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雑感2016春

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by ichiro_ishikawa | 2016-04-11 19:34 | 文学  

岡潔『数学する人生』

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岡潔(森田真生編)『数学する人生』(新潮社)読了。
小林秀雄、池田晶子と同じことを言っている。
録音されていた晩年の講義の起こし「最終講義」(未刊行)を収録。これがものすげえ。
芭蕉と道元『正法眼蔵』を読みたくなったが、
俳句はわからないし、『正法眼蔵』は講談社学術文庫で8巻もあるちけ。
これは死ぬまでに読了するとして、
とりあえず小林秀雄との激名対談『人間の建設』(200頁足らず)を繰り返し読まん。

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by ichiro_ishikawa | 2016-03-01 23:44 | 文学 | Comments(0)  

Apple Musicと俺


それにしてもApple Musicはすげえ。
片っぱしからマイミュージックに入れて、全シャッフルで聴いている。
邦楽はないが、ジャズだって、ワールドミュージックさえある。
つまり重要なものは何でもある。日本以外世界中の音楽が聴ける。
日本でもRCとかはある。
ちなみにデイヴィッド・ボウイも当然全部ある。
ミュージシャンの収入はどうなっているのか気になる。

うちの3000枚のレコードとCDも当然ながら全部ある。
今までの30年にわたる蒐集の苦労は何だったんだ。
何万という大金をはたいてBOXセットを買ったのは何だったんだ。
1枚平均2000円としても、何百万と使っているはずだ。

Apple Musicは、モノとして保存、所有はできないが、「聴く」のが目的なわけで、
いつでもどこでも聴けるのだから、所有しているのも同然だ。

もはやレコードやCDを買う必要がない。
少し嬉しいのは、買うまでもないがちょっと聴いてみたい、というやつも聴けることだ。

いま10代で、これから音楽の広く深い森に入って行こうという輩は幸せだ。
月980円で何でも聴ける。
この世に必聴アルバムというのは1万枚ほどだから、すべて買うと2000万円ぐらいか。
その点Apple Musicでは1年で1万2000円。100年聴き続けても120万円。
十分元がとれる。もしかしたら全音楽を聴きこんだものすごいミュージシャンが生まれるのやもしれぬ。
いや、聴きすぎて「俺がもはや参入するまでもない」と思うことだろう。

では俺は、現所有の3000枚のレコードを売り払ってしまうか。
1枚10円で売れたとして3万円にはなる。
否。
今俺がロックで食っているのはこの3000枚があるからで、それは3万には見合わない。
という理由からではなく、定年後に喫茶店を開くからその時に必要なのだった。
本も数多ある。小林秀雄と池田晶子は全部ある。
雑誌もかなりある。全盛期(1980〜1983)のジャンプもある。フレッシュジャンプもある。
残念ながらロースク(80年代前半の全盛期の「ロードショー」「スクリーン」)は血の迷いで捨ててしまった。
新切り(新聞の切り抜き)もある。
漫画も「1・2の三四郎」「湘南爆走族」「ちょっとヨロシク!」「激!! 極虎一家」他、江口寿史全作品、中崎タツヤ関連など重要なものは揃っている。
これらを全部開放して、まずまずの珈琲と酒類を出すのだった。




by ichiro_ishikawa | 2016-01-13 19:31 | 音楽 | Comments(0)  

小林秀雄関連本も昨年続々刊行

小林秀雄関連本も昨年続々刊行。

この人を見よ:小林秀雄全集月報集成 (新潮文庫)
新潮社小林秀雄全集編集室 編
新潮社 (2014/12/22)

小林秀雄の思ひ出 (文春学藝ライブラリー)
郡司 勝義
文藝春秋 (2014/6/10)

学生との対話
小林 秀雄(国民文化研究会、新潮社 編)
新潮社 (2014/3/28)

なお、「文學界」と「新潮」でそれぞれ評論、若松英輔「美しい花 小林秀雄」、大澤信亮「小林秀雄」が連載中。

by ichiro_ishikawa | 2015-02-09 23:56 | 文学 | Comments(0)  

ゲボと俺


父逝去から10日経ち、日常に戻る。
病院から遺体搬送の時は大雨、火葬時も雨、そして、本日の忌引き明け出社時は台風18号直撃。今は台風一過で快晴。偶然だろうし、俺の観察眼にバイアスがかかっているのだろうが、この見事なまでの自然の演出、リンクには、少し驚く。

香典返しや役所事務、墓問題など、まだ事務処理は残っているものの、いろいろな儀式を粛々と済ませることで、人はその事実に折り合いをつけていくのだった。定型、儀式、というのは、人生の不如意に折り合いを付けるべく、人類が必死に発明した叡智であると知る。

とはいえ、故人を偲ばせる言葉や事物に面接してしまうと、まだゲボが出る。
ジョーがテンプルを打ってもゲボを吐かなくなったのは、いつだったか。カーロス・リベラと出会ってからか。





by ichiro_ishikawa | 2014-10-06 14:34 | 日々の泡 | Comments(0)  

終わり

ひとつの時代が終わった。
終わる、というのはこういうことか…。

支柱にして後ろ盾、そしてアイデンティティを失った感は否めないし否まない。


最後に
土くれが少しばかり
頭の上にばら撒かれ
凡ては永久に過ぎ去る


by ichiro_ishikawa | 2014-10-05 21:18 | 日々の泡 | Comments(0)  

小林秀雄、43歳の夏


 大瀧詠一は「無人島に持ってゆくとしたらどんなCDを持ってゆきますか? 一枚だけ選んでください」というアンケートに、「レコード・リサーチ」という書物(『ビルボード』のチャートとチャートインしたアーティストごとにシングルのデータをまとめたもの)を選んだ。その中の1962年から66年までがあればよい。全曲思い出せるのでそのチャートがあれば、いくらでも自分の頭の中で再生できるからという。

 もし俺に、「無人島に持ってゆくとしたらどんな本を持ってゆきますか? 一冊だけ選んでください」というアンケートが来たら、大瀧詠一にならって「小林秀雄作品 全28集 別巻4」と答えよう。この別巻4は、年譜、作品解題、著書目録、標題索引からなるシロモノで、つまり、小林秀雄がいつ何を書き、いつどの本ががどこからどんな仕様で出版されたかが網羅されているのだ。

 大瀧のように、全作品思い出せはしないが、たとえば、43歳の夏が終戦か…。このときは何も書いてないのか…。と思いを馳せる事ができる。
 そして、長い沈黙のあとの最初の仕事が、1946年1月に行われた雑誌「近代文学」での座談会「座談 コメディ・リテレール 小林秀雄を囲んで」だと知れる。
 そこで小林は、敗戦後に「左翼的文化人」に急変した当時の大多数の知識人らを揶揄してこういうのだった。

「僕は政治的には無知な一国民として事変に処した。黙って処した。それについて今は何の後悔もしていない。…僕は歴史の必然性といふものを、もつと恐ろしいものと考へている。僕は無知だから反省なぞしない。利口な奴はたんと反省してみるがいいぢやないか」

 そしてその5月、最愛の母を亡くしている。
 数日後、「妙な経験」をする。

 母が死んだ数日後の或る日、妙な経験をした。誰にも話したくはなかつたし、話した事はない。尤も、妙な気分が続いてやり切れず、「或る童話的経験」といふ題を思ひ附いて、よほど書いてみようと考へた事はある。今はたゞ簡単に事実を記する。(中略)もう夕暮れであつた。門を出ると、行手に螢が一匹飛んでゐるのを見た。この辺りには、毎年螢をよく見掛けるのだが、その年は初めて見る螢だつた。今まで見た事もない様な大ぶりのもので、見事に光つてゐた。おつかさんは、今は螢になつてゐる、と私はふと思つた。螢の飛ぶ後を歩きながら、私は、もうその考へから逃れる事が出来なかつた。

 8月には、水道橋駅のプラットフォームに墜落し、肋骨にひびが入り、約50日間、湯河原で静養する。
 事の次第はこうである。

 二ヶ月ほどたつて、私は、又、忘れ難い経験をした。これが童話であるか、事実談であるかは、読者の判断にまかす事にして、ともかくそれは次の様な次第であつた。或る夜、晩く、水道橋のプラットフォームで、東京行の電車を待つてゐた。まだ夜更けに出歩く人もない頃で、プラットフォームには私一人であつた。私はかなり酔つてゐた。酒もまだ貴重な頃で、半分呑み残した一升瓶を抱へて、ぶらぶらしてゐた。と其処までは覚へてゐるが、後は知らない。(中略)突然、大きな衝撃を受けて、目が覚めたと思つたら、下の空地に墜落してゐたのである。(中略)胸を強打したらしく、非常に苦しかつたが、我慢して半身を起し、さし込んだ外燈の光で、身体中をていねいに調べてみたが、かすり傷一つなかつた。(中略)私は、黒い石炭殻の上で、外燈で光つてゐる硝子を見てゐて、母親が助けてくれた事がはつきりした。断つて置くが、ここでも、ありのままを語らうとして、妙な言葉の使ひ方をしてゐるに過ぎない。私は、その時、母親が助けてくれた、と考へたのでもなければ、そんな気がしたのでもない。たゞ、その事がはつきりしたのである。

by ichiro_ishikawa | 2014-08-19 01:14 | 文学 | Comments(0)  

読書人はいかにして生まれるか

 すっかりブログの書き方を忘れた。
 備忘録としては、evernoteを駆使しているせいもあり、また意外な読者の存在を知って、「下手なことは書けない」という自意識過剰から更新が途絶えていたが、やはり腰をすえて書くという行為をせでは、精神が退化するので、恥を忍んで駄文を書き連ねることにするわけだ。いずれにせよ、文で表われることだけが自分のすべてであり、これ以上でも以下でもないという考えは変わらない。

 とはいえ、引用ではじまり、終わる。

●なぜ文学は読まれなくなったのか(出版不況に関連して)

 今、もし文学に対する「ニーズ」がないのだとすれば、それは文学作品を読んでも、そこから得られる知見によって、自分自身の生きる可能性が高まるように思えないからではないですか。
教養主義の時代に、人々が争って本を読んだのは、本を読むことから、生きていく上で死活的に重要な知が獲得できる、という予測が立ったからだと思います。

 戦中派の人たちを見てみると、充分な批評性や深い教養がなかったせいで、自分たちは歴史的愚考を犯したのだから、教養、特に人文的な知が必要なのだという世代的な反省があったのだろうと思います。

 (そうした世代が感じていたような生々しい教養への渇望は今の日本人にはもう見られないが、)人間がこの社会の成り立ちを理解し、自分自身の足場を基礎づけ、一寸先が見えない闇の中をどう歩めばいいのか、最適な判断を下し続けるためにはどうすればいいのか、その手がかりを求めていることには変わりはありません。生き延びるための知恵としての、広義の教養に対するニーズはいつの時代も変わらないと思います。

 出版物によって今自分たちが置かれている歴史的な大きな変化とは何か、これにどう対応すればよいのかについて、有益な知見が提供できるなら、今でも人々は情報や知識に対して充分な渇望を示すと思います。

 かつて文学が提供してきたようなものを、今は違う形のメディアが提供しているのではないか。

●読書人はいかにして生まれるか――出版不況打開の道、その本質的知見

 どんな人たちも最初は本は無償で読む。家にある本、図書館の本、友達の本、そういう無償の読書行為を積み重ねて、リテラシーを高めてゆき、ある段階に至って初めて自分のお小遣いで本を買い、それを自分の本棚に並べる。圧倒的な量の無料の読書の十数年にわたる蓄積があった上で、初めて有料の読書が発生するわけです。この土壌が大切なんです。読書の習慣がない人は絶対に本を買いません。たとえ無償であっても膨大な活字を読む、活字がなければいられないぐらいの活字中毒になって、書物に対する鑑定眼がきちんと身についた人がはじめて自分の財布からお金を出して本を買う読者に育つ。文学の営みを支えることになる。そしてそれを支えているのはこの私だと思いこむような読者を作ること、それが迂遠ではありますが、文学が生き残る王道だと思います。

    内田 樹(文藝家協会ニュース 特別号 2014年7月31日発行より、任意抜粋)

by ichiro_ishikawa | 2014-08-05 20:33 | 文学 | Comments(0)  

母の遺産

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小林秀雄賞の名著『日本語が滅びるとき』の著者、水村美苗の長編『母の遺産―新聞小説』読了。
大傑作。
親の介護と死、離婚といった今の俺にジャストな素材というタイムリーさもあるが、その底辺を支えている文学への、そして日本語への信頼と愛情にしびれる。

by ichiro_ishikawa | 2012-05-04 23:22 | 文学 | Comments(0)  

追悼アントニオ・タブッキ

アントニオ・タブッキ(1943 - 2012)
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by ichiro_ishikawa | 2012-04-04 00:34 | 文学 | Comments(0)