連載 日本ジャズ史(5) 1920-30年代のレコード業界


日本のレコード界の構造変革

すでに、1925年(大正14)、アメリカでは蓄音機の録音にマイクロフォンの使用が始まつてゐた。4月にはビクター、コロムビアは5月、6月になるとイギリスのグラモフォンとコロムビアもそれに追随した。

やがて、外国資本が日本のレコード会社に導入され
昭和モダニズムという合理的消費文化に対応する音の大衆化のため、日本のレコード産業も電気吹き込みへと構造が大きく変はつた。



日本蓄音機商会〜コロムビア

1927年(昭和2)2月

日本蓄音器商会は、ギングガムという録音技師を米コロムビアから招き、港区内幸町の幸ビルにあつた日蓄吹き込み所に録音機を設置。

5月イギリスのウエスタン式電気録音機に変更。その技術提携を条件に英コロムビアに35.7%の株式を譲渡。強力な資本提携が生まれた。 

10月、日本蓄音器商会の総株式の11.7%を米コロムビアに譲渡。


1928年(昭和3)1月

日本コロンビア蓄音器株式会社が設立。鷲印のニッポノフォンからColumbiaにマークが変更。同年4月には、英国コロムビア式電気録音機に改めた。


1929年(昭和4)

コロムビア社長、H・ホワイトのすすめで「コロムビア・ジャズバンド」が結成。


1930年(昭和5)

アメリカ留学に旅立った紙恭輔の後任で井田一郎が編曲・指揮者としてコロムビアに入社。作曲・編曲に腕を奮ふ。1931年(昭和6)年 から1932年(昭和7)にかけてのジャズ・ソングは彼の手によるものが多い。


ビクター

1927年(昭和2)9月

米ビクターの資本によって日本ビクター蓄音機株式会社が成立。ビクター・トーキング・マシン社の全額出資。

発足と当時に電気吹き込み装置を完備。最初の吹き込み所は、丸の内の馬場先門の三菱九号館三階にあつた赤煉瓦の建物。


1928年(昭和3)

「日本・ビクター・ジャズバンド」を井田一郎を中心に結成。



by ichiro_ishikawa | 2018-11-16 23:43 | 音楽 | Comments(0)  

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