タグ:en-taxi ( 7 ) タグの人気記事

 

「en-taxi」最新号は小林秀雄特集


ロックンロール・ブック愛読者11人
(&浮動票100人)に朗報!

 出版不況と言われ久しい昨今、軒並みマーケティング至上主義のくだらねえお約束雑誌、書籍ばかりが林立する悲惨な状況下、もはや唯一といっていい、マーケティング丸無視で、「真に価値あるものを」という編集者の信念だけで作られている、文芸誌「en-taxi」(実売部数200万部/JRA調べ)。

 当ブロムでは、その看板作品でもあったリリー・フランキー「東京タワー」に関する感想を始め、雑誌ベスト5などの企画で何度か紹介してきたが、その「en-taxi」が、6月末日売りの2008年夏号で、遂に、大本命、小林秀雄の特集を組んできた

 責任編集者である福田和也が、傑作「日本人の目玉」などで小林秀雄の秀逸な批評を展開していることも当ブロムでは触れてきたが、その彼が、満を持して放つ、一大特集、その名も「小林秀雄、批評のビートニクス」! おまけに巻頭の彼の原稿のタイトルは「ウィズ・メンフィス・ブルース・アゲイン」ときた!

 そして、なんと、そこに!

俺が、寄稿しているのだった!!

 5月から動いていたこの「プロジェクトA(原題=A計劃)」。
 「孤高のロック文士」というタイトルで、P44-47の計4pにわたり響き渡る、小林秀雄へのソウル・ミュージックだ!
 舞台は「en-taxi」、素材は「小林秀雄」、担当編集は「東京タワー」の方、という3連単100万馬券ズバリ!
 一般誌での署名原稿は、ビックコミックスピリッツ、ヤングジャンプ以来、実に14年ぶり!

 グルーヴィーな小林秀雄賛歌を、ノドが枯れるまで、ストロークしすぎで爪がなくなるまで、奏で倒しています。キーはA7! 第2特集は奇しくもギャンブル!
 文芸誌「en-taxi」2008年夏号は、全国書店で6月30日(月)発売!
 ぜひ、ご高覧あれ!

c0005419_103212.jpg

by ichiro_ishikawa | 2008-06-28 22:41 | 文学 | Comments(4)  

俺はあやまらない

 俺はあやまらない。
 あやまりたくない。
 許しも乞わない。許して欲しくない。
 もちろん。もちろん俺が悪いのだ、俺が悪いんだと知っている。それがどうしたというのだ。
 悪いことをして、何が悪い?
 反省なんてしたくない。
 したくはないが、反省じみたことを想い、巡らして弱ってみる湿った弱さ、自己慰籍をする女々しさはあるかもしれない……嫌なことだが……反省などに何の価値があるのだろう。やり直せることなどはない。取り返しのつかないことがあるだけだ。とは云え、大抵のことは取り繕うことができる。情けないし、救われないことだが、それで何とかもち堪えてきてしまった。
 責めたいなら責めればいい。罰したいのなら罰すればいい。口笛を吹きながら絞首台に向って歩いていく短刀遣いマックのようにはいくまいし、泣き言も漏らせば、しおたれもするだろう。でも、俺はあやまらない。

 福田和也の新刊が扶桑社から出た。扶桑社という事で、つまり『en-taxi』での巻頭特集記事をまとめた本だ。特集の俎上に乗せられているのは、元ルースターズ・大江慎也、画家・大竹伸朗、建築家・磯崎新、落語家・立川談春、文藝評論家・保田與重郎、陶芸家・吉田明、俳人・角川春樹、作家・洲之内徹、映画監督・中島貞夫らで、引用文献も含め、本当に「凄い人」たちが、凄い人の言葉でずらずらと登場し、息をつかせない。

 俺は日々、人生劇場の中の主役であり脇役でありナレーターなのであるが、その様々な場面で、「その役がよしんば俺だったら」ということを考えてしまう癖があって、例えば、テレビで紳助やさんまがパネラーたちをさばいているのを見るにつけ、「あの役を次からやれと言われたら…」、あるいは、「パネラー側で、紳助に急にふられたら…」とか、大物のライブ鑑賞中「突如ベースギターの代役を頼まれたら…」とか、また、街の雑踏の中、実に様々な人間を目にするにつけ、「これら人々の人生を片っ端から描写していけと言われたら…」とか、非常に精緻に分かれた枝、微妙な陰影を持つ細かい葉っぱ、すべてが一様でない花びら、それらを持つ大木、「その群れを一幅の絵に描けと言われたら…」といった義務感を感じてしまい、「ええ? まじでか!?」と、おののきながら、ふと我に帰り、「あ別に誰からも課せられてないか…」と気づき、ほっと安堵するという一幕が、往々にしてあるのであった。

 そういう癖のせいかどうか知らぬが、福田和也の本を読むといつも、一介の読者という立場にかかわらず、「これよりずけえ事を書けといわれたら…」との強迫観念に駆られた末、「こいつは俺よりすげえ」という敗北感を味わってしまう。
 知識、というのはなんでもない。たとえば「スキゾの概念」という言葉がさっぱり分からなくても、それなりの文献を読み、考察すれば一応理解は出来る。要はただ、その言葉なり概念に触れた事があるかないかの違いだからだ。
 それよりも、「常識」とか「歴史」といった、誰もが知っている言葉に対して、その本質をどれだけ深く鋭く抉っているか、「経験」しているか、こそがよほど重要なのであって、それは知識ではなくやはり「経験」と呼びたいものである。いかに自分の頭で、自己流に考えているか、こそが肝なのである。自己流というのが大事だ。書物はいよいよインスピレーションに過ぎない。書物を読めば知識は溜まる。だから何だというのだ。それらを自己流に考え、言葉と親身に交わらなければ、何にもならない。ただ要領よく生きられるというだけだ。そんなものに何の価値がある?
 福田は博覧強記で知られているが、立花隆などの学者や批評家と一線を画すのは、小林秀雄ばりの精神の鋭敏さである。知識量が膨大というだけなら何でも無いが、それらの知識は本来の意味での知識であり、それらとの身を持っての交わり方が半端ではないのである。高々自分と10歳ぐらいしか離れていないが、その差は賢老人と幼児なみの開きがある。

 それだけならまだいい。俺が福田を前にして、大枚をはたいたパイロットの万年筆を永遠に使うまいと思わざるを得ないところ。それは、ロックだ。
 いかに博識で鋭敏でも、ロックが分かっていなければ全然ダメなのであるが、彼奴は、すげえロックを分かっているのであった。好みは多少違うけれど、趣味、好き好きを超えたところで、批評自体の自立性というところに焦点を合わせると、いかに深く音楽と交わっているかが分かる
 俺は福田には全くかなわない。ということはサシで対話するには50年早いということで、これは、いよいよなんとかしなければならない。
 とりあえず、福田を超えなければ、俺が出る幕はどこにも無いという事を痛感している。だが、それでも立ち向かうしか無いのだろう。いや、立ち向かうというのは正確じゃない。俺は俺流に俺なりに歩くだけである。俺の人生を生きるのは俺でしかないのだからな。
 ひとまず言えるのは、「こんな事している場合じゃない」。これが分かっただけでも福田との出会いは大きい。

by ichiro_ishikawa | 2007-03-31 23:16 | 文学 | Comments(1)  

いま最も勢いのある雑誌ベストテン

 
 俺がかなりの雑誌マニアだということは意外と知られていない。
70年代後半から80年代半ば、幼少〜ローティーン期には、肉親が勤める美容室に入り浸っていた関係もあって、そこに置いてあった女性週刊誌や少年・青年漫画誌、ファッション誌はもちろん、「POPEYE」「BRUTUS」といったマガジンハウス系、そして伝説の「シティ・ロード」から「ロードショー」「スクリーン」の類にはかなり親しんで来た。
 80年代後半から90年代半ば、高校〜20代中盤期には、マガジンハウスを離れ、rockin'on系にシフト。さらに欧米、アートかぶれだったので、カルチャー誌、文芸誌から洋雑誌までも積極的に手を伸ばしていた。

 そんな、雑誌カルチャーに一家言ある俺だが、30代に入ってから、めっきり雑誌への愛情が薄れてきた。ウェブサイトという新しいメディアの影響などというキャッチーな理由からでは全くなく、思うに、やはり、世の出来事に関心がなくなってきたのではあるまいか。社会人という、世俗にどっぷりまみれた生活を日々送っていると、仏・神系、イエス様やお釈迦様、天照大神、八百万の神といった宗教、あるいはソクラテスやプラトンといった哲学、吉田兼好とか荻生徂徠といった古典文学など、あまり生活に関係のない、いや、生活に直截的な作用はないが、それを根底で支え、深いところで必ずや作用しているであろう、いわば、存在自体の大前提、みたいなところにしかあまり興味が持てないのであった。
 DAKARA、もっぱら書籍である。
 情報など要らぬ。ビジュアルも要らぬ。生活の知恵など無用の長物。本質だけをグワッとえぐっていれば、応用は利くのである。
 そんな人間がセレクトした、いま、最も勢いのある雑誌、ベストテン。


5.UNCUT(英国・ IPC MEDIA)

c0005419_2171027.jpg世界中の音楽誌がダメな今、孤軍奮闘しているのがこのイギリスのオヤジ雑誌。OVER30、あるいは40を読者に想定していると思われるが、あからさまな回顧趣味ではなく、ある程度耳の肥えたオヤジにも響くものなら新人も紹介する、要は、真にいいものを取り上げるというスタンスがいい。


4.SIGHT(rockin'on)

c0005419_2173444.jpgラス・メイヤー特集で幕を開けた「H」が女子供向けのサブカル誌に堕し、欧米誌デザイン+トレント・レズナー表紙で勢いよく創刊された「buzz」も「JAPAN」みたいにナヨナヨしはじめ、本誌「rochin'on」も増井修・田中宗一郎・宮﨑広司を失って虫の息、最後の牙城「CUT」も変な日本映画寄りになった今、かつては赤線引いて熟読玩味していたrockin'on社の作品にまったく用がなくなる中、唯一すげえのが、この総合誌。ただ版型が変わったのが惜しい。


3.en-taxi(扶桑社)

c0005419_2175688.jpg「東京タワー」を生んだことで一躍有名になったが、アレは別格として、「文学の器」「作家の遺影を撮る」「ラスト・ワルツ」などいい企画が目白押し。丸山応挙や松方弘樹、大江慎也など、俎上に載せる題材も秀逸。判型が変わったのは、やや気に入らない。


2.芸術新潮(新潮社)

c0005419_2181580.jpg芸術というやつを切るには、高尚になるか、スノッブな感じにサブっぽく軽やかになるかのどちらかで、本当にくだらねえのだけれど、この雑誌は、なんといっても本質をこそ、グワッと抉っていこうという意気込み、そして、それを形にする手腕がすげえ。「日本の仏像誕生!」「おそるべし! 川端康成コレクション」「芭蕉から蕪村へ 俳画は遊ぶ」といった、切り口にすごく工夫がある。


1.サライ(小学館)

c0005419_2183366.jpg他のジジイ雑誌が、「若者がオッサンになった」という事実に即しただけの、処世術や趣味を扱うことに終始していて全然ダメなのに対し、「古都奈良」や「落語」、「孔子論語」「小倉百人一首」といった特集の素材が硬派で気が利いているのがまず良いし、なんといっても切り口が、すげえ。要は、料理の仕方がすげえ。

by ichiro_ishikawa | 2007-02-08 02:22 | 文学 | Comments(2)  

リリー・フランキー『東京タワー』刊行記念サイン会

 去る7月2日、土曜日、東京・六本木青山ブックセンター内、奥のレジ近く、特集コーナーの辺りで、リリー・フランキー『東京タワー』刊行記念サイン会が執り行われた。
 周りには扶桑社、abcのスタッフと思しき面々が5〜6人いる。第三者がそんなにズラッといるとトークの邪魔だよ、ピリピリするじゃんよと不満を感じていたら、ちょっと離れたところにはBJの姿が見える。スタッフなのに、離れたところで客然として居るところが、なんとも分かっているBJ。
 あたしらはそこから入り口に向かって縦1列に整理番号順に並ばされる。10番ひと組で順に呼ばれ、列を作る。開始から30分ちょっと遅れて着いたときは、まだ30番だった。私の整理番号は79番。この日は100番ちょっといたらしい。
 リリーはロフト・プラスワンでのトークショーの時もそうだったけれど、ファン1人1人と長々と話をすることで有名。1人1人、リリーの前に着席すると、リリーはその1人1人に軽いいじりを交えながら、めいめいが持ち寄った『東京タワー』にゴールドのペンでサインをしていく。オトンのペンになる中表紙の文字と同じ色で、大胆に、めいめいの名前と日付を書き添え、サインをしていく。
 リリーのいじりに対して、俺は果たしてどうきり返していくのか。それが今回のテーマだった。
 
 俺を見るなり、リリーは言った。
 「酒作ってそうだよね」
 「(あ…、さ…さけ…)」
 そんなことを言われたのは初めてで、いや、月並みなことは言われないことは分かっていたのだが、言葉が何も出ず芸もなくただ逡巡していたところに、
 「シェイカー振ってそうだもんね」
 と重ねられる。セコンドが投げた白いタオルを視認した。ゴングが鳴って2発でTKO負け。秒殺だ。
 勝負は終わったとはいえ、放送時間はまだまだ残っていたので、世間話的に、サシでの対面は実は3度目だと伝えると、リリーは昔、ともに竹中直人のライヴを見たことを憶えてくれていた。
「リキッドルームだよね」
「そうです」
ドクトクくんの頃だよね」
「そうです」
「あれ、何年前かな」
「ちょうど10年ですね」
「うちにも来ましたよね」
「お母さまに麦茶もらいました」
 オカンが出たところで、『東京タワー』の本質である“悲劇の誕生”と、それがオカンを永遠に生かしたことを絶賛したかったのだが、そんな真面目な話をする雰囲気ではなかったので言葉を飲み込んで繰り出す時機を待つ。
 暇もなく、サインも終わり、リリーはインクが対向ページに染みないよう丁寧に半紙を挟み、私たちは別れた。
 「好きです」のひと言も言えないシャイネス・オーバードライブな俺、34歳の初夏。

by ichiro_ishikawa | 2005-07-07 12:18 | 日々の泡 | Comments(0)  

まさにリリー・フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

 『POPEYE』最新号で、吉田豪がリリー・フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドに濃いインタビューをしていて、デビュー時のマニック・ストリート・プリーチャーズが「最高のデビューアルバムを1枚出して、すぐ解散する」とか「ストーンズくだらねえ」的なコメントを残したのに対して、「やっぱり若いうちにこういうことを言っとくべきだね」「年とってから言うとただのひがみになるからね」というような発言をリリーがしていて、老いて尚わかってるその精神に改めて敬服した。吉田豪もすげえわかってるが、いかんせん、わかってるぞ然としすぎ、わかってるぞ臭を出し過ぎなのが気になるところ。
 扶桑社から6月29日に『東京タワー』の単行本が出るらしく、いよいよリリーは芥川賞作家になる。7月2日の復活した六本木のabcでの発売記念サイン会には行かざるを得ないだろう。『おでんくん』もアニメ化される。マンガ・アニメ・グッズ蔑視傾向にある自分でさえ、このグッズばかりは超ほしい。おにぎしを食びるおでんくんの人形、すげえほしい。リリーのここ一連のド・メジャーな展開は喜ばしい限りだ。あのスタンスでメジャーに君臨するというのは、すごい。
 また、資生堂で福田和也とトークショーをするらしい。テーマがいい。「テーマ、ディテール、テイスト……文章の感動って何だろう?」。これは行かざるを得ない。
 また、8月には小樽でのオールナイト・ロックンロール・パーティ「ライジング・サン」にてコメディ・テント「ブラックホール」なるステージに出るらしい。これもいよいよ北海道発上陸を果たさざるを得ない。
 また、オフィシャルサイト内人気企画「今日のつぶやき」が単行本化されるらしい。
これは立ち読みせざるを得ない。

以上のニュースソース
ロックンロール・ニュース




c0005419_21261145.jpg 

←いとこん君(かっけえ)
C リリー・フランキー

by ichiro_ishikawa | 2005-06-24 18:52 | 日々の泡 | Comments(2)  

リリー・フランキー「東京タワー」完結

リリー・フランキー「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」c0005419_13123156.gif
『en-taxi』2005 SPRING、第9号)



 昨日、「オカン」が死んだ。
 とうとう、「子供の頃からボクが最もおそれていたこと」が起きてしまった。
 いつかは起こると理性は知っていた。が、今、ここに、常に脈々と存在し、機に応じて変化し続ける感情というリアルは、それを信じてはいなかった。まったく信じていなかった。
 肉体は自然であり物質であるが、精神は物質ではない。そんな物質と非物質が一体となっている奇妙な存在、人間。物質は朽ちるが、精神はそれに抗う。
 「なんで死んじゃったの?」
 これのどこが子供じみた発言か。科学などがまったく追いつけない、高度で本質的な質問である。「ボク」には、それが、本当に分からない。
 ただ、「オカン」はもういない。残っているのは、骨である。
「ボク」は骨になる前のオカンの死体を抱きしめて眠り、骨になったあと、それをかじりてめえの肉体の一部とした。

「疲れたよ」
「ごめん」
「ありがとう」

 こんな言葉は発語されてはいけないのだ。それが本心から搾り出されたものであればあるほど、僕らはそれらの言葉をグッと飲み込み、どぶに流して捨てる。
 だが「ボク」は、「オカン」が死んだあとに、死んだ「オカン」に対して連呼する。そうした禁句が、堰を切ったように流れて出てしまう。
 生前のオカンには「ありがとう」と言いたくて決して言えなかった。「ボク」は後悔している。だが、もう一度、「オカン」が生き返ったとして、果たして言えるだろうか。

 深い哀しみだけが、そこにはある。それは実に恐ろしく深い。
 「ボク」は、絶望の後に、それでもなお、生きてゆかねばならない。これが悲劇だ。「オカン」は死んだ。それでも「ボク」は生き続ける。
 要は、思い出というやつが厄介なのだ。今後、そうした思い出が、人生のそこかしこで甦ることだろう。その度に「ボク」は嗚咽する。
 なぜに、生きるとはここまで哀しいか。

 「オカン」が「ボク」にくれたもの。それは無償の愛で、オカンの生きざまは愛おしく、「ボク」はそのあり方全体を無条件に肯定したい。だが、その「ボク」は「オカン」に何をしてやれたというのか。
 この小説は、「オカン」という人間を永遠に生かすことに主眼があり、「ありがとう」と決して発語しえなかった「ボク」の最大の「ありがとう」宣言であった。全身全霊を傾けた、最初で最後の、「オカン」へのラブレター。

 人間の真実の心というのは、大好きな人のことをその好きさ加減を余すところなく正確に語りたいと願うもののようで、それがえてして成功しないのは一般によく見られる限りだが、この「東京タワー」では、奇跡的にそれが実っている。この小説、文学の極限が存在した今、「オカン」は今この瞬間瞬間に生きている。そして、私たちは「ごめん」や「ありがとう」とは多分言えないけれど、まだ生きている人への愛と感謝を一層大切に感じ続ける。

by ichiro_ishikawa | 2005-04-04 13:16 | 文学 | Comments(0)  

en-taxi 最新号

 文芸誌『en-taxi』で、リリー・フランキーが連載している「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」。
c0005419_1493995.gif
 現在発売中の最新号。
 オカンが胃がんを告知された。
 あの、明るく、強いオカンが、「もう、死にゃあええ……」と初めて弱音を吐くほど、
闘病に苦しんでいる。

 私は、そのオカン、リリー・ママンキーに一度だけ会ったことがある。
1995年夏、今は存在しない音楽雑誌の新米編集者だった私は、竹中直人の新宿リキッドルームでのライヴ(高橋幸宏プロデュースの『メルシィ・ボク』発売ライヴ)のリポートを企画し、その執筆をリリー・フランキーさんにお願いした。私は当時、雑誌『クロスビート』などでの文章や、TBSの深夜コント番組「マージナルマン」の構成などを通して、リリーさんを敬愛しており、竹中直人の笑いを文章で解説できるのは、リリーさん以外に誰がいよう、ということで、周囲の「誰それ?」、「というかなんで竹中直人?」という反論を全く意に介さず、かつ論理的に彼らを説得することもせず、ただ単に素人発想で勝手に企画を進め、お願いしたのだった。
 偶然にも社内デザイナーが武蔵野美術大学時代のリリーさんの後輩で、その人を通じて、すんなりと執筆の許可をいただくことができた。企画趣旨説明にはわざわざリリーさんが会社まで足を運んでくれた。私が、「竹中直人の笑いをズバリ文章で解説してほしい」と言うと、それじゃ面白くないから、竹中さんの笑いを全くわからない女子と一緒にライヴを観て、「えー、わかんなーい」とか言う女子をボクがブつ、というのはどうだろうという、さすがの提案を即答でしてきた。ぼくは大賛成で、そういう記事にまとめることで一致した。
 だが、当日、適当な女子が見つからなかったということで、例の「マージナルマン」出演者で、当時リリーさんがジャケットデザインやCDプロデュースを手掛けていた宍戸留美さんを連れてきた。そして、困ったことに宍戸さんは竹中さんの笑いを一発で分かってしまい、普通にライヴを楽しんでしまった(それもそのはず宍戸留美さんは竹中直人の笑いの集大成であるTBSの深夜バラエティ『東京イエローページ』の出演者だった)。見事、企画倒れとなったけれど、趣旨変更で、まあ普通にリリーさんがリポートすることになった。
 しかし、当時からリリーさんは、大遅筆家で、締め切りを大分すぎても一向に原稿があがってこない。電話も留守電だ。編集長からは白い目で見られ、「どうすんの」と挑発され、新人の私は、ほとほと弱った。そこで、名刺を頼りに、リリーさんの笹塚のマンションで待ち伏せることにした。この笹塚のマンションこそ、「東京タワー」の舞台である。私は、アイスクリームを手みやげに、そのマンションを訪れた。出迎えてくれたのは、リリー・ママンキー。そのときは、まさかお母さんがいるとは思わなんだ(なぜいるのかは「東京タワー」にすべてが書いてある)。リリー・ママンキー、“オカン”は、非常に人懐っこい当たりで、私を部屋に入れ、麦茶を出してくれた。どんな会話をしたかは非常に残念ながら覚えていないが、まだ大学生でこんな新人の編集者の私を、とんでもなく厚く、そしてフランクにもてなしてくれて、恐縮しきりだったことを記憶している。
 結局、本人には会えなかったが、本当に「オチる」寸前に、玉稿をいただいた。
 遅筆家だが、オトしたことはないと豪語する、その伝説は本当だった。

長くなってしまったけれど、「東京タワー」である。
そのオカンが、今、苦しんでいる。私は、居ても立ってもいられないのである。
面識があるので、余計に情が入り込んでいるのを否定はしない。
だが、それを差し引いても、この偉大なる、普遍的な「母」という存在を、ここまで生き生きと描ききっている作品を、私はほかに知らない。
今号では、オカンはまだ生きている。
リリーさんが生まれた当時から始まった連載も、「今」は、2001年ということもあり、おそらく、次号が最終回だろうと思う。
どうか、死なないでほしい、と切に願う。

 人はいつか死ぬ。絶対的な事実である。だが、私たちは、「死なないこともあるのではないか」と、実は本気で思っているのではないか。私は実は思っている。そうでなければ、今、生きられないではないか。

by ichiro_ishikawa | 2004-12-30 01:52 | 文学 | Comments(4)