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ゴトシと夏休みの宿題の関係

ゴトシをためない奴は、
小学生の頃、夏休みの宿題を2月期までに終はらせてゐた傾向がきわめて強いことが、路上調査で明らかになつた。

都内でランダムに100人を抽出。うち「ゴトシをためないか」といふ問いにイエスは65人、ノーは
25人。「フィフティフィフティ」「案件による」が10人。

イエスと答えた65人のうち、「小学生の頃、夏休みの宿題を2月期までに終はらせてゐたか」、との問いには、90%がイエス、「その年による」が10%だつた。

一方、同質問に対しゴトシをためる奴25人のうち100%が「2月期に持ち越してゐた」、「つひに終へたことがない」、と答へた。

これらの結果から、人間は小学生のころから変はらない、といふ結論を得た。




by ichiro_ishikawa | 2019-08-30 15:55 | 日々の泡 | Comments(0)  

考察 なぜ人はある一つのことを終へられないのか

やることが常に2億個あるが、
ここはひとつ、
「ある一つのこと」がなぜ終はらないか、
実際の現場に即して具体的に見てみることで、
問題点を可視化し、打破せむ。


起床。
身支度、掃除、朝食など。
メールチェック。150件アリ。返信は保留。その戦場に実際出向かないとモードが切り替はらないから。
戦場へ。移動中はApple Musicでインスト流しながら趣味の読書。たまにネットニュースもチラチラ。

戦場にて。「ある一つのこと」をやろうと思ふ。
しかしその前に一服。その後トイレ。
さらにもう一服。戦場に戻り、とりあへず「ある一つのこと」とは別の比較的軽いものを処理。

一服。昼食、その後コーヒー。トイレ。一服。

戦場に戻り、「ある一つのこと」をやらねばと思いつつ、そのモードへと慣らすため、別のことを処理。
一服。会議。一服。
戦場に戻り、これは今からやつても終はらないと踏む。明日のスケジュールに組み込むためリスケ。
一服。とりあへず残り時間で別のことを処理。

帰宅。移動中はYouTube。もしくはApple Musicでインスト流しながら趣味の読書。
夕食、風呂、あー明日学校行きたくねえと思ひつつ、Apple Musicをかけながら、睡眠。

といふ具合だ。以後繰り返し。
かういふわけで、「ある一つのこと」は永遠に終はらない。終はつてないことで常に「やばいこんなことしてる場合じやねえ」と不安に苛まれ、基本的に毎日憂鬱。

生まれてこのかた50年間、ずつとこんな感じだ。





by ichiro_ishikawa | 2019-07-23 09:27 | 日々の泡 | Comments(0)  

48の時、あの人は

ついに48歳に。

恒例の、「48の時、あの人は」

を以下に示さん。



小林秀雄

「私の人生観」(1949年、47歳)

「ゴッホの手紙」(1952年、50歳)


池田晶子

死去(生きてれば2008年に48歳)


エルヴィス・プレスリー

死去(生きてれば1983年に48歳)


ジョン・レノン(ザ・ビートルズ)

死去(生きてれば1988年に48歳)


ボブ・ディラン

Oh Mercy(1989年、48歳)


エルヴィス・コステロ

When I Was Cruel(2002年、48歳)


長渕剛

金色のライオン(2004年、48歳) 


サーストン・ムーア(ソニックユース)

Rather Ripped(2006年、48歳)


モリッシー(ザ・スミス)

Ringleader of the Tormentors (2006年、47歳)


マイケル・スタイプ(R.E.M.)

Accelerate(2008年、48歳)


BONO(U2)

No Line on the Horizon (2009年、49歳)


氷室京介

IN THE MOOD(2006年、46歳)

"B"ORDERLESS(2010年、50歳)


布袋寅泰

GUITARHYTHM V(2009年、47歳)


吉川晃司

SAMURAI ROCK(2013年、48歳)



以上のやうに、面白くない。

つまりみな48になる前に、とつくに、

何かを成し遂げてゐるから、

48の時点ではどれもこれももはや余技である。

レノンやプレスリー、池田晶子に至つては、

48になる前に死んでゐる。










by ichiro_ishikawa | 2019-06-07 01:19 | 日々の泡 | Comments(0)  

50年の体得

50年近く朝起きて食つて寝てを繰り返してゐると、自ずと体得されるものといふのはあり、「汚れ取り」と「食事」において、一応の結論めいたものがすでに成立してゐる。

まづ「汚れ取り」とは、具体的には歯磨きや食器洗ひや雑巾がけに於いてであり、その際のコツは、「スピード」であることが決定してゐる。
つまり肝心なのは、強さではなく、小刻みに速く動かすこと、である。歯ブラシ然り、スポンジ然り、雑巾然り。
試しに或るガンコな汚れを強くこすつてみても、なかなか落ちないことが分かるだらう。そこで、力は入れずとも小刻みに、速くこすつてみるがよい。みごとに落ちてゐるはずだ。

次に「食事」とは、提供する、される食事のメニューに於いて何が重要かといふことであり、それは「量」であることが決定してゐるのである。
味でも盛り付けでもない。一汁一菜、栄養バランス的なことに於いても、何を置いてもその「量」が最重要ファクターなのであつた、実は。
いくら美味しからうが、盛り付けにセンスが光らうが、栄養バランスが絶妙だらうが、量を間違へれば全て台無し。量が適切ならば、まづからうが、バランスが偏つてようが、オーケーであるといふか、それは美味いしバランスも整つてゐることなる。

カレーが盛りすぎであれば、どんなに美味であつても最後はゲフゲフとなり、「何か最初は良かつたけど、結果そんなでもなかったな」と呟いてゐる自分に気づくだらう。逆に少なすぎれば、「美味かつたがなんか物足りないな、〆にポテチでも食ふか」と、なる。
それが、量がズバリ適切であれば「最高に美味かつたな」となるわけである。

以上。

by ichiro_ishikawa | 2019-05-28 21:30 | 日々の泡 | Comments(0)  

服は変はる


ペン、手帖、タバコ、ライター、腕時計、ケータイ、の6つが常備グッズで、それぞれ鞄の中に所定の位置を持つてゐる(腕時計は腕に巻く)。

しかし、それらは使用頻度が高く、頻繁に出し入れするため、暫定的に上着の胸ポケやサイドポケ、ズボンのケツポケに収めることが、ままある。そして、そのまま帰宅してしまふことも、やはりままある。
すると、あくる日、鞄の所定の位置にあるべきものがない、といふ事態が発生することになる。服も着替へてゐるため、その時に着てゐる服の中にも当然ない。
「あ、暫定的にあつちの服に入れたのだつた」。

かうした悲劇を回避するため、
「服は変はる」
といふ文言を毎朝唱へてゐる。
この毎朝の緊張感たるや凄まじいものがあり、
これだけでひと仕事分エネルギーを消耗するので、
家を出たときにはすでに、ややクタクタである。
働き方改革の必要を感じる。


by ichiro_ishikawa | 2019-05-16 12:49 | 日々の泡 | Comments(0)  

青年と中年


自分が青年時代であつた頃のことを思ふと「青年時代は不愉快だ」といふゲーテのことばが、実に真実を語つてゐると感じられる。壮年になつてもつと愉快になつたわけではないが、少なくとも青年時代よりはウソのつき方もうまくなつた。青年時代は、イバラの森を裸で歩いてゐるやうなもので、生傷の絶え間がなかつた。着物を着ればよささうなものを、あらゆる着物は虚偽だと信じてゐたから、裸でゐるよりほかはなかつた。そして青年時代の唯一の誇りは「自分は決して人に理解されない」と信じてゐたことだ。
だから、青年の気持ちはわかる、とか、学生諸君の気持ちはわかる、とか言ひ暮らしてゐるお人よしの大人たちを見ると「可哀想に。かれらの唯一の誇りまで奪はうとするなよ」と忠告してやりたくなる。
かういふ点では、今も昔も、青年といふものは格別に変はつたわけではないのである。

発掘原稿「現代青年論 〝弱い父親〟への反逆」三島由紀夫(1969年「京都新聞」「新潟日報」「北國新聞」など。全集未収録)
「新潮」2019年5月号より抜粋


ここで言ふ青年とは、三島の時代から20年後に、長渕剛「お家へかえろう」(1990)において「敗戦直後に生まれた40代は、つまらねえ日本的資本主義を作っちまった」と歌はれた、『Live '89』において「誰それがくっついた、はなれたのってニュースでやってる」「いい歳こいた四十過ぎのおっさん」と語られた、いはゆる団塊の世代。

彼ら「青年」は、中年になつたとき、自らが「あんなおつさんにだけはなりたくない」と指した、まさにそんなおつさんになつてゐた。

そして、新人類から、バブル世代、団塊ジュニア、ロスジェネ、悟り世代、そして現在の平成くんまで含めて、その時々の青年は、必ず「自分は決して人に理解されない」との誇りをもつて不愉快で、のちに例外なく「今時の若者は」「俺が若い頃は」と漏らす中年に成り下がる。

それは、なぜか。人生の重力。
扱ふべきテーマはこれであらうと考へてゐる。



by ichiro_ishikawa | 2019-05-03 15:01 | 文学 | Comments(0)  

商用で東京に戻るも、雨。

商用で東京に戻るも、雨。
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発つた山口は快晴とのこと。
これには黒幕がゐる。


by ichiro_ishikawa | 2019-04-30 12:09 | 日々の泡 | Comments(0)  

山口にて


商用で山口入りも、ピタツと雨。
c0005419_15085095.jpg
これには黒幕がゐる。


by ichiro_ishikawa | 2019-04-29 15:08 | 日々の泡 | Comments(0)  

ユーモアといふこと

人間にとつて、もつとも重要かつ必要なのは金でも名誉でも健康でも芸術でもない。
何だかんだ言つて、ユーモアである、
といふことに思ひ至つてゐる。

ユーモアがあればあらかたうまくいくのではないか。生老病死といふいはゆる四苦、細かくは人の世でのあれこれといつたもの。これらから逃れる術はないが、ユーモアをもつてすれば、乗り切れる。

たとへば他者と大げんかし罵詈雑言を浴びせあつてしまつても、その文言がもしものすげえおもしろいものであつたら、結果、和解できるのではないか。
臨終間際に、ものすげえおもしろいことを思ひついたら、幸せな死を迎へられたことにならないか。

ボルヘスのエッセイ集『続審問』を読んでゐて、さう思ひ至つた。
たとへばオスカー・ワイルドを形容する文はかうだ。

ネクタイと比喩で人を驚かさうといふくだらない目的に身を捧げた紳士


ことの最後に決定的な言葉を口にするために存在する人物



とてつもなくつらいことがあつたとき、この言葉を思ひ浮かべると、苦悶の表情は薄ら笑ひに変はるだらう。





by ichiro_ishikawa | 2019-04-25 11:14 | 文学 | Comments(0)  

忘れ物と俺


俺が忘れ物王であることは、度々書いてきたし、もはや周知の事実だが、実は小林秀雄もさうであつた。

といふことを、新潮社の「webでも考える人」で連載中の池田雅延「随筆 小林秀雄」第55回にて、改めて知つた。池田雅延は「本居宣長」の編集者。

小林秀雄が、加齢で集中力がなくなつて物忘れをしなくなたつた、といふエピソードを紹介してゐる。
ふつう逆かと思ふだらうが、さうではない。集中力があるときは、ある事に集中しすぎて他のことをポンポン忘れる、といふのが小林秀雄の言はんとする意だ。
俺の物忘れもこれであらう。俺の集中力は衰へてはゐない。むしろ高まる一方である。と、忘れ物をするたびに自他に言ひ聞かせてゐる。


余談だが、最近小林秀雄を書いてゐないのは、この連載と「新潮」誌の連載、大澤信亮「小林秀雄」が現行動いてゐる以上、書くことがないからだ。
これまでも小林秀雄関連の連載や本は出続けてゐたが、上記二作以外は、読むと反論したい気も起こることがしばしあり、むしろ書く必要に駆られたものだが、件の二作には強い同意と新たな驚きしかない。
「小林秀雄」は第1部が終了し休載中。第2部のスタートが待たれてゐる。

by ichiro_ishikawa | 2019-04-18 14:51 | 日々の泡 | Comments(0)