陰影礼賛


忖度といふ言葉のバリューが貶められてネガティブな言葉として流布してゐるが、元来、ネガもポジもない、どちらかと言へば、よい意味合ひで使ふ言葉である。

グローバル化、インターネット社会になり、
やれガバナンスだ、コンプライアンスだと喧しいものだから、何でも蚊でも必要以上に白黒つけたり、可視化したり、言質を取つたりしなければならない現代だが、
グレーとかグラデーションとか、阿吽の呼吸とか以心伝心とか口伝とか、機微とか侘び寂びとか、間(あはい)とか、さうした、日本人が長い年月をかけて育んできた「ようマニュアル化せん、ものごとの陰影」のやうなものも、一方で大事だ。
いはゆる人間力とは、この一点にかかつてゐると言つてもよい。
それこそかうしたことは、世の中といふ実地に学ぶしかなく、文学、とりわけ詩歌を味はふことで身につく類のものであらう。これを身につけでは、忖度といふ高度な文化の実践も覚束なくなるのは当然である。

経済、社会がグローバルになればなるほど愈々、文化は個を掘り下げた方がいい。教育における文学軽視は、文化と経済を混同しての愚策であらう。

そんな中、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』が映画化。
主演は国木田独歩の玄孫、国木田彩良。
原作も売れてゐると聞く。
陰影を礼賛するのはよいことだ。



by ichiro_ishikawa | 2018-10-12 15:13 | 文学 | Comments(1)  

Commented by 1729 akayama at 2018-10-18 16:53 x
 ≪・・・間(あはい)とか、さうした、日本人が長い年月をかけて育んできた「ようマニュアル化せん、ものごとの陰影」のやうなものも、一方で大事だ。≫

 ≪忖度といふ言葉・・・よい意味合ひで使ふ言葉である。≫

 ≪忖度≫は、湯川秀樹の文にもあり、
  ≪ボーアは、【物理学的研究法と生理学的研究法とはたがいに相補的関係】から【・・・人間の振舞を論ずる際には・・・始終外部系との相互作用がある】とし【外面的な観察だけでは不じゅうぶん】で【内面からの観察に助けを求めざるを得なくなる】
 これから、【他人に対する外面的観察を、自分の心の働きに対する反省で裏づけることによって、他人の心の中をも[忖度]しているのである。≫

 物理学的研究法や生理学的研究法らで使う【数そのモノ】の四則演算の≪「ようマニュアル化せん、ものごとの陰影」≫は、[セルフコンシステント]な[自己無撞着な摂動方程式]で[永遠の今]が生り、【数そのモノ】が言葉の論理より上空移行し[二階述語論理]を掴む。

 岡潔の[不定域イディアル]のようなモノとして『自然比矩形』を観照すれば、[点][線][面]が渾然一体となし、『三次元で閉じた【数そのモノ】』の≪陰影≫が観える。
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