2017年 11月 01日 ( 6 )

 

80年代歌謡史 その6 ポップの終焉


ポップの終焉

1987-88

ロックでなければ売れない時代にあつての残り火



1986年、ロックによつて凌駕された歌謡界は、1987〜88年、ついに終焉を迎える。

見るべき名曲といふものが生まれなくなり、アイドルたちは一気に精彩を欠いてゆくのであつた。

やがて昭和が終はり、ベルリンの壁が崩れ、バブルが崩壊する。シリアスなロックが台頭したのもつかの間、平成に入ると日本のポップミュージック自体が壊滅状態に陥る。



1987年2月25日

嵐のマッチョマン/とんねるず


1987年2月25日

水のルージュ/小泉今日子



1987年3月5日

MARILYNE/吉川晃司



1987年3月18日

「派手!!!」 /中山美穂



1987年4月5日

迷惑でしょうが…/とんねるず



1987年6月5日

終わらないSun Set/吉川晃司



1987年6月5日

大きなお世話サマー/とんねるず



1987年7月1日

Smile Again/小泉今日子



1987年7月7日

50/50/中山美穂



1987年9月17日

おらおら/とんねるず



1987年10月7日 

CATCH ME/中山美穂



1987年10月21日

キスを止めないで/小泉今日子



1987年11月21日

HOT LIPS/吉川晃司


1988年2月3日

プリティ・デイト/吉川晃司



1988年2月25日

炎のエスカルゴ/とんねるず




by ichiro_ishikawa | 2017-11-01 00:20 | 音楽 | Comments(0)  

80年代歌謡史 その5 1986年


歌謡曲とロックの融合

1986

BOØWYと長渕によるロックへの政権交代


原色ポップの狂騒1985を経て、歌謡界はモノトーン、ブラックへと色彩を変へていく。

BOØWYの大ブレイク、長渕剛『STAY DREAM』といふロック勢が歌謡ヒットチャートを席巻してしまふといふ背景のもと、歌謡界とロックとの境界は溶解していくことになる。


1986年1月1日

キャンドルの瞳/吉川晃司



1986年1月21日

歌謡曲/とんねるず



1986年2月5日

色・ホワイトブレンド/中山美穂



1986年2月3日

DESIRE -情熱- /中森明菜



1986年3月21日

MODERN TIME/吉川晃司



1986年3月26日

フラミンゴ in パラダイス/荻野目洋子



1986年4月30日

100%男女交際/小泉今日子



1986年5月16日

クローズ・アップ/中山美穂



1986年5月28日

やぶさかでない/とんねるず



1986年6月10日

Dance Beatは夜明けまで/荻野目洋子



1986年7月10日

夜明けのMEW/小泉今日子



1986年7月15日

JINGI・愛してもらいます/中山美穂



1986年8月5日

寝た子も起きる子守唄/とんねるず



1986年8月21日

ツイてるねノッてるね/中山美穂



1986年9月30日

すべてはこの夜に/吉川晃司



1986年10月21日

人情岬/とんねるず



1986年10月29日

六本木純情派/荻野目洋子



1986年11月19日

木枯しに抱かれて/小泉今日子



1986年11月21日

WAKU WAKUさせて/中山美穂




by ichiro_ishikawa | 2017-11-01 00:19 | 音楽 | Comments(0)  

80年代歌謡史 その4 とんねるずと中山美穂


とんねるず登場、中山美穂デビュー

1985

原色ポップの狂騒


すでに「ぴょん吉ロックンロール」でレコードデビューを果たしてゐたとんねるずが、「オールナイトフジ」でのブレイクを機に、「一気!」で再デビュー。

1985年、2年目の吉川晃司と共に男性歌謡界を席巻していく。さらに4月には「夕やけニャンニャン」といふ主戦場も得て、既成の歌謡システムに揺さぶりをかける。


6月には中山美穂がデビュー。お色気ドラマを主演し、ヤンマガの人気不良漫画の映画化「ビーバップハイスクール」でヒロイン泉京子を演じ、「なんてったってアイドル」でアイドルシステムを対象化した小泉今日子と共に、清純アイドルとは違うロックテイストのアイドルとして聖子、明菜の二強時代に楔を打ち込む。



1984年12月5日

一気!/とんねるず(22,23歳)



1984年12月21日

The Stardust Memory/小泉今日子



1985年1月11日

You Gotta Chance 〜ダンスで夏を抱きしめて〜/吉川晃司



1985年1月30日

天使のウィンク/松田聖子



1985年3月8日

ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕/中森明菜



1985年4月1日

夕やけニャンニャン放送開始



1985年4月10日

常夏娘/小泉今日子



1985年4月21日

青年の主張/とんねるず



1985年4月23日

にくまれそうなNEWフェイス/吉川晃司



1985年5月9日

ボーイの季節/松田聖子



1985年6月8日

ハートブレイカー/小泉今日子(「KYON2」名義)



1985年6月19日

SAND BEIGE -砂漠へ-/中森明菜



1985年6月21日

「C」 /中山美穂



1985年7月25日

魔女/小泉今日子



1985年8月1日

PASSION/早見優



1985年9月5日

雨の西麻布/とんねるず



1985年9月25日

RAIN-DANCEがきこえる/吉川晃司



1985年10月1日

生意気 /中山美穂



1985年10月9日

SOLITUDE /中森明菜



1985年11月21日

なんてったってアイドル/小泉今日子



1985年11月21日

ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)/荻野目洋子(16歳、デビューは1年前)



1985年12月5日

BE-BOP-HIGHSCHOOL/中山美穂


by ichiro_ishikawa | 2017-11-01 00:18 | 音楽 | Comments(0)  

80年代歌謡史 その3 吉川晃司登場


最後のアイドル、吉川登場

1984

歌謡曲とロックの融合時代



1984年、いきなり映画主演と主題歌、といふナベプロが放つた超大型アイドル吉川晃司がデビューする。


比較的小柄な優男であるジャニーズ系男子とかわい子ちゃんアイドルたちが楽しく騒いでゐるところへ、バタフライで殴り込み、180cmといふ長身でバック宙、足上げ、プール飛び込みと暴れまくる吉川。清く正しく美しいアイドル歌謡界に風穴を開けた。

最終アイドル吉川の登場は、その内包するロックテイストによりアイドル歌謡界の終焉を孕んでゐた。



1984年1月1日

クライマックス御一緒に /小泉今日子(「あんみつ姫」名義)


1984年1月1日

北ウイング/中森明菜



1984年2月1日

Rock'n Rouge/松田聖子



1984年2月1日

モニカ/吉川晃司(18歳)



1984年3月21日

渚のはいから人魚/小泉今日子



1984年3月31日

誘惑光線・クラッ! /早見優



1984年4月11日

サザン・ウインド/中森明菜



1984年5月10日

時間の国のアリス/松田聖子



1984年6月1日

サヨナラは八月のララバイ/吉川晃司



1984年6月21日

迷宮のアンドローラ/小泉今日子



1984年7月25日

十戒 (1984) /中森明菜



1984年8月1日

ピンクのモーツァルト/松田聖子



1984年9月10日

ラ・ヴィアンローズ/吉川晃司



1984年9月21日

ヤマトナデシコ七変化/小泉今日子



1984年11月1日

ハートのイアリング/松田聖子



1984年11月14日

飾りじゃないのよ涙は/中森明菜


by ichiro_ishikawa | 2017-11-01 00:15 | 音楽 | Comments(0)  

80年代歌謡史 その2 小泉今日子と中森明菜


小泉、明菜デビュー

1982-83

才能が続々輩出、アイドル全盛時代



80年代の幕開けがキラキラしてゐるのはひとえに松田聖子の登場による。キャンディーズ解散、ピンクレディー失墜、山口百恵引退といふ70年代が醸す「終焉感」が、「何かの始まり」へとガラリと一転した。

1980〜81年の2年間、松田聖子の独壇場であつた歌謡界に、3月に小泉今日子、4月に早見優、そして5月に中森明菜と、続々と対抗馬が輩出する。82〜83の2年間は清く正しく美しいアイドル歌謡の全盛期である。



赤いスイートピー/松田聖子



1982年3月21日

私の16才/小泉今日子(16歳)



1982年4月21日

渚のバルコニー/松田聖子



1982年4月21日

急いで!初恋/早見優(15歳)



1982年5月1日

スローモーション/中森明菜(16歳)



1982年7月5日

素敵なラブリーボーイ/小泉今日子



1982年7月21日

小麦色のマーメイド/松田聖子




1982年7月28日

少女A/中森明菜



1982年9月21日

ひとり街角/小泉今日子



1982年10月21日

野ばらのエチュード/松田聖子



1982年11月10日

セカンド・ラブ/中森明菜



1983年2月3日

秘密の花園/松田聖子



1983年2月5日

春風の誘惑/小泉今日子



1983年2月23日

1⁄2の神話/中森明菜



1983年4月1日

夏色のナンシー/早見優



1983年4月27日

天国のキッス/松田聖子



1983年5月5日

まっ赤な女の子/小泉今日子



1983年6月1日

トワイライト -夕暮れ便り-/中森明菜



1983年7月21日

半分少女/小泉今日子



1983年8月1日

ガラスの林檎/松田聖子



1983年9月7日

禁区/中森明菜



1983年10月28日

瞳はダイアモンド/松田聖子



1983年11月1日

艶姿ナミダ娘/小泉今日子


by ichiro_ishikawa | 2017-11-01 00:12 | 音楽 | Comments(0)  

80年代歌謡史 その1 松田聖子、降臨

何度も書いてきてゐるやうに、1980年はポップ全盛で、それは松田聖子のデビューで始まり吉川晃司、BOØWY、長渕剛によるシーンのロック化により終焉する。  

そのゴールデンポップディケイド、重要人物をあげればキリがなく、分厚い本二巻分になるので、ここでは象徴的、主要人物を絞り、概説とする。登場するのは以下の通り。  

※(  )は俺が中1のときの想定学年  


とんねるず

    石橋 貴明 1961年10月22日生まれ(社1)

    木梨 憲武 1962年3月9日(社1) 

松田 聖子 1962年3月10日(社1) 

中森 明菜 1965年7月13日(大1) 

吉川 晃司 1965年8月18日(大1) 

小泉今日子 1966年2月4日(大1) 

早見 優 1966年9月2日 (高3) 

荻野目洋子 1968年12月10日(高1) 

中山 美穂 1970年3月1日(中3)  


以下、それぞれの活動の象徴としてのシングルを、発売日順に追つてみる。 当時シングルは年4といふサイクルであり、売り上げが落ちる頃に新譜を出すことで、ザベストテンなどのランキング生放送番組にずつと出てゐるといふ状態が作り上げられてゐた。 

なお一年の集大成はレコード大賞であり紅白歌合戦であつた。テレビが最強メディアで、一家に一台を家族全員で観るといふのが一般的であり、つまりヒットソングとは大人から子供までみんなが知つてゐる国民的な歌といふものであつた。

80年代後半になると、それまでは一部の存在であつたテレビ出演を拒否するニューミュージック、ロック勢がランキングに大挙するやうになり、昭和の歌謡システムは崩壊して行く。   

※早見優と荻野目洋子は楽曲クオリティが玉石混交のため玉のみを記載。 

※太字はS級楽曲。



ポップ幕開け

1980-81 

聖子登場、一強時代


1980年4月1日

裸足の季節/松田聖子(18歳)



1980年7月1日

青い珊瑚礁/松田聖子



1980年10月1日

風は秋色/松田聖子


 

1981年1月21日

チェリーブラッサム/松田聖子



1981年4月21日

夏の扉/松田聖子



1981年7月21日

白いパラソル/松田聖子



1981年10月7日

風立ちぬ/松田聖子




by ichiro_ishikawa | 2017-11-01 00:10 | 音楽 | Comments(0)