実験「ものを介さない会話」


 音楽とか映画とか本とか、そうしたものを通してしかコミュニケーションが取れないというのはどうなのか、という問題に対して、それらを通さない会話というものを試みてみんとす。

「よう、兄弟、どう?」
「何が」
「いや、こう、何か…日々こう、なんか、生きる…、どう?」
「うーん…、何が」
「何とかじゃなく、なんかこう…、人生…いや、暮らし…いやなんかこういう…、どう?」
「…じゃあお前どう?」
「そうさなあ、まあ、芳しくない」
「調子ってことか」
「いや調子じゃなく、世界っつうか…いや内も外もない、こう…」
「さっぱり分かんねえな。まとまってから言えよ」
「果たしてまとまるのかっていう」
「別に質問ないんだろ」
「ない」
「質問式じゃない会話だってあるぞ」
「じゃあそれやろう」
「昨日食ったカレー美味かった」
「カレーというモノが登場しちゃダメじゃん」
「ああそうか。じゃあ、最近天気悪いな」
「天気もダメじゃん。対象があっちゃダメじゃん」
「ああ。うーん、最近調子どう」
「調子っていうのも対象じゃん」
「それもナシ? じゃあ普遍どう? もダメだな」
「そうだな」
「じゃあ何も言えないな」
「そうだな。真善美であれ、うんこであれ、何かについてしか語れないな」
「ただ語るって、ないな」
「てことは鼻歌を歌い合うしかないな。歌詞があると何かについて語ることになっちゃうからな。ラーラララー♪ はい、お前」
「ルールルルー♪…これはコミュニケーションか?」
「なんか通い合ってはいるだろ」
「でもそれも音を介してるからダメでは?」
「そうだ。あ、そも、言葉自体、ダメじゃん」
「そういうことなのか?」
「いや、わからん」
「ちょっとズレてきてねえか」
「かもな」
「この企画失敗だな」
「もうちょっと考えてからだな」

by ichiro_ishikawa | 2010-02-14 01:33 | 文学 | Comments(0)  

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