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都道府県名を略してよいかどうかの基準


よく市名、町名しか書かない輩がいるが、その属する都道府県がわからないといふことが結構あることに気づくのはよいことだ。

千葉市、京都市など市名が都道府県名と同じものはよい。盛岡市、前橋市といった県庁所在地も一応常識の範囲と言へるからまだよい。
草津町など名所のある地名はギリだらう。
このあたりは読み手の出身地や居住地、または仕事や趣味の範囲により分かる分からないが左右されるところも多く、主観に委ねられるところだから、一応ギリつちやあギリとしておくのだが、
福崎町、などはダメだ。
柳田國男の出身地だから誰でも知つてゐるだらうといふのは驕りだ。

つまり、その都道府県名を略してよいかどうかの基準は、「国民の8割がその市町村名が属する都道府県名を即答できるか否か」と定めたい。
福崎町の正答率は5割を切るのではないか。
因みに、福崎町で催しがあるから来られたしといふ手紙をもらつた俺は、県名がどこにも書かれてをらず戸惑ひながら「…西だべ? 兵庫的な?」という感じで一応正解したが、即答でなく半信半疑であつたので、福崎町は、上記の基準を満たさない可能性が高いわけである。
以上。

by ichiro_ishikawa | 2018-04-10 12:40 | 日々の泡 | Comments(0)  

知恵ひとつ獲得

前日がえらく暑かつたので、翌日、薄着で外に出たらえれえ寒かつた。
だからその翌日、逆に厚着したら、その日はまたえれえ暑いときた。

生活の知恵:厚着が薄着かは当日の陽気で判断する

by ichiro_ishikawa | 2018-04-08 18:49 | 日々の泡 | Comments(0)  

自問自答


くよくよめそめそプンプンといつたネガティブな感情は、てめえに降りかかつた不都合な何かに対する抵抗、摩擦から生じる。つまり保身である。
生命保守の本能やもしれぬが、そこは考へる葦、悟性で乗り切りたい。

つまり不満や不安や嫉妬、悲しみや怒りといふのは、てめえにばかり執心してゐるから生じるのならば、てめえを一旦離れて、人のために何かを行へばよいのではないか。人のために何かをやつてゐれば、少なくともその最中は、ネガティブな感情に宰領されてゐる場合ではなくなる。

さういふわけで、何か嫌なことが起こり塞ぎ込んでゐるときは、人助けをするがよい。犬でも猫でもよい。


by ichiro_ishikawa | 2018-04-02 20:31 | 日々の泡 | Comments(0)  

とんねるずと俺


氷室に続きとんねるずも引退(みなおか終了)。
カリスマが去つた。



とんねるずは素人時代のTVジョッキーこそ後追いであるが、お笑いスタ誕以来、ピョン吉ロックンロール、オールナイトフジ、コラとん、オールナイトニッポンとリアルタイムでずつと追つてきてをり、みなおかに至つては当然火曜ワイスペでの特番(1〜4)からビデオ保存してゐる。ジャッキーチェン率いる香港サッカーチームがさんま率いる日本のザ・ミイラとの国立競技場で対戦した際に、ミイラに木梨が参加するとなつたら、中学の卒業式を終へたその足で観にも行つた、そこまでのファンである実は。

とんねるずはボウイ吉川長渕と並ぶ中学時代(1984-86)のヒーローなのであつた。それらの共通点は、1984-86年がそのキャリアにおける全盛期であること、未だに現役最前線に居ること、内実的には男つぽさである。
世における俺自身の見え方とは、両性具有の文学少年であらうが、内面はバリバリ硬派の体育会的精神の持ち主で、実際スポーツブリバリである。だからか、さうした男を好む傾向にあるのであつた。いはば矢吹丈の系譜だ。

とんねるずのどこが好きだつたかといふと、ザ・ベストテンで松下アナを石橋が羽交い締めにして木梨がドロップキックするところだつたり、夕やけニャンニャンでおニャン子クラブに切れてセットを壊して途中退場するところだつたり、スタジオ観覧の中高生をボコボコに蹴り飛ばすところだつたり、要は2018年現在においてすべてご法度な、その破天荒な行動である。
そして何より、石橋は帝京の野球部補欠投手で、木梨は同じく帝京の、3年時に全国制覇を遂げたサッカー部の補欠である。石橋の代は帝京にしては弱いチームだつたがそれでも早実と黄金期を築いた時代のピッチャーであり、木梨も補欠とはいへ全国制覇を遂げた代にして、都大会では出場も果たしたほどの、ギリ補欠であり、つまり全国レベルのスキルを持つ選手であつた。
そこが好きだ。

とはいへ本当に好きだつたのは昭和までで、1990年以降、生ダラが始まつた辺りからは全く見ることがなくつた。プロレスは83年、ジャンプは86年で引退したやうにとんねるずも91年まで、長渕は94年、氷室と吉川も96年までで追はなくなつたから、2018年の今の今までずつと追いかけてきたわけではないのだが、「昔入れあげてゐた」人なわけで、要はてめえの青春を懐かしんでゐるだけに過ぎないと言へば過ぎない。しかし「昔入れあげてゐた」人は、どうしたつて一生好きなのであつた。

さうした昔入れあげてゐた人が、ついに引退するといふと、てめえの青春もついに終はり、「余生」が始まつたな、といふ感を改めて思ひしるのであつた。







by ichiro_ishikawa | 2018-04-01 18:58 | お笑い | Comments(0)  

よいしよ氏の客誘導


前に二度ほど書かずにはをれなかつた、配膳時に「よいしよ」と言ふ例のウェイトレスだが、団体客を案内するとき、バレリーナとかのやうに、指を大きく開いた腕を天高く上げ、「こちらへどうぞ!」と誘導してゐることも発覚。



by ichiro_ishikawa | 2018-03-07 14:00 | 日々の泡 | Comments(0)  

中央総武線の落とし穴


中央総武線の電車内の電子掲示板及びアナウンスは、次はどこどこ、とばかりがしきりに掲示され、この電車がどこ行きなのか、車中においては全く分からない。
なぜ車内で行き先の掲示やアナウンスをしないのか、俺はいぶかる。

つまり、たとへば下り電車で三鷹の先まで行きたいなどといふ場合に、うつかり中野行きに乗つたりすると乗り換へが発生して面倒なため、いま乗つてゐるこの電車が果たしてどこまで行くのかが知られれば、早めに何らかの手を打つておけるのに、といふことである。

なるほど、電車のアウトサイドないしホームには掲示されてゐる。つまり乗る前に確認はできる。
しかし急いでゐるときなど(たいてい急いでゐる)ろくに確認せず来た電車に飛び乗ることもままあり、さうするともはやいま己がどこ行きの電車に乗つたのかは、永久に分からないといふシステムがガッチリ組まれてゐる
しかもホームの掲示板は、車内からはどうやつても見えないやうに配置設計もされてゐて、ここまで来ると、一度乗つた奴には是が非でも行き先を知らせたくないのだ、といふ意味不明な意志すら感じる。

車内にも掲示するべし。あるひはアナウンスするべし。英語でもいいから。






by ichiro_ishikawa | 2018-03-01 21:16 | 日々の泡 | Comments(0)  

ジャニーズの客と俺


前にも書いたが、職場がビッグエッグこと東京ドームに近いため、退勤時の電車でジャニーズ帰りとバッティングすることがままある。

中に、見たこともない人間がよくゐるのである。
いやいつも見たことない人間ばかりである。しかし、いつもの彼らを見てもさうは思はない。
いつもの彼らにはどこか共通点があるのだらう。
だがジャニーズの時は、いつもの彼奴等との共通点が見出せない、明らかに初見の輩が居るのである。
これは野球もさうである。

やはりこれだけ数万単位、全国で何百万といふファンのゐる催しには、かうした見たことのない人間が混じるのだな、混じつてゐても不思議はない、いかにてめえがふだん限定された世界で生きてゐるか、といふことを実感するのであつた。




by ichiro_ishikawa | 2018-02-27 22:30 | 日々の泡 | Comments(0)  

太陽と月と俺


我々が居るこの地球は自らぐるぐる回り(自転。一日一回転)、かつ不動の太陽の回りをぐるぐる回つてもゐる(公転。一年で一周)。
これは分かる。

また少し傾いてゐるから、公転の際、太陽に対して仰け反つた状態の時は太陽から遠のくから冬で、前傾になると近づくので夏となる。
これも分かる。

わからないのが、月の満ち欠けである。
そこに見えてる月は三日月だつたり半月だつたり満月だつたり様々で、それはいま月を見ている己が位置と、月への太陽の当たり加減で変化するのだらうといふのは、頭ではわかる。

しかし、いま太陽がどこにあり、それが照らしているところのその月がどう動いていくか、同時にこの地球も動いてゐるが、どのように回転していくのか、どう月への光の当たり加減が変はつていくのか、などなど、咄嗟には分からない。それが俺をイラつかせる。俺は一挙に全てを把握したいのである。

といふのは30年来の悩みで、いよいよかういふのを買つて、常備してゐようと思ふ。
月を見て、「いまかうだ」といふセッティングを都度して確認していく。


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by ichiro_ishikawa | 2018-02-27 17:46 | 日々の泡 | Comments(0)  

ファミレスでの緊張感


以前書いたファミレスの「よいしよ」と言つて膳を置くウェイトレスは、注文のためボタンで呼び出すと、「お呼びでございますか?」とドタドタやつて来るのだが、まるで「はい? 何か問題でも起こりました?」と言はんばかりの、なぜ呼ばれたのか不思議さうな、過度な疑問形を突き刺す。
何かとこちらの心にグッと踏み込んでくるので、たかだかファミレスで若干ドキドキしなければならない。

by ichiro_ishikawa | 2018-02-26 14:13 | 日々の泡 | Comments(0)  

ちよつと待ちますね


「しばらくお待ちください」
といふ定型文があるが、
最近それを、
「ちよつと待ちますね」
に変へているものがあり、
気持ち悪い。

「しばらく」を、親近感を得るためか「ちよつと」と、くだけながらも丁寧さはそのままに、
さらに「待つて」でなく「(こちらが)待つ」と、当人の行為、心情に寄り添はうとする、
さうした視点(主格)のすり替へが、居心地悪い。
待つてと頼むより、待つとして、当人の主体的行為を示す方が好感度があがりますよ、とかしたり顔で言ふ若いディレクター的な輩の悦に入つた表情が浮かぶ。

いやどうもうまく言へない。
待ちます、の視点もさうだが、「ね」が嫌ひなのだ。正確には「ます」につく「ね」が。
これはなんだらうか。
いつか文言化してその嫌悪の正体に迫りたい。




by ichiro_ishikawa | 2018-02-25 17:06 | 日々の泡 | Comments(0)