変はり者とは


どんな人も変はつている部分を少なからず持っていて、さういふ意味では誰もが変はり者なのだが、世に変はり者として流通するかどうかは、
てめえの中のその特異な部分をどの程度出すか隠すか、さじ加減次第、つまり演出に関わる。

10代の頃は得体の知れない不満から来る反抗心、20代の頃は何者でもない事の不安の裏返しとしての虚栄心から、その特異な部分を隠さない、むしろ積極的にアッピール、ないし全うしようとするから、世には変はり者が多く現れる事になる。

つまり変はり者の大半は実は凡庸なる人である。
モノホンの変はり者、それは、必死に普通を全うしていながらその実、どこか世間の規範とズレてしまふ人間の事である。反抗も虚栄もない。むしろ同和をこそ強く志向する者である。

いづれにせよ、反抗や虚栄、不満や不安といふものは、てめえのことばかり考へていることから来る。
己を犠牲にして他人に尽くす。
さうすると人のことであまりにも忙しく、てめえを顧みる暇はないから不満も不安も生まれない。
さういふ人間は翻つて人に尽くされるし、
さういふ人間こそがモノホンの文化を生む。



by ichiro_ishikawa | 2016-07-05 09:27 | 文学 | Comments(0)  

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