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長渕は何に負けたのか


8月16日に長渕剛が24枚目のオリジナルアルバム『Black Train』をリリース。すぐにApple Musicに入つた。
来週22日には一夜限りのライブを武道館で行ひWOWOWで生中継するとのことで、テレビ、ラジオ、公開リハなど当人稼働の大プロモーションをかけてをり、この度YouTubeで全部観てみた。「自分が思つてゐること」を言ふといふ、表現の態度は変はらないが、その心情、語り口、身体は60年の人生を経て来た今のものであり、当然「あの頃」とは違ふけれど、それでいいと思ふ。心は時代と肉体と環境と共に変化していくものだ。そのときそのときの生を音楽に焼き付けていくのが表現者だ。

アルバムの内容はといへば、先行シングル「Loser」をはじめ、よい。60歳の長渕である。
その「Loser」は打ち込みのリズムが長渕的には新味がありといふことで、メディアではそんなつまらない点ばかりが取り沙汰されてゐるが(つまりメディアの中心的な担い手であるインテリ20〜40代があまり作品には興味がない、あるひは批評するに値しないと踏んでゐる)、俺としては「敗北者」といふタイトル、「負け」といふテーマが当然引つかかる。「誰かがこの僕を」といふ曲でも「またひとつ負けちまつた」と始まる。
長渕が「負け」を歌ふといふと、当然1986年リリース『STAY DREAM』収録の「レース」を思ふわけだ。

震えが止まらぬ気の病に犯された Everyday
焼けるようなおんぼろなストマック
いらつくような耳鳴り
トランキライザー四錠かじっても
眠れない夜を数え
天井へ落ちていくよな 午前四時の俺

負けた 負けた 自分に負けた
負けた 負けた 今度ばかりは

……といふ、曲だ。

これは、1985〜86年の「ハングリー」ツアー途中、1986年の初めに倒れ、病院で療養ののち書かれた曲と思はれる。5月30日に放送されたNHK-FM「平山雄一サウンド・ストリート」でのスタジオライブでの音源(参考リンク:のちにOAされた総集編)がそのままアルバムに収められた。その時は「負けた負けた」といふタイトルであつた。

で俺は、当時から今まで30年間、長渕は何に負けたのかを考へてゐるのであつた。

小児喘息で虚弱児、デビュー後もずつとおそらく50kgほどの体重で痩せこけた頬のままで激しいライブを続けていたのが、30歳に差し掛かるにあたり肉体が悲鳴をあげた。といふのがまづあらう。
しかしA型で神経質な長渕は、負けん気は強いがメンタルは実は非常に弱く、いや弱いといふか神経がえらく過敏で傷つきやすい人である。
ツアーを中止せざるを得ないほどの病気療養は、そのメンタルからきたものである。歌詞にも「震えが止まらぬ気の病に犯された」とある。そして「レース」といふタイトル。ショウビジネスにおいて負けたのか。

長渕のその時までのキャリアをみてみると、15歳の時、ラジオから流れてきた友部正人「一本道」や、加川良「こんばんはお月さん」にいたく衝撃を受けギターを手にして以来、数年で数々のコンテストに入賞、比較的すぐにプロデビューを果たし、「巡恋歌」「順子」のヒット、ライブもどんどん動員を増やし、テレビドラマの主役への抜擢、それらが全て大ヒットと、シヨウビジネスにおいても実に順調な道を歩んでいるのである。
前述のやうに「負けた負けた」といふタイトルを「レース」に変へたといふ点に着目すると、自づとミュージシャンとしてのキャリア、とりわけ競争社会におけるそれで敗北したととれるのだが、客観的には別に負けてゐない。

もちろん、「巡恋歌」の前、弱冠20歳でビクターからデビューした最初の「雨の嵐山」(1977年)がヒットせず帰郷をしたり、(この頃のことは後の1990年に「電信柱にひっかけた夢」で歌われる)、1981年に結婚した憧れの石野真子とのわづか2年での破局をはじめとする数々の失恋、「ヒット」に縛られ秋元康や阿久悠を起用するといつた「ポピュラリティ」の問題に対する苦悩、「ロック」といふ時代風潮へのフォークシンガーとしての対峙など、様々なる格闘こそあれ、である。
それらを全て気力で乗り切り、ヒットチャート1位とはいかないまでも充分に成功街道をひた走つてゐたといへるのである、この頃の長渕は。

しかし、そのやうに栄光と挫折を繰り返しながらも成功といつても過言ではない20代を送つてきた中の1986年、長渕は30歳を前にして、途轍もなく深き絶望を味はい、「負けた」とこぼす。これは、はたから見られるやうな商業的な「勝ち負け」とは次元を異にする何かとしか言へない。
そして、これはおそらく、当人にしかわからない。

ただ言へるのは、いはゆる、観念的な、「自分との戦い」といふやつではないと思ふ。いやいや、歌詞に「自分に負けた」とあるではないか。確かにある。しかもサビでリフレインでさう叫ぶ。しかし「自分に負ける」とは何か。俺はこれが分からない。
てめえの中にてめえなりの或る理想なり尺度があり、それに達することができないといふ深い絶望を感じた時、「負け」なのだらうか。さうではないといふ気がしてならない。
さういふ意味ではむしろ「社会的な勝ち負け」の方に属する何かであると、初めて聴いて以来30年間、さう確信し続けてゐる。

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ところで新曲の「Loser」は、さうした問ひとは少し違ふものである。ここでの「負け」は、どこか観念的、普遍的なもののやうな気がする。レコード会社の再編を含む共に戦つてきた者たちのリストラ、「敗戦」「罹災」といつた現実を直視した敗北が素材であるが、それを普遍的な「敗北感」に昇華させての、立ち上がれといふ「奮い立たせ」であり、長渕本人を含めた弱者我々へのメッセージでもあり、「敗北こそ明日への原動力」といつた「物語」に収斂されるもののやうである。それを否定するものではないけれど、俺には「レース」のごく個人的な、自分のためだけに向けた遠吠えの方に傾倒してしまふ。しかもそれは「自分に」負けたのではなく、「社会的に」「他者に」、すなはち、確かな実在を持って存するモノ、コトに負けたのだ。

でもそれがショウビジネスでもないのだとしたら、何に負けたのか。答えは『STAY DREAM』そして『LICENSE』の中にある。
改めて両作及び直前の『HUNGRY』を聴き込んで次稿に続けたい。

「フォークとかロックとか演歌とかね、もう関係ないわけよ。要は、〈何歌つてんの?〉つてこと」
(ビデオマガジン「MOJO」1987年より)


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特別付録
「30代の長渕」年表

29〜30歳(1986年)
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1月8日 八戸公会堂(LIVE'85 - '86 HUNGRY)
1月9日 青森市民文化会館
1月11日 郡山市民文化会館
1月14日 北海道厚生年金会館
1月17日 大阪城ホール
1月18日 大阪城ホール
1月21日 日本武道館
1月22日 日本武道館

※疲労で倒れ入院、以降の公演中止
病院に母親が上京見舞。「しつかりせんか!」とビンタされ、号泣。のちのドラマ「親子ジグザグ」で再現される。

4月30日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「DON'T CRY MY LOVE」)
5月1日 ベストアルバム『LOVE SONGS』
5月30日 NHK-FM「平山雄一サウンド・ストリート」出演
6月7日 ドラマ「親子ゲーム」(TBS系〜8月16日)第24回ギャラクシー賞受賞
7月2日「SUPER STAR」(B面「DON'T CRY MY LOVE」)
7月 ライブビデオ『HUNGRY TOUR 1986.1.22 THE 4DAYS LIVE』(ファンクラブ限定販売)
7月23日 ライブビデオ『明日へ向かって 1985-1986 長渕剛の記憶』
8月7日 TV「ザベストテン」スポットライト出演(「SUPER STAR」)
9月1日 TV「歌のトップテン」(「SUPER STAR」)
10月22日『STAY DREAM』
11月11日 大阪城ホール(LIVE'86 - '87 STAY DREAM)
11月17日 札幌市民会館
11月20日 広島郵便貯金ホール
11月28日 長野県民文化会館
11月29日 福岡サンパレス
12月11日 鹿児島市民文化会館
12月17日 愛知県体育館
12月22日 岩手県民会館
12月22日 映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』
12月24日 宮城県民会館


30〜31歳(1987年)
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1月12日 日本武道館
2月25日 大阪城ホール
3月4日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「Stay Dream」)
4月10日 ドラマ「親子ジグザグ」(TBS系〜8月21日)日本民間放送連盟賞最優秀賞受賞(第5話『鬼ババの危険なヒミツ』にて)
5月25日「ろくなもんじゃねえ」
6月18日 TV「ザベストテン」(「ろくなもんじゃねえ」)1位
8月5日『LICENSE』
8月29日 志穂美悦子と再婚
9月8日 静岡市民文化会館(LIVE'87 LICENSE)
9月9日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「泣いてチンピラ」メドレーエンド「乾杯」
9月11日 神奈川県民ホール
9月14日 京都会館
9月16日「泣いてチンピラ」
9月17日 奈良県天川村の天河大弁財天社にて挙式
9月26日 神戸文化会館
9月28日 宮城県民ホール
10月1日 新潟県民会館
10月2日 長野県民文化会館
10月8日 鹿児島県民文化ホール
10月9日 鹿児島県民文化ホール
10月11日 広島郵便貯金ホール
10月13日 倉敷市民会館
10月18日 松山市民会館
10月19日 高松市民会館
10月31日 宮崎市民会館
11月2日 福岡サンパレス
11月13日 札幌厚生年金会館
11月17日 愛知県体育館
11月25日 大阪城ホール
12月2日 日本武道館
12月3日 日本武道館
12月24日 TV「ザベストテン」(「ろくなもんじゃねえ」ライブ・ビデオ『LICENSE』編集スタジオから。曲はVTRだが、打合せと違う週のVが流れたため激怒)
12月31日 TV「輝く!日本レコード大賞」(「ろくなもんじゃねえ」「LICENSE」アルバム大賞)

31〜32歳(1988年)
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1月25日 ライブビデオ『LICENSE』
1月27日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「乾杯」)
2月5日「乾杯」
2月18日 TV「ザベストテン」(「乾杯」8位)
3月3日 TV「ザベストテン」(「乾杯」2位。その後、3月10日、3月17日、3月24日と3週連続で1位も一度も出演せず)
3月5日『NEVER CHANGE』
3月17日 長女文音誕生
4月20日 宮城県民会館(LIVE'88 NEVER CHANGE)
4月21日 郡山市民文化センター
4月23日 広島郵便貯金会館ホール
4月25日 倉敷市民会館
4月28日 愛媛県民文化会館
4月30日 福岡国際センター
5月5日 京都会館第一ホール
5月8日 長野県民文化会館
5月9日 新潟県民会館
5月11日 北海道厚生年金会館
5月14日 神戸ワールド記念ホール
5月16日 徳島市文化センター
5月18日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「NEVER CHANGE」)
5月20日 名古屋レインボーホール
5月22日 横浜文化体育館
5月25日「NEVER CHANGE」
5月31日 熊本市民会館
6月2日 鹿児島市民文化ホール
6月3日 鹿児島市民文化ホール
6月7日 静岡市民文化会館
6月15日  大阪城ホール
6月17日 日本武道館
6月19日  東京ドーム

10月7日 ドラマ「とんぼ」(TBS系〜11月25日)
10月26日「とんぼ」
12月1日 TV「ザベストテン」(「とんぼ」1位)
12月1日 ドラマ「うさぎの休日」(NHK)第26回ギャラクシー賞・選奨を受賞

32〜33歳(1989年)
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2月8日「激愛」
3月8日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「とんぼ」「激愛」)
3月11日 映画『オルゴール』(東映)
3月25日 『昭和』
3月29日 豊田市民文化会館(LIVE'89 昭和)
4月4日 金沢市観光会館
4月6日 長野県県民文化会館
4月12日 鹿児島県総合体育センター
4月13日 鹿児島県総合体育センター
4月17日 神戸ワールドホール
4月19日 徳島市文化センター
4月21日 香川県県民ホール
4月22日 愛媛県県民文化会館
4月27日 福岡国際センター
4月29日 長崎市公会堂
5月1日 宮崎市民会館
5月7日 京都PULSEプラザ
5月9日 徳山市文化会館
5月11日 広島サンプラザホール
5月14日 岡山市総合体育館
5月18日 横浜アリーナ
5月21日 国立代々木競技場
5月22日  国立代々木競技場
5月24日 国立代々木競技場
5月30日  青森市文化会館
5月31日 岩手県民会館
6月2日 仙台市体育館
6月6日 新潟市産業センター
6月8日 名古屋レインボーホール
6月9日 名古屋レインボーホール
6月12日 大阪城ホール
6月15日  札幌月寒グリーンドーム
6月19日 大阪城ホール
6月20日 大阪城ホール
7月13日 横浜アリーナ
7月14日 横浜アリーナ

12月8日「しょっぱい三日月の夜」
12月13日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「しょっぱい三日月の夜」)
12月16日 映画『ウォータームーン』(東映)


33〜34歳(1990年)
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2月21日『LIVE '89』
2月28日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「お家に帰ろう」「いつかの少年」「とんぼ」)

7月25日 TV「夜のヒットスタジオDELUXE」出演(「巡恋歌」「カラス」「JEEP」)
7月25日「JEEP」
8月25日『JEEP』
9月22日 山梨県民文化ホール(LIVE'90 - '91 JEEP)
9月26日 群馬県民会館
9月27日 宇都宮市文化会館
10月3日 豊田市民文化会館
10月4日 滋賀県立文化産業交流会館
10月8日 徳島市文化センター
10月10日 福井フェニックスプラザ
10月11日 金沢観光会館
10月13日 神戸国際記念ホール
10月14日 神戸国際記念ホール
10月19日 和歌山県民文化会館
10月22日 名古屋レインボーホール
10月23日 名古屋レインボーホール
10月30日 香川県民ホール
10月31日 愛媛県民文化会館
11月5日 浜松アリーナ
11月7日 大阪城ホール
11月8日 大阪城ホール
11月10日  岡山市総合体育館
11月13日 広島サンプラザホール
11月15日  新潟県民会館
11月16日 新潟県民会館
11月22日 長野県民文化会館
11月24日 山形市総合スポーツセンター
11月27日 室蘭新日鉄ホール
11月29日 札幌月寒グリーンドーム
12月1日 仙台市体育館
12月5日  国立代々木競技場
12月6日 国立代々木競技場
12月8日 国立代々木競技場
12月10日 国立代々木競技場
12月11日 国立代々木競技場
12月16日 徳山市文化会館
12月18日 福岡国際センター
12月21日 鹿児島県立体育館
12月22日 鹿児島県立体育館
12月25日  熊本市民会館
12月31日  TV「第41回NHK紅白歌合戦」(ベルリンのフランス聖堂からの生中継「親知らず」「いつかの少年」「乾杯」)


34〜35歳(1991年)
1月8日 郡山市民会館
1月10日 青森市文化会館
1月11日 岩手県民会館
1月17日 横浜アリーナ
1月18日 横浜アリーナ

5月24日 ライブビデオ『カラス LIVE from '90 - '91 JEEP TOUR』

10月10日 ドラマ「しゃぼん玉」(フジテレビ系〜12月19日)
10月25日「しゃぼん玉」
12月13日 TV「プライム10 音楽達人倶楽部」(「しゃぼん玉」「He・la - He・la」「シリアス」「MOTHER」)
12月14日『JAPAN』


35〜36歳(1992年)
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3月6日 浜松アリーナ(LIVE'92 JAPAN)
3月11日 広島サンプラザホール
3月16日 仙台市体育館
3月20日 金沢実践倫理会館
3月28日 高松市総合体育館
4月5日 名古屋レインボーホール
4月6日 名古屋レインボーホール
4月9日 神戸国際記念ホール
4月10日 神戸国際記念ホール
4月13日 岡山市総合文化体育館
4月16日 鹿児島市民文化ホール
4月17日 鹿児島市民文化ホール
4月24日 真駒内アイスアリーナ
4月29日 郡山市体育館
5月1日 盛岡アイスアリーナ
5月7日 福岡国際センター
5月9日 大阪城ホール
5月10日 大阪城ホール
5月15日  東京ドーム
5月19日 横浜アリーナ

10月28日「巡恋歌'92」
10月28日 ライブビデオ『LIVE'92 "JAPAN" IN TOKYO DOME』


36〜37歳(1993年)
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2月14日 愛媛県民文化会館(LIVE JAPAN'93)
2月16日 徳山市文化会館
2月18日 香川県民ホール
2月19日 香川県民ホール
2月24日 福井フェニックスプラザ
3月4日 名古屋レインボーホール
3月5日 名古屋レインボーホール
3月8日 日本武道館
3月9日 日本武道館
3月12日 日本武道館
3月13日 日本武道館
3月15日 日本武道館
3月16日 日本武道館
3月18日 山梨県民文化ホール
3月22日 神戸国際県民ホール
3月23日 神戸国際県民ホール
3月25日 京都会館
3月26日 和歌山県民文化会館
3月29日  大阪城ホール
3月31日 横浜アリーナ
4月1日 横浜アリーナ
4月4日 岩手県民会館
4月6日 広島市民文化センター
4月8日 仙台サンプラザホール
4月9日 仙台サンプラザホール
4月11日 山形市総合スポーツセンター
4月14日 浜松アリーナ
4月18日  宮崎市民会館
4月20日 鹿児島アリーナ
4月21日 鹿児島アリーナ
4月25日 岡山市総合文化体育館
4月27日 福岡国際センター
5月2日 群馬県民会館
5月3日 宇都宮市文化会館
5月7日 金沢実践倫理会館
5月9日 名古屋レインボーホール
5月11日  広島サンプラザホール
5月13日 静岡市民文化会館
5月15日 青森市文化会館
5月18日 真駒内アイスアリーナ
5月20日 新潟県民会館
5月21日 新潟県民会館
5月23日 長野県民文化会館
5月26日 大阪城ホール
5月27日 大阪城ホール

9月22日「RUN」
10月15日 ドラマ「RUN」(TBS系〜12月24日)
11月1日『Captain of the Ship』


37〜38歳(1994年)
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6月8日 ライブビデオ『白の情景』
8月10日「人間」
9月9日 山形市総合スポーツセンター(LIVE'94 Captain of the Ship)
9月13日 盛岡市アイスアリーナ
9月20日 真駒内アイスアリーナ
9月24日 岡山総合文化体育館 ※溶連菌感染症による体調不良により以降中止
桑田佳祐「すべての歌に懺悔しな!!」の歌詞の内容を巡り論争。
国生さゆりとの不倫報道
1994年12月1日 ベストアルバム『いつかの少年』

38〜39歳(1995年)
1月24日、大麻取締法違反で逮捕
2月3日、処分保留のまま釈放
3月16日、不起訴処分に

7月5日 ライブビデオ『LIVE "Captain of the Ship"』
10月4日「友よ」
11月16日 マリンメッセ福岡(LIVE'95 ACOUSTIC ROAD Just Like A Boy)
11月24日 札幌月寒グリーンドーム
11月27日 広島サンプラザ
12月2日 名古屋レインボーホール
12月6日 高松市総合体育館
12月12日 仙台市体育館
12月16日 大阪城ホール
12月21日 鹿児島アリーナ
12月26日 東京ドーム

by ichiro_ishikawa | 2017-08-19 20:36 | 音楽 | Comments(0)  

GIGS CASE OF BOØWYを整理


『GIGS CASE OF BOØWY THE ORIGINAL』の発売により、これまでの音源(『GIGS CASE OF BOØWY Complete』)が、0731神戸、0807横浜のどちらを使つてゐたか=どちらが今回初出なのか、といふことが明らかになつた。

今回、MCも完全収録されてゐるやうで、既発版では「MCが神戸で演奏が横浜」といつた手の込んだ編集が行はれてゐたことも発覚。

以下に、今回初出となるものをMCを含め挙げる。
(つまり逆が既出。既出版は8割強が神戸であつたといふことになる)
本来は演奏や歌唱のどの部分がどう違ふかまで叙述すべきなのだが疲れるのでやめる。


Introduction 実演でないのでどちらか分からず
Image Down 神戸
Baby Action 横浜
MC「ハロー! オーライ?久しぶりの、えー横浜文体で、こんなに大勢集まつてくれて本当に嬉しいと思います。今日は、いつものライブと違つて、ケイスオブ、ボウイだぜ? ラッツ!」(横浜)
MC「ハロー、よく来てくれたぜ。ごちゃごちゃいうより聞いてもらひたいと思います」(神戸)
Rats 横浜
Moral 横浜
MC「今の曲を、一回こんな大勢の前でやつてみたかつたのが俺の夢だぜ」「女の子たちに送ります、懐かしいやつです、ギブイット、トゥミー!」(横浜)
MC「それぢやあ、女の子たちに送ります、ギブイット、トゥミー!」(神戸)
Give It To Me 横浜
16 横浜
This Moment 横浜
わがままジュリエット 横浜
Bad Feelin' 横浜
MC「最高。オーライ。それぢやあ、一曲、おまえたちにピッタリの曲を、送ります。松井が、詩を書いた歌なんだけど。オーライ、ライクアチャイルド!」(横浜)
MC「松井が一曲書いた曲を、聴いてほしいと思ひます、ライクアチャイルド!」(神戸)
Like A Child 横浜
Oh! My Jully Part 1 横浜
MC「最高のロックンロールを送りますワーキング、マン」(横浜)
MC「体あつたまつてるか?オーケー、行くぜ、ワーキングマン!」(神戸)
Working Man 横浜
B・Blue 神戸
Teenage Emotion 横浜
London Game 横浜
No. New York 神戸 *頭のMC「最後の曲です」は既出、横浜はMCなし


Dancing in the Pleasure Land 横浜
Rouge of Gray 横浜
MC「いくぜーい。ぢやあ、一度乗つたら降りられないやつやります、ランナウェイ、トレイン」(神戸)
Runaway Train 横浜
B・E・L・I・E・V・E 神戸
Cloudy Heart 横浜
MC「何年も前のアルバムなんだけど、セカンドアルバムのインスタントラブの中のタイトル曲を聴いてくださいインスタントラブ」(神戸)
Instant Love 横浜
Funny-Boy 横浜
MC「オーケーそれぢやあタテノリのやつ送りますマイ、ハニー」(神戸)
My Honey 横浜
MC「えー結構懐かしい曲ばかりなんで、みんな、知らない奴も何人かいたり、するんぢやないかつて思ふんで。絶対、誰も知らないやつ送りますレッツ、シンク」(神戸)
Let's Think 神戸
1984 -Label of Complex- 横浜
MC「えーぢやあ新しいやつをきいてください、プラスティックボム」(神戸)
Plastic Bomb 神戸
MC「こないだ、久々に出した、シングル、聴いてほしいと思います。こんなかに操られてるやつはいないだろうな。行くぜ」(横浜)
Marionette 神戸
MC「新しいやつ行くぜ」(横浜)
Rendez-Vous 横浜
MC「スーパーカリフラジリスティックエクスペアリドーシャス」(神戸)
MC「スーパー、スーパーカリフラジリスティック、スーパーカリフラジリスティックエクスペアリドーシャス」(横浜)
SUPER-CALIFRAGILISTIC-EXPIARI-DOCIOUS 横浜
ハイウェイに乗る前に 横浜
Justy 横浜
ホンキー・トンキー・クレイジー 横浜
MC「いつも、夢を見ているやつに送つてるやつを、送ります、ドリーミン!」(横浜)
Dreamin' 横浜
MC「やりますビート、スイート」(神戸)
Beat Sweet 横浜 *頭MCだけ既出
Blue Vacation 横浜
MC「サンキュー、ほんとにありがとう。センクス。最後に、俺たちのラブソングの中で一番素敵なやつ送ります、オンリーユー」(横浜)
Only You 横浜
MC「ぢやあ、BOØWYが始まつたときに、すげえ、大事にしてゐた曲を、送ります。オンマイ、ビート!」(横浜)
On My Beat 横浜

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by ichiro_ishikawa | 2017-08-07 20:41 | 音楽 | Comments(0)  

少し気になったBreakfast


1987大阪城ホール
少し気になったBreakfast
激名曲
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by ichiro_ishikawa | 2017-08-07 00:10 | 音楽 | Comments(0)  

BOØWY 19871224 complete


1987年12月24日、BOØWYが渋谷公会堂でのライブをもつて解散して、今年でちようど30年。

BOØWY 20171224

『BOØWY 19871224 complete』
奇跡的に撮られてゐた、BOØWYのギグの中で最も重要なあの日の一部始終を、楽屋、場外、渋谷の街の様子と共に完全パッケージすることは可能なはずだ。

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by ichiro_ishikawa | 2017-07-20 23:01 | 音楽 | Comments(0)  

1986年の長渕

STANCE
この大阪城ホールはヤバい。
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Super Star
元気?の言い方がすげえいい。頑張って、もよい。
その二言及び行間にものすごいものが詰まつてゐる。
別れを乗り越えた男のギラギラした目がロック。
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Don't Cry My Love
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Stay Dream
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ボウイ
ONLY YOU
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1987年
ろくなもんじゃねえ

何の矛盾もない
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1988年
とんぼ

1989年
天河大弁財天社シークレットギグ
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1990年
巡恋歌

カラス、JEEP




by ichiro_ishikawa | 2017-07-20 22:15 | 音楽 | Comments(0)  

あの頃の長渕の後期がApple Music入り


なんとApple Musicに『Live '89』以降のアルバムとシングルが入つた。
これまでなぜか1996年『家族』以降(大麻以降)のカタログしかなかつたのが、なぜかここに来て「あの頃の長渕」の後期が全部入つた。もちろん『Captain of the Ship』もである。
シングル「Run」B面の「愛してるのに」('93大阪城ホール)、シングル「巡恋歌 '92」なども嬉しい。また、シングル「JEEP」B面の「女よ、ごめん」は、アルバムとは全く違ふアコギバージョン(アルバムより先にリリース)で、25年ぶりに聴いた。

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今朝は早速「じめじめと暗く腐った憂鬱な人生を俺は憎んでばかりいた」で始まる「Captain of the Ship」を聴きながら電車通勤。武蔵小金井から荻窪までかかつた。フリージャズなみ。


今後順次遡つてファースト『風は南から』まで、西武球場でのライブアルバムやシングルも含め、全カタログが入ることを願はん。

by ichiro_ishikawa | 2017-07-11 00:26 | 音楽 | Comments(0)  

長渕剛=BOØWY説


1986〜87年にピークを迎へ、日本の音楽シーンをロックで黒く塗り変へたミュージシャンといへば長渕剛とBOØWYだが、両者はこのピークの2年間においてアルバムリリースとツアーのタイミングがピタッと一致してゐるといふことに気づくのはよいことだ。


1986年、10月22日に長渕剛は『STAY DREAM』リリース。翌月11月8日にBOØWYは『BEAT EMOTION』リリース。
そして共に11月11日にそれぞれ「LIVE'86 - '87 STAY DREAM」(大阪城ホール)、「ROCK'N ROLL CIRCUS TOUR」(石川厚生年金会館)をスタートさせ、翌1987年2月24日にBOØWYはツアー終了(日本武道館)、長渕は翌日2月25日に終了(大阪城ホール)した。

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そして、8月5日に長渕は『LICENSE』、一ヶ月後の9月5日にBOØWYは『PSYCHOPATH』をリリース。
長渕は9月8日から「LIVE'87 LICENSE」をスタート(静岡市民文化会館)、BOØWYは一週間後の9月16日に「DR.FEELMAN'S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR」をスタート(宇都宮市文化会館)させてゐる。

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長渕が12月3日に日本武道館でツアー終了、
BOØWYは12月24日に同じく日本武道館にて終了、そして解散した。



by ichiro_ishikawa | 2017-07-10 01:13 | 音楽 | Comments(0)  

1985年の挫折


長渕剛といへば1978〜1991年(+『Captain of the Ship』)で、特に1986〜87にその頂点を見るが、その前年、1985年といふのは特異な年である。ターニングポイントといつてもよい。

1984年までにドラマ「家族ゲーム」「家族ゲーム2」を終了させ、フォークからポップへと転身していた長渕は、MTVの常態化もあつて日本の歌謡界が空前のロックブームにあつた中で、「弾き語りに限界を感じ」(1986年のラジオでの発言)、まづ3月30日に「久しぶりに俺は泣いたんだ」、7月22日に「勇次」といふ2枚のシングルをリリースし、8月22日に、ロックサウンドに完全にシフトしたアルバム『Hungry』をリリースする。
その文体変革の実験は、8月26日の千葉県文化会館を皮切りに、Band of Spiritsを率いた全国コンサートツアー「LIVE'85 - '86 HUNGRY」にて遂行されていく。

しかしながら、この悲痛な実験は失敗に終はる。「あの頃の長渕」において、唯一の失敗である。
弾き語りに限界を感じ、時代のロックの流れに身体が反応したこのツアーでは、「愛してるのに」など既発曲のアレンジが、とてもひどいのであつた。
特異な年といふのはこの点においてである。
メロディを外してトーキングブルーズ調にアレンジするのはよいが、ブルーズでなく、トーキングロックになつてしまつてゐて、トーキングロックといふのはありえないので、実にひどいしろものなのであつた(そもロック調で創られた『Hungry』収録曲はとてもよい)。

おそらく、このひどさは、長渕がキャリアで初めて、自分を失くしてしまつたことからくる。
そして、この「無理」に、身体が答へを出した。

1986年1月22日の日本武道館公演を最後に、過労によりダウン。重度の鬱状態のため残り全ての公演をキャンセルしたのであつた。

しかし、このダウンにより長渕は、ポップ、ロックを通過して原点回帰を果たした、「レース」をはじめとする「弾き語り名曲」群を大量に創りあげ、それは『Stay Dream』として結実することになる。

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そして、11月11日には大阪城ホールより『LIVE'86〜'87 STAY DREAM』がスタート。1987年2月25の、再びの大阪城ホールでの「伝説の」追加公演が『LAST CRIME』と題して開催され、見事すぎる復活を遂げた。

さらに、4月10日には主演4作目の連続ドラマ『親子ジグザグ』(TBS系列)が放映開始、8月5日、最高傑作アルバム『LICENSE』をリリース。同年末の第29回日本レコード大賞で、アルバム大賞を獲得する。




by ichiro_ishikawa | 2017-07-09 20:43 | 音楽 | Comments(0)  

長渕剛 バラッドベスト5


9. 花菱にて
(『LICENSE』1987)29.45〜


8.
(『JEEP』1990)


7. シェリー
(『昭和』1989)


6.
(『JAPAN』1991)



5. 俺たちのキャスティング・ミス
(『STAY DREAM』1986)


4. PLEASE AGAIN
(『LICENSE』1987)4.38〜


3. パークハウス 701 in 1985
(『LICENSE』1987)10.04〜


2. Time Goes Around
(『HOLD YOUR LAST CHANCE』1984)9.37〜


1. 何の矛盾もない
(『LICENSE』1987)42.23〜


by ichiro_ishikawa | 2017-07-08 18:51 | 音楽 | Comments(0)  

BOØWYファン分布図


アンチBOØWY、もしくはBOØWY興味なし世代といふのも存在していて、分類すると以下のやうになる。

・BOØWY全盛期の1986〜87年、および1988年のラストギグズから90年代半ば(氷室LA移住、布袋「スリル」でお茶の間に登場する前、主にコンプレックス、ギタリズム期まで)においてすでに25歳を超えていた(すでにいい大人)層
=1969年以前生まれの人間

・氷室=ナルシスト、布袋=強面アニキといふ各ソロ中期以降のキャラ時に初めて氷室と布袋を知つた層
=1980年以降生まれの人間

・インテリゲンチャ

・80年代において洋楽志向のロックファン

・そもクラシックファン

・そもジャズファン

・ハイブロウなサブカルファン
・ロッキングオン系

・女性



では逆にどの層がBOØWYファンかといふと、

・1970年代生まれ(現在38〜47歳)及びその子供(21世紀生まれ、現在ティーン)
・上記のうち地方及び都市郊外在住者
・上記のうち不良
・上記のうち男
・上記のうち歌謡曲ファン

つまり結構限定的である。
しかし各年200万人超えの団塊ジュニア(1971〜74生まれ)を擁する分厚いボリュームゾーンでもある。

団塊世代を擁する1940年代生まれをリアルタイムのコア層とするビートルズに近い。
活動時期も、ビートルズがポップ黄金時代の60年代、かたやBOØWYがバブル80年代といふ、時代の空気も近い。
活動期間もほぼ6年と近い。絶頂期に解散し、メンバーがソロとしても第一線で活躍中といふのも同じ。

違ふ点は、ビートルズは、インテリゲンチャや、洋楽志向のロックファン(ビートルズ自体がそも洋楽だ)、そもクラシックファン、そもジャズファン、ハイブロウなサブカルファン、ロッキングオン系(社長からして超フリークだ)、そして女性からも支持されてゐるところだらう。つまりビートルズはアンチや興味なし層がゐない。これはすげえ。

しかし、アンチがゐると余計に力が高まる(=政治の専売特許、といふか本質)といふこともあるやうに、ファンは選民意識も抱いてゐる。といふのがBOØWYファンが熱狂的であり衰へない理由でもある。
以上。




by ichiro_ishikawa | 2017-06-13 09:50 | 音楽 | Comments(0)