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氷室×布袋の化学反応の代表曲は「Fantastic Story」


BOØWYの凄さは、布袋のポップを氷室があの声で歌ふといふことと、氷室の曲を布袋がアレンジするといふこと、にある。またそれがわづか6年間の出来事であり、爾後そして今後、未来永劫あり得ないといふところに価値が生まれてもゐる。

前者については布袋のソロ曲をもし氷室が歌つたら…といふ想像で容易に得心できるところであらう。
ここでは後者、氷室の曲を布袋がアレンジするといふこと、について少し考へてみる。

まづ、データとしてアルバムごとの氷室楽曲を一覧してみよう。

『Moral』(1982)
16、School Out、Give it to me、Elite、Rats、Moral、Out!!、Dakara

『Instant Love』(1984)
Funny Boy、Oh! My Jully Part 2、Symphonic

『BOØWY』(1985)
黒のラプソディー、唇にジェラシー、CHU-RU-LU、ハイウエイに乗る前に、Cloudy Heart

『Just A Hero』(1986)
PLASTIC OCEAN、わがままジュリエット、ミス・ミステリー・レディ (Visual Vision)

『Beat Emotion』(1986)
Noise Limitter、Don't Ask Me、Sensitive Love

『PSYCHOPATH』(1987)
PSYCHOPATH、Celluloid Doll、Fantastic Story

かうしてみるとBOØWYの中でも渋い曲がズラリと並んでゐることがわかる。噛めば噛むほど味の出る類である。ライブやベスト盤の定番曲は少ない。「Give it to me」、「ハイウエイに乗る前に」、「Cloudy Heart」、「わがままジュリエット」の4曲だけだ。総数からするとかなり低い率であるが、人気1、2を常に争う「Cloudy Heart」、「わがままジュリエット」という2曲のバラッドが氷室楽曲であることから、BOØWYの楽曲面への貢献度といふ点でも氷室の存在感は大きく、これが、氷室が単なる歌い屋に収まらない点で、のちのソロの充実にもつながる。

ざつくりとした特徴を言へば、前中期はマイナー系フォーク色が強く、後期はサイコパセティックでセンシティブである。

かうした氷室楽曲が佳曲揃いであるのは、布袋のギターフレイズ、およびアレンジが相当効いてのことではないか、といふのが本稿の骨子である。

布袋のアレンジ具合といふのは、闇流出してゐるデモテープと実際のアルバム収録曲を比べてみるのもいいのだが、それよりも氷室のソロの曲との比較がよいと思ふ。
ここでは、特に最終アルバム『PSYCHOPATH』に注目したい。『PSYCHOPATH』のB面の後半に集中して氷室楽曲の3曲は配置されてゐる。後期ビートルズのやうに、布袋と氷室がくつきり分かれてゐて、解散の予兆がプンプンしてもゐることは興味深い。

『PSYCHOPATH』は1987年秋のリリースで、氷室のソロ第一作『Flowers For Algernon』は翌1988年秋に早速放たれた。つまり両作は、ほぼ同時期の作曲といつてよい。

実際『PSYCHOPATH』後半の氷室楽曲は『Flowers For Algernon』の世界である。『Flowers For Algernon』に入つてゐても遜色ない。しかし決定的に違ふ点がアレンジとギターのフレイズである。

氷室はBOØWYの後半、シーレやクリムトといつたウィーン世紀末画家やヨーロッパ系アートフィルム、そしてアートディレクターの永石勝氏からもらつたダニエル・キイスの小説『Flowers For Algernon』といつた作品、作者を通し、人間の狂気や精神世界への深い傾倒を見せてゐて、『PSYCHOPATH』後半の氷室楽曲からはさうしたセンシティブな面がうかがへる。

そしてBOØWY最後の氷室楽曲「Fantastic Story」である。これは『Flowers For Algernon』でみられる氷室節全開なのだが、布袋のギター、アレンジがBOØWYの全楽曲のなかでも白眉なのであつた。イントロ、歌のバッキング、間奏を注意深く聴きたい。氷室の地味で暗い世界をBOØWYとして昇華させる時に布袋が全力で振り絞ったのが、この「Fantastic Story」のギターフレイズとアレンジである(松井恒松のベースフレイズも素晴らしい)。
この布袋アレンジが、「Fantastic Story」を、『Flowers For Algernon』の世界でありながら完全にBOØWY楽曲たらしめてゐるのである。つまりは、氷室の神経症的なセンシティビティに触発された、繊細で屈折したポップ感である。

このやうな前へ前へ出る才能と才能の化学反応がバンドの魅力で、それが最大の形で発揮されたのがBOØWYであつた。
100%布袋を聴きたければ布袋ソロ、100%氷室を聴きたければ氷室ソロを聴くことで存分に純度100%のそれぞれを堪能できる。
氷室と布袋といふ今となつては還らない奇跡の一瞬が捉えられたBOØWYを聴きたければBOØWYを聴けばよい。当たり前のことだが。


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by ichiro_ishikawa | 2017-05-11 20:04 | 音楽 | Comments(0)  

キャプテンビーフハートとモリッシー


Apple Musicで数万曲の全曲シャッフルをしてゐるのに、なぜか執拗にキャプテンビーフハートとモリッシーだけが交互にかかるというバグ(?)が発生。さすがに気持ちが悪くなつてとめた。

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by ichiro_ishikawa | 2017-05-08 22:41 | 音楽 | Comments(0)  

80年代アイドル歌手の再評価


とんねるずやリリー・フランキー、池田晶子、川上未映子の例を挙げるまでもなく、デビュー時からツバをつける「先見の明」で食つてゐる俺でもミスはある。

ピンクレディー、小泉今日子、中山美穂は、デビューから1989年まで一貫して好きだつたが、その裏で、「リアルタイムではピンと来なかつたが、齢45の今みるとピンと来る」歌手、といふのが實は結構ゐる。以下、そのベスト5。

キャンディーズ
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70年代の幼少期、キャンディーズはその解散が、我が歌手初体験のピンクレディーのデビューと同時期といふ印象で(実際は数年かぶる)、つまり登場が(俺にとつて)早すぎたために見逃してゐた、といふ例。
ある時、GOOSE HOUSEといふグループが「年下の男の子」をカバーしてゐるのをYouTubeで観て、オリジナルを改めて聴いてみたところどハマりし、レコードコレクターズの特集号まで古書店にて買い求めてしまつたといふ次第だ。
スーは元々好きだつたが、ミキもよい。そして何と言つても蘭がすげえ。白眉は振り付け込みでやはり「年下の男の子」。




松田聖子
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デビューが小3(俺が)であつたため、やはり早すぎた例。当時ツッパリだつた俺にとつては、聖子のいはゆる「ぶりつ子」はソリが合はなかつた。
しかし、今みると「圧倒的に可愛い」ことがわかる。声も歌い方も素晴らしい。日本一のアイドル歌手といつてよい。聖子が出てきて日本はパーッと明るくなつた。


中森明菜
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当時は聖子に比して、「キャピキャピしてない芸風の打ち出し」が、尺に触り、なんか暗くて嫌だつた(それにしても少年といふのは好みの幅が狭く、厳しい)。中山美穂(より数年前のデビューだが)同様のツッパリ路線も、美穂のポップ感(BE-BOP HIGH SCHOOL)に比し、70年代テイストを引き摺つた場末歌謡的ダークネスが古めかしく感じた。
しかし今みると、歌は上手いし色気がものすげえ。表情や振り付けもよい。
但し今みても「難破船」以降は良くない。


早見優
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当時はなんか大人しすぎる地味な印象でピンと来ず。彼女がゲスト出演した「少年ジャンプ大博覧会」(1982年)を観に行つた時も何の感慨もなかつた。「絵に描いたような美少女」なところも「特徴がない」として素通りしてしまつてゐたし、また「脚が綺麗」といふマニアックな視点は当時小学生の俺には持つ術がなかつた。
しかし2年前の「風街レジェンド」に彼女が登場した時に、およそ30年ぶりに生で「誘惑光線クラッ!」を聴いて、俺のハートに火がついたのだつた。
また、氷室が1986年の夜ヒットのメドレーで早見の「パッション」を歌つてゐるのをYouTubeで繰り返し見るにつけ、よい曲だなと思ひ直して原曲を辿つたところ、オリジナルも素晴らしい事が漸く判明。目下の最ヘビーローテーションとなつてゐる。
なんといつても「誘惑光線クラッ!」といふ楽曲がとんでもない。





by ichiro_ishikawa | 2017-05-04 00:43 | 音楽 | Comments(0)  

いま一番観たいミュージシャン


いま一番行きたいライブはTakuya Nagabucihだ。

デビュー以来、変遷につぐ変遷を重ねてきた長渕剛の、そのどの時代のバージョンでもクリソツに歌ひあげるのがTakuya Nagabucih。

ただのモノマネならもちろん本物の方がよいに決まつてゐるが、彼の場合、声とギターが92%当人と「同じ」。
通常の喋り方も動きも仕草も89%同じ。

今の長渕に、かつての歌を当時のままでやつてもらふわけには行かないが、Takuya Nagabuciのライブにおいては、デビュー時の1978年のライブ、1986年のライブ、1992のライブなどを、今観られるといふことになり、この点がありいひん。



薄目で見れば98%同じ。
100%でないのは、ほんの少し、ほんの少ーーしだけ、低い。ただし誤差の範囲。

by ichiro_ishikawa | 2017-04-24 21:12 | 音楽 | Comments(0)  

俺の音楽の原点


俺の音楽の原点(小学校入学以前)は、
キャンディーズとピンクレディーだつた。
1973-1978





そして、松田聖子(1980)


中森明菜(1982)


小泉今日子(1982)


中山美穂(1985-86)で完結。




by ichiro_ishikawa | 2017-04-14 00:36 | 音楽 | Comments(0)  

「意味」がしらべに最高に乗つた曲


無論、詩歌は意味としらべの奇跡的融合が必須条件である。

願はくば花の下にて春死なんその如月の望月のころ
西行『山家集』

大海の磯もとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも
源実朝『金槐和歌集』

現代においてはポップミュージックといふものがさらにメロディといふ強力な武器をも持つたために大衆性といふ点で詩歌、散文詩を凌駕してしまつたが、その分、「メロディがよければ意味などどうでもよい」といふ志向が生まれもし、文学性は衰えていく、といふか加味されない傾向も出てくる。しかし名曲と呼ばれるものは、ディランのノーベル文学賞受賞の例をあげるまでもなく、やはり意味としらべの奇跡的融合が実現してゐる。

「意味」としらべのベストマッチ名曲はこれだ。

早見優「誘惑光線・クラッ!
作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:大村雅朗

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by ichiro_ishikawa | 2017-04-13 10:10 | 音楽 | Comments(0)  

ベースがいい動画2本


サディスティック・ミカ・バンド「塀までひとっとび」(1974)
ベース:小原礼



シーナ&ザ・ロケット「You may dream」(1980)
ベース:浅田孟


by ichiro_ishikawa | 2017-03-13 22:35 | 音楽 | Comments(0)  

山下久美子 with BOØWY、吉川晃司、大沢誉志幸



「こっちをお向きよソフィア」
(作詞:康珍化/作曲:大沢誉志幸)
1986年8月4日 ''ROCK STAGE in 新宿'' 新宿都有3号地

vo 山下久美子
g 布袋寅泰
g,cho 吉川晃司
cho 氷室京介
cho 大沢誉志幸
b 松井恒松
ds 高橋まこと

by ichiro_ishikawa | 2017-03-11 22:45 | 音楽 | Comments(0)  

1984年の名曲ベスト5

「セーラー服と機関銃」(来生たかお)、「探偵物語」(大瀧詠一)、「メインテーマ」(南佳孝)、「Woman “Wの悲劇”より」(呉田軽穂)と、初期薬師丸ひろ子は名曲オンパレードなのだが、『1984年の歌謡曲』を読み、改めて全曲を繰り返し繰り返し聴き比べるに、「Woman “Wの悲劇”より」が飛び抜けて優れている事に33年目にして気づいた。「ずつと9th」、「時の河転調」。松任谷由実すげえ。
また、薬師丸の歌唱、そして歌詞。サビの転調部は「セックス」だといふ。さういはれるともうさうとしか思へない。哀しい。そして逆説的だが美しい。松本隆と薬師丸すげえ。


1984年の名曲ベスト5

1.
薬師丸ひろ子「Woman "Wの悲劇"より」
1984年10月24日
作詞=松本隆/作曲=呉田軽穂


スージー鈴木の解説
安定的なルート(b♭)の場合と、
呉田軽穂(松任谷由実)による一音浮いている9th(C)の場合の違い
コード:B♭m


2.
大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」
1984年9月21日
作詞=銀色夏生/作曲=大沢誉志幸
プロデュース=木崎賢治、小林和之


3.
井上陽水 「いっそ セレナーデ」
1984年10月24日
作詞・作曲==井上陽水


4.
吉川晃司「ラ・ヴィアンローズ」
1984年9月10日
作詞=売野雅勇/作曲=大沢誉志幸
プロデュース=木崎賢治、小野山二郎


5.
安全地帯「ワインレッドの心」
1983年11月25日
作詞=井上陽水/作曲=玉置浩二


6.
サザンオールスターズ「ミス・ブランニュー・デイ」
1984年6月25日
作詞・作曲=桑田佳祐


1984年を象徴する、
名曲といふのとは少し違うがよくできていて
愛唱性の高い曲

吉川晃司「モニカ」
1984年2月1日
作詞=三浦徳子/作曲=NOBODY


小泉今日子「渚のはいから人魚」
1984年3月21日
作詞=康珍化/作曲=馬飼野康二


石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」
1984年4月21日
作詞=チャゲ、松井五郎/作曲=チャゲ


近藤真彦「ケジメなさい」
1984年6月6日
作詞=売野雅勇/作曲=馬飼野康二


氷室バージョン(貴重)


中森明菜「十戒 (1984)」
1984年7月25日
作詞=売野雅勇/作曲=高中正義


舘ひろし「泣かないで」
1984年
作詞=今野雄二/作曲=たちひろし


アン・ルイス「六本木心中」
1984年10月5日
作詞=湯川れい子/作曲=NOBODY


吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」
1984年11月25日
作詞・作曲=吉幾三
プロデュース=千昌夫



by ichiro_ishikawa | 2017-03-10 09:59 | 音楽 | Comments(0)  

『1984年の歌謡曲』

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スージー鈴木著『1984年の歌謡曲』(イースト新書) 読了。
タイトルからして「俺こんなの出したっけ?」と思つたほどズつぱまりだが、だからこそか、「俺の時代1984年」を俺以外の人間が何をか語らんと、まゆつばで手に取つた(正確にはamazonレビュー吟味)。

結論から言へば、頗るご機嫌な良書であつた。
序盤こそ、水道橋博士フォロワー的な気の利いたヒューモアに彩られた知的サブカル論かと、予想(先入観)通り閉口しながら読んでゐたのだが、楽器奏者でもある著者ならではの音楽的分析が挟み込まれてきたあたりから興が乗つてきて、読了後の今は、俺の肌感覚を見事に言語化し、かつ及ばなかつたところにも及び、とても完成された、高水準の本であるといふ結論に達し、貴重な980円(デニーズ牡蠣フライ定食分)をはたいて余りある価値があつたと喜んでゐる。

秀逸な部分の抜書きは、本稿を日々推敲しながら更新する形で追記していく事にして、ひとまづ一筆書き的に全体の印象を記すと、とにかく分析が全部当たつてゐて(正解は肌感覚で俺が知つてゐる)、かつ新発見もいくつかある。そしてそれを支へる文章のクオリティも高い。
ポップ論の分野は、現代感覚とセンスが重視されるゆゑ、「センス偏重、文章雑」が許容されるといふ悪慣行が跋扈してゐて、ロウクオリティなものは比喩と形容詞句が微妙に雑であったりと、新刊の大半は愚作なのだが、本書はその点をクリアしてゐるところが大きい。文章クオリティの最重要点とは、意味するものと意味されるものとの間に乖離が微塵もないこと、つまり言葉の斡旋の的確さである。それは分析の妥当性とも実は同じものである。

また、かういふリアルタイム検証本に於いては、読者(俺)と著者の身の置かれた環境の差異が重要だ。
今回、共に1984年を愛する身であるが、違ひは、著者は俺の5歳上。1984年当時中1の俺に対し著者は高3で、音楽を本格的に聴くようなつて間もない少年であつた俺に対し、すでにある程度広く深く音楽を聴き倒していた大人であること。
また、著者は大阪、俺は東京(厳密には千葉)で暮らしてゐて、著者はハードロック系、俺は体育会系だつたといふ点だ。
これらはとても大きな違いであり、読む前のまゆつばはそうした不信感、つまり「関西系のハードロッカーがあの1984年を語れるわけがない」といふものだつた。
しかし前述通りそれは大きな誤解で、みごとに1984年の的を射た分析がなされてゐたのであつた。アースシェイカーをとりあげるあたりに趣味的バイアスが少しく認められるものの、基本的に中立である。洋楽過剰崇拝や裕也<はっぴいえんど思想、逆に開き直りの下世話礼賛といつた偏りがなく、大阪バイアスもほとんどない。ローカル目線は銀座じゅわいおクチュールマキのCMのテロップの違いへの言及など、むしろ良い方向に働いてゐる。そして大阪のハイティーンであつたことが、シティポップをよりうまく対象化する事にも成功したか。

さらには、1984年のヒット曲をミクロに分析し、「名曲度」をつけてゐるのだが、その度数も当たつてゐるし(繰り返すが「俺」が答案用紙)、何よりもニューミュージックと歌謡曲が融合しシティポップが誕生した、といふ一見凡庸な結論も、アレンジャーへの目の付け所の良さや、ミクロな楽曲分析からの裏付け、古今東西の音楽史・芸能史への精通度の深さからなる大局的、体系的な視座をもつてゐて、大変説得力がある。つまり結論とその実証過程そのものが読みごたえがあり、かつエンターテインメントとしてまとめられている。

白眉は前述のアレンジャーと音符分析、特に薬師丸ひろ子楽曲の評価だ。この音符分析はよくもここまで大衆に理解できるやうに言語化したものだと驚く。「woman」と大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」。この2曲が1984年のトップ2であることに全く異論はない。1984年どころかオールタイムベストでもある。

玉に瑕である点が、好評価を下してゐるビートたけし&たけし軍団「抱いた腰がチャッチャッチャッ」は、実は大沢誉志幸には珍しい凡作であることと(おそらく著者はたけしファン、60年代生まれに信奉者多し)、「チェッカーズがやってくる、チェ!チェ!チェ!」というフレーズは、1回はよいが何回も、しかも本書の骨子を体現するキャッチフレーズにまでするほどうまくはないというところだ。
とはいえ、それらは惜しいという域に過ぎず、全体のクオリティを貶めるには至らない。といふかその瑕疵を補って余りある本文を擁する。
次作「1986年のロック」を希望する。1979、1984、1986との三部作をもって、黄金の昭和後期の大衆音楽の全貌はいよいよ明らかになる。

by ichiro_ishikawa | 2017-03-09 09:51 | 音楽 | Comments(2)