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とんぼ、ついにブルーレイ&DVD化

これは、事件だ。
ガチガチのコンプライアンス社会において
もはや発売不可能と思はれてゐた、
昭和の美学バリバリの、
男のド硬派ドラマが、
まさかの令和に解禁。
カット、ピー音&モザイク必至。

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by ichiro_ishikawa | 2019-06-21 19:14 | ドラマ | Comments(0)  

BOØWYオフィシャル映像まとめ

BOØWYは現役時代(1982〜87)、ライブ音源としては、アルバム『“GIGS” JUST A HERO TOUR 1986』(1986年7月2日 日本武道館他)を筆頭に、シングルのB面で3曲(1985年「BOØWY'S BE AMBICIOUS」ツアーでの「GIVE IT TO ME(Live Version)」=「わがままジュリエット」B面、1987年2月24日武道館「ROCK'N'ROLL CIRCUS」ツアーでの「B・BLUE(Live Version)」「BABY ACTION (Live Version)」=「ONLY YOU」のB面)が出てゐて、映像作品としては、『BOØWY VIDEO』(1986年5月1日 高崎市文化会館)『“GIGS” CASE OF BOØWY』(1987年7月31日 ワールド記念ホール、1987年8月7日 横浜文化体育館)の2作品が出てゐるだけだつたし、テレビ出演も地元群馬テレビなどのローカル、もしくは深夜放送への出演がメインで、メジャーどころでは「夜のヒットスタジオ」(3回)、「オールナイトフジ」(3回)、「いきなりフライデーナイト」(BOØWYとして2回、氷室と高橋のみで1回)と、数は少なく(こう書くと多く感じるが)、つまり、「動くBOØWY」を観られる、といふのは、実にレアなことであつた。


特に解散間際、1987年秋にラストアルバム『PSYCHOPATH』が出る少し前ぐらいにBOØWYを本格的に聴くやうになつた俺は、他の数多のファン同様、解散直後の1988年にVHS4巻組『“GIGS” CASE OF BOØWY』1〜4をレンタルビデオで貪るやうに半ばノスタルジーとして観ることで、「動くBOØWY」を観て、それが「実在してゐた」ことを確認する必要があつた。1988年、すでにBOØWYは幻のバンドであつた。


BOØWYはなんといつてもリアルに絶頂期に解散したため各メンバーはギンギンに脂が乗つてをり、むしろこれからが本番とばかりにソロ活動がブリバリであつたからか、1988〜90年代末までの十数年間、BOØWYのオフィシャル映像は殆ど封印されてゐた。それがまた「動くBOØWY」の枯渇感を煽つてもゐた。


それが21世紀に入ると、各ソロ活動はその充実ぶりに陰りが見え始め、30代に入つて来たBOØWYファンの枯渇感は、忘却へと変はりさうになつてゐた、そんなタイミングで、堰を切つたやうにオフィシャル映像作品がリリースされ始めたのだつた。


しかし2001年、解散から14年を経ての「1224」の公開こそショッキングなものだつたが、以降はちよこちよこと小出しにされたのと、そも6年といふ短期間でのアーカイブからの出しといふことで内容は限られてゐるから、後半はDVDやブルーレイやリマスターといつた同一映像、音源のバージョン違ひといつたコレクター向けリリースの様相を呈してきた。それが、先日『ラストギグズ オリジナル』が出て、いよいよ打ち止めの感があつたため、一旦ここで、解散後これまでに何がどうリリースされてゐるのか確認したくなりウィキペディア等で情報を、眺めてゐたところ、あまりにも煩雑なので、てめえで整理しなければならない義務感に駆られた。

ので、以下にまとめる。



【ライブ映像・音源まとめ

新宿LOFT 1984.3.30

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC8「Artform? or Burnout!-EMI room 102-」 


LONDON MARQUEE CLUB 1985.3.12

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC8「Artform? or Burnout!-EMI room 102-」 


赤坂ラフォーレ・ミュージアム 1985.4.13

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC8「Artform? or Burnout!-EMI room 102-」 


青山スパイラルホール 1986.3.24

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC8「Artform? or Burnout!-EMI room 102-」


BOØWY VIDEO

1986年5月1日 高崎市文化会館

・1986年7月2日、VHS、β、LD

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE(disc1)



“GIGS” JUST A HERO TOUR 1986

1986年7月2日 日本武道館他

・1986年7月31日、LP、CD、CT

・2012年12月24日、“GIGS” JUST A HERO TOUR 1986 NAKED、CD


ウォーター・ロック・フェス 

1986年8月4日、都有3号地(現:東京都庁)

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC5


ROCK'N ROLL OLYMPIC

1986年8月10日、宮城県・スポーツランドSUGO

1987年8月9日、宮城県・スポーツランドSUGO

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC7



GIGS at BUDOKAN BEAT EMOTION ROCK'N ROLL CIRCUS TOUR 1986.11.11〜1987.02.24 

1986年12月10日 日本武道館

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE、BD(6枚組)DISC2『1986.12.10 完全版』


1987年2月24日 日本武道館

・2004年2月24日、VHS、DVD

・2004年2月24日、CD(2枚組)

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE、BD(6枚組)DISC2



HOKKAIDO ROCK CIRCUIT '87 “A BIG MOUTH PARTY”

1987年7月26日、札幌・真駒内オープン・スタジアム

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC7


“GIGS” CASE OF BOØWY

1987年7月31日 ワールド記念ホール

1987年8月7日 横浜文化体育館

・1987年10月5日、VHS(全4巻)、β(全4巻)

・2001年11月28日、CD(2枚組)

・2007年12月24日、COMPLETE、CD(3枚組)

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC1〜3『COMPLETE』 

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE、BD(6枚組)DISC3

・2017年8月7日、-THE ORIGINAL-、CD(4枚組)

・2017年8月7日、at Kobe、CD(2枚組)

・2017年8月7日、at Yokohama、CD(2枚組)


BEAT CHILD

1987年8月22日~23日、熊本・グリーンピア南阿蘇アスペクタ

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC4


1224

1987年12月24日 渋谷公会堂

・2001年12月24日、VHS、DVD

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE、BD(6枚組)DISC4

・2017年12月24日、1224 -THE ORIGINAL-

UHD BD+BD(2枚組、初回限定盤)、BD、DVD


“LAST GIGS”

1988年4月4日、5日、東京ドーム

・1988年5月3日、LP、CD、CT

・2001年10月27日、VHS、DVD

・2008年4月5日、COMPLETE、CD(2枚組)

・2008年4月5日、COMPLETE、DVD

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE、BD(6枚組)DISC5『“LAST GIGS” COMPLETE』  

・2019年6月12日、-THE ORIGINAL-、CD(4枚組)




【PVまとめ


Marionette

(MarionetteのPVのみ映像収録)

1987年10月26日、CDV


SINGLES OF BOØWY

(ミュージック・ビデオ集)

・1991年12月24日、VHS、LD

・2012年12月24日、BOØWY BLU-RAY COMPLETE、BD(6枚組)DISC6




【音源BOXセットまとめ


BOØWY COMPLETE 

LIMITED EDITION

・1991年12月24日、CD(10枚組)黒ボックス、金色文字

限定10万セット/DISC IX:“SINGLES”「Marionette」はアルバムバージョン


REQUIRED EDITION

・1993年3月3日、CD(10枚組)白ボックス、黒色文字

限定15万セット/DISC IX:“SINGLES”「Marionette」はアルバムバージョン


21st CENTURY 20th ANNIVERSARY EDITION

・2002年3月29日、CD(10枚組)黒ボックス、銀色文字

DISC IX:“SINGLES”「Marionette」はシングルバージョンに差し替え


BOØWY SINGLE COMPLETE 

・2013年2月27日、ブルースペックCD2(7枚組)




【その他映像


OFF SHOT(ロンドン&ベルリン)

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC8「Artform? or Burnout!-EMI room 102-」 


『FINAL伝説』

2001年、NHK BS

・2007年12月24日、“GIGS” BOX、DVD(7枚組)DISC6



【余談】

まだ出てゐないのは、


CD
●『BOØWY VIDEO』(1986年5月1日 高崎市文化会館)

●『GIGS at BUDOKAN BEAT EMOTION ROCK'N ROLL CIRCUS TOUR 1986.11.11〜1987.02.24 1986.12.10 完全版』


●『1224』、『1224‐THE ORIGINAL‐』



映像

●『“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986』、『“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986 NAKED』


●『“GIGS”CASE OF BOØWY‐THE ORIGINAL‐』

●『“LAST GIGS”‐THE ORIGINAL‐』



by ichiro_ishikawa | 2019-06-16 01:12 | 音楽 | Comments(0)  

山下久美子1986-1988ベスト5


GIRL-FRIEND

(1986年7月21日) ※アルバム未収録  


BOY-FRIEND

(1986年7月21日) ※アルバム未収録


「ウォーター・ロック・フェス」

(1986年8月4日、at 新宿都有3号地)



SINGLE

(1986年10月1日、『1986』1986年10月21日



リリス

(1987年7月1日、『POP』1987年7月21日




Happy Birthday to Me

(『POP』1987年7月21日)   



MELODY

(1987年10月21日)※アルバム未収録



微笑みのその前で

(1988年5月21日、『Baby alone』1988年6月21日) 



優しくしたいの

(『Baby alone』1988年6月21日



C'est la vie

(『Baby alone』1988年6月21日



Stop Stop Rock'n Roll

(『Baby alone』1988年6月21日) 



君がいれば(『Joy for U』1992) 




by ichiro_ishikawa | 2019-06-12 18:18 | 音楽 | Comments(0)  

山下久美子 in Apple Music

山下久美子の布袋イヤーズがApple Musicに入つた。公式プロフィールからもこの時期のことは外されてゐることから、キャリアにカウントすることをやめたので楽曲配信もしていないのかと勝手に解釈してゐたが、どういふわけか知らぬがここに来て解禁となつた。ともかく聴けるやうになつたことは喜ばしい。

「赤道小町」を頂点とする総立ちの久美子として名を馳せた第1期(1980〜84)、布袋との結婚〜離婚までの第2期(1985〜96)。以後現在までの第3期。特筆すべきは第2期の前期、布袋とのワイルドラブ期、布袋目線で言へばBOØWY〜ギタリズム時代(1985〜1989)だらう。

布袋の神懸かり的絶頂期、山下久美子楽曲は特別な輝きを放つてゐる。そのことを以下に確認していく。



【序章】

星になった嘘(1985年10月21日)

『BLONDE』(1985年11月21日)

プロデュース:吉田健、ギター:布袋寅泰

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1986年1月、布袋寅泰と結婚

BOØWY『JUST A HERO』(1986年3月1日)



BEAT EMOTION期

FLIP FLOP & FLY(1986年6月21日) ※アルバム未収録

GIRL-FRIEND(1986年7月21日) ※アルバム未収録

BOY-FRIEND(1986年7月21日) ※アルバム未収録


1986年8月4日、「ウォーター・ロック・フェス」at 新宿都有3号地(BOØWY、吉川晃司と共演)


SINGLE(1986年10月1日、『1986』収録) 

『1986』(1986年10月21日)

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レコーディング・ミックス:マイケル・ツィマリング/サウンドプロデュース:布袋寅泰/ドラム:川島一秀、高橋まこと/ベース:浅田孟、松井恒松/フレットレス・ベース:有賀啓雄/ギター:布袋寅泰/プログラミング:松武秀樹/キーボード:富樫春生、国吉良一、西本明/バイオリン:中西俊博


BOØWY『BEAT EMOTION』(1986年11月8日)


REINCARNATION

(1987年3月1日)※『1986』からのシングルカット



PSYCHOPATH

リリス(1987年7月1日、『POP』へ収録)

『POP』(1987年7月21日)

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      Happy Birthday to Me(『POP』)


BOØWY『PSYCHOPATH』(1987年9月5日)


MELODY(1987年10月21日)※アルバム未収録

『ACT RESS』(1987年12月1日)※ライブアルバム


1987年12月24日、BOØWY、解散ライブ

1988年4月4・5日、BOØWY、ラストギグズ



【GUITARHYTHM期】

微笑みのその前で(1988年5月21日)

『Baby alone』(1988年6月21日)

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      優しくしたいの(『Baby alone』)

      C'est la vie(『Baby alone』)

      Stop Stop Rock'n Roll(『Baby alone』)


布袋寅泰『GUITARHYTHM』(1988年10月5日)


『Stop Stop Rock'n Roll』

(1989年2月1日)※ライブアルバム

◼︎1988/12/05、東京ベイN.Kホール◼︎山下久美子:vocal/ホッピー神山:keyboard/池畑潤二:drums/松井恒松:bass/布袋寅泰:guiter  



by ichiro_ishikawa | 2019-06-12 09:11 | 音楽 | Comments(0)  

My GUITARHYTHM 布袋ファンセレクトベスト


布袋寅泰、10年ぶりのギタリズム、『VI』(2019年6月)のリリースを記念して、「My GUITARHYTHM 布袋ファンセレクトベスト」が発表され、Apple Music、Spotifyでプレイリストとして公開されてゐる。

『GUITARHYTHM』(1988年10月、26歳)から6曲、2枚組『II』(1991年9月、29歳)から4曲、『III』(1992年9月、30歳)から5曲、『IV』(1994年6月、32歳)から1曲、15年ぶりの『V』(2009年2月、47歳)からはゼロ。圧倒的に初期3作が人気といふ結果に。正確な評価だらうと思ふ。

俺は発掘的にロクシーミュージックのアンディ・マッケイをフィーチャーした「MILK BAR A.M.3:00」(『III』)に一票を投じた。

『GUITARHYTHM』はBOØWYの布袋ビートを完全抽出した一作で、同時期リリースの氷室ファースト『Flowers for Algernon』が

説明

BOØWYの布袋ビートから遠く離れようとした一作だつたので、それらを足すと

説明

BOØWYとなる(当たり前?)、といつたものだつた。
COMPLEXを挟んだ『II』は「とにかく俺がやりたいこと」をぶちまけた大作、『III』はワイルド、『IV』はポップ。ポイズン、スリル、バンビーナを経てのギタリズム回帰『V』は大御所ロック。


ところで、俺が独断でプレイリストを作ればかうならう。客観的な条件として、「GLORIOUS DAYS」で始まらねばならず、第2部は「BEAT EMOTION」で幕を開ける必要がある。そして、「MILK BAR A.M.3:00」〜「サレンダー」と繋がねばならない。


GLORIOUS DAYS

MATERIALS

WAITING FOR YOU(以上、GUITARHYTHM、1988)

BEAT EMOTION

NOT FOR SALE(以上、II、1991)

EMERGENCY feat. Neal X

ELECTRIC WARRIOR feat. Mike Edwards

I'M FREE feat. Chris  Spedding

LONELY★WILD

WILD LOVE

MILK BAR A.M.3:00 feat. Andy Mackay(以上、III、1992)

サレンダー(IV、1994)

BEAUTIFUL MONSTERS feat.LOVE(V、2009)



最高傑作は「WILD LOVE」。

山下久美子への痛切なるラブソング。



WILD LOVE

(GUITARHYTHM llI)

作詞・作曲:布袋寅泰


何度お前を傷つけただろう?
最後の恋と誓った俺が…
醜い悪魔の DESIRE
言いなりに堕ちる DESIRE

偶然さえも 二人を呪い
全てがうまくいかなくなった…
心を裏切る DESIRE
絆を切り裂く DESIRE

OH! BABY もう二度とあの頃には
戻れないんだろうね俺達
あまりにも愛し愛されて
壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE

OH! BABY もう少し時間があれば
判りあえてたかもしれないね
あまりにも愛し愛されて
壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE

壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE
壊れた WILD LOVE
WILD LOVE…



by ichiro_ishikawa | 2019-06-06 20:33 | 音楽 | Comments(0)  

BOØWYの6年は実は長かつた


たつた6年間、わずか6枚のアルバムを残し、
とよく言はれるが、ロックバンドとして、これはそこそこ長いといふのが正確ではないか。

氷室目線でいえば、まづ高校を出てから(1979年)暴威/BOØWY結成(1980〜81年)まで数年あるし、ファーストアルバム『MORAL』(1982年3月、レコーディングは1981年5月から)まで、さらに1年。セカンド『INSTANT LOVE』のリリースは紆余曲折を経ての1983年9月である。
さらにユイ音楽工房、東芝EMIと契約したのが1984年。サード『BOØWY』が1985年2月からベルリンのハンザスタジオで録音され、リリースは6月で、セカンドからは2年近くかかつてゐる。

一般の人生に置き換へれば、高校卒業後、大学に進んだ人間が学部の4年間(1979〜82)にバンドを渡り歩いてなんとか1枚のアルバムリリースにこぎつけ、土台が整ひ完成版を出すまでに、さらに卒業後3年を費やしたことになる。なかなかの苦労人と言へよう。

実はこの1985年、サード『BOØWY』で一旦完成なのである。高校卒業から7年。氷室は25歳になつてゐた。
そして翌1986年、4th『JUST A HERO』を放つた時が完成からのさらなる跳躍で、バンドとしてここが頂点であつた。その後、矢継ぎ早に同年秋に放つた『BEAT EMOTION』は余技であり、それがレコード大賞優秀アルバム賞を受賞するなど商業的な成果を見せたことも相まつて半ばポップバンドの使命的に、ボーナスとしてリリースしたのが翌1987年のラストアルバム『PSYCHOPATH』なのであつた。

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つまり、『JUST A HERO』で完結してをり、本来そこで解散してもよかつたものを2年も延ばして2作もボーナスアルバムを作つたのである。
その精力的なライブ活動ももちろん踏まへて、リアルタイムでその軌跡を振り返つてみると、自然と上述のやうに考へられるゆゑ、BOØWYは長命バンドであつたとさへ言つても過言ではない。

氷室はその後、『Flowers for Algernon』(1988)、『Neo Fascio』(1989)『Higher Self』(1991)『Memories of Blue』(1993)の4作、布袋は『GUITARHYTHM』(1988)からCOMPLEXの2年2作を挟み(1989〜90)、『GUITARHYTHM II』(1991)、『III』(1992)、『IV』(1994)で、ソロデビューから完結までをみるわけである。
ともに1995年以降は遺産ーーあまりにも莫大なーーで食ひつないでいることは否めない。ただ、その後も氷室は『MISSING PIECE』(1996年)、『I・DE・A』(1997年)、『MELLOW』(2000年)、『Follow the wind』(2003年)、布袋は『King & Queen』(1996年)、『DOBERMAN』(2003年)、『GUITARHYTHM V』(2009年)と、傑作も残してゐる。そこがやはり凄い。




by ichiro_ishikawa | 2019-06-05 22:53 | 音楽 | Comments(0)  

追憶 昭和から平成へ


平成から令和への改元にちなみ、「今から31年前、昭和から平成への改元のときに何をしてゐたか」をテレビやネット、SNS上にて、有象無象が盛んに追想してゐた。
その中でいちばん面白かつたものが布袋のインスタ。「カリブ海のモンセラット島でCOMPLEXのレコーディングしていた」

平成への改元は、昭和天皇崩御によるもので、当然今回の令和のやうな祝賀ムードはなく、世の中全体が喪に服してをり、みな俯き加減に暮らしてゐた。


そんな中、長渕剛が2月8日にユーミン的恋愛の対極的ラブソング「激愛」を、3月25日に昭和へのレクイエム『昭和』をリリースし、区切りをつけた。

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そして4月。COMPLEXがデビューし、喪は明けたのだつた。

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by ichiro_ishikawa | 2019-05-03 13:13 | 日々の泡 | Comments(0)  

長渕剛と矢島賢

1986〜92年ごろの長渕は本当に途轍もなかつた。
30〜36歳。『STAY DREAM』から『JAPAN』と言つてもいい。音楽的にも、そして人気的にも、最高潮で、他を寄せ付けない、圧倒的な凄みがあつた。これはもう圧倒的だ。

なんてことをまたしても、いまさら、書く気になつたのは、ギターマガジンでの矢島賢の発言を読んでだ。

彼(長渕剛)は一緒にやっていて、面白かったです。こっちが全開でギターを弾いても負けないというか。全開で弾いちゃうと歌が負けちゃう人がいるんですけど。音量的ではなくエネルギー的にね。彼はキーがいいんですよ。DとかGとかギターに最適な声のレンジで、ギターを弾くには最適なアーティストですよ。

言つてることはそこまで大したことでもないが、発言者が矢島賢といふところが大事だ。矢島をしてさう言はしめてゐるところだ。

全盛期の長渕は、この矢島賢、笛吹利明、そして浜田良美といふギタリスト、コーラスが居て、成り立つてゐたと言つても過言ではない。あと瀬尾一三。

長渕剛「激愛」



長渕以前の矢島賢WORKS

山口百恵「ロックンロール・ウィドウ」

山口百恵「プレイバック Part 2」 

松田聖子「青い珊瑚礁」

中森明菜「少女A」

岩崎良美「タッチ」



by ichiro_ishikawa | 2019-03-06 20:34 | 音楽 | Comments(0)  

(転載)被災地で黙々とボランティア活動 吉川晃司の“気骨と矜持”

被災地で黙々とボランティア活動 吉川晃司の“気骨と矜持”

日刊ゲンダイDIGITAL

被災地で黙々とボランティア活動 吉川晃司の“気骨と矜持”
吉川晃司(C)日刊ゲンダイ
「現代のハリマオかレインボーマンか月光仮面か」などの声がネットで相次いでいるのが、ロック歌手で俳優の吉川晃司(52)。先月の集中豪雨と洪水に続き、記録的な猛暑で苦しむ西日本各地の被災地に足を運び、ボランティア活動に励んでいたことが分かり、話題なのだ。

 きっかけは上下黒ずくめにマスク、白いタオルを頭と首に巻いたいでたちの吉川がボランティアの輪に加わっている画像が「目撃情報」としてツイートされたこと。本人は、ボランティアについて公表もしていなければコメントもしていない。ただ、先月、都内でのドラマの完成披露試写会では舞台上からこんな挨拶をしている。

「このたびの水害で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。今なお不自由な生活を余儀なくされている方々が、一刻も早く元の生活を取り戻されるよう願っています」

 広島は吉川の出身地でもあり、放ってはおけなかったのかも知れない。当地では、被災地をいくつも回り、被災家屋の片づけなどに従事しているようだ。芸能プロデューサーの野島茂朗氏は言う。

「吉川さんは東日本大震災の際も被災地を訪れて、被災者に手を貸していました。今回は、お父さんのご出身が原爆ドームの近くということもあるでしょうけど、とにかく困った人を助けたいという意識が強くあるようです。
『LUNA SEA』や『X JAPAN』のギタリスト、SUGIZO(スギゾー)さんも被災地でのボランティア活動に汗を流し、現場監督をしているといった情報や様子をSNSにアップしていますが、吉川さんはそうしたことは一切、自らは発信していない。炊き出しをしたとマスコミに流し、喧伝したりする芸能人のボランティアとは明らかに一線を画していて、そうしたところがまた、男らしい、かっこいいと称賛を集めているのです。実際、現場では優しく頼りがいのある兄貴分とされ、気配りもあって『リアルヒーロー現る』と大人気だそうです。知名度があるのにニュースにならないのは、吉川さんが政府批判などをしているからでしょうか」

 テレビが吉川のボランティア活動を追わない理由は定かではない。だが、「俺は現政権がでえっ嫌い!」などと反アベを声を大にして訴え、反原発の旗印を掲げているのは本当だ。

 CM出演のオファーの際に「原発発言しますか」と聞かれ、「しますよ」と答えて立ち消えになるなどの逆風もなんのその。

「金や権力で人を黙らせようとするものに対しては、自分は絶対に『はい』とは言えません。ミュージシャンであれ、芸能人であれ、政治的な発言はしないほうがいいという風潮には疑問を感じています」との主張を曲げないのである。

 反原発については、こうコメントしている。

「次世代を担う子どもたちに負の遺産を押し付けて、あとは頼むよじゃ死んでも死にきれないから、やれることはやらなきゃと思っています。子どもに、墓に向かって『父ちゃん、何もしなかったじゃないか』とは言われたくない。せめて『いや、俺なりに頑張ったんだ』と言い返したい」

 前出の野島氏はこう続けた。

「政界に名乗りを上げれば、圧倒的な支持を集めるでしょうし、芸能界出身者では山本太郎を超える存在になるでしょう」

 魂のロッカー、吉川の気骨あふれる行動に、絶賛の声しきりなのも当然だ

by ichiro_ishikawa | 2018-08-15 12:13 | 音楽 | Comments(0)  

マイヒット・ライブラリ

Apple Musicに独自のライブラリ(プレイリスト、昔でいふオムニバステープ)を作るといふのが最近の趣味だが、これはいかに新鮮な切り口でまとめられるかといふのがキモである。
最近のマイヒットは、
BOØWY ギグであまり演らない曲集」だ。
一部は、こんな感じになつてゐる。

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氷室作曲のものが多い。
氷室の曲はマニアックだからだ。
しかしこれが良い。ベストやライブ盤やビデオなどに入つてゐないから聴いてる回数が少ないせいもあるが、リピートに耐えるものが多い。
あと、BOØWYは全曲名曲といふことが分かる。これがBOØWY=ビートルズ説の証左のひとつであらう。

それにしても、BOØWY時(20代)の氷室の声はとんでもない。ソロで少し変はり、90年代(30代)後半からはグワツと変はつてしまつた。
このライブラリでは、BOØWY時の喉を酷使したがなり気味のハスキーボーカルのワイルド&セクシーを堪能できるセレクトと結果、なつてゐる。


氷室のヴォーカルが特徴的。この手の歌唱法は、
「たった一度のラブソング」とソロでの「Rhapsody in blue」(名曲「Summer Game」B面、1989年)でみられる。
バイオリンは中西俊博。
バイオリンを入れるあたりはデキシーズミッドナイトランナーズの影響で、初期の未CD化曲に「ミッドナイトランナーズ」といふ曲があつたり、「ホンキードンキークレイジー」はデキシーズの「カモンアイリーン」のサビの音符を逆にしたものであつたりと、ふんだんに吸収してゐる。



by ichiro_ishikawa | 2018-08-06 19:56 | 音楽 | Comments(0)