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1986年夏〜秋 ポップの風景


1984年とか1985年とかうるせえ俺だが、実は1984年4月から1986年7月までは朝から晩まで夏休みも冬休みも部活のバスケ三昧であり、コンサートはおろかテレビも全く見てゐないのであつた。
1986年7月に総体で負けて部活を引退してから初めてテレビをつけたらそこにはポップな世界が輝いてゐて、遡つて後追いでいろいろな歌謡曲を聞いて来たのだつた。

そこで、1986年の夏、そして秋と、どんなポップがテレビで展開してゐたかを、オリコンベスト100チャートから振り返つてみたい。
すなはち、1986年、部活を引退した15歳の少年が見たポップの風景である。


1985年

(ロングヒットにより1986年にも展開)

8月31日 小林明子「恋におちて -Fall in love-」

10月21日 レベッカ「フレンズ」

11月20日小林旭「熱き心に」

11月21日 小泉今日子「なんてったってアイドル」

11月21日 荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」


1986年

1月1日  吉川晃司「キャンドルの瞳」

1月1日  新田恵利「冬のオペラグラス」 

1月21日 とんねるず「歌謡曲」

1月21日  うしろゆびさされ組「バナナの涙」

1月22日 渡辺美里「My Revolution」


2月1日  国生さゆり with おニャン子クラブ「バレンタイン・キッス」

2月3日  中森明菜「DESIRE -情熱-」 

2月5日 中山美穂「色・ホワイトブレンド」

2月5日 本田美奈子「1986年のマリリン」

2月21日 おニャン子クラブ「じゃあね」


3月21日 吉川晃司「MODERN TIME」

3月21日  斉藤由貴「悲しみよこんにちは」

3月24日 少年隊「デカメロン伝説」

3月26日  荻野目洋子「フラミンゴ in パラダイス」


4月5日  KUWATA BAND「BAN BAN BAN」

4月10日 新田恵利「恋のロープをほどかないで」

4月21日 TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」

4月21日 おニャン子クラブ「おっとCHIKAN!」

4月30日 小泉今日子「100%男女交際」


5月1日 1986 OMEGA TRIBE「君は1000%」

5月2日 レベッカ「RASPBERRY DREAM」

5月2日 うしろゆびさされ組「象さんのすきゃんてぃ」

5月10日 国生さゆり「夏を待てない」

5月16日 中山美穂「クローズ・アップ」

5月26日   中森明菜「ジプシー・クイーン」 

5月28日 とんねるず「やぶさかでない」

5月28日 杉山清貴「さよならのオーシャン」


6月10日 荻野目洋子「 Dance Beatは夜明けまで」


7月1日  安全地帯「プルシアンブルーの肖像」 

7月5日 KUWATA BAND「スキップ・ビート」 

7月5日 KUWATA BAND「MERRY X'MAS IN SUMMER」


7月10日  小泉今日子「夜明けのMEW」



7月15日  中山美穂「JINGI・愛してもらいます」



7月16日  渡辺美奈代「瞳に約束」


8月1日 新田恵利「不思議な手品のように」   



8月5日  とんねるず「寝た子も起きる子守唄」



8月7日  1986 OMEGA TRIBE「Super Chance」



8月14日 石井明美「CHA-CHA-CHA」 



8月21日   中山美穂「ツイてるねノッてるね」 



8月27日 うしろゆびさされ組「渚の『・・・・・』」 



9月25日 中森明菜「Fin」



9月29日 BOØWY「B・BLUE」



9月30日 吉川晃司「すべてはこの夜に」 



10月21日 とんねるず「人情岬」



10月29日 荻野目洋子「六本木純情派」



11月5日 KUWATA BAND「ONE DAY」


11月19日  小泉今日子「木枯しに抱かれて」 



11月21日 中山美穂「WAKU WAKUさせて」




by ichiro_ishikawa | 2018-08-31 01:36 | 音楽 | Comments(0)  

ケータイと俺


ふつう、人はケータイをよく置き忘れる。
御多分に洩れず俺も2年に一度、移動車に置き忘れる。直近では中央線、東海道新幹線が記憶に新しい。

2週間ほど前、やはり2年ぶりぐらゐに、今回は西武バスに置き忘れ、終着の、よくわからない辺鄙な場所にある営業所まで取りに行つた次第だ。
以来、移動中は常に「ケータイケータイケータイ」と唱へながら緊張してゐる。

しかしその緊張は2年も続かないはずだ。
したがつて人はみな2年に一度はケータイを失くすのだらう。



by ichiro_ishikawa | 2018-08-30 20:35 | 日々の泡 | Comments(0)  

一週間の動き まとめ


やることが常時200個あるが、日々20個追加されもする。
試しに一週間の動きをまとめてみたら、毎日スケジュール調整しかやつてゐないことが発覚した。
利子払つてるだけで元金がずつと減らないといふ世の陥穽である。


月曜
・200個同時には処理できないので、
いつなにをやるかの計画を立てる。
・かつ新規発生の20個を処理。

火曜
・新規発生の20個を処理。
・そのため200個の本日分が手付かず、リスケ。

水曜
・リスケした200個の本日分を処理。
・そのため新規発生の20個が手付かず、
それを含めた新たな200個を再リスケ。

木曜
・新規発生の20個を処理。
・そのため再リスケした200個の本日分が手付かず、再々リスケ。

金曜
・再々リスケ200個の本日分を処理。
・そのため新規発生の20個が手付かず、
それを含めた新たな200個をさらにリスケ。

土曜
・200個がひとつも減つてないことに呆然とする。

日曜
・明日学校行きたくねえ病を発症し、心の旅

以降、繰り返し。



by ichiro_ishikawa | 2018-08-30 14:07 | 日々の泡 | Comments(0)  

British Pop 1996


カート・コバーンの死後、ブリットポップの狂騒を経てのポップバブルが1996年にあつた。
1997年のOKコンピュータがさうしたパーティの終焉を告げたわけだが、それから20年経つたいま振り返つてみると、なかなかどうして佳曲も多いと感じ、「残るブリティッシュポップ1996」といふプレイリストを作つて聴いてゐる昨今。
以下にYouTubeバージョンとして挙げん。


Pulp「Disco 2000」(1995.11.27)


Underworld「Born Slippy」(1995.1.1)



The Charlatans

「One to Another」(1996)

「North Country Boy」(1997)

『Tellin' Stories』(1997)




Mansun「Stripper Vicar」(1996年)

『Attack of the Grey Lantern』(1997年) 



Reef
「Naked」『 Replenish』1995)
「Place Your Hands」『Glow 』1996)




Ocean Colour Scene「The Riverboat Song」

Moseley Shoals』(1996)



Suede

「New Generation」(『Dog Man Star』1995)

「Trash」『Coming Up』1996)




Dodgy「Good Enough」
(『Free Peace Sweet』1996)


Kula Shaker「Hey Dude」
(『K』1996)


The Prodigy「Breathe」
(『The Fat of the Land』1996)


The Chemical Brothers

「Setting Sun」(1996)

「Block Rockin' Beats」(1997)

(『Dig Your Own Hole』1997)




Blur「Beetlebum」
(『Blur』1997)


The Verve「Bittersweet Symphony」

(『Urban Hymns』1997)



Oasis「Fuckin' In The Bushes」

(『Standing on the Shoulder of Giants』2000)



by ichiro_ishikawa | 2018-08-27 02:09 | 音楽 | Comments(0)  

名曲 とんねるず「迷惑でしょうが」

とんねるず「迷惑でしょうが」
アルバム『キャニオン初』
(1986年12月28日)


シングル 1987年4月5日









by ichiro_ishikawa | 2018-08-25 22:59 | 音楽 | Comments(0)  

ビートルズ ベスト5


絶対不可能と言はれたビートルズベスト5。
ベストは不可能だが、ベストオブベストは、ある程度機械的に決まるものだ。
スタンダードセレクトの様相に。


11. Revolution

シングル「Hey Jude」B面(1968年8月)/『Past Masters  Vol.2』(1988年3月)




10. It's All  Too Much

『Yellow Submarine』(1969年1月)  




9. Nowhere Man
『Rubber Soul』(1965年12月)  



8. Help!

シングル(1965年7月) /『Help』(1965年8月)  




7. I am The Walrus

シングル「Hello, Goodbye」B面(英)(1967年11月) /『Magical Mystery Tour』(米)(1967年11月) /シングル「Magical Mystery Tour」B面(英)(1967年12月)   




6. Strawberry Fields Forever

シングル(1967年2月) /『Magical Mystery Tour』(米)(1967年11月)  




5. Tomorrow Never Knows

『Revolver』(1966年8月)  




4. And Your Bird Can Sing

『Revolver』(1966年8月)  




3. Come  Together

『Abbey Road』(1969年9月)  




2. Don't Let Me Down

シングル「Get Back」B面(1969年4月) /『Past Masters  Vol.2』(1988年3月)




1. Rain
シングル「Paperback Writer」B面(1966年5月)/『Past Masters  Vol.2』(1988年3月)



by ichiro_ishikawa | 2018-08-23 08:44 | 音楽 | Comments(0)  

中島岳志著『保守と大東亜戦争』


中島岳志著『保守と大東亜戦争』読了。

良書。


序章が詳しいまとめになつてゐて、

第1〜4章で具体を証し、

終章で改めてまとめる、

といふ、読み返さずとも一読で内容が整理、定着するといふ構成もよい。


内容の骨子は、

保守とは、右でも左でもなく、

自身の不完全性を認め、伝統や良識を信用し、

時代や時局に即した漸次的改革を求めていく、

といふ中庸の精神のこと。

かうした保守は、

戦中の軍国は無論、戦後左派、その反動的ナショナリズム、全てを同根のものと否定する。


おそらく小林秀雄の

歴史、常識についての考へ、

無私、中庸の精神の重要といつたことと

同じことを言つてゐる。


すごく当たり前のことだが、

人はえてして当たり前に耐えられず、

極端に傾く。

保守とは、当たり前を保ち守らんとする能動的な動きである。






by ichiro_ishikawa | 2018-08-18 10:12 | 文学 | Comments(0)  

哀悼アリーサ・フランクリン



Aretha
















by ichiro_ishikawa | 2018-08-17 15:55 | 音楽 | Comments(0)  

黒幕の目的がわからない


訳あつて北海道は黒松内に滞在中だが、
現在の雨雲は此の通り。

c0005419_23072744.jpg

やはりこれには黒幕がゐると言はざるを得ない。




by ichiro_ishikawa | 2018-08-16 23:05 | 日々の泡 | Comments(0)  

(転載)被災地で黙々とボランティア活動 吉川晃司の“気骨と矜持”

被災地で黙々とボランティア活動 吉川晃司の“気骨と矜持”

日刊ゲンダイDIGITAL

被災地で黙々とボランティア活動 吉川晃司の“気骨と矜持”
吉川晃司(C)日刊ゲンダイ
「現代のハリマオかレインボーマンか月光仮面か」などの声がネットで相次いでいるのが、ロック歌手で俳優の吉川晃司(52)。先月の集中豪雨と洪水に続き、記録的な猛暑で苦しむ西日本各地の被災地に足を運び、ボランティア活動に励んでいたことが分かり、話題なのだ。

 きっかけは上下黒ずくめにマスク、白いタオルを頭と首に巻いたいでたちの吉川がボランティアの輪に加わっている画像が「目撃情報」としてツイートされたこと。本人は、ボランティアについて公表もしていなければコメントもしていない。ただ、先月、都内でのドラマの完成披露試写会では舞台上からこんな挨拶をしている。

「このたびの水害で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。今なお不自由な生活を余儀なくされている方々が、一刻も早く元の生活を取り戻されるよう願っています」

 広島は吉川の出身地でもあり、放ってはおけなかったのかも知れない。当地では、被災地をいくつも回り、被災家屋の片づけなどに従事しているようだ。芸能プロデューサーの野島茂朗氏は言う。

「吉川さんは東日本大震災の際も被災地を訪れて、被災者に手を貸していました。今回は、お父さんのご出身が原爆ドームの近くということもあるでしょうけど、とにかく困った人を助けたいという意識が強くあるようです。
『LUNA SEA』や『X JAPAN』のギタリスト、SUGIZO(スギゾー)さんも被災地でのボランティア活動に汗を流し、現場監督をしているといった情報や様子をSNSにアップしていますが、吉川さんはそうしたことは一切、自らは発信していない。炊き出しをしたとマスコミに流し、喧伝したりする芸能人のボランティアとは明らかに一線を画していて、そうしたところがまた、男らしい、かっこいいと称賛を集めているのです。実際、現場では優しく頼りがいのある兄貴分とされ、気配りもあって『リアルヒーロー現る』と大人気だそうです。知名度があるのにニュースにならないのは、吉川さんが政府批判などをしているからでしょうか」

 テレビが吉川のボランティア活動を追わない理由は定かではない。だが、「俺は現政権がでえっ嫌い!」などと反アベを声を大にして訴え、反原発の旗印を掲げているのは本当だ。

 CM出演のオファーの際に「原発発言しますか」と聞かれ、「しますよ」と答えて立ち消えになるなどの逆風もなんのその。

「金や権力で人を黙らせようとするものに対しては、自分は絶対に『はい』とは言えません。ミュージシャンであれ、芸能人であれ、政治的な発言はしないほうがいいという風潮には疑問を感じています」との主張を曲げないのである。

 反原発については、こうコメントしている。

「次世代を担う子どもたちに負の遺産を押し付けて、あとは頼むよじゃ死んでも死にきれないから、やれることはやらなきゃと思っています。子どもに、墓に向かって『父ちゃん、何もしなかったじゃないか』とは言われたくない。せめて『いや、俺なりに頑張ったんだ』と言い返したい」

 前出の野島氏はこう続けた。

「政界に名乗りを上げれば、圧倒的な支持を集めるでしょうし、芸能界出身者では山本太郎を超える存在になるでしょう」

 魂のロッカー、吉川の気骨あふれる行動に、絶賛の声しきりなのも当然だ

by ichiro_ishikawa | 2018-08-15 12:13 | 音楽 | Comments(0)