無私とは

2018年にもなると、つい数年前のやうな実感のある1988年ももはや30年前で、80年代を実体験としては知らない現代の若い論客が、それをてめえが生まれる前の事象として、過去の検証的に分析する言説が散見される昨今である。

それらを読んで思ふのは、ああ的外れだな…だ。
しかし、自信満々に語られるから、それを読んださらに若い世代は事実として受け止めるだらう。そして、彼らがまた聞きでさらに下に語りつぐ。さらに……。
歴史は悪気なく塗り替へられるといふことを思ひ知らされる。

特徴的なのは、過去は常に「今」といふフィルターを通して語られる、といふことだ。「今が最も偉い史観」といふのは現代人の本能のやうなものなのかもしれない。
「今」は過去を全て知つてゐて、俯瞰してゐて、その上に立つてゐると思つてゐて、勢い上から目線で語られることになる。

語られる地点が今なのだから、それはどうしたつてさうである、免れ得ない。
しかし、やはりそれは危険で、特に意識しなければならないだらう。
そこで、「当事者への取材」がまず必要だといふことが浮き彫りになる。我々が戦争を語るとき、やはり
当事者への取材なしに語るのは危険なことなのだといふことを思い知る。

当事者への取材が不可能な場合、たとへば大昔の事にあたる場合はどうするか。資料しかない。
そのときにも「今」のフィルターを通して見てはいけない。

同時代のこともさうである。
当事者の目で見ること。といふか、とにかく「てめえ」といふ偏見の塊であるところのフィルターを取り除くこと。

これを小林秀雄は無私の精神と言つた。
しかも、無私とは得るもので、そこに至る道は険しいことを知つていたから、一生、無私無私言つていたのである。
小林秀雄がインテリゲンチャをとことん嫌つたのは、「今」「てめえ」をベースに上からものを見る態度のいやらしさが我慢ならなかつたのだ。

小林秀雄が本居宣長を尊敬したのは、宣長は古事記を、古事記の内部を生きて、古代人の視点で見てゐたからだ。さうすると、どうしても、ことの大事とは、もののあはれを知ることに行き着く。

ことにあたつたときの感情といふ、目に見えない、しかし、一番確実で、すべての土台となるもの、ここを見では結局何もしてないのも同じ、さういふ信念からすべての仕事をしたのが、小林秀雄だ。
個性とはさういふ地点からしか生まれない。
歴史を、過去を、他者を見では、自分が何か、わからない。




by ichiro_ishikawa | 2018-05-20 11:26 | 文学 | Comments(0)  

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