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シリーズ うまい言ひ換へ


本ブロムは、
個人的な備忘録、データ管理および思考整理の場とはいへ、
公に晒してゐるゆゑ、
ネガティブ、ヘイト的なことは書かないやうにしてゐることに加へ、言葉遣ひにもきはめて気を使ふため、
「うまい言ひ換へ」へのアンテナは今夜もバリサンなわけだが、最近引つかかつたのは、ある著名な歌人が60年代の論争にて使つてゐた以下の言葉。

どうかと思ふ
それは違ふ
腹立つ
ムカつく
嫌ひ
死ねばいい


愉快ではない





by ichiro_ishikawa | 2018-10-30 15:45 | 日々の泡 | Comments(0)  

Richie Furay 名唱集


Go and Say Goodbye

(Stephen Stills)

Lead Vocal:Richie Furay & Stephen Stills



Sit Down, I Think I Love You

(Stephen Stills)

Lead Vocal:Richie Furay & Stephen Stills



Nowaday Clancy Can't Even Sing
(Neil Young)


Flying on The Ground Is Wrong
(Neil Young)


Do I Have to Come Right Out and Say It
(Neil Young)


Hung Upside Down

(Stephen Stills)

Lead vocal: Richie Furay (verses), Stephen Stills (choruses).



Sad Memory


On The Way Home
(Neil Young)


It's So Hard To Wait
(Neil Young & Richie Furay)


Merry-Go-Round


Kind Woman


First Love












by ichiro_ishikawa | 2018-10-29 00:14 | 文学 | Comments(0)  

リッチー・フレイのボーカルの艶

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バッファロー・スプリングフィールドの、他のバンドにはない魅力とは、スティーブン・スティルズのR&B、ニール・ヤングのリリカルなフォーク、そしてリッチー・フレイのカントリーバラッド、そこにジェームズ・バートンやジャック・ニッチェなども加はり、これらが一体となつて、アメリカンポップミュージックの集大成としてのエレクトリックサウンドのロックを奏でてゐるといふところだらう。
奥が深く切り口が多様で何度聴いても飽きることがない。

そんな多彩な要素の中でいまのヒットは、リッチー・フレイ(大滝詠一はレコード会社表記のフューレイでなくフレイと発音してるので真似する)の艶のあるボーカルである。
大滝詠一のラジオ「GO! GO! NIAGARA」でのバッファロー・スプリングフィールド特集を聴いての影響だ。

それまでバッファローといへば、各メンバーのその後の活躍ぶりも影響してか、御多分に洩れずスティルズとヤング、「ブルーバード」や「ミスター・ソウル」、アルバムでいへば『アゲイン』といふのがおおよその評価だつたのだが、大滝は、「リッチー・フレイのボーカルに影響を受けた」「最高傑作は『ラスト・タイム・アラウンド』だ」と言ふ。ひいてはそのフレイがバッファロー後にジム・メッシーナと結成したPOCOも高く評価してゐる。
全くウラをつかれた形だつたし、大滝が言ふならそれが正しいのだらうと、何度も聴き返したが、それでもなかなかピンと来なかつた。

それがApple Musicにリッチー・フレイ集といふプレイリストを作つて1ヶ月間、四六時中聴いてゐたら、ついに分かつた。リッチー・フレイのボーカルとカントリーソング及びバラッドの良さが。そして『ラスト・タイム・アラウンド』の傑作さ加減が。ポコが。そしてはっぴいえんど及び大滝詠一ソロの意図が。

てめえの耳を過信して、あるひはてめえの趣味を尊重るあまり、先入観はもつてのほか、ちよつと聴いて趣味に合はないなと捨ててしまふことの勿体無さ、ポップミュージックとはいへ全身を耳にして何度も聴き込まねば本当の良さはわからないものだといふことが分かつた。てめえの趣味や感性といつたものがいかにあてにならず陳腐でつまらぬものか、思ひ知つた。










by ichiro_ishikawa | 2018-10-28 10:00 | 音楽 | Comments(0)  

ソニックユース 『Daydream Nation』30周年

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ソニック・ユースが『Daydream Nation』(米:1988年10月18日発売)の30周年を記念して「Silver Rocket」のTVパフォーマンス映像を修復したレストア版をバンドのYouTubeチャンネルで公開。















by ichiro_ishikawa | 2018-10-27 19:02 | 音楽 | Comments(0)  

ふと思い出しこと


今となつては昔のことだが語るに値すると思はれるので語り始めることにするのだが、
といふのを、グッと省略したのが、
「今は昔、」であり、
かうした省略の技術といふか感性といふか韻文力は、短歌や俳句といつた短詩型文学がきはめて発達してゐる日本ならでは、日本語ならではのものだと思はれる。
が、これは本題ではなく、今は昔、
テレビのスタジオライブの観覧といふものに初めて行つたとき、テレビ画面に映る前列に見栄えやノリの良い若い女の子たちが配され、俺などは絶対映らないドラムの後ろに回されて、なるへそな、俺がディレクターでもそのやうにレイアウトするだらうなと自ら納得したのだが、一方でやはり冬の寒空の下で何時間も待たされてやつと入場させてもらへたと思つたら音がちやんと聞こえずステージを見ることもできないバックヤードかよ、と不服でなかつたこともなかつたのだが、その時はドラムが高橋まことで、高橋まことをこそ見たかつたので、実は願つたり叶つたりだつたのであつた。
スティックさばきは勿論、バスドラムをキックする様からハイハットの足踏みまでじつくり見ることができた。
以上。





by ichiro_ishikawa | 2018-10-27 02:55 | 日々の泡 | Comments(0)  

ゲスの極み乙女。 ツアー「ゲスなのか、タコなのか」 鑑賞

ゲスの極み乙女。 

ワンマンツアー「ゲスなのか、タコなのか」 2018/10/26 (金)

東京国際フォーラム ホールA


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ド名盤『好きなら問わない』を引つ提げたワンマンツアー、ファンクラブに入つた甲斐があつてかみごと当選。前回はライブハウスだつたがいよいよホールになつてしまひ、音響も最悪の部類であつたが、パフォーマンスと曲がすげえよく、ボーカル以下の音程が正確なので、まともに聴くことができた。

たいていのライブは、新曲より往年の名曲を期待するものだが、ゲスの場合は今が往年だから、最新アルバムをこそ欲しての鑑賞となつた。
ド名盤『好きなら問わない』からは全曲披露。
「オトナチック」「ルミリー」「momoe」といつた名曲がセットからは外れてゐたのが残念であつたが、それらがなくても新アルバムを中心に2時間のライブが成立するといふことで、これはやはりモノホンとしか言ひやうがないわけだ。

ポップ度の高いシングル曲は当然よいが、「sad but sweet」「ゲンゲ」「招かれないからよ」「アオミ」といつた渋い曲の、50回聴いた後にジワジワ分かつてくる系の楽曲群が特に素晴らしかつた。
これらの楽曲や絵音の激しいギターソロになるとオーディエンスは比較的盛り下がつたやうに感じたが、ここがいいんじやない、とアルバムを100回聴き込んでのぞんだ50がらみのおつさんには思へた次第だ。

絵音はほかの活動もすべてよいが、ゲスは群を抜いて良い。これはちゃんマリやほな・いこか、休日課長、コーラス女子2人といふバンドマジックによるものだらう。
いづれにしろ、傑作ギグであつた、


セットリスト

1. 戦ってしまうよ  
『好きなら問わない』2018

2. 颯爽と走るトネガワ君  

『好きなら問わない』2018


3. ぶらっくパレード  

『ドレスの脱ぎ方』2013


4. はしゃぎすぎた街の中で僕は一人遠回りした  

『好きなら問わない』2018


5. 猟奇的なキスを私にして

『魅力がすごいよ』2014


6. イメージセンリャク

『好きなら問わない』2018


7. sad but sweet

『好きなら問わない』2018


8. サイデンティティ

『両成敗』2016


9. もう切ないとは言わせない

『好きなら問わない』2018


10. ゲンゲ

『好きなら問わない』2018


11. 招かれないからよ

『好きなら問わない』2018


12. 僕は芸能人じゃない

『好きなら問わない』2018



・絵音といこかの寸劇〜

・さらば青春の光のコント「鼓舞する人」



13. 私以外私じゃないの (Remix by PARKGOLF)

『好きなら問わない』2018


14. オンナは変わる

『好きなら問わない』2018


15. ロマンスがありあまる (Remix by mabanua) 

「あなたには負けない」2017


16. ホワイトワルツ (adult ver.) 

『好きなら問わない』2018


各パートソロメドレー

ベース、ピアノ、キーボード&コーラス、ドラム、ギター〜


17. パラレルスペック(funky ver.)

『両成敗』2016


18. 餅ガール

『踊れないなら、ゲスになってしまえよ』2013


※絵音による長いMC「音楽と俺」


19. アオミ

『好きなら問わない』2018



アンコール


※絵音による長いMC「芸人との飲み会」


20. ドグマン

(読売テレビ・日本テレビ系連続ドラマ『ブラックスキャンダル』主題歌のフルバージョン)


21. 星降る夜に花束を

『魅力がすごいよ』2014


22. キラーボール

『踊れないなら、ゲスになってしまえよ』2013




終演後、川谷絵音のソロプロジェクト、

独特な人「ドクトクン」が始動することがアナウンスされた。

ドクトクくんとの偶然のシンクロニシティ。





by ichiro_ishikawa | 2018-10-27 00:05 | 音楽 | Comments(0)  

ブリルビルポップベスト5

バッファロー・スプリングフィールドを、YouTubeにて大滝詠一の「GO! GO! NIAGARA」での解説を通して聴き直してゐると、関連動画でチラチラと50-60sのアメリカンポップスが片隅に勝手に映りこんで来るので、極力気づかないやうに見ないやうにしてゐたが、ついついクリックしてしまつたが最後、名曲のオンパレードが蘇り、改めてブリルビルポップベスト5をやらざるを得なくなつた。

かうしてセレクトしていくと、黄金のソングライターチームの中でもマン&ウェイルの評価が低く、バリー&グリーンウィッチ、そして圧倒的にゴフィン&キングが好きなんだといふことが判明した。

そして、ロックンロールが死んだ58〜60年代前半といふビートルズ前夜のアメリカンポップは、BOØWY前夜の日本の70年代後半〜80年代前半の歌謡ポップシーンとピタッと重なるといふことは、何度繰り返し言つてもよいだらう。

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12.

Stupid Cupid

written by Howard Greenfield and Neil Sedaka Connie Francis in 1958



11.

Every Breath I Take

written by Gerry Goffin and Carole King

Gene Pitney in 1962



10.

The Loco-Motion

written by Gerry Goffin and Carole King

Little Eva in 1962



9.

I Can't Stay Mad at You

written by Gerry Goffin and Carole King

Skeeter Davis in 1963



8.

Save the Last Dance for Me

written by Doc Pomus and Mort Shuman

The Drifters in 1960



7.

(Marie's the Name) His Latest Flame

written by Doc Pomus and Mort Shuman

Elvis Presley in 1961



6.

Da Doo Ron Ron

written by Jeff Barry, Ellie Greenwich and Phil Spector

The Crystals in 1963



5.

Stand by Me

written by Ben E. King, Jerry Leiber, and Mike Stoller

Ben E. King in 1961

※inspired by, a spiritual  called "Stand by Me Father," written by Sam Cooke and J. W. Alexanderrecorded by the Soul Stirrers with Johnnie Taylor singing lead



4.

Be My Baby

written by Jeff Barry, Ellie Greenwich, and Phil Spector

the Ronettes in 1963



3.

Will You Still Love Me Tomorrow

written by Gerry Goffin and Carole King

the Shirelles in 1960



2.

He's a Rebel

written by Gene Pitney, produced by Phil Spector

The Crystals in 1962. 

(originally recorded by the Blossoms)



1.

One Fine Day

written by Gerry Goffin and Carole King

The Chiffons in 1963



by ichiro_ishikawa | 2018-10-22 21:16 | 音楽 | Comments(0)  

ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)


11月9日、かういふのが出る。


ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)

スーパー・デラックス・エディション限定盤

6SHM-CD+Blu-ray


¥ 21,060


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amazonの内容紹介より


●昨年リリースされ世界中に大きな反響を巻き起こした『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に続き、今年は1968年11月22日に発表された『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』の50周年記念エディションが、6CD+Blu-rayのスーパー・デラックス盤で登場! 


●各メンバーの尽きぬクリエイティヴィティがLP2枚にたっぷりと詰め込まれたアルバムは、そのセンスたっぷりのメロディや多様な音楽性、ロックのダイナミズムに溢れる演奏など、近年特に評価と人気が高まっている作品です。 
Disc 1とDisc 2にはそんなアルバム本編が、プロデューサーのジャイルズ・マーティンとミキシング・エンジニアのサム・オケルによって、オリジナルのアナログ・マルチ・テープから新たに作り直された“2018年ステレオ・ミックス”で収録されています。 


●Disc 3には、1968年5月、アルバム制作を前にジョージ・ハリスンの自宅にメンバー4人が集まって録音されたアコースティック・セッション、通称“イーシャー・デモ”を収録。 
一部は1996年の『アンソロジー 3』でお目見えしましたが、ここに一挙27曲が登場となりました。アルバム本編の収録曲に加え、ジョン・レノンが後にアルバム『イマジン』で発表する「ジェラス・ガイ」の原曲「チャイルド・オブ・ネイチャー」や、同じくジョージがアルバム『ゴーン・トロッポ』で発表した「サークルズ」、 更にはジャッキー・ロマックスに提供した「サワー・ミルク・シー」など、レアな楽曲も多数演奏されています。オリジナルの4トラック・テープに立ち返って磨かれたサウンドは、ブートレグとは確実に一線を画す仕上がりです。 


●Disc 4からDisc 6にかけては、1968年5月30日から始まったセッションのアウトテイクを、レコーディング順に50トラック惜しみなく収録。アルバムのほとんど全ての楽曲に加えて、同時期にシングルとして発表された「ヘイ・ジュード」「レボリューション」や、 未発表に終わった「ノット・ギルティ」「ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン」、アルバムにはリンク・トラックとして短く収録されていた「キャン・ユー・テイク・ミー・バック?」、「ブルー・ムーン」や「ベイビー、アイ・ドント・ケア」といったカヴァー曲のジャム・セッション、 更には「レット・イット・ビー」のリハーサル・テイクまで、ファンの誰もが聴きたかった貴重音源の連続です。1968年2月のセッションからの「レディ・マドンナ」「ジ・インナー・ライト」「アクロス・ザ・ユニヴァース」も最後に追加収録。 


●Blu-rayオーディオには、アルバム本編の2018年ステレオ・ミックスと、新たにオリジナル・アナログ・テープからダイレクト・トランスファーしたモノ・ミックスのそれぞれハイレゾ音源、そして5.1chサラウンド・ミックスのDTS-HDマスターオーディオとドルビーTrueHDをまとめて収録しています。 


●シリアル・ナンバー入りボックス仕様。164頁のハードカバー・ブックレットには貴重な未発表写真も満載。 
●日本盤のみSHM-CD仕様/解説・歌詞対訳付 
●6SHM-CD+1Blu-ray 



by ichiro_ishikawa | 2018-10-17 23:36 | 音楽 | Comments(0)  

バッファロー・スプリングフィールド ベスト5

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19. Do I Have To Come Right Out And Say It

 (Neil Young) 

vocal : Ritchie Furay

Buffalo Springfield 1966



18. Hung Upside Down (Stephen Stills) 

Buffalo Springfield Again 1967



17. Everydays (Stephen Stills)  

Buffalo Springfield Again 1967



16. Leave (Stephen Stills) 

Buffalo Springfield 1966



15. Flying on the Ground is Wrong 

(Neil Young) 

vocal : Ritchie Furay

Buffalo Springfield 1966



14. Uno Mundo (Stephen Stills) 

Last Time Around 1968



13. Kind Woman (Richie Furay)

Last Time Around 1968



12. Merry-Go-Round (Richie Furay) 

Last Time Around 1968



11. Four Days Gone (Stephen Stills) 

Last Time Around 1968



10. Rock & Roll Woman (Stephen Stills) 

Buffalo Springfield Again 1967



9. Pretty Girl Why (Stephen Stills) 

Last Time Around 1968



8. On The Way Home (Neil Young) 

vocal : Ritchie Furay

Last Time Around 1968


7. Sit Down I Think I Love You 

(Stephen Stills) 

Buffalo Springfield 1966



6. Nowaday's Clancy Can't Even Sing

 (Neil Young) 

vocal : Ritchie Furay with Stephen Stills

Buffalo Springfield 1966



5. For What It's Worth (Stephen Stills) 

Buffalo Springfield 1966



4. Special Care (Stephen Stills) 

Last Time Around 1968



3. Questions (Stephen Stills) 

Last Time Around 1968



2. Mr. Soul (Neil Young)  

Buffalo Springfield Again 1967



1. Bluebird (Stephen Stills)  

Buffalo Springfield Again 1967



by ichiro_ishikawa | 2018-10-16 02:03 | 音楽 | Comments(0)  

バッファロー・スプリングフィールド年表


[スティーヴン・スティルズ]
1945年1月3日、テキサス州ダラス出身。

軍人の家庭に生まれ、幼い頃から父の仕事の関係でアメリカ各地、中米などを転々とし、各地でブルース、フォークミュージック、ラテン音楽など様々な音楽に触れる。  フロリダ大学を辞め、いくつかのバンドを転々とする。

1960年頃 レーダース(ドラム)@フロリダ州ゲインズヴィル。
コンティネンタルズ(ギター)with ドン・フェルダー(のちにイーグルスに加入)。
1964年3月 クリス・サーンズ(vo,g)とのデュオ@ニューオーリーンズ。
クリス・サーンズとオーグメンテッド・セヴンスに参加。
ジョン・ホプキンズ(vo,g)、ピート・トーケルスン(vo, bj)とフォークトリオ@ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ。
1964年6月 コーヒーハウス「フォー・ウィンズ」にてリッチー・フューレイと出逢ふ。


[リッチー・フューレイ]
1944年5月9日、オハイオ州イエロースプリングス出身。
1962年9月 カレッジへ進学。モンクス結成。ボブ・ハーメリンク(vo)、ネルス・ガスタフスン(vo)
らの大所帯コーラスグループ、ア・カペラ・クワイヤにも加入。
1964年3月 グリニッジ・ヴィレッジへ。「カフェ・ワー」で飛び入りを許される。
1964年6月 コーヒーハウス「フォー・ウィンズ」にてスティーヴン・スティルズと出逢ふ。


[スティーヴン・スティルズ、リッチー・フューレイ]
1964年7月 スティルズ、モンクスとベイ・シンガーズ(from ボストン)が合体し、
オウ・ゴー・ゴー・シンガーズ(Au Go-Go Singers)結成。
1964年11月 アルバム『They Call Us Au Go-Go Singers』発表、6週間の巡業。
1965年4月 Au Go-Go Singers解散。
スティルズは残党4人とザ・カンパニーズを組み、乞はれるままにカナダへ演奏旅行。
1965年4月18日、クラブ「フォース・ディメンション」(マニトバ州ウィニペグ)にて、スクワイアーズニール・ヤングと出逢ふ。
フューレイは百科事典の訪問販売食ひつなぎながら俳優養成学校に通ひ、一時はいとこを頼りコネチカットに引き篭もる。
フューレイはヴィレッジに返り咲き再び歌ひ始める。
スティルズは、LAにてピート・トーケルスン(vo, g)やロン・ロング(vo,g)らヴィレッジ時代の友人たちとバッファロー・フィッシュを結成。
1965年9月 スティルズ、NBCテレビのタレントオーディションの受けるも歯並びが悪く落選。トーケルスンは合格、モンキーズに。
スティルズ、同じ落選組のヴァン・ダイク・パークス「Hello, I've Returned」を共作。


[ニール・ヤング]
1945年11月12日、カナダ・トロント出身。
1961年1月 最初のバンド、ジェイズに参加
1961年9月 ハイスクールに進学、スターダスターズトワイライターズに籍を置く。
ベースを弾く親友ケン・コブランと行動を共にするやうに。クラシックス結成。
1962年12月 スクワイアーズを旗上げ(シャドウズ風のインストを得意とする)。
1963年7月23日 初録音。
1963年9月 シングル「The Sultan / Aurora」発売。
大量のビートルズナンバーを演目に取り入れながら13回のメンバー交替。
1965年4月18日、クラブ「フォース・ディメンション」(マニトバ州ウィニペグ)にて、ザ・カンパニーズとしてカナダへ演奏旅行に来てゐたスティーブン・スティルズリッチー・フューレイと出逢ふ。
1965年6月16日 スクワイアーズ解散。
1965年7月 ケン・コブランとフォー・トゥ・ゴー(別名キャスタウェイズ)結成、短命に。
1965年9月 ニューヨークのエレクトラレコードにて「Nowadays Clancy Can't Even Sing」「Sugar Mountain」など自作7曲を弾き語りでデモ録音。
1965年11月  ケン・コブランを連れ立つて再びニューヨークへ。スティルズを訪ねるも再会できずフューレイとは偶然遭遇。
1965年12月 トロントに戻り、ブルース・パーマーの誘いでR&Bバンド、マイナー・バーズ(Mynah Birds)に加入。モータウンと7年契約。
1966年2月 デトロイトにてブライアン・ホランドの制作によるデビュー・アルバムを吹き込むも、
メンバーのリッキー・ジェイムズ・マシューズ(リック・ジェイムズ)が米国海軍脱走兵であると発覚し軍隊に戻されバンド消滅。

1966
1966年2月 スティルズとフューレイがLAで再会。
1966年4月 サンセット・ブールヴァードにてスティルズとフューレイの乗る白いバンの前に、反対車線からヤングとパーマーを乗せたポンティアック53年型の霊柩車が現れ、後を追い、再会。その日のうちにスティルズは、マネジメントを依頼するつもりだつたバリー・フリードマンにフューレイ、ヤング、パーマーを引き合はせる。
バリー・フリードマンにビリー・マンディがドラマーとして呼ばれ、“ハード(Herd)”とバンド名が仮決定。
1966年4月9日 ビリー・マンディが脱退。10月から丸1年、マザーズ・オブ・インヴェンションに参加して『Absolutely Free』('67.5)の制作へ。
バーズやザ・ディラーズのマネジメントをさばくジム・ディクスンの紹介でデューイ・マーティンがドラムで加入。
メンバー寄宿のファウンティン・ストリートの借家の前に停めてあつたローラー車のプレートから読み取れた“バッファロー・スプリングフィールド”を正式バンド名に決定。
1966年4月11日 ハリウッドの「トルバドゥア」でお披露目ステージ開催。数日後にはザ・ディラーズ、バーズの前座としてカリフォルニアを短期間ツアー。  ツアー終了後、クリス・ヒルマン(ザ・バーズ)がサンセット・ストリップの「ウィスキー・ア・ゴーゴー」のオーナーに強く働き掛け、バッファロー・スプリングフィールドは1966年6月から2カ月間、ウィスキー・ア・ゴーゴーのレギュラーとして採用。
バンドの相談役だつたディッキー・デイヴィスがヨーク/パラ・プロダクション(ソニー&シェールを売り出したチャーリー・グリーンブライアン・ストーンが主宰)、2万2千ドルの契約金を提示したアトコとの契約を獲得。

1966年6月 フィル・スペクターゆかりのゴールド・スター・スタジオにてレコーディング開始。
1966年7月18日 「Go and Say Goodbye」Nowadays Clancy Can't Even Sing録音(LAゴールド・スター・スタジオ)。

1966年7月25日  「Hollywood Bowlハリウッド・ボウル」にてライヴ(「Go And Say Goodbye」、「Nowadays Clancy Can't Even Sing」、「Sit Down I Think I Love You」、「My Kind Of Love」)


1966年7月31日 デビュー・シングル「Nowadays Clancy Can't Even Sing / Go And Say Goodbye発売。ロサンゼルスでトップ25まで上昇。
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1966年8月 Sit Down, I Think I Love You」「Leave」Hot Dusty Roads」、「Everybody's Wrong」Burned」「Do I Have to Come Right Out and Say It」「Baby Don't Scold Me」「Out of My Mind」「Pay the Price」録音(LAゴールド・スター・スタジオ)

1966年9月2日 アナハイム公演前にブルース・パーマーがマリファナ不法所持で逮捕・勾留。

1966年9月11日 Flying on the Ground Is Wrong」録音(LAコロムビア)。

1966年10月28日 ウイスキー・ア・ゴーゴー公演でもパーマーが穴を開ける(両日ともジム・フィールダーが代役)。

1966年11月 セカンドシングルBurned / Everybody's Wrong」発売。

1966年12月5日 「For What It's Worth」録音(LAコロムビア)
1966年12月5日 ファースト・アルバム『Buffalo Springfield』発売。
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1966年12月23日 サード・シングルFor What It's Worth (Stop, Hey What's That Sound) / Do I Have To Come Right Out And Say It発売。
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1966年12月30日 NY「ナイト・アウル・カフェ」公演。
1966年12月31日〜1967年1月9日 NYのクラブ「オンディー」公演。12月31日はオーティス・レディングと共演。公演中、ベースアンプのヴォリュームの大きさをめぐりスティルズとパーマーが喧嘩。


1967

1967年1月9日 パーマーがマリファナ所持で再逮捕。三ヶ月の刑務所暮らしとその後のカナダへの送還が言ひ渡される。
ニューヨークのアトランティック・スタジオで次作用のマテリアルを録音。
第3弾シングル「For What It's Worth」がヒット。
1967年1月20日 テレビ「Hollywood Palace」収録。ディッキー・デイヴィスが代役で客に背を向けて演奏。音源は録音版を流す。

1967年1月20日〜22日 LA公演では、ケン・フォーシ(LOVE)がパーマーの代役。
1967年1月25日のサンフランシスコ公演〜2月10日のテキサス州ラボック公演までは、 ケン・コブランがパーマーの代役。
1967年2月17日 CBSテレビ「The Smothers Brothers Show」収録。ロード・クルーのマイルス・トーマスがアンプに腰掛ける横向きのベーシストを。
 
1967年2月22日 カリフォルニア州ダーザナ公演から、ジム・フィールダーが正式加入。
1967年2月26日 「Pretty Girl Why」録音(unused/unfinished。NYのアトランティック・スタジオ)。
1967年3月  「For What It's Worth」のヒットを受け、「Baby Don't Scold Me」「For What It's Worth」に差し替へ曲順も変更したァースト・アルバム『Buffalo Springfield』のセカンドプレス発売。

1967年3月15日 「Everydays」録音(LAゴールド・スター・スタジオ)。
1967年4月4日  「Mr. Soul」「Bluebird」録音(LAのサンセット・サウンド)
1967年4月11日 6晩連続サンフランシスコ公演中に、6月出演が決まったNBCテレビ「The Johnny Carson Show」出演をめぐり、スティルズとヤングがギターを投げつけあう大喧嘩。

1967年5月6日 「Expecting To Fly」をヤングがジャック・ニッチェ(arr)、ラス・タイトルマン(g)、ジム・ゴードン(ds)、ドン・ランディ(p)、リー・クレイトン(vo)らと録音(LAのサンセット・サウンド)

1967年5月25日 パーマーが不法入国でスティル宅に。6月8日のコロラド州オーロラ公演からステージ復帰。ジム・フィールダーは脱退し、ティム・バックリィのバック、BS&T結成、クリス・ヒルマン、ジーン・クラーク(ザ・バーズ)の手伝ひを。
1967年5月31日 ヤング脱退を宣言。

1967年6月 シングル「Bluebird (1:59 edit) / Mr Soul」発売。
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1967年6月18日 モンタレー・ポップ・フェスティバル出演(ヤング抜き。ダグ・ハスティングスデヴィッド・クロスビーらをゲストに)。

「For What It's Worth」「Nowadays Clancy Can't Even Sing」「A Child's Claim To Fame」「Bluebird」

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1967年6月21日 「A Child's Claim to Fame」録音(LAコロムビア)。
1967年6月22日、8月8日、10月3日 「Rock & Roll Woman」(LAのサンセット・サウンド)。
1967年6月30日、9月1-5日 「Hung Upside Down」録音(LAのサンセット・サウンド、コロムビアレコーディングスタジオ)。
1967年8月 ヤング復帰。アトランティックの社長アーメット・アーティガンの働きかけにより、グリーン、ストーンのコンビはグループのプロデュースから撤退。アーティガン自身がメインプロデューサーを務め、レコーディングを進める。
1967年8月 「Good Time Boy」録音(LAのサンセット・サウンド)。
1967年8月25日、9月5-18日 「Broken Arrow」録音(LAのサンセット・サウンド、コロムビアレコーディングスタジオ)。

1967年9月 シングルRock And Roll Woman / A Child's Claim To Fame」発売。
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1967年9月5日 「Sad Memory」録音(LAのサンセット・サウンド)。

1967年10月30日 セカンド・アルバム『Buffalo Springfield Again』発売。
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1967年11月15日ー12月13日 「On The Way Home」録音(LAのサンセット・サウンド)

1967年12月 シングル「Expecting To Fly / Everydays」発売。
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1967年暮れ〜1968年初め 「Four Days Gone」「Carefree Country Day」録音
1967年暮れ〜1968年2月 「The Hour Of Not Quite Rain」録音
1968年1月3日〜20日 「Special Care」録音 (LAのサンセット・サウンド。ドラムはバディ・マイルズ)


1968

1968年1月 ブルース・パーマーが脱退。ジム・メッシーナ加入。
1968年2月5日 「I Am A Child」録音(LAのサンセット・サウンド)
1968年2月16日 「Questions」録音(LAのサンセット・サウンド)
1968年2月16日〜30日 「Merry-Go-Round」録音(LAのサンセット・サウンド)
1968年2月〜3月 「Uno Mundo」録音(LAのサンセット・サウンド)
1968年2月〜3月6日 「Kind Woman」録音(LAのサンセット・サウンド、NYのアトランティック・スタジオ)
1968年2月26日 「Pretty Girl Why」ジム・フィールダー・バージョン録音(NYのアトランティック・スタジオ)。
1968年3月9日 「It's So Hard to Wait」録音(LAのサンセット・サウンド)。
1968年3月20日 ヤング、メッシーナ、フューレイに加えてエリック・クラプトンも巻き込んだドラッグ事件が決定打となって解散決定。
1968年5月5日 ロングビーチ・アリーナでラスト・コンサート。
1968年7月30日 『Last Time Around』発売(フューレイとメッシーナが編集)。
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参考文献
・レコードのジャケットや盤面
・「レコードコレクターズ」2001年8月号
・ウィキペディア
・いろんな人のウエブサイトやブログ

by ichiro_ishikawa | 2018-10-15 20:34 | 音楽 | Comments(0)