中森明菜1982-1988シングル総括

1982〜88年とは中森明菜のデビューから黄金期で、一般に当てはめると高校2年春から大学4年の冬までといふことになる(本人は高校中退)。
中森明菜は松田聖子と並ぶ歌謡界のビートルズとストーンズのやうなレジェンド2であり、聖子が明るい絶対的アイドルとして輝いてゐるのに対し、明菜は16才から22歳といふ女の絶頂期の全てを、楽曲的な成熟をももつて、歌に捧げた紛れも無い歌姫として日本の音楽史に燦然と輝く。
その奇跡の軌跡を辿らん。


アイドル時代 
1982〜83年 16〜18歳

右も左もわからぬ可憐な少女として歌謡界に身を投じたデビュー時、ポスト聖子として清純派路線か席が空いてゐた百恵路線か、プロデュース、マネジメントサイドは決めかねてゐたのか、各テイストの楽曲を交互に歌わせて行つた。結果、二面性を併せ持つ少女としてのキャラが確立され、それは中森明菜というアイドルに、他にはない深みを与えることになつた。
ビートルズでいふ『プリーズ・プリーズ・ミー』から『フォー・セール』。

「スローモーション」16歳
1982年5月1日
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお
★★★★☆


「少女A」17歳
1982年7月28日
作詞:売野雅勇/作曲:芹澤廣明
★★★★☆


「セカンド・ラブ」17歳
1982年11月10日
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお
★★★★☆


「1⁄2の神話」17歳
1983年2月23日
作詞:売野雅勇/作曲:大沢誉志幸
★★★★☆


「トワイライト -夕暮れ便り-」17歳
1983年6月1日
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお
★★★


「禁句」18歳
1983年9月7日
作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣
★★★★☆



新境地 
1984年 18〜19歳

「北ウイング」にて作曲に林哲司を指名し、楽曲名も自ら決定、セルフプロデュースをしていくやうに。楽曲のクオリティはニューミュージック、ロックに肩を並べるものとなり、井上陽水の作詞作曲により完成をみる。
ビートルズでいふ『ヘルプ!』から『リヴォルヴァー』。

「北ウイング」18歳
1984年1月1日
作詞:康珍化/作曲:林哲司
★★★★★


「サザン・ウインド」18歳
1984年4月11日
作詞:来生えつこ/作曲:玉置浩二
★★★


「十戒 (1984)」19歳
1984年7月25日
作詞:売野雅勇/作曲:高中正義
★★★★☆


「飾りじゃないのよ涙は」19歳
1984年11月14日
作詞・作曲:井上陽水
★★★★




名曲時代
1985〜88年 19〜22歳

単なるアイドルでない、楽曲ごとプロデュースするシンガーとして日本音楽史に残るのは、この時期があるから、この境地に達したからである。最高傑作「ミ・アモーレ」から名曲「SOLITUDE」、「BLONDE」を経て、「アルマージ」をもつて、中森明菜黄金の6年は完結する。

ビートルズでいふ『サージャント・ペパーズ』から『レット・イット・ビー』。


「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」19歳

 1985年3月8日

 作詞:康珍化/作曲:松岡直也

★★★★★★★




「SAND BEIGE -砂漠へ-」19歳
1985年6月19日
作詞:許瑛子/作曲:都志見隆
★★★★★


SOLITUDE20
1985年10月9日
作詞:湯川れい子/作曲:タケカワユキヒデ
★★★★★★★


「DESIRE -情熱-」20
1986年2月3日
作詞:阿木燿子/作曲:鈴木キサブロー
★★★★☆


「ジプシー・クイーン」20
1986年5月26日
作詞:松本一起/作曲:国安わたる
★★★★★


「Fin」21
1986年9月25日
作詞:松本一起/作曲:佐藤健
★★★★★


「TANGO NOIR」21
1987年2月4日
作詞:冬杜花代子/作曲:都志見隆
★★★★★


「BLONDE」21
1987年6月3日
作詞・作曲 Biddu-Winston Sela
麻生圭子(日本語詞)
★★★★★★



「難破船」 (カバー)22
1987年9月30日
作詞・作曲:加藤登紀子
★★★☆☆


「AL-MAUJ (アルマージ)」22
1988年1月27日
作詞:大津あきら/作曲:佐藤隆
★★★★★




























by ichiro_ishikawa | 2018-04-03 20:32 | 音楽 | Comments(0)  

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