2019年 02月 26日 ( 3 )

 

松任谷由実 中期 1982-84(28-30歳)


1982〜1984年、28〜30歳の「松任谷由実 中期」は、アイドルへの楽曲提供期で、自身のシングル、アルバムも並行してリリースして行くが、霞む。

提供楽曲群がグンバツ過ぎるからである。

特に薬師丸ひろ子への「Woman」は歌謡曲史上1位である。




1982年(28歳)


1982年1月21日

松田聖子「赤いスイートピー」(作曲)



1982年4月21日

松田聖子「渚のバルコニー」(作曲)    



1982年6月21日

13thアルバム『PEARL PIERCE

(録音 1982年1月 - 5月)

ようこそ輝く時間へ/真珠のピアス/ランチタイムが終わる頃/フォーカス/夕涼み/私のロンサム・タウン/DANG DANG/昔の彼に会うのなら/消息/忘れないでね

キーボード: 松任谷正隆/ギター:松原正樹、鈴木茂/ベース:高水健司/ドラム:林立夫、島村英二/パーカッション:斎藤ノブ、浜口茂外也


1982年7月21日

松田聖子「小麦色のマーメイド」(作曲)




1983年(29歳) 


1月31日

インタビュー集『ルージュの伝言』(角川書店)


2月3日  松田聖子「秘密の花園」(作曲) 



2月21日  

14thアルバム『REINCARNATION』  

REINCARNATION/オールマイティー/NIGHT WALKER/星空の誘惑/川景色/ESPER(album version)/心のまま/ずっとそばに/ハートはもうつぶやかない/経(ふ)る時  

ドラム:林立夫/ベース:高水健司/キーボード:松任谷正隆/エレクトリック・ギター:安藤まさひろ、今剛、松原正樹、鈴木茂/アコースティック・ギター:瀬戸龍介、吉川忠英/パーカッション:浜口茂外也、斎藤ノブ、Pecker


4月21日

原田知世「時をかける少女」(作詞作曲)



7月25日

原田知世「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ」(作詞作曲)


8月25日

19thシングル「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ/時をかける少女


10月28日

松田聖子「瞳はダイアモンド」(作曲)



12月1日

15thアルバム『VOYAGER』  

ガールフレンズ/結婚ルーレット/ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ/青い船で/不思議な体験/ハートブレイク/TYPHOON/TROPIC OF CAPRICORN/私を忘れる頃/時をかける少女  

キーボード:松任谷正隆/ドラム:林立夫/ベース:高水健司/エレクトリック・ギター:松原正樹/アコースティック・ギター:瀬戸龍介、吉川忠英/パーカッション:斎藤ノブ



1984年(30歳)


2月1日  

20thシングル「VOYAGER〜日付のない墓標〜/青い船で」    


2月1日  

松田聖子「Rock'n Rouge」(作曲)  



4月21日

小林麻美「雨音はショパンの調べ」(日本語詞)   



4月28日

稲垣潤一「オーシャン・ブルー」(作詞作曲)



5月10日

松田聖子「時間の国のアリス」(作曲)  



10月24日

薬師丸ひろ子「Woman "Wの悲劇"より」(作曲)   



12月1日  

16thアルバム『NO SIDE』  

SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE/ノーサイド/DOWNTOWN BOY/BLIZZARD/一緒に暮らそう/破れた恋の繕(なお)し方教えます/午前4時の電話/木枯らしのダイアリー/SHANGRILAをめざせ/〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル   

キーボード:松任谷正隆/ドラム:林立夫/ベース:高水健司、Louis Johnson/エレクトリックギター:松原正樹、鳥山雄司/アコースティックギター:瀬戸龍介/パーカッション:斎藤ノブ、浜口茂外也



22歳で頂点を極め、20代半ばで不動の地位を築き、30前にして大ベテランのやうな仕事をしてしまつた。あとは余生ではないのか。




by ichiro_ishikawa | 2019-02-26 22:27 | 音楽 | Comments(0)  

松任谷由実 前期 part 2

では、1980年代をみてみよう。


1980年

3月20日、14thシングル「ESPER/よそゆき顔で」


5月21日  15thシングル「白日夢・DAY DREAM/ためらい」



1980年6月21日、9thアルバム『時のないホテル』。

c0005419_01382127.jpg

しかし、このアルバムには2枚の先行シングル「ESPER 」「白日夢・DAY DREAM」は収録されず、各B面の2曲「よそゆき顔で」「ためらい」だけが入るといふ変則的な構成となつてゐる。



いて、

8月5日 、16thシングル星のルージュリアン12階のこいびと

c0005419_01393904.jpg

10月10日、山下久美子への提供曲「ワンダフル Cha-Cha」(作詞) を挟み、

12月1日、10thアルバム『SURF&SNOW』リリース。

c0005419_01400659.jpg

これも先行シングルは、B面も含めて収録されない、コンセプトアルバムで、代はりに「恋人がサンタクロース」が入ることになる。





1981年

5月21日、 11thシングルとして、12インチEP『水の中のASIAへ』をリリース。

c0005419_01335795.jpg

ここまで、80年代に入つてから、低迷とは言はないが、楽曲は少し色褪せて見えるが、

6月21日、ビッグヒットとなつた17thシングル「守ってあげたい/グレイス・スリックの肖像」を放つ。

c0005419_01354252.jpg

続いて11月1日、18th「夕闇をひとり/A HAPPY NEW YEAR」

c0005419_01370190.jpg

同時に 12thアルバム『昨晩お会いしましょう』 (録音 1981年3月 - 9月)をリリース。

c0005419_01373215.jpg


ここに「松任谷由実 前期」は完結し、

80年ポップといふ新時代を作つた松田聖子への楽曲提供をはじめ、「裏方」と並行して、中期へ入つて行く。

(fin.)



by ichiro_ishikawa | 2019-02-26 22:12 | 音楽 | Comments(0)  

松任谷由実 前期 part 1


Cobalt Hour』(1975年)後、「あの日にかえりたい」(1975.10)「翳りゆく部屋」(1976.3)、そして「中央フリーウェイ」を含む『The 14th Moon(14番目の月)』(1976.11)と名曲、名盤を連発。その合間にも「『いちご白書』をもう一度」「まちぶせ」と人への提供曲でも次々と名曲を生み出すやうに、クリエイティビティの超充実が、1976年11月の松任谷正隆との結婚を経ても、引退することを阻み、1977年、23歳の年から、松任谷由実時代が幕を開けることになつた。



1977年は2枚のシングルをリリースした。


5月5日 、

8thシングル「潮風にちぎれて/消灯飛行」 


半年後の11月5日、

9thシングル「遠い旅路/ナビゲイター」

c0005419_01132387.jpg



ともに名曲である。

しかしこの年はアルバムは出してゐない。

代はりに本人は不本意なままレコード会社の意向で、12月25日、ベストアルバム『ALBUM』がリリースされてしまふ。前年6月にベストアルバム『YUMING BRAND』が出てまだ1年半である。このタイミングのベスト盤はおかしい。後に当人もこのアルバムを「最大の汚点」と自著『ルージュの伝言』(角川書店、1982年)で語つてゐる

結果、「潮風にちぎれて」「遠い旅路」もまたオリジナルアルバムには収録されないことになる。



明けて、1978年から、さらなる展開を見せる。

年2枚のアルバムリリース攻勢である。


3月5日 、10thシングル「ハルジョオン・ヒメジョオン/罪と罰」


と同時に、5thアルバム『紅雀』(録音 1977年9月 - 1978年1月)
c0005419_01161080.jpg

その4ヶ月後に、

7月20日 、11thシングル「入江の午後3時/静かなまぼろし」  



さらに10月5日 、12thシングル「埠頭を渡る風/キャサリン」   


と、当時のアイドル並みのクォーターごとのシングルラッシュが続き、

11月5日 、6thアルバム『流線形'80

(録音  1978年5月~1978年9月)

c0005419_01200544.jpg


1979年。

半年あいて6月20日、

13thシングル「帰愁/稲妻の少女」 

c0005419_01214140.jpg

7月20日 、

7thアルバム『OLIVE』(録音 1979年4月 - 6月)

c0005419_01222610.jpg
この『OLIVE』を最後に山下達郎がコーラスを退く。
ギターでは今作から今剛が登場する。



そして今度はシングル無しで間髪入れず、

12月1日、8th『悲しいほどお天気(The Gallery in My Heart)』 (録音 1979年9月 - 10月)をリリース。

c0005419_01234210.jpg

ここには名曲「DESTINY」が収録されることになる。

それまでのいかにも70年代的な時代の色合ひの楽曲群から、この「DESTINY」は、80年代的ポップを宣言するかのようなエポックメイキングな楽曲となつてゐる。



まとめると、

1977〜79年、23〜25歳、

松任谷由実は、ポップアートのセンスをもつて、ニューミュージックとしか言ひやうのない新しい音楽を、歌謡界に楔のやうに打ち込んでいつた。

当時、まだまだ演歌と歌謡曲ばかりの世にあつて、ゴダイゴやサザンオールスターズがデビューしてゐるが、この時期の松任谷由実は明らかに一線を画す独特のロック/ポップセンスを放つてゐる。


そして、1980年。松田聖子が4月にデビューし、山口百恵が引退する、歌謡界の変節点が到来する。

(続く)



by ichiro_ishikawa | 2019-02-26 21:26 | 音楽 | Comments(0)