詳細年表 70〜80代の小林秀雄

本居宣長の完結、過去の著作の文庫化、全集化など。


1972年(昭和47)70歳

2月 

「本居宣長(三十八)」(『新潮』)

「 生と死」(『文藝春秋』)

「鈴木先生の全集」(『鈴木信太郎全集』内容見本、大修館刊 )


4月 

「本居宣長(三十九)」(『新潮』)

『小林秀雄対談集 歴史について』(『文藝春秋』)

駸々堂出版刊の『黒田辰秋・人と作品』序文を発表

文芸家協会から古稀を祝われる

4月16日 

川端康成自殺(七十二歳)

4月19日 

那須良輔と 磐城三春の「滝桜」見物


6月 

「本居宣長(四十)」(『新潮』) 


8月 

「本居宣長(四十一)」(『新潮』) 

『芸術家の肖像』白鳳社)


9月 

このころから毎週一回、今日出海、中村光夫、那須良輔らとゴルフに通う(以後十一年間実行)

名古屋・大阪にて円地文子訳『源氏物語』(新潮社)刊行記念講演会で「宣長の源氏観」を講演  


11月 

「本居宣長(四十二)」(『新潮』)

11月から 

東京創元社幹部と隔月で会い、編集の相談をする


                 

1973年(昭和48年)71歳

1月 

「本居宣長(四十三)」(『新潮』)


3月 

「本居宣長(四十四)」(『新潮』)


4月 

「志賀直哉全集」『志賀直哉全集』内容見本、岩波書店)

「大佛次郎追悼」朝日新聞)

4月20日

里見とん、中川一政、那須良輔と 磐城三春の「滝桜」見物


5月 

「本居宣長(四十五)」(『新潮』)


7月 

「本居宣長(四十六)」(『新潮』)


9月 

「本居宣長(四十七)」(『新潮』)


10月 

新潮文庫広告文「読書の楽しみ」『毎日新聞』)


11月 

「本居宣長(四十八)」(『新潮』)


11月8日 

延岡市で文藝春秋主催「文化講演会」にて講演        

                                               

1974年(昭和49年)72歳

1月 

「本居宣長(四十九)」(『新潮』)

「新年雑談」『波』)


3月 

「本居宣長(五十)」(『新潮』)

*ユリ・ゲラーの念力に大いに興味を示す


4月9日 

水上勉と石見三隅町山中の「こごめ桜」を花見に行くが、花時に会えず、帰途、出雲大社を参詣する


5月 

「本居宣長(五十一)」(『新潮』)

九州へ夫人、那須良輔夫妻と旅行    


7月 

「本居宣長(五十二)」(『新潮』) 


8月 

霧島の第十九回学生青年合宿教室で「信ずることと知ること」を講演  


9月 

「本居宣長(五十三)」(『新潮』)


10月 

「古田君の事」『回想の古田晃』筑摩書房私家版)


11月 

「古田君の事」『ちくま』)

金沢へ夫人、今日出海夫人、那須良輔夫妻と旅行


12月 

「本居宣長(五十四)」(『新潮』)

「古田君の事」(『文藝春秋』)

「志賀直哉宛書簡五通」『志賀直哉全集別巻 志賀直哉宛書簡』岩波書店)

『考へるヒント2』(『文藝春秋』)         



1975年(昭和50年)73歳

2月 

「本居宣長(五十五)」(『新潮』)


3月 

「信ずることと知ること」(『日本への回帰』第一〇集、国民文化研究会)


4月 

「本居宣長(五十六)」(『新潮』)

東京都知事選に際して石原慎太郎候補の推薦人に加わる

下旬に磐城三春の「滝桜」花見へ夫人、今日出海夫妻と旅行


5月 

「中川さんの絵と文」の前半(『中川一政文集』内容見本、筑摩書房)

九州へ夫人、今日出海夫妻、那須良輔夫妻と旅行


6月 

「本居宣長(五十七)」(『新潮』)

『新修日本絵巻物全集』(角川書店)の監修に参加

山の上の生活に苦痛と不便を感じ始め、鎌倉八幡宮の前に敷地を買い、転居準備

福田恆存のすすめで鍼治療を始める


8月 

「本居宣長(五十八)」(『新潮』)


9月 

「交友対談」の題で今日出海と対談(『毎日新聞』)


10月 

「本居宣長(五十九)」(『新潮』)

「中川さんの絵と文」の後半(『中川一政展目録』)

林房雄死去(七十歳)



1976年(昭和51年)74歳

1月 

『新潮』に「本居宣長(六十)」(『新潮』)

「新潮社八十年に寄せて」『毎日新聞』と『朝日新聞』の「新潮社年頭広告」)

「推薦文」『オスカー・ワイルド全集』内容見本、出帆社)

国書刊行会の『島木健作全集』監修に参加


1月20日 

鎌倉市雪ノ下1-13-20に移転  


2月 

三百人劇場で「信ずることと知ること(続篇)」を講演(三百人劇場)    


3月15日 

「信ずることと知ること」脱稿、健康変化を自覚


4月 

「信ずることと知ること(続編)(要旨)」『現代思想』)

5月 

九州へ夫人および那須良輔夫妻と旅行


6月 

「本居宣長(六十一)」(『新潮』)

「古典に還るといふ事」『新潮日本古典集成』内容見本)

「水上勉の文学」(『水上勉全集』内容見本、中央公論社)

『考へるヒント3』(文春文庫)


7月 

「信ずることと知ること」(『諸君!』)


8月 

「本居宣長(六十二)」(『新潮』)


10月 

『新潮』に「本居宣長(六十三)」(『新潮』)

安岡章太郎と「人間と文学」の題で対談(『国文学』小林秀雄特集号)

九州へ夫人および那須良輔夫妻と旅行


12月 

「本居宣長(六十四)」(『新潮』)

「本居宣長」の連載終了

中村明によるインタビュー「小林秀雄」(『言語生活』)


 

1977年(昭和52年)75歳

*この年、前半は「本居宣長」の最終章執筆に専念し、七月末脱稿す。


1月30日 

『小林秀雄集』(『近代日本思想大系』第二九巻、筑摩書房


2月 

「推薦文」(『ヴィリエ・ド・リラダン全集』内容見本、東京創元社)


4月15日

前年転居祝いに植えた桜が満開

4月 

那須良輔の紹介で東慶寺山内に塋域をもとめる


5月 

「土牛素描」『奥村土牛素描展目録』)

「里見さんの仕事」『ちくま』)

九州へ夫人および那須良輔夫妻と旅行


7月

中央公論社『宇野千代全集』内容見本に推薦文を発表

7月10日

「地獄の季節」分担・共訳(『ランボオ全集 第二巻』人文書院刊)


9月 新潮社『円地文子全集』内容見本に推薦文を発表。

「山本五十六について」(『阿川弘之自選作品』内容見本、新潮社)

文化勲章の銓衡委員になり丹羽文夫を推す


10月30日 

『本居宣長』(新潮社)


11月 

京都へ夫人と旅行

11月13日〜14日 

和歌山・大阪で『本居宣長』刊行記念講演会で「感想」を講演


12月 

「入江さんの大和路」(入江泰吉『仏像大和路』序文、保育社)

江藤淳と「『本居宣長』をめぐって」の題で対談(『新潮』)  

 

1978年(昭和53年)76歳

1月 

「感想(「玉勝間」の中に...)」(『波』)


3月 

『対話 人間の建設』新装版(新潮社)

3月30日 

『信ずることと知ること』(「限定著者版二六部」及び「限定市販版一七九部」槐書房)


4月 

「自分の仕事」(『波』)


5月 

『新訂小林秀雄全集』(新潮社版全一三巻、別巻二)刊行開始(〜79年9月)

「草野君の全集」(『草野心平全集』内容見本、筑摩書房)

九州へ夫人および那須良輔夫妻と旅行


5月25日 

『新訂小林秀雄全集 第一巻 様々なる意匠』(新潮社)


6月8日 

『本居宣長』により第十回日本文学大賞受賞

日本文化会議創立十周年に「『本居宣長』を終へて」を講演


6月10日 

『人生について』(中公文庫)

6月25日 

『新訂小林秀雄全集 第二巻 ランボオ・Xへの手紙』(新潮社)


7月 

「受賞して」(『新潮』)

7月25日 

『新訂小林秀雄全集 第三巻 私小説論』(新潮社)


8月6日

阿蘇で行われた国民文化研究会主催の学生青年合宿教室で「感想-本居宣長をめぐって」を講演

8月25日

『新訂小林秀雄全集 第四巻 作家の顔』(新潮社)


9月25日

『新訂小林秀雄全集 第五巻 ドストエフスキイの生活』(新潮社)


10月 

山形へ夫人、今日出海夫人および那須良輔夫妻と旅行

10月25日 

『新訂小林秀雄全集 第六巻 ドストエフスキイの生活』(新潮社)


11月25日 

『新訂小林秀雄全集 第七巻 ドストエフスキイの作品』(新潮社)


12月20日

アラン『精神と情熱とに関する八十一章』(創元選書、翻訳、再刊)

12月25日

『歴史について 小林秀雄対談集』(文春文庫)

12月25日 

『新訂小林秀雄全集 第八巻 無常といふ事・モオツアルト』(新潮社)



1979年(昭和54年)77歳

1月

「『本居宣長』補記(一)」(『新潮』)

「堀辰雄宛書簡四通」(『堀辰雄全集別巻一 来簡集』筑摩書房)

九州へ旅行

1月25日 

『新訂小林秀雄全集 第九巻 私の人生観』(新潮社)


2月

「『本居宣長』補記(二)」(『新潮』)

2月9日

『近代の超克』(冨山房文庫、冨山房)(座談会で若干発言あり)

2月25日 

『新訂小林秀雄全集 第十巻 ゴッホ』(新潮社)


3月 「ルオーの版画」(『ルオー全版画』内容見本、岩波書店)

3月25日 

『新訂小林秀雄全集 第十一巻 近代絵画』(新潮社)

3月27日 

青山二郎七十七歳にて死去


4月 

「本の広告」(『波』)

伊勢・松坂へ旅行

4月11日 

『感想』(新潮社)

4月11日

『本居宣長』の「限定著者版」と「限定頒布版」(新潮社)

4月25日 

『新訂小林秀雄全集 第十二巻 考へるヒント』(新潮社)

4月末 

盛岡に石割桜の花見に行くが、花時に会えず


5月 

「ルオーの事」(『ルオー展目録』吉井画廊)


4月25日 

『新訂小林秀雄全集 第十三巻 本居宣長』(新潮社)


6月 

「ルオーの事」(5月の同名論文の再掲、『藝術新潮』)

6月末 

安岡章太郎と富山県庄川河畔に旅行


7月25日 

『新訂小林秀雄全集 別巻I 人間の建設』(新潮社)


9月25日 

『新訂小林秀雄全集 別巻II 批評への道』(新潮社)


10月 

河上徹太郎と「歴史について」の題で対談(『文学界』)

松本へ夫人と旅行


11月 

平凡社『岡倉天心全集』内容見本で推薦文収録

熊野・奈良へ夫人および那須良輔夫妻と旅行


                     

1980年(昭和55年)78歳

2月 

「『本居宣長』補記II(一)」(『新潮』)

2月8日 

明治大学文芸科時代の学生たちと座談会 


3月 

「『本居宣長』補記II(二)」(『新潮』)


4月 

盛岡で石割桜の花見

4月4日 

河上徹太郎と最後の会合(野々上慶一も同席)


4月16日

『小林秀雄初期文芸論集』(岩波文庫)


5月 

「『本居宣長』補記II(三)」(『新潮』)

下諏訪の「おん柱祭」に夫人同伴


5月27日 

岡山市で文藝春秋主催の「正宗白鳥生誕百年記念」文化講演会で、安岡章太郎、大江健三郎と講演


6月 

「『本居宣長』補記II(四)」(『新潮』)

「梅原龍三郎展」(『梅原龍三郎展目録』吉井画廊)

九州、及び奈良へ旅行


9月22日 

河上徹太郎、七十八歳にて死去。葬儀委員長を務める  

11月 

山口へ夫人および那須良輔夫妻と旅行

11月19日 

山口への旅行の後に急激な健康の変化



1981年(昭和56年)79歳

1月 

「正宗白鳥の作について(一)」(『文学界』)


3月 

「正宗白鳥の作について(二)」(『文学界』)


4月 

「正宗白鳥の作について(三)」(『文学界』)

講談社『永井龍男全集』内容見本で推薦文収録。

4月中旬 

甲州清春の芸術村開村式に出席


5月 

九州へ夫人同伴で旅行


6月 

「正宗白鳥の作について(四)」(『文学界』)


7月 

「河上君の全集」(『小説新潮スペシャル夏号』)

『小林秀雄全翻訳』(講談社)


9月 

「正宗白鳥の作について(五)」(『文学界』)


10月 

四国へ旅行

10月6日 

保田與重郎の密葬に参加


11月 

「正宗白鳥の作について(六)」(『文学界』)

『ドストエフスキイ全論考』講談社)

京都・奈良へ夫人および那須良輔夫妻と旅行

                                           

1982年(昭和57年)80歳

1月 

「『流離譚』を読む」(『新潮』)

1月15日 ホテルオークラで行われた文藝春秋六十周年の「菊池寛夫人を囲む会」に出席(最後の公の会への出席となる)


2月1日 

風邪により高熱、半月ほど仰臥

3月初旬 

福田恆存より韓国旅行の誘いを受ける

3月中旬  

「正論」誌のために写真撮影(最後の写真となる)


3月30日 

川崎市立病院入院 


4月11日 

『本居宣長補記』(新潮社)


6月1日 

慶応大学病院に転院


7月1日 

八時間に及ぶ手術を受ける  


9月29日 

慶応大学病院を退院 (以後自宅療養)      


1983年(昭和58年)80歳

1月13日

鎌倉市御成町の佐藤病院に緊急入院

1月26日 慶応大学病院に転院  


3月1日

慶応大学病院にて腎不全により死去(享年八十歳) 同日自宅にて通夜


3月2日

鎌倉東慶寺にて密葬 戒名は華厳院評林文秀居士


3月8日

東京青山葬儀所にて本葬(葬儀委員長は今日出海、友人代表は永井龍男、大岡昇平、中村光夫、福田恆存、葬儀司会は江藤淳)


5月

『文学界』で遺作「正宗白鳥の作について(七)」が掲載される


9月10日

『白鳥・宣長・言葉』(『文藝春秋』)



by ichiro_ishikawa | 2019-06-30 18:00 | 文学 | Comments(0)  

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