案用紙)、何よりもニューミュージックと歌謡曲が融合しシティポップが誕生した、といふ一見凡庸な結論も、アレンジャーへの目の付け所の良さや、ミクロな楽曲分析からの裏付け、古今東西の音楽史・芸能史への精通度の深さからなる大局的、体系的な視座をもつてゐて、大変説得力がある。つまり結論とその実証過程そのものが読みごたえがあり、かつエンターテインメントとしてまとめられている。

白眉は前述のアレンジャーと音符分析、特に薬師丸ひろ子楽曲の評価だ。この音符分析はよくもここまで大衆に理解できるやうに言語化したものだと驚く。「woman」と大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」。この2曲が1984年のトップ2であることに全く異論はない。1984年どころかオールタイムベストでもある。

玉に瑕である点が、好評価を下してゐるビートたけし&たけし軍団「抱いた腰がチャッチャッチャッ」は、実は大沢誉志幸には珍しい凡作であることと(おそらく著者はたけしファン、60年代生まれに信奉者多し)、「チェッカーズがやってくる、チェ!チェ!チェ!」というフレーズは、1回はよいが何回も、しかも本書の骨子を体現するキャッチフレーズにまでするほどうまくはないというところだ。
とはいえ、それらは惜しいという域に過ぎず、全体のクオリティを貶めるには至らない。といふかその瑕疵を補って余りある本文を擁する。
次作「1986年のロック」を希望する。1979、1984、1986との三部作をもって、黄金の昭和後期の大衆音楽の全貌はいよいよ明らかになる。

by ichiro_ishikawa | 2017-03-09 09:51 | 音楽 | Comments(2)  

橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社)

橘川幸夫『ロッキング・オンの時代』(晶文社)読了。

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主人公は渋谷陽一と岩谷宏。
これが面白くないわけはない。

「思想」「批評」「文學」といふものを俺が初めて意識したのは「ロッキング・オン」での渋谷陽一と岩谷宏の文章であり、俺を小林秀雄にたどり着かせたのは、渋谷陽一なのであつた。
だから今でも小林と渋谷は俺の中でほぼ同格なのだ。

少し前に上梓された増井修『ロッキング・オン天国』(イースト・プレス)は、増井が「ロッキング・オン」に入社した80年代から、自身が編集長として同誌史上最高部数を達成した90年代前半あたりを中心に、その内部ストーリが綴られていて、これもすこぶる面白かったが、今回の本は著者の橘川幸夫が創刊同人であることが特異だ。
外部のファンが批評的に書いたものでも、現役がサクセスストーリーを描いたものでもなく、当時の当事者がその誕生、黎明期を綴つてゐるといふ点が、独特でよいのである。著者と素材だけでもう面白い事が確定してゐる。

話は1971年、渋谷陽一との「レボルーション」誌、「ソウルイート」での出会いから始まり、80年に増井修が入社し、著者がロッキング・オンを辞めるところで終わる。

この70年代のロッキング・オンストーリーは、渋谷陽一の著書『音楽が終わった後に』、『ロック微分法』、『ロックは語れない』といつた初期著作においてその端々で語られてゐて、それはそれは刺激的なものなのだが、本書は著者が橘川幸夫といふところが重要である。創刊同人でありながら、渋谷陽一、岩谷宏という二大巨人の間に立ち客観的視点を持つて、内部ストーリーを語つてゐる点が本書の特徴だ。レノンとマッカートニー、氷室と布袋といつた強力な相反する個性を同時に語るには、リンゴ・スターや高橋まこと的立ち位置がベストで、橘川はまさにさうした位置にゐたばかりでなく、ミュージシャンでなく雑誌の編輯者であるから文才があるので、きつちり「読み物」として読める、一層貴重なものとなつた。

ロッキング・オン内外の出入りの人々のエピソードはどれも面白いが、なんと言つても渋谷陽一、岩谷宏である。
読みどころ満載な中、特に良かったところは、渋谷の経営手腕、特に他者との交渉力、営業力の描写である。
渋谷は昔自著で「人間関係で悩む人がわからない。人間関係なんて左から来た書類にハンコを押して右に流すだけじゃないか」という趣旨のことを書いていて、その初読時10代後半だつた俺は、これは「ロック」だと感じた。
情緒、人情、侘び寂び、文學を軽視しているのではない。むしろ文學をしやぶり尽くした人間だけが言へる境地(辿り着いたといふか渋谷の場合は天性のもの?)なのである。それは、渋谷のそれまでの文章と呼応してゐてブレるところがなく、はつきりと言へることだ。

本著では、「ビジネスの渋谷、思想の岩谷、文学の橘川」という記述があるが、誰よりも思想的で文學的でロックなのは渋谷陽一である。
中でも強くロックを感じた箇所を抜き出して稿を終へる。

・編集同人紹介記事における人物描写のユーモアのセンス。(渋谷のユーモア力は中村とうようなど、論争時に爆発する)

・何が楽しくてロッキング・オンをやつてゐるのかと橘川が渋谷に聞くと、値上げした広告料金を出すのを渋るクライアントを押し切つて出させることに至上の喜びを感じるな、イヒヒヒと言つたといふこと。

・事業規模拡大のため、創刊時から世話になつてゐた小印刷会社(橘川の父の会社)に別の大印刷会社を紹介してもらつた際、実はその大会社から小印刷会社にマージンが渡つてゐたことに激怒したこと。

・情熱と使命感を持つてスタートした「ロッキング・オン」を、その創刊時から完全にビジネスに仕立て、それで食つていくと徹底的に考へてゐたこと。

・岩谷と橘川がやめる時、10年無償で関わつてくれたのだから退職金を500万円払ふと言ひ、ただ、今は元手がないので、必ず「ロッキング・オン」を軌道に乗せるから50万ずつの分割にさせてくれとして実際払ひ切つたこと。

・そして、岩谷がそれをもらふのを固辞したこと。

である。
理由は書かれてゐない。余白が効いてゐる。
ここに岩谷宏といふ男が見える。


by ichiro_ishikawa | 2017-03-02 22:00 | 音楽 | Comments(0)  

真珠湾

真珠湾を思うとき常に頭をよぎる言葉がこれだ。

 空は美しく晴れ、眼の下には広々と海が輝いていた。漁船が行く、藍色の海の面に白い水脈を曵いて。さうだ、漁船の代りに魚雷が走れば、あれは雷跡だ、といふ事になるのだ。海水は同じ様に運動し、同じ様に美しく見えるであらう。さういふふとした思ひ付きが、まるで藍色の僕の頭に眞つ白な水脈を曵く様に鮮やかに浮かんだ。真珠湾に輝いていたのもあの同じ太陽なのだし、あの同じ冷たい青い塩辛い水が、魚雷の命中により、嘗て物理学者が子細に観察したそのままの波紋を作つて拡がつたのだ。そしふさういふ光景は、爆撃機上の勇士達の眼にも美しいと映らなかつた筈はあるまい。いや、雑念邪念を拭い去つた彼等の心には、あるが儘の光や海の姿は、沁み付く様に美しく映つたに違ひない。彼等は生涯それを忘れる事が出来まい。そんな風に想像する事が、何故だか僕には楽しかつた。太陽は輝き、海は青い、いつもさうだ、戰の時も平和の時も、さう念ずる様に思ひ、それが強く思索している事の様に思はれた。
 僕は冩眞を見乍ら考へつづけた。冩眞は、次第に本当の意味を僕に打ち明ける様に見えた。何もかもはつきりしているのではないか。はつきりと当たり前ではないか。戰に關する理論も文學も、戰ふ者の眼を曇らせる事は出来まい。これは、トルストイが、「戰争と平和」を書いた時に彼の剛毅な心が洞察したぎりぎりのものではなかつたか。戰争と平和とは同じものだ、といふ恐ろしい思想ではなかつたか。近代人は、犯罪心理學といふ様なものを思い付いた伝で、戰争心理學といふ様なものを拵へ上げてしまつた。戰は好戰派といふ様な人間が居るから起こるのではない。人生がもともと戰だから起こるのである。
(小林秀雄「戦争と平和」より)

by ichiro_ishikawa | 2016-12-29 10:33 | 文学 | Comments(0)  

小林秀雄「戦争と平和」より抜粋


 空は美しく晴れ、眼の下には広々と海が輝いていた。漁船が行く、藍色の海の面に白い水脈を曵いて。さうだ、漁船の代りに魚雷が走れば、あれは雷跡だ、といふ事になるのだ。海水は同じ様に運動し、同じ様に美しく見えるであらう。さういふふとした思ひ付きが、まるで藍色の僕の頭に眞つ白な水脈を曵く様に鮮やかに浮かんだ。真珠湾に輝いていたのもあの同じ太陽なのだし、あの同じ冷たい青い塩辛い水が、魚雷の命中により、嘗て物理学者が子細に観察したそのままの波紋を作つて拡がつたのだ。そしふさういふ光景は、爆撃機上の勇士達の眼にも美しいと映らなかつた筈はあるまい。いや、雑念邪念を拭い去つた彼等の心には、あるが儘の光や海の姿は、沁み付く様に美しく映つたに違ひない。彼等は生涯それを忘れる事が出来まい。そんな風に想像する事が、何故だか僕には楽しかつた。太陽は輝き、海は青い、いつもさうだ、戰の時も平和の時も、さう念ずる様に思ひ、それが強く思索している事の様に思はれた。
 僕は冩眞を見乍ら考へつづけた。冩眞は、次第に本当の意味を僕に打ち明ける様に見えた。何もかもはつきりしているのではないか。はつきりと当たり前ではないか。戰に關する理論も文學も、戰ふ者の眼を曇らせる事は出来まい。これは、トルストイが、「戰争と平和」を書いた時に彼の剛毅な心が洞察したぎりぎりのものではなかつたか。戰争と平和とは同じものだ、といふ恐ろしい思想ではなかつたか。近代人は、犯罪心理學といふ様なものを思い付いた伝で、戰争心理學といふ様なものを拵へ上げてしまつた。戰は好戰派といふ様な人間が居るから起こるのではない。人生がもともと戰だから起こるのである。

by ichiro_ishikawa | 2016-07-29 00:07 | 文学 | Comments(0)  

ロッキング・オンと俺

増井修『ロッキング・オン天国』(イーストプレス)読了。

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増井修は1990〜1996年、月刊洋楽誌「rockin'on」が最も
売れていた時代の、二代目編集長。
当時19〜25歳の俺は、オビ惹句にもあるやうにそれこそ「むさぼり読んでいた」。

そも「rockin'on」で批評といふものに目覚め、渋谷陽一→吉本隆明→小林秀雄に行き着いたのだった。

批評とは他者をダシにてめえを語る事。
この小林秀雄の方法は、渋谷陽一が、rockin'onが、ロックを対象に採用した方法で、二代目編集長の増井修も渋谷とはタイプは違うものの、その根本は受け継いだ。

俺は増井修の文章とキャラ、ユーモアが好きだった。
彼のラジオ「ロッキン・ホット・ファイル」も毎週録音して聴いていた。

好きが高じて1995年に入社面接も受けている。
課題作文は増井修のスウェード新潟ライブレポートを素材に書き、面接は、増井修が前列中央で進行役、後列に渋谷陽一、佐藤健、山崎洋一郎、宮嵜広司が二列に並んで座っていた。そのレイアウトをよく覚えている。

残念ながら失格で、かつ大学も留年し、翌年も留年したのだが、今思へば良かった。
入社していればきっと激務に耐へられず数年で退社し、なんとかフリーの音楽評論家となるも、鳴かず飛ばずで、今頃路頭に迷っていただらう。
そも30過ぎてから急速に興味がブラックミュージック、ジャズに変化していったし、今のロッキング・オン社のフェス中心の事業展開にもついていけなかったはずだ。

実際、俺は1997年からロッキング・オンへの興味は衰え始め、1999年には購読を止めた。
「cut」も「H」も創刊から数年間は定期購読していたが、1999年頃、誌面が女性誌、ジャニーズ誌みたいになってきて購読を止めた。

いまは「SIGHT」だけ毎号購読している。
結局俺は渋谷陽一の批評、文章が好きなのだ。
小林秀雄みたいだからだ。

そんな俺のいはば青春時代の7年間(浪人〜大学6年)の愛読雑誌の編集長による当時の話が、20年の時を経て聞ける、本書『ロッキング・オン天国』は、さういふ本であり、俺のために刊行されたやうなものだ。
他の人が読んでもさっぱり面白くないだらう。
俺だけが途轍もなく面白い。

本書の凄いところは、
ある一年、10万部を超えた全盛期の、
雑誌の売り上げ、収支がグラフ付きでまんま開陳されている事だ。辞めた人間によるこれは、果たして許されるのか、他人事ながらドキドキしている。
もしかしたらロッキング・オン社からクレームがつくやもしれぬ。さうしたら回収だらう。

しかし、この収支表が面白い。
俺はいまの仕事柄、雑誌や本の収支に明るいが、
この出版不況甚だしい今日からみると、半ば妄想のやうなグラフであり、みていると涎がでてくる。

(続く)




by ichiro_ishikawa | 2016-05-29 02:04 | 音楽 | Comments(0)  

今を生きるといふ意味


ある著名な歌人が、
悩んでいる人は過去と未来ばかり見ている。
子供は今しか生きていない。
だから生き生きとしている。
といふ主旨のことを言っていた。

よく聞く、「今を生きる」といふ意味が
やっとわかった。

岡潔は、
赤ん坊は自然とてめえが一体化していて、それで充足しているから常に微笑んでいる。
といふ意味のことをどこかで言っていた。

大人になると、さうはいかない。
やうに思へるが、さう生きるしかない。

だから俺はYouTubeで過去を振り返らないし、退職金や年金の計算なぞもしないし、住宅ローンの繰上げ返済もしない。


by ichiro_ishikawa | 2016-05-26 18:43 | 文学 | Comments(0)  

連載 小林秀雄が考へるやうに考へる 考える葦


人間は考える葦だ、という言葉は、あまり有名になり過ぎた。気の利いた洒落だと思ったからである。或る者は、人間は考えるが、自然の力の前では葦の様に弱いものだ、という意味にとった。或る者は、人間は、自然の威力には葦の様に一とたまりもないものだが、考える力がある、と受取った。どちらにしても洒落を出ない。
パスカルは、人間は恰も脆弱な葦が考える様に考えねばならぬと言ったのである。
人間に考えるという能力があるお蔭で、人間が葦でなくなるはずはない。従って、考えを進めて行くにつれて、人間がだんだん葦でなくなって来る様な気がしてくる、そういう考え方は、全く不正であり、愚鈍である、パスカルはそう言ったのだ。そう受取られていさえすれば、あんなに有名な言葉となるのは難かしかったであろう。
(パスカルの「パンセ」について)


これはどういうことか。
言葉は易しいがここで考えられている事は例によって難しい。謎を考えているからだ。というかそも答えを求めていない。いかに問うかに賭けられている。

これは、別のところで書く、「一方の極端まで達したところで何も偉い事はない、同時に両極端に触れて、その間を満たさなければ」を言っている。

あるいは「あらゆる思想は実生活から生れる」
(しかし生れて育った思想が遂に実生活に訣別する時が来なかったならば、凡そ思想というものに何んの力があるか)
は伏線たりうる。

つまり、考える葦とは、
人間は、生きて知る、
それ以外にない、
という事だ。

「人間は生きて知る」
では気が利かないし、
洒落てもいないから有名にはなりえないが、
そこに込められた思いは深い。
深すぎて暗いから見えづらい。

だのに小林秀雄はパスカルのその暗い心が見えた。その時、小林秀雄は無私を得てパスカルだったから。そういう仕方で対象に向かうのが小林秀雄という批評の魂である。

無私とは分かった気にならないこと。
対象を愛し、対象そのものになること。
それが小林秀雄の批評だ。




by ichiro_ishikawa | 2016-05-12 21:26 | 文学 | Comments(0)  

連載 小林秀雄が考えるように考える 1


「本居宣長」に、「死者は去るのではない。還って来ないのだ」 という言葉がある。
平易だがよくよく考えると難解な言葉だ。
去ると還らないは結果、同義ではないか。何だか煙に巻かれたようだ。

この、結果、を持ち出すのが我々の悪い癖である。
結果を求める。

去る、と還って来ない、は全く違う。

どう違うか。

全体の中でワンフレーズを切り取って考えてみてもしょうがないのだが、
小林秀雄は全編サビでできた散文詩なので、切り取ってもよい。

とはいえ、続きを見てみる。

「死者は去るのではない。還って来ないのだ。と言うのは、死者は、生者に烈しい悲しみを遺さなければ、この世を去る事が出来ない、という意味だ。それは、死という言葉と一緒に生れて来たと言ってもよいほど、この上なく尋常な死の意味である。」

つまり、これは
美しい花がある、花の美しさ、というようなものはない。と同じことを言っているのではないか。



by ichiro_ishikawa | 2016-04-12 21:08 | 文学 | Comments(0)  

不安について


不安や、傷つきやすい自分の表現が文学、あるいは文学的な歌詞、と思われているが、本来、文学とは明るく、前向きで健康的なものだ。
哀しみはある。
明るく前向きという事がすでにどこか哀しい。

不安だ、傷ついた、など言うのは、自分の事しか考えていないからだ。もっと人の事を、人の事ばかりを考えていれば、不安だのどうだのと、くよくよしている暇はないはずだ。

内省も重要か。
鏡を通してしか自分の顔を知りえないように、ましてそも目に見えない「内面」は、他者という他人、もの、ことにぶつからねば分からない。

というようなことをどこかで小林秀雄も書いていた。

by ichiro_ishikawa | 2016-04-12 07:20 | 文学 | Comments(0)