これつてすごくないですか?について


秋元康が2014、15年頃に「歌謡曲オールタイムベスト」的なテレビ番組(?)を久米宏と近田晴夫とやつてゐたのをYoutubeで最近知つて、大変面白く見た。


しかしその中で、本編とは関係ないところだが、ひとつものすごく気になつたことがあるので、今回は、それを憂ひてみようと思ふ。


番組内で秋元氏は、

「これつてすごくないですか?」

を連発していた。


この「すごくないですか?」の疑問形。

「すごくないですか?」と「質問される」のがかなはない。 同じ意味のことを言ふならば、問はず、

「これってすごいと思うんですよ」

と自己完結してほしいのであつた。

さうすれば、「さうですか」と相づちで済む。質問されると答えねばならぬ。


それがすごいかどうかは必ずしも即答できるものではない。様々な条件や状況を鑑みた上ですごいか否かは判断されねばならぬ。

しかし、この「すごくないですか?」は、持論を主張すると「同時に」、その主張を無理やり相手に肯定させる、マウンティング論法である。

これをやられると、どうしても「うん…す、すごい」と即答せざるを得ない。巻き込まれる。

仮にすごくないなら「いや、さうは思はぬ」と簡単に言へるのだが、 これをやられる多くのケースでは、

実際まあすごくなくはないが「すごい」といふ強い言葉が果たしてジャストかどうかは決めかねる、

といふ場合が多い。

かういふときに、さうした気持ちを丁寧に述べようと思ふと、


「え? それは、すごくないかどうか私に聞いてるのかね? いや、ちょつと待ちたまへ。貴様がこれをすごいと思ふ理由はわかつた。それを否定するつもりはない。思ふのは自由だからだ。但しその根拠はどうか。たぶんに自前の趣味に寄せてゐるだけといふところはないだらうか、私は訝るのである。なるほど確かに、すごくないとは思はないが、これが「すごい」といふ相当強い形容詞を冠せられるのに本当に相応しいかは即答しかねるのである。その貴様がすごいと言ふ根拠をもう少し吟味させてくれたまへ。一回寝かせてみる。そして改めてすごいかどうかを検証し、明日にでもまた連絡する」  


とならざるを得ない。 


テレビの構成作家の出である秋元氏は「尺」のプロ、「アングル」「編集」、話を分かりやすくスムーズに運ばせるプロであり、対話者に上述のやうに駄弁を労させることはタブーとする。一人語りにならず対話形式で、しかしながら議論は周到に避けながら、かつ「そうだねそうだねいいねいね」と盛り上がつてゐる空気を醸成するため、「すごくないですか?」といふ形式疑問文はおそらくは意図的に連打されてゐたのであつた。


以上、憂ひまで。




by ichiro_ishikawa | 2018-11-27 21:41 | 日々の泡 | Comments(0)  

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