カテゴリ:日々の泡( 262 )

 

48の時、あの人は

ついに48歳に。

恒例の、「48の時、あの人は」

を以下に示さん。



小林秀雄

「私の人生観」(1949年、47歳)

「ゴッホの手紙」(1952年、50歳)


池田晶子

死去(生きてれば2008年に48歳)


エルヴィス・プレスリー

死去(生きてれば1983年に48歳)


ジョン・レノン(ザ・ビートルズ)

死去(生きてれば1988年に48歳)


ボブ・ディラン

Oh Mercy(1989年、48歳)


エルヴィス・コステロ

When I Was Cruel(2002年、48歳)


長渕剛

金色のライオン(2004年、48歳) 


サーストン・ムーア(ソニックユース)

Rather Ripped(2006年、48歳)


モリッシー(ザ・スミス)

Ringleader of the Tormentors (2006年、47歳)


マイケル・スタイプ(R.E.M.)

Accelerate(2008年、48歳)


BONO(U2)

No Line on the Horizon (2009年、49歳)


氷室京介

IN THE MOOD(2006年、46歳)

"B"ORDERLESS(2010年、50歳)


布袋寅泰

GUITARHYTHM V(2009年、47歳)


吉川晃司

SAMURAI ROCK(2013年、48歳)



以上のやうに、面白くない。

つまりみな48になる前に、とつくに、

何かを成し遂げてゐるから、

48の時点ではどれもこれももはや余技である。

レノンやプレスリー、池田晶子に至つては、

48になる前に死んでゐる。










by ichiro_ishikawa | 2019-06-07 01:19 | 日々の泡 | Comments(0)  

50年の体得

50年近く朝起きて食つて寝てを繰り返してゐると、自ずと体得されるものといふのはあり、「汚れ取り」と「食事」において、一応の結論めいたものがすでに成立してゐる。

まづ「汚れ取り」とは、具体的には歯磨きや食器洗ひや雑巾がけに於いてであり、その際のコツは、「スピード」であることが決定してゐる。
つまり肝心なのは、強さではなく、小刻みに速く動かすこと、である。歯ブラシ然り、スポンジ然り、雑巾然り。
試しに或るガンコな汚れを強くこすつてみても、なかなか落ちないことが分かるだらう。そこで、力は入れずとも小刻みに、速くこすつてみるがよい。みごとに落ちてゐるはずだ。

次に「食事」とは、提供する、される食事のメニューに於いて何が重要かといふことであり、それは「量」であることが決定してゐるのである。
味でも盛り付けでもない。一汁一菜、栄養バランス的なことに於いても、何を置いてもその「量」が最重要ファクターなのであつた、実は。
いくら美味しからうが、盛り付けにセンスが光らうが、栄養バランスが絶妙だらうが、量を間違へれば全て台無し。量が適切ならば、まづからうが、バランスが偏つてようが、オーケーであるといふか、それは美味いしバランスも整つてゐることなる。

カレーが盛りすぎであれば、どんなに美味であつても最後はゲフゲフとなり、「何か最初は良かつたけど、結果そんなでもなかったな」と呟いてゐる自分に気づくだらう。逆に少なすぎれば、「美味かつたがなんか物足りないな、〆にポテチでも食ふか」と、なる。
それが、量がズバリ適切であれば「最高に美味かつたな」となるわけである。

以上。

by ichiro_ishikawa | 2019-05-28 21:30 | 日々の泡 | Comments(0)  

服は変はる


ペン、手帖、タバコ、ライター、腕時計、ケータイ、の6つが常備グッズで、それぞれ鞄の中に所定の位置を持つてゐる(腕時計は腕に巻く)。

しかし、それらは使用頻度が高く、頻繁に出し入れするため、暫定的に上着の胸ポケやサイドポケ、ズボンのケツポケに収めることが、ままある。そして、そのまま帰宅してしまふことも、やはりままある。
すると、あくる日、鞄の所定の位置にあるべきものがない、といふ事態が発生することになる。服も着替へてゐるため、その時に着てゐる服の中にも当然ない。
「あ、暫定的にあつちの服に入れたのだつた」。

かうした悲劇を回避するため、
「服は変はる」
といふ文言を毎朝唱へてゐる。
この毎朝の緊張感たるや凄まじいものがあり、
これだけでひと仕事分エネルギーを消耗するので、
家を出たときにはすでに、ややクタクタである。
働き方改革の必要を感じる。


by ichiro_ishikawa | 2019-05-16 12:49 | 日々の泡 | Comments(0)  

追憶 昭和から平成へ


平成から令和への改元にちなみ、「今から31年前、昭和から平成への改元のときに何をしてゐたか」をテレビやネット、SNS上にて、有象無象が盛んに追想してゐた。
その中でいちばん面白かつたものが布袋のインスタ。「カリブ海のモンセラット島でCOMPLEXのレコーディングしていた」

平成への改元は、昭和天皇崩御によるもので、当然今回の令和のやうな祝賀ムードはなく、世の中全体が喪に服してをり、みな俯き加減に暮らしてゐた。


そんな中、長渕剛が2月8日にユーミン的恋愛の対極的ラブソング「激愛」を、3月25日に昭和へのレクイエム『昭和』をリリースし、区切りをつけた。

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そして4月。COMPLEXがデビューし、喪は明けたのだつた。

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by ichiro_ishikawa | 2019-05-03 13:13 | 日々の泡 | Comments(0)  

商用で東京に戻るも、雨。

商用で東京に戻るも、雨。
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発つた山口は快晴とのこと。
これには黒幕がゐる。


by ichiro_ishikawa | 2019-04-30 12:09 | 日々の泡 | Comments(0)  

山口にて


商用で山口入りも、ピタツと雨。
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これには黒幕がゐる。


by ichiro_ishikawa | 2019-04-29 15:08 | 日々の泡 | Comments(0)  

忘れ物と俺


俺が忘れ物王であることは、度々書いてきたし、もはや周知の事実だが、実は小林秀雄もさうであつた。

といふことを、新潮社の「webでも考える人」で連載中の池田雅延「随筆 小林秀雄」第55回にて、改めて知つた。池田雅延は「本居宣長」の編集者。

小林秀雄が、加齢で集中力がなくなつて物忘れをしなくなたつた、といふエピソードを紹介してゐる。
ふつう逆かと思ふだらうが、さうではない。集中力があるときは、ある事に集中しすぎて他のことをポンポン忘れる、といふのが小林秀雄の言はんとする意だ。
俺の物忘れもこれであらう。俺の集中力は衰へてはゐない。むしろ高まる一方である。と、忘れ物をするたびに自他に言ひ聞かせてゐる。


余談だが、最近小林秀雄を書いてゐないのは、この連載と「新潮」誌の連載、大澤信亮「小林秀雄」が現行動いてゐる以上、書くことがないからだ。
これまでも小林秀雄関連の連載や本は出続けてゐたが、上記二作以外は、読むと反論したい気も起こることがしばしあり、むしろ書く必要に駆られたものだが、件の二作には強い同意と新たな驚きしかない。
「小林秀雄」は第1部が終了し休載中。第2部のスタートが待たれてゐる。

by ichiro_ishikawa | 2019-04-18 14:51 | 日々の泡 | Comments(0)  

センチメンタルシリーズ 母の思ひ出


大人になつてから、実家に帰るのは正月だけで、
とはいへ帰つても何もすることがなく、
ただ本ばかり読んでゐた。
本といつてもポータブルな文庫本で、
小林秀雄であり、
名文を舌で転がすやうに、
よく音読してゐたものだ。

御堂の脇の庫裡めいた建物で 、茶屋をやつてゐる 。天井も柱もすすけ切つて 、幾つも並んだ茶釜が黒光りしてゐる 。脂と汗で煮しめたやうな畳の上に 、午前の浄らかな陽が一杯に流れ込んでゐる 。
(「秋」)

の「脂と汗で煮しめたような畳の上に」
のところで、台所で何かを作つてゐた母が、
「うえー」と呻いた。
朗読を聞くともなしに耳に入れてゐたのであらう。
2011年ごろのことである。



by ichiro_ishikawa | 2019-02-19 22:05 | 日々の泡 | Comments(0)  

デスクワークと俺


資料や本を読んだり、
メール作成、送信的な事務作業は、
煙草を吸いながらでないと出来ないから、
喫煙所にて、スマホで行ふ。

しかし周囲ではぷよぷよみたいなのをチコチコやつてゐる輩も多いことが示すやうに、
喫煙所=休憩所といふ認識が大半であり、
俺の作業も、傍目には麻雀アプリをやつてゐるのと変はらないせいか、
どうでもいい世間話をガンガン振られる。

「ちといまのつぴきならぬメール中なので」
などと本当のことを言ひたいところだが、
気弱ゆゑ、のつぴきならぬ作業を止め、
「最近あたたかくなつてきたよねえ」などと返す。
デスクに戻つたら戻つたで、
「ちよつといいですか?」と本当の仕事を振られる。

したがつてデスクワークは
代休を取つてやらざるを得ない。



by ichiro_ishikawa | 2019-02-19 12:27 | 日々の泡 | Comments(0)  

鈍行でゆく


人はなるべく乗り換へせずに一本で目的地まで行くことを好むやうだが、俺は電車を乗り換へることを厭はない。 むしろ一本で行くことを避ける。もちろん各駅停車にしか乗らぬ。
それはいつだつて薄ら痛い腹が、いつ激痛に変はるやもしれぬ可能性を孕んでゐるからだ。

しかし俺が途中下車をするのは必ずしも腹痛だけが原因ではないことを知つておくのはよいことだ。

加齢とともに冷え性も加速し、この冬場においてはいよいよヒートテック3枚重ね、タイツ着用、マフラー2本巻きをベースにアウター含め8枚ほどの重装備にならざるを得ないのだが、そのとき困るのが、「背中かゆい病」が発症したときである。服の上から掻いても意味がないのは無論、中に手を入れるとしても重ね着し過ぎで腕が局所まで回らない。ケータイ孫の手を使ふにもいろんなものを分入つて奥地まで滑り込ませるのは難儀である。ましてや本も広げられない満員電車の中では何もできない。しかも一度むず痒いと思つたが最後、痒さは倍増してゆく。これほどの地獄はないと言つてよい。

そんなとき、途中下車して広いところに出て、ゆつくりと、思ふ存分、孫の手で背中を引つ掻くのであつた。
以上。

by ichiro_ishikawa | 2019-02-15 23:52 | 日々の泡 | Comments(0)