荒井由実と林美雄パック


荒井由実(1972〜76)と松任谷由実(1977〜)では、相当に音楽が異なるが、荒井由実時代においても、ファースト『ひこうき雲』(1973.11)、セカンド『MISSLIM』(1974.11)から『COBALT HOUR』(1975.6)へは、著しい飛躍が見られる。シンガーソングライターからポップアーティストへといふ感触である。優劣はつけられない。土俵が違ふ感じがするから。どちらも最高傑作であることは間違ひなない。

それは、当人が意図してのことであつたことが、山川健一によるインタビュー集『ルージュの伝言』(角川書店、1982年)でわかる。

一枚目、二枚目は私小説ね。『コバルト・アワー』はそういうものが自分でなくなっちゃった気がしたの。
企画物をつくらなきゃという気になって、すごくプロになったアルバムだと思う。(『ルージュの伝言』)

とても納得のいくセリフである。
しかし、いささか衝撃的だつたのは続く次の言葉だ。

それだけにそれまでのマニアは反発を覚えて、私設ファンクラブを解散しちゃったんだよね。(同)

それまでのファンが解散するほど反発を覚えてゐたのだつた。リアルタイムで聴いてゐたら、さういふ感じだつたのかと衝撃を受けた。
なるほど確かに独特のフラジャイルな内省感は薄れたが、それ以上に『COBALT HOUR』は傑作ポップアルバムだと思へる。この変化は圧倒的な進化であると、シュガーベイブも大滝のアメリカンポップ趣味も全て見てきた目(聴いてきた耳)でもつて、一挙に俯瞰できる後世の人間には、さう感じられる。

そして、続くユーミンの発言はかうである。

それまでは、ファンクラブの支持者イコール林美雄パックのファンみたいな感じだったのね。(同)

「林美雄パック」?
唐突に何の説明もなく出てくるこの言葉。
後の文にもなんの説明もないので、調べてみると、

林美雄とはTBSのアナウンサーで、70年に「パックインミュージック」といふ深夜ラジオ番組の第2部を担当し、超マニアックな音楽、映画を紹介してカリスマ的に人気を博してゐた。「林美雄パック」はその愛称である。ユーミンもデビュー直後から積極的に紹介してブレイクのきつかけを作った張本人である、

といふことを知つた。

つまり、カリスマアナウンサー林美雄を通してリスナーは『ひこうき雲』『MISSLIM』のユーミンを知り、入れ込み、私設ファンクラブを作るまでになつて初期のユーミンを支へた。それが『COBALT HOUR』に失望し、多くのファンが去つていつた。しかし、結果的に、初期のマニアより数の上で大幅に上回る新しいファンがつき、ユーミンはスーパースターへと歩みだすことになつた。

「芸術とポピュラリティ」「加齢と表現」、ひいては「思想と実生活」といふテーマの探求がライフワークである俺は、この事態に興味が湧き、早速amazonにて『1974年のサマークリスマス』といふ、「林パック」の全貌が書かれた伝記を買ひ求め、読了。
ユーミンを含め、リスナーや多方面への綿密な取材を元に書かれた良書であつた。
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次稿、デビューから、『COBALT HOUR』までの足跡をまとめ直しながら、ゆつくりじつくり、リアルタイムで追ふ気持ちで、音源を聴いてみることにする。







by ichiro_ishikawa | 2019-04-20 10:01 | 音楽 | Comments(0)  

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