ジャンプ創刊50年と俺


ジャンプが今日、創刊50年とのこと。
俺がジャンプは読んでゐたのは1978年から85年まで。クオリティ的なピークは1980〜84年の5年間で、
丁度Dr.スランプの連載時期にあたるといふのは象徴的だ。
ジャンプと言へばやはり鳥山明、江口寿史だ。

本来、ジャンプのボスは『男一匹ガキ大将』本宮ひろ志であらうが、俺が読んでゐた時期の本宮は政治ドキュメント漫画『やぶれかぶれ』で、小5の俺にはつまらなかつた。それより本宮の弟子の車田正美『リングにかけろ』『風魔の小次郎』と宮下あきら『激‼︎極虎一家』であつた。ほかにも秋本治、ゆでたまご、高橋陽一、北条司、平松伸二、原哲夫ら錚々たるビッグネームを輩出した当時のジャンプはものすごい。
1983年、小6の夏休みの自由研究が「少年ジャンプのできるまで」であつたことは、もはや当人以外この世の誰も知らない。

1986年以降、全く漫画は読まなくなつてしまつた。
多分読めば面白いのだらうが、ハマるのが怖くて手を出せない。ハマるととことん研究し論文を書かねばならぬ性分だからだ。そんな時間は今はない。

生涯ベスト5

1.あしたのジョー
2.湘南爆走族
3.ちょっとヨロシク!
4.1・2の三四郎
5.Dr.スランプ
6.激‼︎極虎一家
7.中崎タツヤ全作品
8.江口寿史全作品
9.風の谷のナウシカ
10.火の鳥


# by ichiro_ishikawa | 2018-07-11 10:36 | 日々の泡 | Comments(0)  

フランスとベルギーについて


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アントワーヌ・グリーズマン、エデン・アザール(Hazard)
エマニュエル・プティPetit)

明日朝3.00からフランス対ベルギー戦だが、
フランスもベルギーもイングランドに並ぶ己が心の故郷であり、90年代前半から半ばのヨーロッパ大航海時代における拠点である。

今の俺にはヨーロッパ行きなど体力も気力も財力もない。おまけにこの20数年間で飛行機恐怖症に罹患。国内も沖縄以外、陸路を使ふ始末だ。
あのとき行つてて正解だつた。

と思ふ一方、失敗だつたのは、航海自体とその資金繰りのための労働により、車の免許をとる機会を失したこと、大学に通えず、2年も留年したこと、在学中に友人がひとりもできなかつたこと。





# by ichiro_ishikawa | 2018-07-10 13:43 | 日々の泡 | Comments(0)  

固定費増加


20年ぶりに自宅にテレビを導入したが、偶然ワールドカップの時期にあたつたため、グループリーグから全試合、生中継を堪能、あまつさえ録画中継まで見てしまふ始末で、完全に中毒だ。

20年ぶりの浦島太郎的エピソードとしては、前述した番組表の配列が変わつていたことに加へ、野球のSBOがBSOの順に変はつてゐたことにも驚いた。いつからだ? 議論は充分だつたかどうか。

そして、ついにNHKの受信料を払ふことになつたのだつた。
これまで訪問が来ても「NHKはおろかどこも見てない、そもテレビがないゆゑ」と本当のことを言つて追つ払つてゐたが(たいてい訝しげに帰つていくのは心外だつた)、このたびいよいよ断り切れず、払つた。

貧乏症の俺のこと、元金を回収せんと、NHKばかり見てゐる。だからワールドカップがたまに民放だつたりすると悔しい。
ちなみに裏totoにて穴狙ひで賭けてゐたスペインは敗退。






# by ichiro_ishikawa | 2018-07-08 19:22 | 日々の泡 | Comments(0)  

長渕剛1988-94


長渕とBOØWYはともに1986〜1987年にピークを迎えた。『ステイ・ドリーム』と『ライセンス』、『ビート・エモーション』と『サイコパス』である。『ステイドリーム』と『ビートエモーション』で頂点に立ち、『ライセンス』と『サイコパス』で不動の地位を築いた。
といふことはこれまで散々検証してきたが、その後についてはあまり言及してこなかつたことにふと思ひ至つた。
Apple Musicに88年以前の長渕のカタログがアップされてゐないため89年以降の楽曲ばかりを聴いてゐるうちに、この時期、1988年「とんぼ」以降の長渕を詳しくみるといふことをやつてゐないことに気づきいたので、氷室と布袋のソロ初期との比較で検証していく。


不動の地位構築

1987


〈LIVE'87 LICENSE〉(1987年12月3日終了)

BOØWY〈DR.FEELMAN'S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR〉(1987年12月24日終了、解散)



一旦総決算

1988前半


長渕は、1980年のヒット曲「乾杯」を始め過去の捨てきれない名曲を“今”の声で歌い直した『NEVER CHANGE』をリリースする。

一方、解散したBOØWYは、ソロ活動前にファンへの置き土産的に、できたばかりの東京ドームでラストギクズを敢行。

ともに新しいステージに向かふ前に一旦過去を総決算した。


「乾杯」(1988年2月5日)

「NEVER CHANGE」(1988年3月5日) 

BOØWY〈LAST GIGS〉(1988年4月4日、5日)

〈LIVE'88 NEVER CHANGE〉(1988年4月20日〜6月19日) 

『NEVER CHANGE』(1988年5月25日) 


 


ヤクザ路線への進出による業界制圧

1988


BOØWY〈LAST GIGS〉直後の夏、氷室は早速ソロ活動をスタート。布袋も秋にはソロプロジェクトに入る。

そんな中、長渕は映画『竜二』や『仁義なき戦い』の影響の元、庶民派の怒れる兄ちゃんからの脱皮を目指し、その怒りと悲しみはそのままヤクザとして社会に叩きつけることになる。


氷室京介「ANGEL」(1988年7月21日)

氷室京介『FLOWERS for ALGERNON』(1988年9月1日)

布袋寅泰『GUITARHYTHM』(1988年10月5日)

氷室京介「DEAR ALGERNON」(1988年10月7日)

テレビドラマ『とんぼ』(1988年10月7日〜11月25日) 

「とんぼ」(1988年10月26日) 




過激な暴力描写への渇望から映画へ

1989


ドラマ「とんぼ」において、敵方チンピラ(寺島進)の耳をナイフで削ぎ落とすシーンを巡り金八先生などのPでもあり、“俳優長渕”を見出したTBSの盟友、柳井満と揉め、脚本の黒土三男と共に銀幕へと舞台を移す。

布袋はなんと吉川晃司と「パーマネントな」(布袋談)ユニット結成。ツインタワーによる外タレのような、日本初のロックユニットが誕生した。氷室は「こんなことをしたいために解散したのか?」と布袋に苦言を呈しながらも、着実にソロ2年目を歩む。ソロシンガー氷室京介を象徴する「Misty」を放つ。


「激愛」(1989年2月8日)

映画『オルゴール』(1989年3月11日)

『昭和』(1989年3月25日) 

〈LIVE'89 昭和〉(1989年3月29日〜7月14日) 

COMPLEX「BE MY BABY」(1989年4月8日)

COMPLEX『COMPLEX』(1989年4月26日)

氷室京介「SUMMER GAME」(1989年7月26日)

氷室京介「MISTY〜微妙に〜」(1989年9月6日)

氷室京介『NEO FASCIO』(1989年9月27日)

「しょっぱい三日月の夜」(1989年12月8日)

映画『ウォータームーン』(1989年12月16日)




無敵街道1

1990


ソ連、ベルリンの壁崩壊。冷戦の終結といふ硬派で重苦しい空気の元、布袋は吉川とCOMPLEXで2枚目のアルバムを作るも、「前に出たいB型同士」(吉川談)のユニットは必然的な破綻を迎へる。氷室は当時絶頂期の浅野ゆう子主演によるトレンディドラマ『恋のパラダイス』主題歌一本で、創作的には一時充電をはかる。

そんな中、長渕は渾身の名作『JEEP』をリリース。紅白歌合戦にも初出場。3曲を、ベルリンのフランス聖堂から生中継させ、北島三郎を怒らせる。中継では松平定知アナのトークを完全無視して、現場の仕切りの悪さからNHKスタッフをタコ呼ばわりする発言に終始。


COMPLEX「1990」(1990年3月14日) 

COMPLEX『ROMANTIC 1990』(1990年4月18日)

氷室京介「JEALOUSYを眠らせて」(1990年5月16日)

「JEEP」(1990年7月25日) 

『JEEP』(1990年8月25日) 

〈LIVE'90 - '91 JEEP〉(1990年9月22日〜1月18日

『紅白歌合戦』出演(1990年12月31日)




無敵街道2

1991-92


ロックバラツドを追求する一方、ポピュラリティをキチツとした形で獲得することが難しくなるといふジレンマを抱へていた1991年を経て、氷室は「マリオネット」的ビートナンバー「Kiss Me」で封印してゐたBOØWY路線を一発ぶち、セールス的にボウイを超えることに成功。しかしあまりにもBOØWY的すぎることの照れからかB面に「YOU'RE THE RIGHT 」を配し「本来やりたい方向」を示しもする。

一方布袋はCOMPLEXの破綻を経て改めてソロプロジェクト、ギタリズムを、海外のミュージシャンとの出会ひを軸に極めて行く。

そんな中、長渕は初のフジでのドラマ「しゃぼん玉」でやりたい放題。スタッフへの暴力、国生さゆりとの不倫がマスコミに取り沙汰される。音楽創作のクオリティは絶好調で、名盤『JAPAN』を作り上げ、まだまだカリスマをキープする。


氷室京介「CRIME OF LOVE」(1991年2月27日)

氷室京介『Higher Self』(1991年4月6日)

布袋寅泰「BEAT EMOTION」(1991年6月29日)

布袋寅泰『GUITARHYTHM II』(1991年9月21日)

テレビドラマ『しゃぼん玉』(1991年10月10日〜12月16日) 

「しゃぼん玉」(1991年10月25日)

布袋寅泰「YOU」(1991年12月4日)

『JAPAN』(1991年12月14日) 

氷室京介『Memories Of Blue』(1992年1月7日)

氷室京介「Urban Dance」(1992年2月26日)

〈LIVE'92 JAPAN〉(1992年3月6日〜5月19日) 

布袋寅泰「LONELY★WILD」(1992年7月22日)

布袋寅泰『GUITARHYTHM III』(1992年9月23日)

「巡恋歌'92」(1992年10月28日) 

氷室京介「Good Luck My Love」(1992年11月7日)

氷室京介「KISS ME」(1992年12月7日)

〈LIVE JAPAN'93〉(1993年2月14日〜5月27日) 




インドからの帰還

1993-94


布袋がポップなシングルを連打しポピュラリティの本格的な獲得の方向に舵を取り、『Memoris of Blue』でソロとしてBOØWYに追いついた氷室が次なるステージを模索してゐたころ、業界で強力な大権力を手にしてゐた長渕は、裸の王様的な側面が強くなり、坊さんに2億円を騙し取られるなどの事件もあつて人間不信に陥り、インドへ。1986年のハングリーツアー失敗以来の人生の転機を迎える。以降、楽曲は自己模倣、生彩を欠き、多くの一般的ファンが離れるが、40代より肉体及び精神改造をはかり現在のニュー長渕剛として復活を果たす。


布袋寅泰「さらば青春の光」(1993年7月28日) 

「RUN」(1993年9月22日)

テレビドラマ『RUN』(1993年10月15日〜12月24日) 

『Captain of the Ship』(1993年11月1日)

布袋寅泰「サレンダー」(1994年3月30日)

布袋寅泰『GUITARHYTHM IV』(1994年6月1日)

氷室京介『VIRGIN BEAT』(1994年8月29日)

〈LIVE'94 Captain of the Ship〉(1994年9月9日〜9月24日) 急病により中止

氷室京介『SHAKE THE FAKE』(1994年9月26日)



# by ichiro_ishikawa | 2018-07-07 02:37 | 音楽 | Comments(0)  

「とんぼ」30周年イヤーの期待

伝説のドラマ「とんぼ」から30年。
ブルーレイ化が期待される。
「家族ゲーム」、「家族ゲーム2」、「親子ゲーム」、「親子ジグザグ」との5作品ボックスだとなおよい。
「うさぎの休日」を足したスペシャルエディシヨンも。

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1988年、32歳

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1年前の1987年はかうだつた。

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その10年前、1978年の再デビュー時はかうだつた。


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2018年7月現在。よい歳の取り方をしてゐる。



# by ichiro_ishikawa | 2018-07-06 09:55 | ドラマ | Comments(0)  

フランス語と俺

フランス語をまた勉強中だが、
フランス語の魅力とはズバリ音の響きと、綴りだ。

デシャンはかう書く。Deschamps。
chをチュでなく基本的にはシュと読むところがいい。そしてやはりきわめつけは語尾のpsを読まないところだ。読まないのに、ある。そこがよい。

おなじみのケスクセ? は、

Qu'est-ce que c'est?

だ。

ケが、Qu'estだ。

スは、Qu'estの中のsでなく、ceだ。

セが、c'estだ

このstのやうに語尾の子音は読まない。


コマンタレブーは、Comment allez-vous。

Commentは単独だとコマン。語尾のtは読まない。

しかし次にアレ allezのように母音始まりの語が来ると、コマンタレといふやうにtが復活する。


だから語尾の子音は読まなくとも常にそれがあることが意識されてゐなければならない。


このわけのわからない法則がよい。





# by ichiro_ishikawa | 2018-07-04 15:02 | 日々の泡 | Comments(0)  

存在感の研究


ファミレスにてケールサラダを無我夢中で食してゐるとき、
なんかワタワタ、ドタドタしてるやつがウロチョロしてるなと思つておもむろに顔を上げると、例のウエイトレスだつた。
シフトの関係か、ここのところ見なかつたから忘れてゐたが、ただ居るだけで存在感を放つてしまふその居方はやはり健在であつた。

居るか居ないか分からないとよく言はれ、バスケやサッカーにおいてはディフェンスの裏を取るのに生かされる、存在感の薄さを武器とする俺としては、彼女は好奇の対象であり、今後、彼女のどういふ点が無条件で存在感を放つてしまふのか、つぶさに研究していきたい。



と、ペンを置かうとした矢先、向こうの方で、
「すいません、お待たせしちやつて」との声が。
場所柄、本来聞こえるべき文言は、
「お待たせして申し訳ありません」的なもので、
たぶんそれなら特に耳に入つてくることはない。
なぜ、上述の彼女の文言は、遠くからも己が意識に響いて来るのか。しかもワタワタ感も充分伝はつた。「しちやつて」の部分だらうか。その焦りのトーンだらうか。
いや、このくらいの砕け方、焦りはファミレスなら許容範囲だし、よくあることだらう。
ではなぜか。開けつぴろげなところか。
容易に分からないところがまた研究意欲を駆り立てる。








# by ichiro_ishikawa | 2018-07-04 14:25 | 日々の泡 | Comments(0)  

齢と俺


30になつたとき、もはや若者ではないと気落ちしたものだが、40も半ばを過ぎたいまとなつては30の自分をおそろしく若かつたなと思つてゐるやうに、年齢への感慨といふのは相対的なもので、てめえを半分隠居の初老と見做してゐるいまも、いざ50代になると「もう引退だ」と嘯きながら、40代の自分を「あんときはまだ若くて何も怖くなかつたな」と、おそらく思ふに違ひない。
で、60になつたら白いあご髭を垂らして老師ぶりながら、50代の自分を「あんときは脂が乗つてて何でも出来たな」と、懐かしむだらう。
で70になつたら「60? 若者じやん」と言うのだらう。

だから、常に予め70目線でいまを見ていかうと思ふ。70からみたいまの40半ば過ぎといふのは、超若者であり、日本代表でまだ全然やれるだろ、といつたところだらう。


# by ichiro_ishikawa | 2018-07-04 14:04 | 日々の泡 | Comments(0)  

なかなか来ないエレベーター


エレベーターを待つてゐると、ある階でずつと止まつててなかなか来ない、といふことがよくあるが、あれは何をやつてゐるのか。

大勢の人が降りて大勢の人が乗つてといふ場合でも、そんなに時間はかからないはずだ。
運搬業者が台車で荷物の積み降ろしなどをしてゐるとしても、そんなにかからないはずだ。

エレベーターを使ふといふことはたいてい急いてゐる状況だから、10秒が1分に感じるのだらうが、ある階で10分ぐらい止まつてゐることもあり、あれは一体何をやつてゐるのか。

おそらく、エレベーターの内と外で世間話、いや重要な問題について議論でもしてゐるのだらう。内の奴がずつと開ボタンを押しながら。
しかし話し込むのなら、外が入るなり、内が出るなりしてほしいものだ。

そのエレベーターが来るのを待つてゐる奴がゐる、そんなちよつとした想像力も持てなくなつてゐる。
あるひは、待つてる奴がゐようがゐまいがてめえさえ良ければよい、といふ荒んだマインドの持ち主が増えてゐる。
きつとさういふことだらう。



# by ichiro_ishikawa | 2018-07-03 13:01 | 日々の泡 | Comments(0)  

煙草ノルスタルジア


喫煙ダメ法案みたいのが通つたとか通らないとか、風のうわさで聞いてるが、愛煙家にはいよいよ逆風だ。

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小学校の先生は授業中に煙草を吸つてゐて、生徒に灰皿係といふのがあつた。80年代だ。
部活のバスケでも試合中に監督の先生がくわえ煙草で指示や叱咤を繰り出してゐた。
父親には夜、タバコのお使ひを頼まれた。
父親の煙草の煙が家や車に充満してゐた。
マイルドセブンは現在のほぼ半額の270円だつた。
三丁目の夕日的なノスタルジーやもしれぬ。

煙草、喫煙といつた、嗜好品でありマナーに属する類のものを法律で縛るといふのはどうか。
国民が幼稚だからやむを得ないのだらうか。
本来、「思ひやり」だけを徹底して教えれば、すべて解決する問題のやうな気がする。思ひやり、もののあはれ、さういつた、目に見えない、マニュアル化出来ず教えづらい、しかし最も大事なことが、家庭や教育現場で蔑ろにされてゐるのかもしれない。かういふことは、親の背中を見て知るか、文学を読むしかない。

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今はなきキャメルマイルド。
これを超えるものはまだ出てゐない。



# by ichiro_ishikawa | 2018-06-28 14:38 | 日々の泡 | Comments(0)