本日の失敗


齢40半ばにして肉体改造を始めてゐる俺が、昼の1食以外、炭水化物を抜いてゐるのはよく知られるが、大のパン、ライス好きの俺にとつてはちよつとした修行の様相を呈してゐる。しかし屈強な精神力を持つてここ半年、昼以外は炭水化物を完全に断つてゐる。

しかも、昼の摂取量ですら控えめにしてゐる。本日はデニーズのランチセットであるカットステーキだつたわけだが、注文の際、ボーイが「ライス大盛り無料ですが?」と言ふ。

咄嗟に俺は、
「いや、むしろ少なめで」と返答。

だが、この「いや」といふ逆説句、そして「むしろ」といふ副詞。これが全く無駄であつた。

日頃俳句や短歌を嗜む俺は、書く上でも発語レベルでも「省略」「簡潔」「写実のみ」「抒情は言外に」を旨としているだけに、痛恨の失敗であつた。

コミュニケーションの場といふことでも、ボーイとしては大盛りか、普通か、あるいは少なめか、その事実だけを知りたいはずで、サービスを否定する「いや」も、客の意図の補足でしかない「むしろ」も全く不要である。
だのになぜそのやうな無駄を発してしまつたか。

エゴか?
肉体改造中で、本当は大盛りにしたいところグッと抑へてゐるといふ状況、あまつさえ減らさんとすといふストイシズムをアッピールしたかつたのか。

俺が肉体改造中といふことを誰が知りたがらむ。
もしかすると、「肉体改造中の人が増えてゐる」といふ顧客ニーズの取材に一役買つて、炭水化物少なめメニューの開発及び傾注を促すやもしれぬ。いやしない。

「少なめで」でよかつた。

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ライス込みでも500kcal。







by ichiro_ishikawa | 2017-07-11 14:15 | 日々の泡 | Comments(0)  

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