タグ:大滝詠一 ( 5 ) タグの人気記事

 

稲垣潤一&杉山清貴ベスト5


その良し悪しの趣味はおそらくかなり偏つてゐるのだが、俺は声がいいシンガーが好きだ。

氷室が好きなのもその理由の殆どが声で、
鈴木雅之や玉置浩二、寺尾聰、大沢誉志幸、井上陽水、そして忌野清志郎もまづ声が素晴らしいと思つてゐる。

共通点は何だらう。ソウルフルか。さうかもしれぬ。そんな気もする。

そんな中、盲点だつたのが、稲垣潤一と杉山清貴だ。

稲垣潤一は、昨年の松本隆作詞家生活40周年イベント「風街レジェンド」で、「バチェラーガール」を生で聴き、その再評価の機運が高まつた。以来youtubeでエンドレスリピート、かつ全アルバムまで買つてしまつた。
その流れで杉山清貴にも行き着いた。

彼らは俺が少年期の80年代に活躍してゐたシンガーなのだが、前述の鈴木雅之らほど気にすることもなかつたのは、キラキラしたスポーツマンだつた俺に引つかかるには、彼らの容姿やステージングが地味過ぎたからだらう。要するに少し大人向けだつたわけだ。
だから齢45にして漸く稲垣と杉山がフィットしてきた次第だ。

「バチェラーガール」は大滝詠一だから曲もグンバツだが、それ以外もなかなかどうして佳曲揃い。
以下、稲垣潤一&杉山清貴ベスト5。


稲垣潤一「ドラマティック・レイン」(1982年)
作詞:秋元康/作曲:筒美京平


大滝詠一「バチェラーガール」(1985年)
作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一



稲垣潤一「バチェラーガール」(1985年)



稲垣潤一「思い出のビーチクラブ」(1987年)
作詞:売野雅勇/作曲:林哲司



稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」(1992年)
作詞:秋元康/作曲:三井誠



稲垣潤一「恋するカレン」(大滝詠一1981年)
作詞:松本隆/作曲:大瀧詠一



杉山清貴&オメガトライブ「サマー・サスピション」(1983年)
作詞: 康珍化/作曲・編曲: 林哲司



杉山清貴「ふたりの夏物語」(1985年)
作詞: 康珍化/作曲・編曲: 林哲司



杉山清貴&オメガトライブ「ガラスのPALM TREE」(1985年)
作詞: 康珍化/作曲・編曲: 林哲司



杉山清貴「さよならのオーシャン」(1986年)
作詞: 大津あきら/作曲: 杉山清貴



杉山清貴「最後のHolyNight」(1986年)
作詞: 売野雅勇/作曲: 杉山清貴/編曲: 笹路正徳



by ichiro_ishikawa | 2016-11-25 23:19 | 音楽 | Comments(0)  

特集「大滝詠一ベスト5」

①福生ストラット(パートII) 『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
②あつさのせい 『大滝詠一』(1972年)収録
③ハンド・クラッピング・ルンバ 『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
④シャックリママさん 『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
⑤楽しい夜更し  『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
⑥いつも夢中 『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
⑦CIDER '73 '74 '75 『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
⑧びんぼう 『大滝詠一』(1972年)収録
⑨ロックン・ロール・マーチ 『ナイアガラ・ムーン』(1975年)収録
⑩ウララカ 『大滝詠一』(1972年)収録


 思いきり片寄った。大名盤『ロング・バケイション』から1曲も入らないという。まあ、こうしたベスト5ものは、日々の気分で左右されるものなので、そも、あまりシリアスな順位付けはしていない。

 以下、「すごい」としか言ってない解説。

①ニューオリンズ・サウンド爆発。本家ミーターズも舌を巻くド・ファンキー・グルーヴィー・ロックンロール・チューン。「♪フッサ、行きの、切符買って〜」のノリが最高。ついでに、「♪おーまも りーに」のコーラスもカッコいい。日本語をここまでグルーヴさせる手腕、ただの手や腕じゃない。驚愕としかいえない。

②本ブログ1/26付・不定期連載「このボーカルがすごい」参照

③「♪ヘーン、クラップ、ヘーン、クラップ、ッルンバッ」のノリが最高。「♪水道蛇口ひねるとジャーだよ拍手手拍子、いつでもホカホカご飯はジャーだよ拍手手拍子」という歌詞の内容の無さにも驚かされる。

④本ブログ2/24付・不定期連載「このシャックリがすごい」参照

⑤特にメロディが凄い。凄いポップチューン。「♪たのしいよ」のコーラスも楽しい。

⑥「グンナイベイビー」でお馴染み日本が誇る激凄コーラスグループ、キングトーンズとの共演。「♪ジニジニバ、ジーニジニバッ」のコーラスが面白凄い。コーラスが大滝のメインボーカルよりやや前に出たミックス加減もいい。大滝の唄うメロディーラインの旋律も物凄いことになっている。聴いていると物凄すぎて顔が紅潮して汗が出てくる。

⑦CM曲。すげえサイダーが飲みたくなってくる。完璧なCMソング。これはクライアントは仰天だろう。売り上げが500%伸びたという(推定)。メロディーがキャッチーだが奥深い。とんでもないメロディーメーカーだ、大滝は。

⑧「福生ストラット」と同様、ウルフルズがカバーしたことで有名なファンキーチューン。「♪あせだ、クニッ! クニッ!(汗だくに)」や、「♪宝クジッ!クジッ!」、「♪食べるニクニクッ(肉)」と、またしても日本語のリズムとメロディーの乗せ方が、グワッと憎い。

⑨またしてもニューオリンズ・サウンド爆発。腰をくねらせながらウキウキ大行進したくなる。また途中のエルヴィス・プレスリーの物真似がすごい。サビの「♪ロックンロール・マーチ」に対する「♪ゴー!ゴー!」というバカコーラスも気分を高揚させる。

⑩フィル・スペクタープロデュースの「ダ・ドゥー・ロン・ロン」へのあからさまなオマージュ。こんなにもあの「ポップネス」を自分のものにできるとは、どんだけ50〜60'sアメリカンポップスに造詣が深いんだ、という驚きのナンバー。

by ichiro_ishikawa | 2005-02-25 20:49 | 音楽 | Comments(0)  

不定期連載「このシャックリがすごい」

第1回「シャックリ・ママさん」by 大滝詠一
収録アルバム『ナイアガラ・ムーン』(1975年)

c0005419_20244643.jpg

 シャックリ・ママさん台所
 水を飲んでも びっくりしても
 どうにもシャックリ止まらない

 シャックリ・ママさんお洗濯
 洗剤値上がり止めたいけれど
 まずはこのシャックリ止めて

 シャックリ・ママさん庭掃除
 帚かかえて歌唄う
 背中で鳴ってるトランジスター・ラジオ

 シャックリ・ママさん編みもの
 手を止すませて呟いた
 どうも浮き世は儘ならぬ

 シャックリ・ママさん大欠伸
 手で口押さえお茶にごし
 肩がこったとひねる首


 ロックンロール・オリジネイターのひとり、バディ・ホリーが生みの親とされるシャックリ唱法というのがあって、やる人がやるとこれがすこぶるカッコいい。この「シャックリ・ママさん」はそのタイトルからしてあからさまな、シャックリ唱法やってます宣言にして、シャックリ唱法の金字塔である。

 大滝詠一『ナイアガラ・ムーン』の楽曲は、サウンドとボーカルが抜群にカッコ良く、歌詞もなんだか英語のようで、普通に聴いている分には高級なアメリカのロックを聴いている感覚にとらわれる。なんといってもノリが素晴らしく音楽に合わせ腰をくねってダンスせざるを得ない。ところが歌詞をよく聴いてみると、実は日本語なのである。そして、意味がとんでもなくくだらない。中ではまだマシな方であるこの「シャックリ・ママ」さんも、こんなカッコいいサウンドとボーカルでこんなこと言ってんの!?とずっこけてしまう。

 大滝詠一はこの『ナイアガラ・ムーン』ではありとあらゆるサウンドと唱法を駆使していて、それはあたかもミュージック大全集の様相を呈している。ロックンロール、ルンバ、カントリー、ドゥーワップ、ポップ、ファンク、ニューオーリンズ……。どれも著しくハイ・クオリティで、歌詞が著しくくだらないという。
 ともすると、この高級感がスノッブになり権威主義的になりがちだけれど、決してそうならず、むしろそうしたものの対極にあり得るのは、全編を貫く主調低音——グルーヴとセクシャリティのためだ。どんな高級なことをやろうとも、常にどんな主義主張とも相容れない位置にい得る。すなわちロックである。そこが大滝が、立教出の天才音楽家・細野晴臣や、文学青年・松本隆、ギター小僧・鈴木茂とまったく違うところだ。大滝詠一の根本にはプレスリーがある。

by ichiro_ishikawa | 2005-02-24 20:26 | 音楽 | Comments(2)  

不定期連載「このボーカルがすごい」

第1回「あつさのせい」
収録アルバム:『大瀧詠一』大滝詠一(1972年)

c0005419_21552679.jpg
あつさでのぼせ上がった
こころは宙に浮いたまま
ウロウロ フラフラ
身体はもぬけの殻なんだ
落ち着かないんだ
ソワソワしてしまって
八つ当たりのし通し
あつさのせい

妙に怒りっぽいんだ
なんでも癪の種なんだ
だからいざこざおこすんだ
御機嫌ななめなんだ
全然スカッとしないんだ
へんてこな気持ちなんだ
あつさで気が狂ったみんな
あつさのせい

声質ははっぴいえんどのロック路線。
かなり黒人的なグルーヴを出している。
ことばのタメ、息の抜かせ方、語尾の響かせ方、息を「発語」するところなど、
素晴らしい。聴きどころ満載。日本語の文節を解体した節回しもカッコいい。

by ichiro_ishikawa | 2005-01-26 22:00 | 音楽 | Comments(2)  

ポップとは

 10〜20代というのはとにかく得体の知れない不満をなかば故意に燃やし続ける季節だというのは、誰にも当てはまるとは限らないが、自分はまぎれもなくそうであった。
 それは、えてして、すべて逆にいくという極めて幼稚なレベルで始まる。
 明るく前向きに声が大きくという社会的に理想的な人物像があるとしたら、とにかく暗く後ろ向きでぼそぼそとマーマー(つぶやく)ことを良しとした。テレビをはじめとする大メディアから漏れ聞こえるすべてをシャットアウトし、社交界を蔑視し独り地下室で死んだ人とのみ交わった。音楽や映画に関しても、大国アメリカ的なるものに背を向けることから始まり、イギリスのインディー・ミュージックやヨーロッパのカルト作品に耽溺した。
 30代に突入し、てめえのそれまでの人生を人並みに俯瞰できる目を獲得したとき、それらがいかにカッコ悪いか、が分かった。
 否定も肯定も、どちらにしても同じことだった。

 大滝詠一が33歳で音楽史上類い稀なる大ポップアルバム『ロング・バケイション』を作ったというのは、興味深いことだ。いうまでもなく大滝は、20代でそれまでの歌謡ポップ界を全否定して、はっぴいえんどで活動し、不滅のロックアルバム『風街ろまん』を作った人間だ。以後も自身のレーベルを立ち上げたり、おのが表現欲求に忠実な活動をしつこく続けた。そこから『ロング・バケイション』への跳躍、その歩幅が気になるのである。
 『ロング・バケイション』は大ベストセラーになり、大滝の代名詞と化した。親しみやすいメロディーと穏やかなボーカル、これぞポップ・ミュージックの核心をズバッとついた見事な傑作である。その奥に広がる実に深遠な世界、というのは確かに存在するけれど、とりあえずどうでもいいことだ。その表面の響き、そこがなぜかくもポップでなければならなかったか。それはやはり、大衆とのコミュニケーション欲求であった。てめえが独りもんもんと地下室で実験していたことが大衆とどう交わるのか、どう響くのか、どう揺り動かすのか、大滝はこれを試した、試さざるを得なかった。
 アホは天才の言う事を理解できない。天才にはアホの言うことなどまさにアホらしく、凡人の考えなど退屈でしかない。凡人はアホを蔑視し、天才を不必要に畏怖する。そんな彼らに共通に響くあるものとは何か。
 否定も肯定もつまらない。スタイルというものがどうも信用できない。そうしたもの超えた、どんなところからも遠く離れながらどこにでもいるという状態、こうしたものに、強く惹かれた。
 大滝は自分の中のアホと天才、そして最も多くを占める凡才、それらすべてを満たしうる創造を行った。『ロング・バケイション』はその結晶である。

 ジャケットを飾り、曲を大音量で聴き、ともに歌い、奏でる。歌詞(松本隆がその多くを手掛ける)を全文書き取りし、コード進行やメロディを分析し、バックグラウンドとなったであろう、フィル・スペクターなどのアメリカンポップス、ビートルズ、ビーチ・ボーイズなどのロック、プレスリーのセクシャリティ、アメリカン・ルーツミュージックといった音楽たちをことごとく参照する。そうやって、今、この『ロング・バケイション』という普遍に身を投じている次第だ。
c0005419_20461912.jpg




   
             『A LONG VACATION』大滝詠一

by ichiro_ishikawa | 2005-01-12 20:48 | 音楽 | Comments(6)