中森明菜の中期シングルズ

松田聖子と中森明菜がやはりアイドル歌手におけるビートルズとストーンズだと思ふが、世代的に少し遅い生まれゆゑ、キンクスとザ・フー的に小泉今日子と中山美穂だつた俺は、齢40をとうに超えた今更、かのツートップにハマつてゐるのだが、今回は明菜だ。


スローモーション(1982年)来生たかお

少女A(1982年)

セカンド・ラブ(1982年)来生たかお

1⁄2の神話(1983年)大澤誉志幸

トワイライト -夕暮れ便り-(1983年)来生たかお

禁区(1983年)細野晴臣

北ウイング(1984年)

サザン・ウインド(1984年)玉置浩二

十戒 (1984)(1984年)高中正義

飾りじゃないのよ涙は(1984年)井上陽水


といつた、職業作曲家ばかりでなく時のアーティストに積極的に楽曲を依頼した怒涛のポップシングルはものすげえよいし、


DESIRE -情熱-(1986年) 

TATTOO(1988年) 


といつた派手な代表曲ももちろんよい。


しかしながら、昭和後期、明菜中期における下記の一見地味な楽曲群のクオリティの高さに驚くのであつた。


ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕(1985年)

SAND BEIGE -砂漠へ-(1985年)

SOLITUDE(1985年)

ジプシー・クイーン(1986年)

Fin(1986年)

TANGO NOIR(1987年)

BLONDE(1987年)

AL-MAUJ (アルマージ)(1988年) 



ちやうどこの1985〜1988年は、俺が最もあばれはっちゃくな中2〜高校の時期で、アイドル歌手を卒業し、前述のやうな小泉今日子や中山美穂といつたスケバンにばかり目が行つてゐたため、上記楽曲及び中森明菜といふ存在は地味で大人らしい、ちよつと別世界のお姉さんといふ感じで、ピンと来なかつたのであつた。


しかし初老の今、中森明菜楽曲をグワつと聞き倒すにつけ、1982〜84はスイートに過ぎ、85〜88のアーバンポップがハマつてゐるといふ次第だ。


改めてYouTubeで見てみる。


ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕(1985年) 



SAND BEIGE -砂漠へ-(1985年) 



SOLITUDE(1985年) 



ジプシー・クイーン(1986年) 



Fin(1986年) 



TANGO NOIR(1987年) 



BLONDE(1987年) 



AL-MAUJ (アルマージ)(1988年) 




by ichiro_ishikawa | 2018-01-29 21:07 | 音楽 | Comments(0)  

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