氷室京介と布袋寅泰

 氷室と布袋は水と油。性格的にも音楽的にも、対極に位置する存在だった。
 暴走族に属し不良の親分でケンカがめっぽう強く屈強な肉体を持つ硬派な氷室。
 一方、音楽マニアでアート少年。奇行ばかりが目立ち、痩せっぽちでひょろ長く、女性的でなよっとした布袋。
 キャロル/矢沢を敬愛し、「傷だらけの天使」やヤクザ映画をこよなく愛する氷室。
 一方、10cc、スティーヴ・ハーレイ&コックニーレベル、ロキシーミュージックといった英国音楽やファッションに傾倒していた布袋。
 絶対に相容れない2人。それがなぜ結ばれ、バンドを結成したか。それは、絶対に相容れない2人だったからだ。お互い自分とは真逆の存在が気になった。むかついた。大嫌いだった。だが、自分の世界を広げようと必死だった若き彼らは、異文化交流を激しく求めた。結果、互いに触発しあい火花を散らし、これまでの日本の歌謡曲/ロック、洋楽とはまったく異なる、独特なバンド/サウンドが生まれた。これまで地下街で暗躍していたロックバンド/ミュージシャンは洋楽のコピー、選民意識の高いスレた連中ばかりだった。チャートに台頭する音楽は「すべて」アイドル歌謡だった。BOØWYは、そのどちらでもなかった。どこにも属さないバンドだった。日本の音楽シーンに文字どおり風穴を開け、“ロックでなければ売れない時代”を築き上げた。ここが、BOØWYがビートルズである所以だ。

 蛇足だが、解散以降、氷室はより女性さや繊細さを増し、布袋はより男っぽさを増していく、というのは実に興味深い。


布袋寅泰の自伝「秘密」


 布袋寅泰の自伝「秘密」(幻冬舎)が刊行された。
「秘密」という意味深なタイトル。熱心なファンならば、まず“あのこと”が語られているのでは、と直覚するはずだ。
 結論をズバリいうと、“あのこと”は「墓場まで持っていく」とだけ記されている。つまり、永遠に語らない。
 これは、理由といっても様々な要素が複雑に絡まっており、メンバー4人にしてもそれぞれ思いは異なる。自分はBOØWYとしては1/4の存在である。そうした謙虚さと誠意からだ口を噤んだ。当事者としては正しい態度だ。

 布袋の人生が、本人の言葉で書かれ上梓されるのは、93年の「よい夢を、おやすみ」(八曜社)、95年の「六弦の騎士」(東京書籍/森永博志との共著)以来3冊目。いずれも自伝的要素が強かったが、今作の特異性は、生い立ちから現在までを網羅しているところ。「サレンダー」「さらば青春の光」「ポイズン」「スリル」といったヒットシングルを制作し、大衆と真っ正面から向き合うようになって以降、初めての著書で、文体も肩の力が抜けている。その分、比較的、過去を赤裸裸に振り返っている感がある。
 軸は、様々な出会いと別れ。最も大きなポイントとなる別れは5つ。

1.韓国人の父親との別れ
2.氷室京介との出会いと別れ
3.吉川晃司との出会いと別れ
4.山下久美子との出会いと別れ
5.今井美樹との出会い

 概ね、これまでの著作やインタビュー、ラジオなどですでに知られている事実が多いが、ここでは個人的に面白かった部分を紹介せんとす。



布袋の音楽的ルーツ
パンク〜ニューウェーヴ
と英国趣味


 高校3年の冬、いよいよ長髪がキリスト教系の私立学校・新島学園で問題となった時、「イエス様の髪はもっと長い」との名言を残し、卒業間近に退学した布袋(退学直後、パンクの影響で短髪にしたのだが)。
 上京したての、原宿のアパートに暮らしていた頃、レッド・ツェッペリンやディープ・パープルといった王道ハードロックや、片やジャズミュージシャンが華やかにテクニックを競うクロスオーヴァーと呼ばれた音楽が主流だった中、
「俺は地下のマグマが噴出する寸前のムーヴメントに夢中だった。(中略)セックス・ピストルズやディーヴォといった、プロフェッショナルなミュージシャンからすれば、“音楽じゃない”と言われるような連中が、ただエネルギーと発想力だけで世界中を涌かせていた。インテリアート集団トーキング・ヘッズやテレヴィジョンの登場。レゲエやスカなどの黒人音楽のエッセンスを取り入れた新しいダンスブームの火付け役はツー・トーンレーベルのスペシャルズやマッドネス。(中略)俺は一瞬にしてパンク、ニューウェーヴの世界にどっぷりとはまっていった」

 ディスコ、フィラデルフィア・サウンド(フィリー・ソウル)全盛のとき、布袋がセンスとダンスを磨いたディスコが2つ。新宿のツバキハウスと六本木のクライマックス。
 ツバキハウスは、「セックス・ピストルズのパンクで踊り、クラフトワークのテクノで猛然と頭を振る悦楽の空間だった」
 また、「六本木のクライマックスでかかるのは、XTCやポップ・グループやD.A.F.といったインテリジェントなパンクだ」

 福生の米軍ハウスにいた頃。
「フライングリザーズ、カン、スロッビング・グロッスル、ペル・ウブ、P.I.L.…。その中でもやはり一番のお気に入りだったのは、クラフトワークだ」
「このクラフトワークを大音量で聴くと、これがまた凄い。スピーカーから飛び出てくる形而上学的なビートは限りなく立体的で、散らばった音の一つ一つがDNAを直接揺さぶるように刺激する」

 それにあわせてギターをかき鳴らした。
「なにせクラフトワークにはギターがないし、ずっと同じテンポでループされるからメトロノーム代わりに持ってこいだし、新しいフレーズを考えるには最適だったのだ。つまりあの福生時代、おれは世界のクラフトワークをバックバンドにしてしまっていたのである。何と夢のあるプロジェクトだったことか」

 いずれもBOØWY結成前夜、花の都、大東京でぐずぐずと燻っていたときである。誰であれ、この季節に、如何に本気で燻るか、これが後の人生を決めるのやもしれぬ。
 この音楽的“いい趣味”が、不良・氷室京介を刺激し、火花を散らすことになる。



氷室京介への憧れ

 この自伝の最もスリリングな部分は、これまでほとんど語られることがなかった氷室京介の描写だ。布袋は氷室に「憧れていた」という。
 驚きだ。と同時に“だろうよ”との感を拭えない。男が最も惚れる男、氷室、畏るべし。
この『秘密』の裏タイトルは、「俺が氷室に惚れたワケ」だ。

 燻っていた布袋に、氷室から突然、電話が入る。
「高崎では一瞬でも火花を散らしたバンド仲間、顔見知りではあった。しかし、彼は不良の親分的存在。決して弱いものいじめをすることはないけれど、常にカミソリのような鋭いオーラを出しまくっていて、まったくもって近寄りがたい人だった。だから面と向かって話したことは一度もなく、音楽性もどちらかと言えば水と油だ」

 やばい、殴られるのでは!? だがなぜ俺!? と戸惑いながらも布袋は、氷室に呼び出され、会いに行く。氷室は、「のちに誰もが虜になるあの笑顔を浮かべて」現れた。六本木のアマンドで氷室は単刀直入にこう切り出す。
「布袋、バンドやらない?」

「飢えたオオカミのようにギラギラとした、野蛮でセクシーな匂いを振りまく男。攻撃的ながら、その瞳には謎の翳りがあった」

以下、布袋の氷室評を抜粋。

「“デスペナルティ”。ヴォーカリストに氷室京介を擁する筋金入りの硬派ロックバンド。バイク乗りたちの強固な結束による動員力がある、近寄りがたい存在感のバンドだった。皮の上下に身を包み、全員がジェームス・ディーンのような佇まいだった」

「何度か対バンライヴをやる中で、次第にデスペナルティのヴォーカリストに一目置くようになっていた」

「とにかく圧倒的な存在感だった」

「楽屋で隣り合わせても、誰とも話そうとしない。そして強靭な肉体から醸し出されるバイオレントなオーラ。その一方で、バイク仲間や知人が楽屋を訪ねてくると、まるで別人のように柔らかな空気を纏う不思議な男」

「どうやら宇宙人のような身長187センチの俺の音楽家としてのセンスに触れて、いわゆる“不良のロック”という括りに満足がいかなくなる前提が生まれたのかもしれない」

「ソリッドで、硬派で、まるでナイフのような切れ味を持ったヒムロックのヴォーカル」

(柄の悪いバンド連中と同じタコ部屋のような楽屋にて)「普通のバンドだったらひと悶着起こっただろう。ところがBOØWYにはあの氷室京介がいた。『なんか文句あんの?』とばかりに一睨みしただけで、他のバンドはすごすごと視線をそらすのだった」

「客席のほとんどが若い女の子になった。客席の大半がヒムロックに集中しているように映った」

「解散した途端に俺にとってヒムロックは、本当にライバルのような存在になってしまった。ヒムロックはもちろん強力なオーラを放っていた。その光のオーラには誰も抗えなかったはず」

 もう止める。
 最後に、「存在することの危うさに最期まで賭けるのだ」というジャン・コクトーの言葉をいつも前書きに掲げる布袋によるロックの定義を挙げておく。
「最期の最期まで手に汗握る、生存本能が最大限に試される瞬間。その一瞬にだけ見える光こそが、ロックンロールだと思えてならないのだ」

by ichiro_ishikawa | 2006-02-14 13:00 | 音楽 | Comments(4)  

Commented by しゅん at 2009-07-04 03:06 x
あんたの文は飾りすぎだ。
事実を知らず小耳に挟んだ情報をあたかも自分が体験したかのように書くとあなたは格下人間と思われるぞ。
つまり知ったかぶりは滑稽だからやめなさい!

一緒にメシ食ってた男より。
Commented by 玉ねぎ親父 at 2010-03-05 12:03 x
違うでしょ 女性っぽくなんかなってねーよ 氷室は
Commented by at 2010-07-26 04:01 x
いやいや
暴威を語るなら、これぐらいスカして、飾った文章でないとw

ツェッペリンと同じで、実像とかマジで要らんから
「赤裸々に実態を暴露」と言うコンセプトでやってるといいながら、
いつもの霊験あらたかな氷室と布袋になってるのが、むしろ暴威らしい
Commented by 氷室と布袋は水と油ですか? at 2012-03-29 17:29 x
奇行ばかりが目立ち、というのは話としては面白いですが、これは完全なウソ。身長以外、暗く目立たない存在だった布袋。それと水と油ですか?
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