2018年 05月 18日 ( 1 )

 

小林秀雄の学生年表


年譜に拠れば、小林秀雄は25歳で大学(東京帝大仏文)を出た。昔、この事実を知つたときは、小林はだいぶ浪人したかダブつたんだな、と思つたものだ。
ちなみに俺も一浪二留をして大学を出たのが25だつたので、小林と同じコースといふことで、自分を慰めていたものだ。

しかし違つた。戦前と戦後では学制が違つた。
結論から言ふと、小林は一浪しただけであとはストレートに卒業してゐた。
戦前は、今風に簡単に言へば、
小学6年→中学5年→高校4年→大学3年。
であつた。トータルの修学年が2年多い。
基礎教養を学ぶ期間を長くとつてゐる。
旧制の中学生は今の高校生で、旧制の高校生は今の大学学部生だ。旧制大学生は今の院生。

小林の年譜を見てみる。4月生まれだから分かりやすい。
年齢はその年度の満年齢を記す。

1902年(明治35年)4月、生誕
1915年(大正4年)3月、白金尋常小学校卒業=12歳
1915年4月、東京府立第一中学校入学=13歳
1920年(大正9年)3月、卒業。第一高等学校受験、不合格=17歳
1921年(大正10年)3月、父豊造没=18歳
1921年4月、第一高等学校文科丙類入学=19歳
1925年(大正14年)3月、卒業=22歳
1925年4月、東京帝国大学文学部仏蘭西文学科入学=23歳

1928年(昭和3年)3月、卒業=25歳


中学(今の日比谷高校)を出て、高校受験に一度失敗してゐる。

今で言へば大学受験失敗。で、一浪の末、19歳の年に高校(今で言へば東京大学)に入るのだが、直前に父が亡くなつてゐる。


成人前、大学前に父を亡くしたといふことは、よくよく考へる必要があらう。

母親思ひ、家族を食はす覚悟、さうした強さと優しさの源泉はこの経験にある。


で、1929年(昭和4年、27歳)に「様々なる意匠」だから、入団1年目で3割30本みたいなもの。


もつともすでに大学時代から翻訳や依頼原稿をバリバリ書いて、女を養つてもいた。

しかもスポーツもブリバリで、マンドリンなども弾く、かつ顔もいい、喧嘩も強いと、人間力がハンパでなかつた。

父の逝去の2年後に見舞われた関東大震災での復興尽力ぶりは、3.11の吉川晃司を思はせる。屈強な男である。さういふ男が文学をやつたといふのが、我々にとつては幸いだらう。世が世なら間違ひなくロックンローラーであつた。





by ichiro_ishikawa | 2018-05-18 09:50 | 文学 | Comments(0)