センチメンタルシリーズ 母の思ひ出


大人になつてから、実家に帰るのは正月だけで、
とはいへ帰つても何もすることがなく、
ただ本ばかり読んでゐた。
本といつてもポータブルな文庫本で、
小林秀雄であり、
名文を舌で転がすやうに、
よく音読してゐたものだ。

御堂の脇の庫裡めいた建物で 、茶屋をやつてゐる 。天井も柱もすすけ切つて 、幾つも並んだ茶釜が黒光りしてゐる 。脂と汗で煮しめたやうな畳の上に 、午前の浄らかな陽が一杯に流れ込んでゐる 。
(「秋」)

の「脂と汗で煮しめたような畳の上に」
のところで、台所で何かを作つてゐた母が、
「うえー」と呻いた。
朗読を聞くともなしに耳に入れてゐたのであらう。
2011年ごろのことである。



by ichiro_ishikawa | 2019-02-19 22:05 | 日々の泡 | Comments(0)  

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