タグ:小林秀雄 ( 128 ) タグの人気記事

 

陰影礼賛


忖度といふ言葉のバリューが貶められてネガティブな言葉として流布してゐるが、元来、ネガもポジもない、どちらかと言へば、よい意味合ひで使ふ言葉である。

グローバル化、インターネット社会になり、
やれガバナンスだ、コンプライアンスだと喧しいものだから、何でも蚊でも必要以上に白黒つけたり、可視化したり、言質を取つたりしなければならない現代だが、
グレーとかグラデーションとか、阿吽の呼吸とか以心伝心とか口伝とか、機微とか侘び寂びとか、間(あはい)とか、さうした、日本人が長い年月をかけて育んできた「ようマニュアル化せん、ものごとの陰影」のやうなものも、一方で大事だ。
いはゆる人間力とは、この一点にかかつてゐると言つてもよい。
それこそかうしたことは、世の中といふ実地に学ぶしかなく、文学、とりわけ詩歌を味はふことで身につく類のものであらう。これを身につけでは、忖度といふ高度な文化の実践も覚束なくなるのは当然である。

経済、社会がグローバルになればなるほど愈々、文化は個を掘り下げた方がいい。教育における文学軽視は、文化と経済を混同しての愚策であらう。

そんな中、谷崎潤一郎の『陰影礼賛』が映画化。
主演は国木田独歩の玄孫、国木田彩良。
原作も売れてゐると聞く。
陰影を礼賛するのはよいことだ。



by ichiro_ishikawa | 2018-10-12 15:13 | 文学 | Comments(1)  

無私とは

2018年にもなると、つい数年前のやうな実感のある1988年ももはや30年前で、80年代を実体験としては知らない現代の若い論客が、それをてめえが生まれる前の事象として、過去の検証的に分析する言説が散見される昨今である。

それらを読んで思ふのは、ああ的外れだな…だ。
しかし、自信満々に語られるから、それを読んださらに若い世代は事実として受け止めるだらう。そして、彼らがまた聞きでさらに下に語りつぐ。さらに……。
歴史は悪気なく塗り替へられるといふことを思ひ知らされる。

特徴的なのは、過去は常に「今」といふフィルターを通して語られる、といふことだ。「今が最も偉い史観」といふのは現代人の本能のやうなものなのかもしれない。
「今」は過去を全て知つてゐて、俯瞰してゐて、その上に立つてゐると思つてゐて、勢い上から目線で語られることになる。

語られる地点が今なのだから、それはどうしたつてさうである、免れ得ない。
しかし、やはりそれは危険で、特に意識しなければならないだらう。
そこで、「当事者への取材」がまず必要だといふことが浮き彫りになる。我々が戦争を語るとき、やはり
当事者への取材なしに語るのは危険なことなのだといふことを思い知る。

当事者への取材が不可能な場合、たとへば大昔の事にあたる場合はどうするか。資料しかない。
そのときにも「今」のフィルターを通して見てはいけない。

同時代のこともさうである。
当事者の目で見ること。といふか、とにかく「てめえ」といふ偏見の塊であるところのフィルターを取り除くこと。

これを小林秀雄は無私の精神と言つた。
しかも、無私とは得るもので、そこに至る道は険しいことを知つていたから、一生、無私無私言つていたのである。
小林秀雄がインテリゲンチャをとことん嫌つたのは、「今」「てめえ」をベースに上からものを見る態度のいやらしさが我慢ならなかつたのだ。

小林秀雄が本居宣長を尊敬したのは、宣長は古事記を、古事記の内部を生きて、古代人の視点で見てゐたからだ。さうすると、どうしても、ことの大事とは、もののあはれを知ることに行き着く。

ことにあたつたときの感情といふ、目に見えない、しかし、一番確実で、すべての土台となるもの、ここを見では結局何もしてないのも同じ、さういふ信念からすべての仕事をしたのが、小林秀雄だ。
個性とはさういふ地点からしか生まれない。
歴史を、過去を、他者を見では、自分が何か、わからない。




by ichiro_ishikawa | 2018-05-20 11:26 | 文学 | Comments(0)  

小林秀雄の学生年表


年譜に拠れば、小林秀雄は25歳で大学(東京帝大仏文)を出た。昔、この事実を知つたときは、小林はだいぶ浪人したかダブつたんだな、と思つたものだ。
ちなみに俺も一浪二留をして大学を出たのが25だつたので、小林と同じコースといふことで、自分を慰めていたものだ。

しかし違つた。戦前と戦後では学制が違つた。
結論から言ふと、小林は一浪しただけであとはストレートに卒業してゐた。
戦前は、今風に簡単に言へば、
小学6年→中学5年→高校4年→大学3年。
であつた。トータルの修学年が2年多い。
基礎教養を学ぶ期間を長くとつてゐる。
旧制の中学生は今の高校生で、旧制の高校生は今の大学学部生だ。旧制大学生は今の院生。

小林の年譜を見てみる。4月生まれだから分かりやすい。
年齢はその年度の満年齢を記す。

1902年(明治35年)4月、生誕
1915年(大正4年)3月、白金尋常小学校卒業=12歳
1915年4月、東京府立第一中学校入学=13歳
1920年(大正9年)3月、卒業。第一高等学校受験、不合格=17歳
1921年(大正10年)3月、父豊造没=18歳
1921年4月、第一高等学校文科丙類入学=19歳
1925年(大正14年)3月、卒業=22歳
1925年4月、東京帝国大学文学部仏蘭西文学科入学=23歳

1928年(昭和3年)3月、卒業=25歳


中学(今の日比谷高校)を出て、高校受験に一度失敗してゐる。

今で言へば大学受験失敗。で、一浪の末、19歳の年に高校(今で言へば東京大学)に入るのだが、直前に父が亡くなつてゐる。


成人前、大学前に父を亡くしたといふことは、よくよく考へる必要があらう。

母親思ひ、家族を食はす覚悟、さうした強さと優しさの源泉はこの経験にある。


で、1929年(昭和4年、27歳)に「様々なる意匠」だから、入団1年目で3割30本みたいなもの。


もつともすでに大学時代から翻訳や依頼原稿をバリバリ書いて、女を養つてもいた。

しかもスポーツもブリバリで、マンドリンなども弾く、かつ顔もいい、喧嘩も強いと、人間力がハンパでなかつた。

父の逝去の2年後に見舞われた関東大震災での復興尽力ぶりは、3.11の吉川晃司を思はせる。屈強な男である。さういふ男が文学をやつたといふのが、我々にとつては幸いだらう。世が世なら間違ひなくロックンローラーであつた。





by ichiro_ishikawa | 2018-05-18 09:50 | 文学 | Comments(0)  

パタパタうるさいノートPC


「それ前も聞いた」と言はれさうだが、
会議にノートPCを持ち込むのは禁止したい。

メモしてゐるのだ。終了と同時に議事録が作成できる。
といふことなのかもしれない。

しかしメモはペンで紙に書くべきだ。
いやメモも不要。話し合ふ、考へることが目的だらう。
議事録なんて最もいらない。
あつてもいいがそんなに急がんでも。

ノートPCがいけないのは、パタパタうるさいからだ。
あの入力の際のパタパタといふ音は、思索という行為を妨げる。
さらに、ノートPCを操つてゐる輩からは、人の話を聞いてない感が出る。
ブラインドタッチで顔を上げてゐたとしても、どこか心ここに非ず感が出る。
実際、心は入力(メモ)に向いてゐるからだ。
心は顔やオーラに出る。

ノートPC(メモ)禁止にすれば、
すべてをてめえの頭(心?)にメモライズせざるをえない。
グッと前傾姿勢になり、会話や議論に緊張感がみなぎる。
結果、名案が出やすい。コミュニケーションが濃くなる。
メモなりまとめは会議後、一人でやるがよい。

小林秀雄は取材や公演の録音を禁じた。
話し言葉を勝手に文字に起こして流布されるのを嫌つたのではない。
いや嫌った。てめえは物書きだから、書き言葉しか信用してほしくないといふことはあつた。
しかし、それは瑣末なことで、
話す際は何よりも今そこに居るその人とのコミュニケーションを欲したからだ。
テープレコーダーに向つて話をすることはご免だ。
君に伝へたいのだ。テープを切り、ペンを置きたまへ。






by ichiro_ishikawa | 2018-05-11 13:07 | 日々の泡 | Comments(0)  

もののあはれを知るとは


科学的に世界を理解すること、道徳や倫理を基準に人間を把握することだけでは「はみ出てしまふ」、人間の何とも言はれぬ情緒をこそ、大事にしたい、そこに文学や歌の真髄がある、そこにしかない。
といふのが、もののあはれを知る、だ。
そこには科学も経済も倫理も、哲学も宗教もすべて含まれる。仏教もキリスト教も道教も神道もすべて。
もののあはれを知ることが本物の知性である。
といふかもののあはれを知らでは科学も経済も哲学も宗教も絵空事に堕す。
もののあはれを知るといふのを換言すれば「ああ、人間…、ああ、人生」である。

といふ当たり前の誰もが感じてゐることを、源氏物語と和歌の中に、いかにもののあはれを知る心がはたらいてゐるかを見出して実証したのが本居宣長だ。

で、そんな宣長すげえといふ思ひを無私の精神で表したのが小林秀雄で、その小林を清潔だといつて愛したのが池田晶子だ。

by ichiro_ishikawa | 2018-05-04 14:56 | 文学 | Comments(1)  

「もののあはれを知る」を知る


俺がいま「もののあはれを知る」を知ることに躍起になつて取り組んでゐることは、天国の母も知らないだらう。
本居宣長の源氏注釈書「紫文要領」と歌論「石上私淑言」を改めて新潮日本古典集成(1983)にて読んでゐる。
先日初めて成城学園の小林秀雄文庫を訪れ、小林の蔵書を弄つてゐたところ、本居宣長全集の「紫文要領」と「石上私淑言」ばかりにバリバリ書き込みやらアンダーラインやらがあつたことに触発されてのことだ。

小林秀雄「本居宣長」には、原典がふんだんに引用されてゐるため、あへて読む必要にかられなかつたのだが、ここに来て、やはり原典だらうといふことで、意を決して熟読玩味してゐる次第だ。

宣長は小林と同じことを言つてゐた。
いや小林が宣長と同じことを言つてゐるのか。
文学とは何か、物語、歌とは何か、
そして人生いかに生きるべきか、
がそこには詰まつてゐる。
無私を得ること、中庸を
なぜ小林が願つたか、わかる。

c0005419_16242110.jpg

《新潮日本古典集成》本居宣長集 本居宣長/著

源氏物語の正しい読み方を、初めて説いた「紫文要領」。和歌の豊かな味わい方を、懇切に手引きした「石上私淑言」。宣長の神髄が凝縮された二大評論を収録。 (新潮社)





by ichiro_ishikawa | 2018-05-02 16:06 | 文学 | Comments(0)  

小林秀雄の読み方


小林秀雄の原文は極めて明快だのに、小林秀雄を書いた文章は晦渋に過ぎて読み進めることが苦痛である。
といふかまつたく面白くないので、読み切れない。
といふ事態がままある。これが不思議だ。わかりやすく目の前にあるものを分かりにくく書き直す、あるひは分かりにくく解説するといふ行為は何のために為されてゐるのか。


母親がてめえの子供を、
「あの子はああいふ子」といふときの眼。
その理屈抜きの正確さ。
小林秀雄は、あらゆる対象をこの目でみようとした。ランボオ、ドストエフスキイ、モオツアルト、実朝、西行、宣長。それらが見ているものを見、哀しんでいるところを哀しむことがまづあつて、それらは、そも、母親の視点ではなかつたか。あの子はああいふ子、といふことを、なるべく論理的に書かうとした、しかしそも理屈でないことでそれらは出来上がつてゐるがために、散文ではなく詩が現れざるを得ない。

小林秀雄の批評とは、母親が我が子を詠んだ散文詩である、といふのはさういふ事情であり、さういふやうに小林秀雄を読んで行くとスツとすべてが腑に落ちるし、そのやうな読み方しか小林秀雄を読む術はない。



by ichiro_ishikawa | 2018-01-25 15:33 | 文学 | Comments(0)  

目に見えないと理解できない日本人


日本人は抽象的、論理的思考が苦手で、それは散文より詩歌、裁判より示談、以心伝心、忖度といつた方向に向かひがち、といふところにも表れてゐる。

目に見えない唯一神より山でも海でも現実の目の前に見える森羅万象に宿るところの八百万の神を信奉することも然り。

先日の大降雪で、誰かが、さうした特徴をさらに抽象せしめて、目に見えるものしか信じない、コトが起こらないと次の動きができないといふ日本人の特徴を指摘して、だから正確に予報がなされてゐても、実際に雪が降つたのを確認してから人々は対処しだし、例によつて交通機関の麻痺、帰宅難民で溢れた、効率的に動くのが本当に苦手な国民だ、といふやうなことを書いてゐて、なるへそと思つた。

確かに効率は悪い。殊に仕事などにおいてはダメだ。しかしどこか、さうさう、確かに目に見えないとよく分からぬ、といふところがある。
人に何かをしてもらつて神に感謝するよりその人に感謝する。人が弱つてゐるときには遠くで真摯にお祈りするよりも、何ができるわけではないけれど、とにかく駆けつけたい。

この、目に見えるものしか信じない、コトが起こらないと次の動きができない心性といふのは深いものがある。

それは、理屈より感覚や身体性を信ずるといふことにもつながつてゐて、たとへば、人が死ぬといふことなどにおいては、死ぬとはいかなることかさつぱり分からないと分かり、しかし今までゐた人が無くなるといふ事態に面接したときにピタッと死といふものを理解もしている、といふ独特の感知の仕方が成され、つまりわからないがわかる、わかるがわからない、といつたところをぐるぐるまわり、それは哲学の萌芽であらうと思はれる。

以上、オチなし。




by ichiro_ishikawa | 2018-01-25 15:10 | 日々の泡 | Comments(0)  

パソコンみながら俺と話すんのはやめてくんねえか


会議でよくノートパソコン開いてパタパタやつてゐる奴がゐるが、あれは見苦しい。書記、速記役なら兎も角、2〜3人のミーティングでもさうしてゐる奴が居る。

あれは何をしてるのか?

1. メモ(備忘録、その場で議事録)
2. ネットサーフィン
3. タバコも吸えねえし手持ち無沙汰なので適当にパタパタ
4. 相手の顔、目を見なくて済むやうにパタパタ

ぐらいしか思ひつかないが、いづれにせよ全部ダメだ。
会議は生対面での対話がキモだと思つてゐる。メモでさへダメだ。書記に任せればよい。書記が居なければ記憶せよといふ。メモするなら、その場の雰囲気とか相手の服装とか横顔とかだ。それでもやはり記憶するのが好ましい。結果、事前準備、事後の整理が重要になり、会議自体が濃厚になる。さうすれば会議自体さう何回もする必要がなくなり、結果的に実は効率もよい。

小林秀雄は、取材者に録音はもとより、メモも禁じた。目で話を聞くこと、その時の対話を大切にしたからだ。

俺はこれを真似てゐて他人にも強要してゐる。
「話は目で聞け」とは小6の担任の言。

最近、同じ嘆きをもつ曲がリリースされた。
「パワハラだ…」と問題の長渕剛の新曲。

何で人としっかりものを話せねえんだ?
何であいつの気持ちをわかってやれねえんだ?
だったらこの先 人と人との間で仕事できねえじゃん!
おい、聞いてんのか?
ってか、とりあえず一辺そのパソコン閉じろや‼︎
おいっ‼︎
だからそのパソコンみながら俺と話すんのはやめてくんねえか
え…?「僕、人間関係ダメなんです…」つて?
お前な‼︎ だったら何で女房とは肉体関係でガキ何人もつくんだよ
このやろう
バカかお前
ああ…嘆きのコーヒーサイフォン
(「嘆きのコーヒーサイフォン」より)


by ichiro_ishikawa | 2017-08-29 16:44 | 日々の泡 | Comments(0)  

小林秀雄のジャンル


小林秀雄は研究者や高い教養のある読書家、インテリ層にとても評判が悪いやうで、実証的にそのダメさが多く指摘されてもゐる。
エピゴーネンの俺は、なるべく謙虚に無私の精神を持つてそれらを読むやうにしてゐるが、それでもやはり的外れなものが多いと思はれる。
要するに、それらは「研究論文」「評論文」として小林の著作は瑕疵だらけといふ批判なのだ。
しかし小林の文章はロックンロールであり、つまりポップであり、「常識」を基盤とした個人の情熱であつて、「研究論文」や「評論文」ではない。さういふ意味で的外れなわけだ。「近代批評の確立者」といふレッテルが微妙なのだ。正確には「孤高のロック文士」(でもこれだとアカデミックに残らない、正史に記録されないので俗称にとどめん)。

小林の愛読者がまさしく眺めるものは無私なる(ゆゑに極めて個性的な)小林の情熱であり、その情熱に動かされるのであつて、その「客観的な妥当性」にではない。かつ、小林に認める凄さとは、その情熱の方が客観的な妥当性よりも大事だといふ事に気づかせてくれるところだ。研究や評論に価値がないといふ事では勿論ない。それとは別次元の、原始的な、人間にとつて大事なもの、といふジャンルがあるといふ事で、小林秀雄はそこに属する。そのジャンルにはほかに池田晶子がゐる。その二人しかゐない。

by ichiro_ishikawa | 2017-03-10 12:49 | 文学 | Comments(1)