2018年 02月 24日 ( 2 )

 

忙しい、の正体


忙しい。
といふことについて考察する。

やることが山積みでにつちもさつちもいかない状態。
そのとき、その「やること」に注目すると、それは義務的なものであり、本来はやりたくないこと、であるといふことがわかる。

同じやることが山積みでも、それが全部やりたいことなら、そのとき、忙しいといふだらうか。

俺はいま忙しいが、試しにそれらを全部やりたいことと思ふやうにしてみよう。

いや、無理だつた。
義務や、やりたくないがやらなければならないことは結構ある。
考察失敗。





by ichiro_ishikawa | 2018-02-24 14:24 | 日々の泡 | Comments(0)  

孤独とは何か


腹が痛いときに何がつらいか。
痛みそのもののつらさがまづパねえが、
何より「誰も頼れないこと」ではないか。

腹が痛い人間は、誰にも助けられないし、同情であれ励ましであれ、どんな言葉も無力だ。
そも精神的なダメージでないのだから、精神的な慰めは無力なのである

こんな大変なことになつてゐるのに、死別や罹災といつた大事は無論、病気などに比べ、他者の関心は圧倒的に薄い。
関心をもつてもらつても恥ずかしい。

したがつて腹が痛い人間は、痛え…とひとり呟くことしかできない。もちろん、何も解決はしない。

このときほど、孤独といふ言葉が乙に構えてそこに現れることはない。




by ichiro_ishikawa | 2018-02-24 13:15 | 日々の泡 | Comments(0)