岡潔『数学する人生』

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岡潔(森田真生編)『数学する人生』(新潮社)読了。
小林秀雄、池田晶子と同じことを言っている。
録音されていた晩年の講義の起こし「最終講義」(未刊行)を収録。これがものすげえ。
芭蕉と道元『正法眼蔵』を読みたくなったが、
俳句はわからないし、『正法眼蔵』は講談社学術文庫で8巻もあるちけ。
これは死ぬまでに読了するとして、
とりあえず小林秀雄との激名対談『人間の建設』(200頁足らず)を繰り返し読まん。

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by ichiro_ishikawa | 2016-03-01 23:44 | 文学 | Comments(1)  

Commented by 1729 akayama at 2018-08-05 16:44 x
『正法眼蔵』の読み説きとして、『道元』和辻哲郎著の頼住光子先生の解説に
≪永遠なる〔ある者〕≫が≪永遠にして普遍なる一切の根源≫と記している。
 【数】の世界をひたすら只管し続けるなら、この≪ある者≫が【数である】と観照できよう。 
【数である】は、『チューリング』 B・ジャック・コープランド著 服部桂訳のヒューリスティクス(発見的方法)で捉えると、日常生活で四次元まで表象できる【数】が、数学共同体の指し示す自然数【0 1 2 3 ・ ・ ・ 】の意味として、訳者解説の
≪・・・計算不能な超越数のような何かであり。人の意識や魂、宇宙の存在そのものの謎にせまる論理とカオスの境界領域だったに違いない。≫    とある。
そうなると≪論理とカオス≫が行き来する境界領域として【0 1】が、津田一郎先生の【数学は心だ】【心は数学だ】を只管し続けると《カオスとコスモス(論理)》の数学的双対性が見受けられ、自然数【0 1 2 3 ・ ・ ・ 】が、カオス表示を内包している縮約(縮退)自然数と見る。この自然数は、「永遠にして普遍なる一切の根源」としての≪ある者≫して掴めよう。

 それを基底とするなら、算数は、【数学の贈り物】に他ならない。
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