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次年度以降の中長期的目標


​その人が登場するとそれだけでパーッと空気が明るくなる、
といふ人がたまにゐる。
何を言ふわけでもするわけでもない。ただ現れるだけでである。
出落ちといふのとも違ふ(出落ちもすげえが)。
卑近な例でいえば、故・父がさうであつた。

で、実子であるはずの俺はといへば近いどころかなぜか対極で、
​現れるだけで場がどんよりし、皆が皆バツ悪さうに目を背ける、といふ塩梅だ。
男の顔は履歴書といふが、顔だけでない、姿、オーラすべてが履歴書であらう。
四十数年の何がどう蓄積してこんな有様になってしまつたのか俺は訝る。
次年度以降の中長期的目標は、
登場するとそれだけでパーッと空気が明るくなるオーラを身に付ける、だ。
ハードルは高い。いまからプロ野球選手を目指すといふぐらい馬鹿げているやもしれぬ。しかしプロ野球選手の場合は物理的限界が明確だからであり、今回の目標はより精神性の問題であるやうな気がしていて、つまりあながち不可能ではないと思つてゐる。

by ichiro_ishikawa | 2017-12-28 11:40 | 日々の泡 | Comments(0)  

残業問題の解決法


会社従業員の残業過多、それに付随して残業時間の過少申告が問題になつてゐる。

この問題に少し興味があるのは、10年以上前に、月200時間以上の残業が常態で、別段おかしいとも思つたゐなかつたおかしい時代、会社に行政指導が入つたらしく、とりあへずこれまでの残業手当未払い分として100万円が還付されたことがあるからだ。

金が入るならいくらでも働く。働かざるを得ない、といふのが多くの人の実情だ。残業などしたくないが生計を立てるためにせざるを得ない。

したがってこの問題を根本的に解決するためには、
ワークフローをいぢつたところで焼け石に水。残業を削減できてもせいぜいが数時間だらう。

根本的に減らすには、労働対価を上げるしかない。
つまり自分が生み出した商品の価値を上げるしかない。たとへば1万円で売つていた商品を2万円で売るしかない。でもそのまま倍になつたら売れもしなくなるから、その商品の内在価値を上げるか、価格に見合ふ商品の生産に事業をシフトするしかない。

つまり、たとへば、ある商品で1000万の利益を上げるためにどうしたつて残業が必要になるとしたら、残業せずとも1000万円の利益をあげられる商品の生産にシフト、その開発をするしかない。しかしとりあへず現状キープのためこれまでのことをしながら、さらに開発のために残業する、といふことになりかねない。だから開発は雇用主がしたほうがいい。


by ichiro_ishikawa | 2017-12-28 10:20 | 日々の泡 | Comments(0)  

ディズニーランドの思ひ出


子供なら一度は興味を覚え、日本人のほぼ全員が1回は行つたことがあるといふ東京ディズニーランドだが、未踏。
1983年、小6春の遠足が開園初年のディズニーランドに決まつてゐたが、雨で中止。機を逸して以来、すぐに大人になつてしまつたため、いよいよ未踏。空白の世代だ。

by ichiro_ishikawa | 2017-12-27 15:40 | 日々の泡 | Comments(0)  

独り言


俺は電話もメールもSNSも嫌ひで、つまりコミュニケーションが嫌ひ、人間が嫌ひなんだと思はれてゐるのだが、実はコミュニケーションにおいては基本的には会つて話すといふことを最も信頼してゐる。かつ、実は俺は人間好きだ。正確に言へば、好きな人間は好きだ。

とはいへ、会つて話すといふのは、時間がかかることは事実である。

1.アポを取る。
2.出向く(出向いてもらふ)
3.会ふ
4.マクラ
5.ジョークラリー
6.切り上げる
7.別れの挨拶
8.をしながら本題を話す(たまにこれを忘れて「何しに来た?」となる)
9.別れる
10.帰る

ザッと10の工程がある。
それがメールであれば、上記8だけで終わる。
コスパやスピード感にこそ価値を置くこの21世紀においては、会つて話すといふのは、忌み嫌はれる行為である。会つて話すことを一回やる間に、メールであれば10個の案件を処理できるからである。

しかし、急がば回れといふことはある。
負けるが勝ちと並び好きな諺の上位ランキングの常連だが、会つて話すと、無用な誤解を防げ、今後のコミュニケーションをより円滑にさせ、何より、相手と濃い信頼関係が一気に結べる。何らかのトラブルがあつたときなどは、この信頼関係がものをいふ。

メールがものをいふのは、以下のような時だらう。

・白黒はつきりしてる事柄の確認
・理論、理屈が重要な事柄の確認

つまり、多くの仕事においては、メールがよい。
実際、仕事の90%はメールで済む。
では、何がメールで済まない事柄か。
裏返せばよい。

・白か黒かでない事柄
・理屈が通用しない事柄。

かうした事柄をメールで確認しようものなら、トラブル勃発、炎上必至である。

俺が会つて話すのが好きなのは、そして実は人間が好きなのは(好きな人間が好きなのは)、世の中は白か黒かでない、理屈が通用しないことで溢れてゐて、そのやうな事柄(を考へるのが)好きだからである。








by ichiro_ishikawa | 2017-12-27 01:41 | 文学 | Comments(0)  

世代論と俺


ホフディランの小宮山雄飛と元ロッキングオンの音楽ジャーナリスト柴那典の対談(cakes)で、

上の世代はあまり横のつながりがないんですよ。たとえばヒップホップ、パンク、ポップスって、それぞれバチバチしてたというか、お互い交流もなかったんです。

といふ小宮山の発言があつた。
小宮山の世代以下は、異ジャンルを含め横のつながりが強い、超えがたい上の世代への対抗手段として我々は横の繋がりを、といふ骨子のくだりでのものだ。

これを読んで感じ入つたことがあつたので一筆認めん。

それは、
今の世代と上の世代(旧世代)を、30代以下と40代以上といふやうに大別すると、横のラインが「ライバル関係」か「繋がる関係」か、といふ大別軸が成り立ち、それはかなりいいところをついてゐる、つまりその座標軸で、いろいろなことが説明可能になりさうだ、
ということだ。

無論個人差があるし、これはあまりにも大雑把、といふか無謀、と考へるムキもあらうが、無謀な仮説を立てることで、答へは出なくとも、視野が晴れたり、広がりさへすれば、それはそれでひとつ実のあることだ、ぐらいの鷹揚な構へでよろしい。

旧世代はケンカばかりしてきたが、新世代はケンカ無用。旧世代は義理と人情より上に来るものはないという考へ、新世代は費用対効果が最優先。旧世代は弱肉強食で、新世代はウインウインを目指す。旧世代は中央集権的、タテ割りに生き、新世代は脱中心的、グローバリズムを推進。旧世代はポストモダン、新世代はポストポストモダン。旧世代は他人中心、新世代はてめえ中心。旧世代は世間ありき、新世代はてめえの生き方ありき。

で、俺はどちらか。
どこにも属さない。Øだ。







by ichiro_ishikawa | 2017-12-26 15:50 | 日々の泡 | Comments(0)  

ウェイトレスと俺


行きつけのファミレスに、ファーストミッションのサモハンによく似た、推定165cm、80kg、しよつちゆう店長に叱咤されてゐるウェイトレスがゐて、皿を置くとき、「よいしよ」と小さく言ふ。

俺は陰ながら彼女を支持してゐるのだが、

と書いてゐたまさにそのとき彼女が、
「お下げしてもいいですか?」と、
人の心にグイッと入つてきた。
普通はさらつと、一応聞くみたいなアタリで来るはずだが、彼女は人の目を見てググッと質問調。
こちらも普通はさらつとうなづくだけだつたりするところ、思はず、iPhoneを置いてまで、どうぞ下げてくださいといふ両手のゼスチャー付きで「why not?」と本気の返し。

名札を盗み見し、「お客様の声」に、「◯◯氏、秀逸な対応」と記載して投函し、店を出た。





by ichiro_ishikawa | 2017-12-25 14:39 | 日々の泡 | Comments(0)  

九州北部と京都と俺


ここ1ヶ月で、佐賀、京都、長崎、京都2、福岡を商用で回つた。それぞれ周辺も巡り、細かい土地土地の歴史や文化などを垣間見ることにもなつたが、その巡業で発見したことは、

・どこも同じ
・外国でさへも

といふことだ。
細かく見れば全部違ふし、その細かいところでの差異や独自性といふのはあるけれど、人間が生まれて生きて死ぬといふ見地から大局的に本質的に見れば、どこも同じだ。
つまり、生き死にや暮らしぶりは血も含めた環境に強く左右されるし、どこでどう生まれて生きて死ぬか、その内容はすべて個別だけれど、その形式自体は同じだ。
内容がすべて個別といふことは形式が同じだといふ認識が強まるほど際立つ。



by ichiro_ishikawa | 2017-12-11 11:33 | 日々の泡 | Comments(0)  

大丈夫ではない


たとへばつまづいたり転んだり、何らかの罹災があつときに、傍らにゐた人から咄嗟に「大丈夫?」と聞かれる場面が日々においてはままあらう。
もちろんその何らかの災難の度合いによるが、大抵の場合、「大丈夫」と答える。答えざるを得ない。

でも本当は、大丈夫ぢやない。
正確に言へば、大丈夫ぢやないといふほど大げさでもないが、決して大丈夫ではない、つまり「うーん…さうさなあ…まあ…いい気分ではないのは確かだ…つうかほつといてくれ、いやごめん、好意で言つてくれてるのはわかるが……こんなときに質問形式はやめれ」だ。
しかし、そんな悠長なことを言つてゐると、会話のリズムを損なうから、とりあへず「大丈夫」と言つて済ます。

但しその大丈夫は、繰り返すが、
「うーん…さうさなあ…まあ…いい気分ではないのは確かだ…つうかほつといてくれ、いやごめん、好意で言つてくれてるのはわかるが……こんなときに質問形式はやめれ」
であることを踏まへて置くことはよいことだ。
ぢやあどう言へばよいか。難しいが、とりあへずベストは、「なるほど」だらう。

だいぢやうぶかと訊くひとがゐる大丈夫であるはずがないと言つてみようか  永田和宏

by ichiro_ishikawa | 2017-12-06 20:37 | 日々の泡 | Comments(0)  

あゝ人間…


某WINSにて、エリザベス女王杯終了直後、 
「な⁈ ヴィブロスなんて来ねえだろ!」
と、鬼の形相で、絶叫しながら走つてゐる輩を見た。

これはどういふ状況か。
考へられるのは以下の3点。

1)一番人気のヴィブロスを切つた自分を褒め称えてゐる
2)ヴィブロスを買つた知人を罵倒してゐる
3)ヴィブロスを買つた見知らぬ大勢の人間を罵倒してゐる

1だとすると、冒頭の叫びの時、笑つているか誇つてゐるか、
いづれにしろ歓喜の表情になるはずである。
しかしこの輩は笑つてゐるどころか、怒つてをり、
そして、泣いてゐた。
嬉し泣きではない。悲痛な、明らかな悔し泣きであつた。

では2か。見渡したところその場に知人らしき人はゐない。一人で絶叫してゐた。

では3か。そんな叫んでまで、泣いてまで、見知らぬ他人を罵倒することにどんな意味があるのか。
そも自分は一番人気を信じず、見事に切つたのだから、それでいいではないか。


答へはかうであらう。
自分は一番人気のヴィブロスを見事切つた。
しかし買つた馬も来なかつた。つまり負けた。
ヴィブロスを切れてゐただけに悔しさは倍増である。
つまりヴィブロスを切つた英断の誇りと、
馬券を外した無念が錯綜し、
取り乱した。

現地やWINSには取り乱した輩がうじやうじやゐる。
人間とはこんなにも哀れで見苦しいものか。
あゝ人間…。


by ichiro_ishikawa | 2017-11-13 20:08 | 日々の泡 | Comments(0)  

iPhoneのなき二日間

土曜朝、商用のためのぞみで京都へ行くも、座席ポケットにiPhoneを置き忘れて降車。
降りた瞬間気づいたため、窓から身を乗り出してホーム確認をしてゐた車掌に、「忘れ物した、取りに行かせてくれ」と頼んだが、「否、駅員に言へ」と一蹴されたため、すぐに駅案内所へ。
「当該車両は博多行きのため、おそらく博多で預かることになる、4時間後に博多駅に電話したまへ」とのこと。

京都での所用中、知り合いにケータイを借りて博多駅に電話したところ、「確かに預かつてゐる、取りに来るか着払ひで送るか選べ」と言ふので、笑止。お前が来い、と思ひつつ着払ひを指示。ただし東京へは二日かかる、月曜着だと言ふ。

といふ訳で、土曜、日曜をiPhone無しで過ごすことになつた。

まづ京都から東京への帰路、殆どの「モノ」がiPhoneに搭載されてゐるため、車中でやらうとしてゐたことが何もできないことに気づく。

・スケジュール確認
・ゲラ読み
・PDF化しておいた資料読み
・メール
・ネット検索、webサイト閲覧、SNS
・Apple Musicでの音楽視聴
・電子書籍読み
・youtube視聴
・mapでの富士山通過確認
・Google earthでの世界の街並み見学

で何をしていたかと言ふと、紙の本の読書。
やはり最終的に信頼できるのは紙の本だつた。
2時間半の間に、単行本1冊、文庫3冊、短歌結社誌1冊を、熟読、読破。
もしiPhoneがあつたなら、これらはおそらく1ページも読まれることはなかつたことを考へると、いかに普段、iPhoneに貴重な読書時間を奪はれてゐるかが露呈した形だ。
ゴトシや連絡は滞るが、大したことはない。平日の昼間にグワッとやればよい。読書の方が大事である。
このひたすら読書のお陰で、億単位の企画が2本浮かび、ひとつのある重要な思想が芽生えた。

置き忘れて大正解であつた。いやむしろあへて置いて行つたといふ方が真実に近い。さらにはいつそ金輪際iPhoneは捨ててしまはうとさへ思つたのだつた。






by ichiro_ishikawa | 2017-11-13 13:00 | 日々の泡 | Comments(0)