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松原正樹の偉業

スタッフといふ、スタジオミュージシャンが結成したバンドがゐて、これはどこをどう切つても素晴らしいマイフェイバリットバンドなわけだが、
かうしたジャズ/フュージョン系テクニシャンバンドは日本にも多くゐる。
そのサウンドは心地良く、聴けば聴くほど味はい深いものなのだが、そんな一人に、パラシュートといふバンドでも活躍し、実に1万曲以上でギターを弾いたといはれる松原正樹といふギタリストがゐる。

2016年に61歳といふ若さで逝去したが、彼が2013年にスイートベイジルで行なつた35周年記念ライブのCD/DVDが残つてゐて、その中に

by ichiro_ishikawa | 2019-02-27 20:05 | 音楽 | Comments(0)  

松任谷由実 中期 1982-84(28-30歳)


1982〜1984年、28〜30歳の「松任谷由実 中期」は、アイドルへの楽曲提供期で、自身のシングル、アルバムも並行してリリースして行くが、霞む。

提供楽曲群がグンバツ過ぎるからである。

特に薬師丸ひろ子への「Woman」は歌謡曲史上1位である。




1982年(28歳)


1982年1月21日

松田聖子「赤いスイートピー」(作曲)



1982年4月21日

松田聖子「渚のバルコニー」(作曲)    



1982年6月21日

13thアルバム『PEARL PIERCE

(録音 1982年1月 - 5月)

ようこそ輝く時間へ/真珠のピアス/ランチタイムが終わる頃/フォーカス/夕涼み/私のロンサム・タウン/DANG DANG/昔の彼に会うのなら/消息/忘れないでね

キーボード: 松任谷正隆/ギター:松原正樹、鈴木茂/ベース:高水健司/ドラム:林立夫、島村英二/パーカッション:斎藤ノブ、浜口茂外也


1982年7月21日

松田聖子「小麦色のマーメイド」(作曲)




1983年(29歳) 


1月31日

インタビュー集『ルージュの伝言』(角川書店)


2月3日  松田聖子「秘密の花園」(作曲) 



2月21日  

14thアルバム『REINCARNATION』  

REINCARNATION/オールマイティー/NIGHT WALKER/星空の誘惑/川景色/ESPER(album version)/心のまま/ずっとそばに/ハートはもうつぶやかない/経(ふ)る時  

ドラム:林立夫/ベース:高水健司/キーボード:松任谷正隆/エレクトリック・ギター:安藤まさひろ、今剛、松原正樹、鈴木茂/アコースティック・ギター:瀬戸龍介、吉川忠英/パーカッション:浜口茂外也、斎藤ノブ、Pecker


4月21日

原田知世「時をかける少女」(作詞作曲)



7月25日

原田知世「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ」(作詞作曲)


8月25日

19thシングル「ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ/時をかける少女


10月28日

松田聖子「瞳はダイアモンド」(作曲)



12月1日

15thアルバム『VOYAGER』  

ガールフレンズ/結婚ルーレット/ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ/青い船で/不思議な体験/ハートブレイク/TYPHOON/TROPIC OF CAPRICORN/私を忘れる頃/時をかける少女  

キーボード:松任谷正隆/ドラム:林立夫/ベース:高水健司/エレクトリック・ギター:松原正樹/アコースティック・ギター:瀬戸龍介、吉川忠英/パーカッション:斎藤ノブ



1984年(30歳)


2月1日  

20thシングル「VOYAGER〜日付のない墓標〜/青い船で」    


2月1日  

松田聖子「Rock'n Rouge」(作曲)  



4月21日

小林麻美「雨音はショパンの調べ」(日本語詞)   



4月28日

稲垣潤一「オーシャン・ブルー」(作詞作曲)



5月10日

松田聖子「時間の国のアリス」(作曲)  



10月24日

薬師丸ひろ子「Woman "Wの悲劇"より」(作曲)   



12月1日  

16thアルバム『NO SIDE』  

SALAAM MOUSSON SALAAM AFRIQUE/ノーサイド/DOWNTOWN BOY/BLIZZARD/一緒に暮らそう/破れた恋の繕(なお)し方教えます/午前4時の電話/木枯らしのダイアリー/SHANGRILAをめざせ/〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル   

キーボード:松任谷正隆/ドラム:林立夫/ベース:高水健司、Louis Johnson/エレクトリックギター:松原正樹、鳥山雄司/アコースティックギター:瀬戸龍介/パーカッション:斎藤ノブ、浜口茂外也



22歳で頂点を極め、20代半ばで不動の地位を築き、30前にして大ベテランのやうな仕事をしてしまつた。あとは余生ではないのか。




by ichiro_ishikawa | 2019-02-26 22:27 | 音楽 | Comments(0)  

松任谷由実 前期 part 2

では、1980年代をみてみよう。


1980年

3月20日、14thシングル「ESPER/よそゆき顔で」


5月21日  15thシングル「白日夢・DAY DREAM/ためらい」



1980年6月21日、9thアルバム『時のないホテル』。

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しかし、このアルバムには2枚の先行シングル「ESPER 」「白日夢・DAY DREAM」は収録されず、各B面の2曲「よそゆき顔で」「ためらい」だけが入るといふ変則的な構成となつてゐる。



いて、

8月5日 、16thシングル星のルージュリアン12階のこいびと

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10月10日、山下久美子への提供曲「ワンダフル Cha-Cha」(作詞) を挟み、

12月1日、10thアルバム『SURF&SNOW』リリース。

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これも先行シングルは、B面も含めて収録されない、コンセプトアルバムで、代はりに「恋人がサンタクロース」が入ることになる。





1981年

5月21日、 11thシングルとして、12インチEP『水の中のASIAへ』をリリース。

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ここまで、80年代に入つてから、低迷とは言はないが、楽曲は少し色褪せて見えるが、

6月21日、ビッグヒットとなつた17thシングル「守ってあげたい/グレイス・スリックの肖像」を放つ。

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続いて11月1日、18th「夕闇をひとり/A HAPPY NEW YEAR」

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同時に 12thアルバム『昨晩お会いしましょう』 (録音 1981年3月 - 9月)をリリース。

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ここに「松任谷由実 前期」は完結し、

80年ポップといふ新時代を作つた松田聖子への楽曲提供をはじめ、「裏方」と並行して、中期へ入つて行く。

(fin.)



by ichiro_ishikawa | 2019-02-26 22:12 | 音楽 | Comments(0)  

松任谷由実 前期 part 1


Cobalt Hour』(1975年)後、「あの日にかえりたい」(1975.10)「翳りゆく部屋」(1976.3)、そして「中央フリーウェイ」を含む『The 14th Moon(14番目の月)』(1976.11)と名曲、名盤を連発。その合間にも「『いちご白書』をもう一度」「まちぶせ」と人への提供曲でも次々と名曲を生み出すやうに、クリエイティビティの超充実が、1976年11月の松任谷正隆との結婚を経ても、引退することを阻み、1977年、23歳の年から、松任谷由実時代が幕を開けることになつた。



1977年は2枚のシングルをリリースした。


5月5日 、

8thシングル「潮風にちぎれて/消灯飛行」 


半年後の11月5日、

9thシングル「遠い旅路/ナビゲイター」

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ともに名曲である。

しかしこの年はアルバムは出してゐない。

代はりに本人は不本意なままレコード会社の意向で、12月25日、ベストアルバム『ALBUM』がリリースされてしまふ。前年6月にベストアルバム『YUMING BRAND』が出てまだ1年半である。このタイミングのベスト盤はおかしい。後に当人もこのアルバムを「最大の汚点」と自著『ルージュの伝言』(角川書店、1982年)で語つてゐる

結果、「潮風にちぎれて」「遠い旅路」もまたオリジナルアルバムには収録されないことになる。



明けて、1978年から、さらなる展開を見せる。

年2枚のアルバムリリース攻勢である。


3月5日 、10thシングル「ハルジョオン・ヒメジョオン/罪と罰」


と同時に、5thアルバム『紅雀』(録音 1977年9月 - 1978年1月)
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その4ヶ月後に、

7月20日 、11thシングル「入江の午後3時/静かなまぼろし」  



さらに10月5日 、12thシングル「埠頭を渡る風/キャサリン」   


と、当時のアイドル並みのクォーターごとのシングルラッシュが続き、

11月5日 、6thアルバム『流線形'80

(録音  1978年5月~1978年9月)

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1979年。

半年あいて6月20日、

13thシングル「帰愁/稲妻の少女」 

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7月20日 、

7thアルバム『OLIVE』(録音 1979年4月 - 6月)

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この『OLIVE』を最後に山下達郎がコーラスを退く。
ギターでは今作から今剛が登場する。



そして今度はシングル無しで間髪入れず、

12月1日、8th『悲しいほどお天気(The Gallery in My Heart)』 (録音 1979年9月 - 10月)をリリース。

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ここには名曲「DESTINY」が収録されることになる。

それまでのいかにも70年代的な時代の色合ひの楽曲群から、この「DESTINY」は、80年代的ポップを宣言するかのようなエポックメイキングな楽曲となつてゐる。



まとめると、

1977〜79年、23〜25歳、

松任谷由実は、ポップアートのセンスをもつて、ニューミュージックとしか言ひやうのない新しい音楽を、歌謡界に楔のやうに打ち込んでいつた。

当時、まだまだ演歌と歌謡曲ばかりの世にあつて、ゴダイゴやサザンオールスターズがデビューしてゐるが、この時期の松任谷由実は明らかに一線を画す独特のロック/ポップセンスを放つてゐる。


そして、1980年。松田聖子が4月にデビューし、山口百恵が引退する、歌謡界の変節点が到来する。

(続く)



by ichiro_ishikawa | 2019-02-26 21:26 | 音楽 | Comments(0)  

松任谷由実 前期 プロローグ


松任谷由実ディスコグラフィでも
書いたやうに、荒井、松任谷由実は以下のやうなピリオドに分けられる。

荒井由実時代 1972〜76(18〜22歳)
松任谷由実時代 前期 1977〜81(23〜27歳)
松任谷由実時代 中期 1982〜84(28〜30歳)
松任谷由実時代 後期 1985〜96(31〜42歳)

最強は荒井由実時代で、時代が下るにつれて相対的に魅力は下がつていく。
俺が多感であつた10代は80年代で、初接触が松任谷由実時代の後期であつたため、あまり魅力を感じられずに現在まで過ごしてきてしまつたことはこれまで何度か確認してきた。
しかし、「時代が下るにつれて相対的に魅力が下がつてくる」といつても、荒井由実時代がものすごすぎるゆゑの「相対的」であり、通年、相当のハイレベルであることは論を待たない。

ところでいま気になつてゐるのは、「松任谷由実時代 前期」である。70年代半ば、松任谷正隆と結婚してから「守ってあげたい」まで。引退するつもりであつたが、表現のデーモンが引つ込むことを許さず、むしろ新しいステージにて良作を量産せしめ、ついには松田聖子への楽曲提供といふ時代との蜜月を迎へる前の、松任谷由実20代中盤の充実期を、詳しく振り返つてみたい。

その前にまづ、前期の「前史」を踏まへておく。
Complex以前の18〜22歳において黄金のキャリアをすでに築き上げてしまつた吉川晃司と同様に、荒井由実もまた18〜22歳までに、その頂点を極めた。

1975年6月、21歳の時に「ルージュの伝言」を擁する傑作3rdアルバム『Cobalt Hour』を発表したあと、


8月1日 、バンバンに「『いちご白書』をもう一度」(作詞作曲)を提供。

10月5日、 6thシングル「あの日にかえりたい/少しだけ片想い」 リリース。


11月25日、デビュー以来バックバンドを務めるティン・パン・アレー(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)に「月にてらされて」提供(作詞)  。


12月に松任谷正隆と婚約。


年が明けて22歳になつた1976年3月5日、7thシングル「翳りゆく部屋/ベルベット・イースター」 リリース。



といふやうに、名曲「あの日にかえりたい」「翳りゆく部屋」と名シングルを連発するも(ちなみに各B面の「少しだけ片想い」は前述の『Cobalt Hour』からのシングルカット、「ベルベット・イースター」は1stアルバム『ひこうき雲』からの再収録)、後述する次の4thアルバムThe 14th Moon(1976年11月20日)には収録しない。


その代はりなのか、1976年6月20日、これまでを総決算するかのやうにベストアルバム『YUMING BRAND』をリリースし、そこに「あの日にかえりたい」「翳りゆく部屋」は収められることになる。

つまり、ここで荒井由実は一旦幕を閉じるはずだつた。

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しかし、その後も続けざまに、

1976年6月25日 、三木聖子に名曲まちぶせ」を提供(作詞作曲)、そして「中央フリーウェイ」といふ最高傑作までもが出来てしまふ(ギターで松原正樹が加入)。

そして、急遽、11月20日、その「中央フリーウェイ」を収めて4th『The 14th Moonをリリースするに至る。

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そして、1976年11月29日に横浜山手教会にて松任谷正隆と結婚。


まとめると、

『Cobalt Hour』後、「あの日にかえりたい」「翳りゆく部屋」「中央フリーウェイ」と名曲が溢れ出してしまつた。その合間にも「『いちご白書』をもう一度」「まちぶせ」と人への提供曲でも名曲が生まれてしまふ。そんなクリエイティビティの超充実が、1975年で終はるはずだつた荒井由実時代を1年延ばさせた。


そして、もう引退は諦め、

1977年から、「松任谷由実」として、新たな歩みを始めることになるのであつた。




by ichiro_ishikawa | 2019-02-25 20:59 | 音楽 | Comments(0)  

センチメンタルシリーズ 母の思ひ出


大人になつてから、実家に帰るのは正月だけで、
とはいへ帰つても何もすることがなく、
ただ本ばかり読んでゐた。
本といつてもポータブルな文庫本で、
小林秀雄であり、
名文を舌で転がすやうに、
よく音読してゐたものだ。

御堂の脇の庫裡めいた建物で 、茶屋をやつてゐる 。天井も柱もすすけ切つて 、幾つも並んだ茶釜が黒光りしてゐる 。脂と汗で煮しめたやうな畳の上に 、午前の浄らかな陽が一杯に流れ込んでゐる 。
(「秋」)

の「脂と汗で煮しめたような畳の上に」
のところで、台所で何かを作つてゐた母が、
「うえー」と呻いた。
朗読を聞くともなしに耳に入れてゐたのであらう。
2011年ごろのことである。



by ichiro_ishikawa | 2019-02-19 22:05 | 日々の泡 | Comments(0)  

デスクワークと俺


資料や本を読んだり、
メール作成、送信的な事務作業は、
煙草を吸いながらでないと出来ないから、
喫煙所にて、スマホで行ふ。

しかし周囲ではぷよぷよみたいなのをチコチコやつてゐる輩も多いことが示すやうに、
喫煙所=休憩所といふ認識が大半であり、
俺の作業も、傍目には麻雀アプリをやつてゐるのと変はらないせいか、
どうでもいい世間話をガンガン振られる。

「ちといまのつぴきならぬメール中なので」
などと本当のことを言ひたいところだが、
気弱ゆゑ、のつぴきならぬ作業を止め、
「最近あたたかくなつてきたよねえ」などと返す。
デスクに戻つたら戻つたで、
「ちよつといいですか?」と本当の仕事を振られる。

したがつてデスクワークは
代休を取つてやらざるを得ない。



by ichiro_ishikawa | 2019-02-19 12:27 | 日々の泡 | Comments(0)  

鈍行でゆく


人はなるべく乗り換へせずに一本で目的地まで行くことを好むやうだが、俺は電車を乗り換へることを厭はない。 むしろ一本で行くことを避ける。もちろん各駅停車にしか乗らぬ。
それはいつだつて薄ら痛い腹が、いつ激痛に変はるやもしれぬ可能性を孕んでゐるからだ。

しかし俺が途中下車をするのは必ずしも腹痛だけが原因ではないことを知つておくのはよいことだ。

加齢とともに冷え性も加速し、この冬場においてはいよいよヒートテック3枚重ね、タイツ着用、マフラー2本巻きをベースにアウター含め8枚ほどの重装備にならざるを得ないのだが、そのとき困るのが、「背中かゆい病」が発症したときである。服の上から掻いても意味がないのは無論、中に手を入れるとしても重ね着し過ぎで腕が局所まで回らない。ケータイ孫の手を使ふにもいろんなものを分入つて奥地まで滑り込ませるのは難儀である。ましてや本も広げられない満員電車の中では何もできない。しかも一度むず痒いと思つたが最後、痒さは倍増してゆく。これほどの地獄はないと言つてよい。

そんなとき、途中下車して広いところに出て、ゆつくりと、思ふ存分、孫の手で背中を引つ掻くのであつた。
以上。

by ichiro_ishikawa | 2019-02-15 23:52 | 日々の泡 | Comments(0)  

1997ベスト5

1997年は、1987年で終はつた日本のポップミュージックが10年の沈黙を経て新しい時代の幕開けを告げた年だつた。



1997年6月18日 

中村一義『金字塔』

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1997年9月21日

CHARA『Junior Sweet』

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1997年10月21日

サニーデイ・サービス『サニーデイ・サービス』

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1998年4月17日

BONNIE PINK『evil and flowers』

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1998年4月22日

Cosa Nostra『OUR THING』

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UA『アメトラ』 

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by ichiro_ishikawa | 2019-02-15 23:43 | 音楽 | Comments(0)  

Apple Musicに中村一義


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サニーデイ サービスがApple Musicに入つたと喜んでたら、なんと中村一義も入つた。
『サニーデイ サービス』と同じ1997年の名盤『金字塔』、『太陽』(1998)、『ERA』(2000)が聴けることに。
デビューからいきなり佐内正史と渋谷陽一のバックアップを得ての中村一義の登場はショッキングだつた。
特に歌詞。
奇しくもこれもカゼッタベルキ初年の出来事である。

これであと、Apple Musicに不足してゐる日本のロックは、
大滝詠一、氷室京介、小泉今日子、中山美穂、山下達郎(ほんの一部配信中)、『昭和』以前の長渕剛(なぜか『JEEP』以降は配信中)。
待たれる。





by ichiro_ishikawa | 2019-02-15 22:47 | 音楽 | Comments(0)