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My GUITARHYTHM 布袋ファンセレクトベスト


布袋寅泰、10年ぶりのギタリズム、『VI』(2019年6月)のリリースを記念して、「My GUITARHYTHM 布袋ファンセレクトベスト」が発表され、Apple Music、Spotifyでプレイリストとして公開されてゐる。

『GUITARHYTHM』(1988年10月、26歳)から6曲、2枚組『II』(1991年9月、29歳)から4曲、『III』(1992年9月、30歳)から5曲、『IV』(1994年6月、32歳)から1曲、15年ぶりの『V』(2009年2月、47歳)からはゼロ。圧倒的に初期3作が人気といふ結果に。正確な評価だらうと思ふ。

俺は発掘的にロクシーミュージックのアンディ・マッケイをフィーチャーした「MILK BAR A.M.3:00」(『III』)に一票を投じた。

『GUITARHYTHM』はBOØWYの布袋ビートを完全抽出した一作で、同時期リリースの氷室ファースト『Flowers for Algernon』が

説明

BOØWYの布袋ビートから遠く離れようとした一作だつたので、それらを足すと

説明

BOØWYとなる(当たり前?)、といつたものだつた。
COMPLEXを挟んだ『II』は「とにかく俺がやりたいこと」をぶちまけた大作、『III』はワイルド、『IV』はポップ。ポイズン、スリル、バンビーナを経てのギタリズム回帰『V』は大御所ロック。


ところで、俺が独断でプレイリストを作ればかうならう。客観的な条件として、「GLORIOUS DAYS」で始まらねばならず、第2部は「BEAT EMOTION」で幕を開ける必要がある。そして、「MILK BAR A.M.3:00」〜「サレンダー」と繋がねばならない。


GLORIOUS DAYS

MATERIALS

WAITING FOR YOU(以上、GUITARHYTHM、1988)

BEAT EMOTION

NOT FOR SALE(以上、II、1991)

EMERGENCY feat. Neal X

ELECTRIC WARRIOR feat. Mike Edwards

I'M FREE feat. Chris  Spedding

LONELY★WILD

WILD LOVE

MILK BAR A.M.3:00 feat. Andy Mackay(以上、III、1992)

サレンダー(IV、1994)

BEAUTIFUL MONSTERS feat.LOVE(V、2009)



最高傑作は「WILD LOVE」。

山下久美子への痛切なるラブソング。



WILD LOVE

(GUITARHYTHM llI)

作詞・作曲:布袋寅泰


何度お前を傷つけただろう?
最後の恋と誓った俺が…
醜い悪魔の DESIRE
言いなりに堕ちる DESIRE

偶然さえも 二人を呪い
全てがうまくいかなくなった…
心を裏切る DESIRE
絆を切り裂く DESIRE

OH! BABY もう二度とあの頃には
戻れないんだろうね俺達
あまりにも愛し愛されて
壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE

OH! BABY もう少し時間があれば
判りあえてたかもしれないね
あまりにも愛し愛されて
壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE

壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE
WILD LOVE…



by ichiro_ishikawa | 2019-06-06 20:33 | 音楽 | Comments(0)  

BOØWYの6年は実は長かつた


たつた6年間、わずか6枚のアルバムを残し、
とよく言はれるが、ロックバンドとして、これはそこそこ長いといふのが正確ではないか。

氷室目線でいえば、まづ高校を出てから(1979年)暴威/BOØWY結成(1980〜81年)まで数年あるし、ファーストアルバム『MORAL』(1982年3月、レコーディングは1981年5月から)まで、さらに1年。セカンド『INSTANT LOVE』のリリースは紆余曲折を経ての1983年9月である。
さらにユイ音楽工房、東芝EMIと契約したのが1984年。サード『BOØWY』が1985年2月からベルリンのハンザスタジオで録音され、リリースは6月で、セカンドからは2年近くかかつてゐる。

一般の人生に置き換へれば、高校卒業後、大学に進んだ人間が学部の4年間(1979〜82)にバンドを渡り歩いてなんとか1枚のアルバムリリースにこぎつけ、土台が整ひ完成版を出すまでに、さらに卒業後3年を費やしたことになる。なかなかの苦労人と言へよう。

実はこの1985年、サード『BOØWY』で一旦完成なのである。高校卒業から7年。氷室は25歳になつてゐた。
そして翌1986年、4th『JUST A HERO』を放つた時が完成からのさらなる跳躍で、バンドとしてここが頂点であつた。その後、矢継ぎ早に同年秋に放つた『BEAT EMOTION』は余技であり、それがレコード大賞優秀アルバム賞を受賞するなど商業的な成果を見せたことも相まつて半ばポップバンドの使命的に、ボーナスとしてリリースしたのが翌1987年のラストアルバム『PSYCHOPATH』なのであつた。

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つまり、『JUST A HERO』で完結してをり、本来そこで解散してもよかつたものを2年も延ばして2作もボーナスアルバムを作つたのである。
その精力的なライブ活動ももちろん踏まへて、リアルタイムでその軌跡を振り返つてみると、自然と上述のやうに考へられるゆゑ、BOØWYは長命バンドであつたとさへ言つても過言ではない。

氷室はその後、『Flowers for Algernon』(1988)、『Neo Fascio』(1989)『Higher Self』(1991)『Memories of Blue』(1993)の4作、布袋は『GUITARHYTHM』(1988)からCOMPLEXの2年2作を挟み(1989〜90)、『GUITARHYTHM II』(1991)、『III』(1992)、『IV』(1994)で、ソロデビューから完結までをみるわけである。
ともに1995年以降は遺産ーーあまりにも莫大なーーで食ひつないでいることは否めない。ただ、その後も氷室は『MISSING PIECE』(1996年)、『I・DE・A』(1997年)、『MELLOW』(2000年)、『Follow the wind』(2003年)、布袋は『King & Queen』(1996年)、『DOBERMAN』(2003年)、『GUITARHYTHM V』(2009年)と、傑作も残してゐる。そこがやはり凄い。




by ichiro_ishikawa | 2019-06-05 22:53 | 音楽 | Comments(0)  

ナイル・ロジャーズ&バーナード・エドワーズ ベスト5

ナイル・ロジャーズのギターとバーナード・エドワーズのベース、プロデュースがいい曲ベスト5



Chic
Le Freak
1978年


Chic
Good Times
1979年



ダイアナ・ロス

アップサイド・ダウン

1980年



デイヴィッド・ボウイ

レッツ・ダンス

1983年



デイヴィッド・ボウイ

チャイナ・ガール

1983年



デイヴィッド・ボウイ

モダン・ラヴ

1983年



マドンナ

ライク・ア・ヴァージン

1984年



マドンナ

マテリアル・ガール

1984年



デュラン・デュラン

007 美しき獲物たち(A View To A Kill)

1985年



 ロバート・パーマ-

「恋におぼれて(Addicted To Love)」

 1986年






by ichiro_ishikawa | 2019-05-28 01:03 | 音楽 | Comments(0)  

1985を象徴する人物ベスト5

やはり何だかんだ言つて1985だらう。
1985を象徴する人物ベスト5。


主要出来事

1985年3月17日〜9月16日

つくば万博(ジャッキーチェン)



4月17日

巨人戦阪神甲子園球場にてバース、掛布、岡田がバックスクリーン三連発を記録。



1985年8月12日

日本航空123便墜落事故


1985年9月22日

プラザ合意




主要映画

全て封切り時に映画館にて観てゐたことが発覚。毎週数本観てゐる。千葉は二本立てだつたのも効いてゐる。金は親に借りた。親は高利貸しから借り、のちに破産。



2月2日

アマデウス


2月9日

ユー・ガッタ・チャンス

プリンス/パープル・レイン

ミツバチのささやき


2月16日

ベスト・キッド


3月2日

コットンクラブ


3月16日 

ネバーエンディング・ストーリー

デューン/砂の惑星


3月23日

皇帝密使


4月27日

ビバリーヒルズ・コップ

シティヒート 


5月25日

ターミネーター


6月1日

フェノミナ


6月15日 

プロテクター


6月22日 

刑事ジョン・ブック 目撃者


6月29日

マッドマックス/サンダードーム


7月6日

ポリスアカデミー2 全員出動!

007 美しき獲物たち


7月20日

ビルマの竪琴


8月3日

ランボー/怒りの脱出

ビジョン・クエスト/青春の賭け


8月10日

香港発活劇エクスプレス 大福星


8月31日

キリング・フィールド 


9月7日

パリ、テキサス


12月7日

バック・トゥ・ザ・フューチャー

グーニーズ


12月14日

野蛮人のように

ビー・バップ・ハイスクール

コクーン

コーラスライン

ポリス・ストーリー/香港国際警察



ここから本題。

第8位

中森明菜

明菜は特に1985といふわけではないが、この年にレコード大賞受賞、また聖子結婚による引退で一人勝ちとなつた年といふことで。


1985年3月8日

ミ・アモーレ




第7位

斉藤由貴

デビューでいきなり最高傑作といふ。


1985年2月21日

卒業




第6位

C-C-B

いかにも1985。


1985年1月25日

Romanticが止まらない




第5位

おニャン子クラブ

1985年4月の「夕焼けニャンニャン」スタートは衝撃的で象徴的だつた。


1985年7月5日

セーラー服を脱がさないで




第4位

小泉今日子

明菜一強時代に、吉川チェッカーズと共に破天荒アイドルとして楔を打ち込んだのが1985の小泉。要は、アイドルが舞台裏を明かすやうになつた。当時の女子中高生は全員この髪型に。


1985年4月10日

常夏娘



1985年7月25日

魔女



1985年11月21日

なんてったってアイドル



第3位

とんねるず

1985年9月5日

雨の西麻布



第2位

チェッカーズ

1985年3月21日

あの娘とスキャンダル





第1位

吉川晃司

1985年1月11日

You Gotta Chance



1985年4月23日

にくまれそうなNEWフェイス



1985年9月25日

RAIN-DANCEがきこえる



1985年の大晦日に吉川がギターを燃やしてステージに叩きつけ、1986年2月にボウイが「わがままジュリエット」をリリースし、ロックの時代へと完全にシフトする。や


by ichiro_ishikawa | 2019-05-26 00:22 | 音楽 | Comments(0)  

聴き比べ ユーミン×長渕剛

DANG DANG 松任谷由実



だんだんだん 長渕剛



by ichiro_ishikawa | 2019-05-22 18:41 | 音楽 | Comments(0)  

ジャズ演奏中の頭のなか


ジャズは適当に感覚の赴くまま弾いてるのかと思つたらいろいろ考へられてゐることが発覚した。
といふか感覚を言語化してみたといふべきか。



by ichiro_ishikawa | 2019-05-21 09:47 | 音楽 | Comments(0)  

ユーミン楽曲 ベスト5オブザベスト

ユーミンの曲は大部分がものすげえが、ベスト5オブザベストは、最終的にはかうなるだらう。

5位 Pearl Pierce (1982)

ライブは生つぽくていいが完成度はやはりスタジオ版。




4位 翳りゆく部屋(1976)


3位 中央フリーウェイ(1976)


2位 雨の街を(1973)

これでは「だーれかー、やさーしくー♪」の部分が裏声になつてゐるが、さうならないレコードバージョンがヤバい。「やさしく」の「さ」に悶死必至。



1位 Woman Wの悲劇より(1984)
なんと1位を惜しげもなく人に提供してしまふのであつた。太つ腹である。

秀逸な解説。


by ichiro_ishikawa | 2019-05-20 23:23 | 音楽 | Comments(0)  

ズージャと俺

ジャズがわかつたのは30をとうに過ぎたころだつたか。それまでは、なんかダセエな、つまらんな、雰囲気ものだな、イージーリスニングだな、とわかつた風に見切つてゐた。つまり、「もつとロックに演れないものかね」。

まるで、寿司を食つて、こんなのカレーじやねえ。と言つてゐたやうなものだ。

寿司は寿司なのであつた。こんな当たり前のことに気づくのに相当な時間を要したといふのは滑稽なことだが、さういふことはある。

ジャズはロックではない。むしろ対極にある。といふことに気づいたときがジャズがわかつた瞬間だ。一番の違いはドラム、次にベース。つまりリズムだ。ビートだけでなく音色も違ふ。次に、ギターやサックス、ピアノなどの上物の音階。ロックでは絶対使はない音の連なり。
あとは、ソウルでなく技術を聴かせるといふ、そもそもの意図が異なる。名演あれど名曲なしといふ。演奏技術に眼目が置かれてゐるので、曲自体はどうでもいいといふか、なんでもよく、大抵スタンダードナンバーが選ばれる。落語のやうなものか。何を演るかでなく、どう演るか。
そして最後にアドリブ、即興である。インタープレイも含まれる。元曲をどうアレンジするか、どう構築するか、どう演者同士が響き合ふか。

さうしたジャズが目指してゐるものが分かり、それはロックが内包するもの目指すものとは全く違ふものだつた、といふことに気づいたとき、ジャズの魅力を味わへるやうになつた。
これを、わかつた元年としてゐる。西暦にして2005年ごろか。

しかし、てめえ自身が技術的にジャズを演れないためもあつてか、本当の細かいところはわかつてゐない。高度な音楽理論と、それを聴き分ける耳がないと、本当にわかつたことにはならない。ただ、わかつたことにはならないとわかつてゐることが救ひか。

だから、ウェスモンゴメリー、ジョーパス、パットメセニー、ジョンスコフィールド、マイクスターン、パットマルティーノ、バーニーケッセル、ケニーバレル、などなど好きなギタリストはあまたゐても、全部ほぼ同じに聴こえる。他の楽器もしかり。体系的なことも理解してゐない。
理解できるのは、それぞれの生年や出自ぐらい、つまり人となりの表層。これは伝記好きが高じてのものである。伝記には音楽的特徴もよく書かれてゐるが、使用されてゐる音楽用語がよく分からず、音として実感できない。だからヤク中だつたとか、神童だつたとか、バークレーで学んだとか独学だとか親指だけで弾いてゐるとか、どこそこのバンドにゐたとか、監獄にゐたとか周辺情報だけだ。

それでもいまは十分満足してゐる。ただ聴いてゐて心地良い。しかし前述のやうな細かい(ジャズプロパーにとつては大きな)違ひが分かれば、さらに深い森へと入つていけるのだらうし、行きたくもある。経験的に演奏に挑戦してみるのが一番良いと思ふのだが、ギター歴30年にしてEmをストロークするところで止まつてゐるので絶望的だ。1ミクロンも弾ける気がしない。

とまれ、カレーに飽きると寿司が食いたくなるといふことがある。逆もある。
いまはゲスとユーミンばかり聴いてゐた反動でパットメセニーばかり聴いてゐる。



by ichiro_ishikawa | 2019-05-20 02:53 | 音楽 | Comments(0)  

25 Essential Jazz Soundtracks You Should Own(転載)

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25 Essential Jazz Soundtracks You Should Own

From the first talkie to modern films such as ‘Whiplash’, jazz and the movies have had a fruitful relationship. Here are 25 of the best jazz soundtracks.

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by ichiro_ishikawa | 2019-05-07 00:23 | 音楽 | Comments(0)  

10 Great Adam Yauch Musical Moments(転載)

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10 Great Adam Yauch Musical Moments

The Beastie Boys rapper and bassist would have turned 53 on August 5th.

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The Beastie Boys in 1993.

Martyn Goodacre/Getty Images


Adam “MCA” Yauch was the oldest member of the Beastie Boys and, in many ways, both the creative and spiritual center of the group. As they pivoted from the bratty white rap trio that gave hip-hop its first Number One album, 1986’s Licensed to Ill, to the socially conscious, genre-bending group that championed the Free Tibet Movement, it was Yauch – a practicing Buddhist and vegan – who was most vocal in leading the charge. He played bass both in the Beasties’ early incarnation as a hardcore punk band and in its later funky instrumental explorations, and directed many of the band’s eye-popping videos under the alias Nathaniel Hornblower. When cancer took Yauch’s life in 2012, his bandmates Mike Diamond and Adam Horovitz closed the book on the Beastie Boys story. 

This year, Yauch would have turned 53 on August 5th – which is also the anniversary of the band’s first show as the Beastie Boys in 1981, a house party for Yauch’s 17th birthday. Here are 10 of his most inspired moments in the group’s catalog. 


Paul Revere (1986)


The Beasties eventually shied away from some of their early material which was often immature and misogynistic. But “Paul Revere,” a wild and freaky origin story off Licensed to Ill, remained a staple of their repertoire until Yauch’s final show at Bonnaroo in 2009. MCA’s verse, one of several he tossed back and forth between him and his two bandmates, was as much an introduction to his gravelly voice and funky flow as his outsized persona. “Now, my name is MCA, I’ve got a license to kill/I think you know what time it is, it’s time to get ill.” “Yauch was coming from this other place, this gruff thing,” Michael Diamond told Rolling Stone. “When we were 19 or 20, he sounded like a gruff 40-year-old. He was kind of the Bobby Womack of rap.”

3-Minute Rule (1989)


A beat made partially from a bouncing ping-pong ball, this mellow head-nodder finds Adam Yauch in the menacing mode he had adopted in the Beasties’ early rap records – taking a Mother Goose rhyme like “Roses are red/The sky is blue” and winding it up by boasting about pressing a gun barrel to your neck. Yauch – once an avid gun nut – however, would soon denounce violence. The line about chillin’ like Bob Dylan wasn’t just made for rhyme’s sake. “‘Chillin’ with Bob Dylan?’ Yeah, we were,” producer Mario Caldato, Jr. told Rolling Stone. “We went to a Christmas party Dolly Parton had at her house. There were all these celebs, and there was Bob Dylan! We were like, ‘Fuck, let’s spark a joint. So we sparked a joint with Bob!'”


B-Boy Bouillabaisse – d. A Year and a Day (1989)


Nestled in the heart of the 12-minute “B-Boy Bouillabaisse,” this deliriously funky Paul’s Boutiquedeep cut doubles as an Adam Yauch solo joint. Fearlessly speeding up the famous “When the Levee Breaks” break and chopping up the searing guitar solo from the Isleys’ “Who’s That Lady,” Yauch rhymes: “I see myself as clear as day/And I’m going to the limits of my ultimate destiny,” revealing a budding philosophical edge that would soon inform the rest of his rhymes. “When we were in Los Angeles, doing Paul’s Boutique, [MCA] got this crazy apartment in Koreatown and he made ‘A Year and a Day,'” Ad-Rock told Rolling Stone in 2012. “What happened to the three of us together and all that crap? But I heard that track, and it was some heavy shit. He rapped his ass off. Adam bought a jet pilot’s helmet, rigged it with a microphone and recorded the song wearing that helmet.” 
























Pass the Mic (1992)


“Pass the Mic” was the first single to be released off 1992’s Check Your Head. It was also the most clear indication that for all his previously embodying the raucous party-boy in the group’s early days, Yauch now felt hip-hop was principally a vehicle for self-expression and unburdening oneself. He raps: “If you can feel what I’m feeling then it’s a musical masterpiece/If you can hear what I’m dealing with then that’s cool at least/What’s running through my mind comes through in my walk/True feelings are shown from the way that I talk.” Around the time of recording the song, Yauch had returned from a trip to India and began seeing a holistic healer named Quentin Rodemeyer who helped him quit drugs and alcohol and tap into his spiritual self. “He was just ready to make some changes,” Rodemeyer told Rolling Stone, “and he jumped into it with this courage and this strength and dedication to changing his life. I think it was a feeling inside of him that there was a need to grow past where he was.”


So What’cha Want (1992)


MCA’s voice stood out among the other Beastie Boys, booming and hoarse. And the contrast between their voices was often used to great effect on songs like “So What’cha Want,” where the mic gets passed every four bars. The third verse reaches its climax when Mike D passes the mic one more time to MCA, who gets hyper and breathless with an epic burst of trash talk: “If you’re hot to trot, you think you’re slicker than grease/I’ve got news for you crews, you’ll be sucking like a leech.” 


Namasté (1992)


The blissed-out closer for Check Your Head, this smoked-out, space-y dub-jazz joint features MCA delivering lines like a Beat poet rather than streetwise New York MC. Opening with an allusion to Taoist philosopher Chuang Tzu and his thoughts on the nature of reality, Yauch muses about butterflies and says things like, “I feel this reality gently fade away/Riding on a thought to see where it’s from.” The Tibetan mindset that briefly peeked through on his lines on Paul’s Boutique bursts into full bloom here and would continue to inform his and the band’s mindset. From organizing concerts for a Free Tibet to fighting violence and misogyny, Yauch took a wider view of his own celebrity and of life on this earth. 


Sabotage (1994)


Perhaps Adam Yauch’s finest moment as a bass guitarist in the Beasties’ rock trio configuration, “Sabotage” careens around his big greasy riff. “Yauch came in one day with this idea for a song where the fuzz bass keeps playing and we would do all these hits and stops to bring like suspense and drama,” Adam Horovitz recalled in the liner notes to 1999’s Beastie Boys Anthology: The Sounds of Science. The hard rocking track was a favorite of Chris, a person Horovitz says ran Tin Pan Alley Studios. His reaction to the song inspired its working title and motivated the band to add vocals to the jam. “We didn’t know what to do with it, so we called it ‘Chris Rock,’ and for like a year it was just an instrumental.”

Sure Shot  (1994)


“Sure Shot” was the freewheeling flow clinic that opens 1994’s Ill Communication. MCA, then 29, let on a few signs that older, wiser Beastie Boys had arrived. At one point, he pokes fun at his own gray hair, and later he clears the air with an explicitly feminist stanza: “I want to say a little something that’s long overdue/The disrespect to women has got to be through/To all the mothers and sisters and wives and friends/I wanna offer my love and respect to the end.” It was a striking contrast from the Beasties’ lewd lyrics of the Eighties, a deliberate one. 

“There was a time when we would joke around and say things that were disrespectful of women and think that was funny, or that it wouldn’t hurt anybody, or that it would be taken with a grain of salt,” Yauch said in 1997 to Tricycle. “Then it became clear that that wasn’t the case, and we had to go through the process of taking a step back and realizing how those things affect other people.”

adam yauch music moments beastie boys

I Don’t Know (1998)


Although Beastie Boys’ later records featured a wealth of mellower instrumental moments, it was rare to hear any member of the trio lower their voice below a shout. 1998’s Hello Nasty, however, offered a surprisingly hushed turn from Adam Yauch, who sang the bossa nova ballad “I Don’t Know” with backing harmonies from Cibo Matto’s Miho Hatori.

An Open Letter to NYC (2004)


He spent nearly 20 of his final years living in Los Angeles, but New York City played a profound role in Yauch’s musical education. After switching from a private Brooklyn high school to a more experimental one in Manhattan, a then-teenage Yauch dove headfirst into the hardcore punk scene and rowdy nights at Rock Lounge and Danceteria. It was also where he and Diamond first saw Black Flag perform a formative show at the Peppermint Lounge. On 2004’s To the 5 Boroughs, the rapper opened up about his affection for his native city, alluding to the 9/11 terrorist attacks.


by ichiro_ishikawa | 2019-05-05 11:33 | 音楽 | Comments(0)