2018年 06月 21日 ( 1 )

 

リリー・フランキー小論


『おでんくん』『東京タワー』、そしてこの度の主演映画『万引家族』でのカンヌパルムドールにて、もはや超一流芸能人にまで上り詰めたリリー・フランキーだが、上り詰めた、成り上がつたといふ表現は、正確ではない。どころかむしろいちばんしてはいけない表現だ。
リリー・フランキーはいはゆる、成り上がるための努力は一切してゐないと思はれ、そこにこそリリーをリリー足らしめてゐる属性があるからである。

もちろん、人並みに向上心や、ビッグになりたい野心(矢沢を尊敬してもゐることは有名)はあるだらうし、努力だつてしてないことはないだらう。しかし、ここでいふのはさうした人並み程度の話ではなく、ガリガリと血眼でさうしたことをしてゐない、といふ意味である。

ふつう超一流芸能人になるためには、ガリガリと血眼で頑張つて、その上で運やらなんやらが入つてきた一部の人だけがそのステージに到達する。
さういふ、前提としての努力がリリーにはないから、上り詰めたといふ表現は不適当なわけだ。

リリーとの個人的な初接触は、1990〜91年ごろ。TBS深夜の『マージナルマン』に出演・構成してゐたのを見てはゐたのだが、当時はその風貌を知らなかつたため(基本、ウラの人だつた。実は今も)、その人をリリー・フランキーと同定したのは、エッセイスト、イラストレーターとして、洋楽誌『クロスビート』、情報誌『ぴあ』にて接した90年代前半であつた。
なるほど、比較的早くからのファンだつたと言へるが、『クロスビート』も『ぴあ』も当時すでに一流サブカル誌だつたし、深夜とは言へテレビ出演してゐるといふことは、リリーはそのずつと以前からどこかで活動をしてゐて、そこからの各大メディアへの抜擢であつたはずで、ボウイでいへば、デビュー後、ジギー前、のハンキードリーあたりで知つたといふことにならうか。

つまり何が言ひたいかと言へば、リリー・フランキーは、その初期から『おでんくん』『東京タワー』なみの作品をすでに書いていた、『万引家族』にも主演してゐた、といふことである。

初めから、何もしないでも、誰よりも頭がよく、誰よりも面白かつた。そして結果、カツコよかつた。
かういふ在り方の人間はたまに出てくる。前例で言へば、長嶋と矢沢だらう。巨人入団時から、キャロルデビュー時から、すでに長嶋は長嶋で矢沢は矢沢であつた。ただ2人と違ふ、決定的に違ふのは、リリーは天然ではないといふことだ。
この一点において、リリーは特異な存在である。
ゐるだけで成立する、その座が最高に面白いものになるといふこと、プラス、ツッコミや司会にも回れるといふ奇跡が、リリー・フランキーである。
これは天才といふ思考放棄のレッテルを貼らざるを得ない唯一の人間である。






by ichiro_ishikawa | 2018-06-21 16:01 | 文学 | Comments(0)