2010年 09月 23日 ( 2 )

 

ミッドナイト論考「本はなくならない」


 本が売れなくなった、これからは電子だ、としたり顔でぶっている出版関係者がよくいるが、そういうのは大抵、出版でなくてもテレビでもレコード会社、広告でも「業界」なら何処でもよかった、80年代就職組(40半ば〜50代前半)、つまりバカだ。そも、自分が読書人でないから、本への愛着はないし、本の価値がわからないので売れるか売れないかでしかその価値を測れない。
 本が売れないのは、あくまで相対的な話で、いつの時代も一定の読書人はいるのだし、そも、その総数は、学校のクラスでひとりか二人しか本を読んでいるやつはいなかったように、極めて少ない。だが、そういう人の読書欲というのは衰えを知らないから、常に一定数の本は、それが「価値」がある限り、売れているのだ。実売数が減ったのは(例えば80年代、文庫は初版4万スタートだったらしいが今は数千)、読書人ではない浮動票があっただけで、それを常態としたビジネスモデルを組んでしまっている大手出版社は、この不況で右往左往してしまうのだ。本を読む人は、クラスでひとりか二人という、原点を見つめれば、本なんて1000〜2000部しか売れない。つまりビジネスにするには、人件費を筆頭に原価をギリギリまで削ぎ落とした小さな精鋭集団でやるしかない。金を儲けたい人は、もっと別の仕事をやればいいのになぜか、読書人でない出版人に限って出版人を自負してその椅子にしがみついているから不思議である。
 本の出版は文化事業で、人格を陶冶する本当に価値あるものを作る審美眼と信念が必要で、さらに意欲的ならば、クラスでクラスでひとりか二人の本読みの絶対数を、その価値の絶対において増やそうとする、志と熱意に負う所がすべてだ。そうした読書人は、生活のために本を読むのではないので、消費者ではなく、本も本質的には商品ではない、という事実をきちんと捉えられている人だけが出版を支えることができる。もちろん本を作って、世に宣伝、頒布、そして著者に継続・集中的に執筆に専念してもらうためには資金が必要だから、本は売れなければならないが、売れる唯一の理由はその内容の価値なので、まず売れる内容を考える、というのは順序が逆、何より価値ある内容のものを作る、ということが、まず第一に考えられなければいけないのだ。極端に言えば、価値あるものを作って世に出せれば、あとはどうでもいい、という潔さ。一定の読書人は間違いなく買うのである。ただ、この間違いなく買う、という確信は、作り手がやはり同じ読書人でなければ得られないものなので、それは、結局、「てめえが読みたいものを作る」ことに尽きるのであった。

 電子書籍を買う人には、読書人もそうでない人もいるだろうが、本を買う人は、いよいよ読書人だけになるだろう。つまり正常に戻る。そう考えた方がいい。電子書籍は漫画やライトノベルは繁盛するだろうが、文学のようなものは絶対に発展しない。ただ読書人でなくとも本に接する人の数自体は増えるから、そこに勝機が見えよう。つまり読書人向けの本は、電子版を宣伝ツールと見なすのが正解だ。無料で全文、ばしばし電子化した方がいい。目に触れる機会をひたすら多くする。「価値」あるものは、必ず再読を要請するから、それは手に触れられる物質としての本へと必ずや導かれる。これまでと宣伝方法ががらりと変わる機なのだ。電子書籍は本の代価品ではなく、宣伝ビラの様な性質ものだ。しつこいようだが、一定の読書人は不滅で、彼ら彼女らは宣伝されようがされまいが、各々の読書歴が誇る嗅覚で嗅ぎ付け、売れていようが売れていまいが、やはりそれぞれの読書歴が保証する信念に基づいて購読する。電子書籍は潜在的な読書人を掘り起こし、真の読書人を生み出す機会である。つまり、出版の革命というより、宣伝の革命である。どう考えても、読書環境にとって追い風なのである。
 最後に言っておくが、読書人は、紙の本への愛着がマジハンパねえ。次回、本のすげさを、その精神的威力と紙の本という形態の秀逸さの2点から、くだまく。

by ichiro_ishikawa | 2010-09-23 23:35 | 文学 | Comments(0)  

超貴重「1936-37年のハイチ音楽集」

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Alan Lomax in Haiti (W/Book)
Various Artists


 みすず書房から3年前に翻訳が上梓された『アラン・ローマックス選集 アメリカン・ルーツ・ミュージックの探究1934-1997』によると、1936年12月からアラン・ローマックスは、ハイチへ音楽収集の旅に出ているのだが、その時に収集した50時間に及ぶフィールド・レコーディングの音源が、10枚組BOXで発売されることになったので、円高に乗じて、通常16,492円のところ、AMAZONマーケットプレイスにて同じ新品を11,499円でゲットン。到着は10月予定。

 アラン・ローマックス(Alan Lomax 1915-2002)は、ルーツ・ミュージック研究家で、アメリカ・ポピュラー音楽史における最重要人物。アメリカのフォークソングを中心に膨大な量の貴重な音楽を記録・保存してきた。1930年代から、父ジョン・ローマックスと共に米国内各地を旅行し、フォーク、ブルース、ジャズなど、ジャンルを問わず民俗音楽の発掘・収集を続けた。アランは、レッドベリーのデビューに立ち会い、ピート・シーガー、ウディ・ガスリーの活動を支え、ジェリー・ロール・モートンを熱意を込めて録音した。彼とハリー・スミスの仕事なくして、ディラン、ストーンズ、ビートルズは生まれなかった。(参考:みすず書房HP

 本作は、布張りの豪華BOXの中に、SPアルバム風に仕立てられたケースにCD10枚が収められ、168ページに及ぶハードカバーの解説書の他、アランが書き残した200ページの調査日記に、調査当時にアランが使っていたハイチの地図、さらに写真2枚が封入され、総重量1.9kgだという。
 10枚のCDは、録音調査順に分類・整理され、都会のポピュラーソングから田舎のワークソング、さらにはヴードゥー儀式とディープな世界に入って行く。disc 1はクラリネット、バンジョーを擁した2つのメラング楽団の演奏のほか、クラシック・ピアニストによるヴードゥー曲の演奏、ヴードゥー司祭の歌などを収録。Disc 2はキューバのソンの影響色強いトルバドール。Disc 3はマルディグラのカーニバル音楽。Disc 4はララの音楽。Disc 5は子供たちによる無伴奏コーラスの遊び歌集。また、ララの楽団が行進するカラー映像を含む10分16秒の記録映像も収められている。Disc 6はフランス起源のロマンス(バラッド)、カンティック(賛美歌)、コントラダンス。Disc 7は女性歌手が歌うハイチ伝承歌集。Disc 8はヴードゥーで歌われる歌とカトリックの賛美歌。Disc 9はコンビットと呼ばれる農民のワークソング。Disc 10はヴードゥー儀式の録音。ヨーロッパとアフリカとカリブ周辺国の音楽がつづれ織りになった、ハイチ音楽の多様なクレオール性が堪能できる。(参考・引用:「レコードコレクターズ10月号」)

by ichiro_ishikawa | 2010-09-23 19:20 | 音楽 | Comments(0)