カテゴリ:文学( 299 )

 

追悼 加藤典洋


『9条入門』(創元社、2019年)を電車の中で読んでゐたまさにその時、その著者加藤典洋の訃報に接した。
この数週間ずつと本書を繰り返し読んでゐた。奇しくも先日は加藤の故郷山形への往復に当たつてゐた。ちなみにBGMをユーミンからインストのパットメセニーに変へてゐたのはこのためである。
71歳。数少ない「無条件で買ふ」文筆家であつた。

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湾岸戦争時、多くの人が平和憲法の存在を理由に「反戦」の声をあげる中、

そうかそうか、では平和憲法がなかつたら反対しないわけか
(『敗戦後論』1997年)

と誰よりも強力に平和憲法の価値を見据えた。

敗戦直後の、

利口な奴はたんと反省するがよい。私は馬鹿だから反省なぞしない
(「コメディ・リテレール・小林秀雄を囲んで」1946年)

といふ小林秀雄に近いアイロニー。




by ichiro_ishikawa | 2019-05-22 20:41 | 文学 | Comments(0)  

詩について


詩といふものは、古代の祝詞、和歌から現代詩にいたるまで、洋の東西を問はず、連綿と歌われ続けてゐる。よく朗読会、ポエトリーリーディングなるものもあり、たまに行く。

そこでは大抵、ドラムとギターが欲しくなるのであつた。物心ついた瞬間からポップミュージックに出会つてしまつた俺は、もはや詩の朗読に耐えられない。
言ひ換へれば、ポップミュージックがあれば現代詩はいらない。ボブ・ディランの秀逸な歌詞は、その価値の半分を音楽に拠つてゐる。

それでも現代詩は生まれ続けてゐる。
しかしポップミュージックを凌駕する詩に出会ふことは簡単ではない。

楽器による伴奏を必要としない、それ自体が韻律を内包し、活字といふ形においてこそ真価を発揮するもの、さういふ現代詩が渇望される。


by ichiro_ishikawa | 2019-05-20 19:58 | 文学 | Comments(0)  

青年と中年


自分が青年時代であつた頃のことを思ふと「青年時代は不愉快だ」といふゲーテのことばが、実に真実を語つてゐると感じられる。壮年になつてもつと愉快になつたわけではないが、少なくとも青年時代よりはウソのつき方もうまくなつた。青年時代は、イバラの森を裸で歩いてゐるやうなもので、生傷の絶え間がなかつた。着物を着ればよささうなものを、あらゆる着物は虚偽だと信じてゐたから、裸でゐるよりほかはなかつた。そして青年時代の唯一の誇りは「自分は決して人に理解されない」と信じてゐたことだ。
だから、青年の気持ちはわかる、とか、学生諸君の気持ちはわかる、とか言ひ暮らしてゐるお人よしの大人たちを見ると「可哀想に。かれらの唯一の誇りまで奪はうとするなよ」と忠告してやりたくなる。
かういふ点では、今も昔も、青年といふものは格別に変はつたわけではないのである。

発掘原稿「現代青年論 〝弱い父親〟への反逆」三島由紀夫(1969年「京都新聞」「新潟日報」「北國新聞」など。全集未収録)
「新潮」2019年5月号より抜粋


ここで言ふ青年とは、三島の時代から20年後に、長渕剛「お家へかえろう」(1990)において「敗戦直後に生まれた40代は、つまらねえ日本的資本主義を作っちまった」と歌はれた、『Live '89』において「誰それがくっついた、はなれたのってニュースでやってる」「いい歳こいた四十過ぎのおっさん」と語られた、いはゆる団塊の世代。

彼ら「青年」は、中年になつたとき、自らが「あんなおつさんにだけはなりたくない」と指した、まさにそんなおつさんになつてゐた。

そして、新人類から、バブル世代、団塊ジュニア、ロスジェネ、悟り世代、そして現在の平成くんまで含めて、その時々の青年は、必ず「自分は決して人に理解されない」との誇りをもつて不愉快で、のちに例外なく「今時の若者は」「俺が若い頃は」と漏らす中年に成り下がる。

それは、なぜか。人生の重力。
扱ふべきテーマはこれであらうと考へてゐる。



by ichiro_ishikawa | 2019-05-03 15:01 | 文学 | Comments(0)  

ユーモアといふこと

人間にとつて、もつとも重要かつ必要なのは金でも名誉でも健康でも芸術でもない。
何だかんだ言つて、ユーモアである、
といふことに思ひ至つてゐる。

ユーモアがあればあらかたうまくいくのではないか。生老病死といふいはゆる四苦、細かくは人の世でのあれこれといつたもの。これらから逃れる術はないが、ユーモアをもつてすれば、乗り切れる。

たとへば他者と大げんかし罵詈雑言を浴びせあつてしまつても、その文言がもしものすげえおもしろいものであつたら、結果、和解できるのではないか。
臨終間際に、ものすげえおもしろいことを思ひついたら、幸せな死を迎へられたことにならないか。

ボルヘスのエッセイ集『続審問』を読んでゐて、さう思ひ至つた。
たとへばオスカー・ワイルドを形容する文はかうだ。

ネクタイと比喩で人を驚かさうといふくだらない目的に身を捧げた紳士


ことの最後に決定的な言葉を口にするために存在する人物



とてつもなくつらいことがあつたとき、この言葉を思ひ浮かべると、苦悶の表情は薄ら笑ひに変はるだらう。





by ichiro_ishikawa | 2019-04-25 11:14 | 文学 | Comments(0)  

年表と俺


なぜ暇さへあればウィキペディアを読んでゐるか。なぜそれらをエクセルにコピペしては年表を作つてゐるか。さらには、異なる2つの年表をドッキングさせて対照年表を拵へてゐるのは何故か。今回はその訳に迫らむとす。


若い頃は、

情報などいらぬ、その人の「考へ」を読みたい。

と思つてゐた。批評を欲してゐたと言つてもよい。


それが近年は、

人の考へなど読むに堪えぬ、客観的データが欲しい。

に変はつた。対極に振れた。批評に飽きたのではない。客観的データこそが批評だ。さう思ふやうになつた。


たとへば何度目かの再評価の機運が俺の中で高まつてゐるバッファロー・スプリングフィールド。

昔だつたらバッファローを「論じた」文献を漁つてゐたところだらう。それが今回の再評価に際しては、同じ漁るにしても、レコーディングデータを、である。  いつ、誰が、どんなメンバーで、何をどう録音したか。いつミックスなりマスタリングなりをし、いつリリースしたか。どう受容されたか。あはせてその時の生活実態や社会状況はどんなものであつたか。


つまり詳細年表である。

しかしなかなかこれが手に入らない。したがつて断片を集めては、手前で構築していくといふ次第となる。


この詳細年表の作成が、批評である。正確には、批評の萌芽である。詳細年表を眺めながら、その音源を全身を耳にして聴いてゐると何かが浮かび上がつてくる。このとき、批評の可能性といふものを知るのである。



by ichiro_ishikawa | 2018-11-20 18:51 | 文学 | Comments(0)  

生きづらいとは何か

「生きづらい」といふ言葉をよく見聞きする。
日本在住30年のある外国人の詩人が、昔は「世知辛い」だつたと言つてゐるのを又聞きし、ははあんと思つた。

詩人の意図とは違ふやうだが、この発言の部分だけを見て、なるほどと腑に落ちた。
以前は「社会は、人の世は」世知辛い、と言つた。
今は「わたしは」生きづらい、となる。
把握の主体が違ふのである。
事態は変はらないのだが、つまり以前は、わたしから一旦離れたところで、世間といふものは、といふやうに社会の風景として把握してゐたのが、今はそれぞれのわたしの個人の問題として、嘆かれる。

この微妙な違ひは、興味深い。
社会といふものは、と三人称小説のやうな神の視点で悠長に世を観察してゐる場合ではなくなつた。社会自体が複雑多様化してゐるのでひと言で括れない。
また、一方で、グローバリゼーションにより世界共通規格のやうなものが敷かれ、そこにまた複雑多様化した個人との摩擦係数が高まり、個人のなげく声が高く強くなつてゐると言へる。
俺が生きづらい。どうしてくれよう。俺が。
世が悪い。俺がもつと生きやすいようにしてくれ。俺が。俺が。俺が。
行間で言はれてゐるのは、他の人はどうでもよい、他の人のことを考へられる状況ではない。
俺、俺、俺。

そんな気がする。

その切迫度に違いはあれど、いつの時代も誰だつてそれぞれの持ち場で生きづらい。誰かがあるところで生きやすいとき、その同じ場所で生きづらい人がゐる。その生きづらい人が生きやすい場では、別のある人は生きづらい。そんなものではないか。
とすれば、世知辛いの方が、視野が広く、全体の幸福を目指してゐるやうな気がする。


小林秀雄はかういふことをどこかで書いてゐた。

不安だと言つてゐる人はいつもいつも自分のことばつかり考へてるんですよ。人の世話をしたらいい。不安だなど言つてる場合ではなくなります。



by ichiro_ishikawa | 2018-11-16 10:31 | 文学 | Comments(0)  

Richie Furay 名唱集


Go and Say Goodbye

(Stephen Stills)

Lead Vocal:Richie Furay & Stephen Stills



Sit Down, I Think I Love You

(Stephen Stills)

Lead Vocal:Richie Furay & Stephen Stills



Nowaday Clancy Can't Even Sing
(Neil Young)


Flying on The Ground Is Wrong
(Neil Young)


Do I Have to Come Right Out and Say It
(Neil Young)


Hung Upside Down

(Stephen Stills)

Lead vocal: Richie Furay (verses), Stephen Stills (choruses).



Sad Memory


On The Way Home
(Neil Young)


It's So Hard To Wait
(Neil Young & Richie Furay)


Merry-Go-Round


Kind Woman


First Love












by ichiro_ishikawa | 2018-10-29 00:14 | 文学 | Comments(0)  

陰影礼賛


忖度といふ言葉のバリューが貶められてネガティブな言葉として流布してゐるが、元来、ネガもポジもない、どちらかと言へば、よい意味合ひで使ふ言葉である。

グローバル化、インターネット社会になり、
やれガバナンスだ、コンプライアンスだと喧しいものだから、何でも蚊でも必要以上に白黒つけたり、可視化したり、言質を取つたりしなければならない現代だが、
グレーとかグラデーションとか、阿吽の呼吸とか以心伝心とか口伝とか、機微とか侘び寂びとか、間(あはい)とか、さうした、日本人が長い年月をかけて育んできた「ようマニュアル化せん、ものごとの陰影」のやうなものも、一方で大事だ。
いはゆる人間力とは、この一点にかかつてゐると言つてもよい。
それこそかうしたことは、世の中といふ実地に学ぶしかなく、文学、とりわけ詩歌を味はふことで身につく類のものであらう。これを身につけでは、忖度といふ高度な文化の実践も覚束なくなるのは当然である。

経済、社会がグローバルになればなるほど愈々、文化は個を掘り下げた方がいい。教育における文学軽視は、文化と経済を混同しての愚策であらう。

そんな中、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』が映画化。
主演は国木田独歩の玄孫、国木田彩良。
原作も売れてゐると聞く。
陰影を礼賛するのはよいことだ。



by ichiro_ishikawa | 2018-10-12 15:13 | 文学 | Comments(1)  

中島岳志著『保守と大東亜戦争』


中島岳志著『保守と大東亜戦争』読了。

良書。


序章が詳しいまとめになつてゐて、

第1〜4章で具体を証し、

終章で改めてまとめる、

といふ、読み返さずとも一読で内容が整理、定着するといふ構成もよい。


内容の骨子は、

保守とは、右でも左でもなく、

自身の不完全性を認め、伝統や良識を信用し、

時代や時局に即した漸次的改革を求めていく、

といふ中庸の精神のこと。

かうした保守は、

戦中の軍国は無論、戦後左派、その反動的ナショナリズム、全てを同根のものと否定する。


おそらく小林秀雄の

歴史、常識についての考へ、

無私、中庸の精神の重要といつたことと

同じことを言つてゐる。


すごく当たり前のことだが、

人はえてして当たり前に耐えられず、

極端に傾く。

保守とは、当たり前を保ち守らんとする能動的な動きである。






by ichiro_ishikawa | 2018-08-18 10:12 | 文学 | Comments(0)  

リリー・フランキー小論


『おでんくん』『東京タワー』、そしてこの度の主演映画『万引家族』でのカンヌパルムドールにて、もはや超一流芸能人にまで上り詰めたリリー・フランキーだが、上り詰めた、成り上がつたといふ表現は、正確ではない。どころかむしろいちばんしてはいけない表現だ。
リリー・フランキーはいはゆる、成り上がるための努力は一切してゐないと思はれ、そこにこそリリーをリリー足らしめてゐる属性があるからである。

もちろん、人並みに向上心や、ビッグになりたい野心(矢沢を尊敬してもゐることは有名)はあるだらうし、努力だつてしてないことはないだらう。しかし、ここでいふのはさうした人並み程度の話ではなく、ガリガリと血眼でさうしたことをしてゐない、といふ意味である。

ふつう超一流芸能人になるためには、ガリガリと血眼で頑張つて、その上で運やらなんやらが入つてきた一部の人だけがそのステージに到達する。
さういふ、前提としての努力がリリーにはないから、上り詰めたといふ表現は不適当なわけだ。

リリーとの個人的な初接触は、1990〜91年ごろ。TBS深夜の『マージナルマン』に出演・構成してゐたのを見てはゐたのだが、当時はその風貌を知らなかつたため(基本、ウラの人だつた。実は今も)、その人をリリー・フランキーと同定したのは、エッセイスト、イラストレーターとして、洋楽誌『クロスビート』、情報誌『ぴあ』にて接した90年代前半であつた。
なるほど、比較的早くからのファンだつたと言へるが、『クロスビート』も『ぴあ』も当時すでに一流サブカル誌だつたし、深夜とは言へテレビ出演してゐるといふことは、リリーはそのずつと以前からどこかで活動をしてゐて、そこからの各大メディアへの抜擢であつたはずで、ボウイでいへば、デビュー後、ジギー前、のハンキードリーあたりで知つたといふことにならうか。

つまり何が言ひたいかと言へば、リリー・フランキーは、その初期から『おでんくん』『東京タワー』なみの作品をすでに書いていた、『万引家族』にも主演してゐた、といふことである。

初めから、何もしないでも、誰よりも頭がよく、誰よりも面白かつた。そして結果、カツコよかつた。
かういふ在り方の人間はたまに出てくる。前例で言へば、長嶋と矢沢だらう。巨人入団時から、キャロルデビュー時から、すでに長嶋は長嶋で矢沢は矢沢であつた。ただ2人と違ふ、決定的に違ふのは、リリーは天然ではないといふことだ。
この一点において、リリーは特異な存在である。
ゐるだけで成立する、その座が最高に面白いものになるといふこと、プラス、ツッコミや司会にも回れるといふ奇跡が、リリー・フランキーである。
これは天才といふ思考放棄のレッテルを貼らざるを得ない唯一の人間である。






by ichiro_ishikawa | 2018-06-21 16:01 | 文学 | Comments(0)