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ユーミン ディスコグラフィ(データまとめ)

何回もやつてるやうな気がするが、要所要所でまとめておく必要に駆られる。



1972年7月5日

返事はいらない空と海の輝きに向けて 

1973年11月5日

きっと言えるひこうき雲

1973年11月20日

ひこうき雲 



1974年4月20日

やさしさに包まれたなら魔法の鏡 

1974年10月5日

12月の雨/瞳を閉じて 

1974年10月5日

MISSLIM 



1975年2月20日

ルージュの伝言/何もきかないで 

1975年6月20日

COBALT HOUR 


1975年10月5日

あの日にかえりたい/少しだけ片想い 


1976年3月5日

翳りゆく部屋/ベルベット・イースター 


1976年11月20日

The 14th Moon(14番目の月)



1977年5月5日

潮風にちぎれて/消灯飛行 

1977年11月5日

遠い旅路/ナビゲイター 



1978年3月5日

ハルジョオン・ヒメジョオン/罪と罰 

1978年3月5日

紅雀


1978年7月20日

入江の午後3時/静かなまぼろし 

1978年10月5日

埠頭を渡る風/キャサリン 

1978年11月5日

流線形'80



1979年6月20日

帰愁/稲妻の少女 

1979年7月20日

OLIVE 


1979年12月1日

悲しいほどお天気(The Gallery in My Heart) 



1980年3月20日

ESPER/よそゆき顔で 

1980年5月21日

白日夢・DAY DREAM/ためらい 


1980年6月21日

時のないホテル 


1980年8月5日

星のルージュリアン/12階のこいびと 


1980年12月1日

SURF&SNOW 



1981年5月21日

水の中のASIAへ 


1981年6月21日

守ってあげたい/グレイス・スリックの肖像 

1981年11月1日

夕闇をひとり/A HAPPY NEW YEAR 

1981年11月1日

昨晩お会いしましょう 



1982年6月21日

PEARL PIERCE 



1983年2月21日

REINCARNATION 


1983年8月25日

ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ/時をかける少女 

1983年12月1日

VOYAGER 



1984年2月1日

VOYAGER〜日付のない墓標〜/青い船で 


1984年12月1日

NO SIDE



1985年8月1日

メトロポリスの片隅で/パジャマにレインコート 

1985年11月30日

DA・DI・DA 



1986年11月29日

ALARM à la mode 



1987年11月5日

SWEET DREAMS/SATURDAY NIGHT ZONBIES 

1987年12月5日

ダイアモンドダストが消えぬまに (before the DIAMONDDUST fades...) 



1988年11月26日

Delight Slight Light KISS 



1989年6月28日

ANNIVERSARY〜無限にCALLING YOU/ホームワーク 

1989年11月25日

LOVE WARS 



1990年11月23日

天国のドア(THE GATES OF HEAVEN) 



1991年11月22日

DAWN PURPLE 



1992年11月27日

TEARS AND REASONS 



1993年7月26日

真夏の夜の夢/風のスケッチ

1993年11月26日

U-miz



1994年7月27日

Hello, my friend/Good-bye friend 

1994年10月24日

春よ、来い

1994年11月25日

THE DANCING SUN 



1995年2月20日

命の花/砂の惑星(発売中止)

1995年11月13日

輪舞曲/Midnight Scarecrow 

1995年12月1日

KATHMANDU




by ichiro_ishikawa | 2019-05-01 00:13 | 音楽 | Comments(0)  

荒井由実 楽曲ベスト5




18.

卒業写真(COBALT HOUR 1975)



17.

曇り空(ひこうき雲 1973)



16.

瞳を閉じて(MISSLIM 1974)



15.

海を見ていた午後(MISSLIM 1974)



14.

12月の雨(MISSLIM 1974)



13.

COBALT HOUR(COBALT HOUR 1975)



12.

きっと言える(ひこうき雲 1973)



11.

返事はいらない(ひこうき雲 1973)



10.

やさしさに包まれたなら(MISSLIM 1974)



9.

生まれた街で(MISSLIM 1974)



8.

少しだけ片想い(COBALT HOUR 1975)



7.

ルージュの伝言(COBALT HOUR 1975)



6.

あの日にかえりたい(アルバム未収録 1975)



5.

ベルベット・イースター(ひこうき雲 1973)



4.

雨の街を(ひこうき雲 1973)



3.

翳りゆく部屋(アルバム未収録 1976)




2.

ひこうき雲(ひこうき雲 1973)



1.

中央フリーウェイ(14番目の月 1976)





by ichiro_ishikawa | 2019-04-30 22:05 | 音楽 | Comments(0)  

カバーから逆照射して分かつたユーミンの魅力

ユーミンのカバーを聴いて逆に分かつたユーミンの魅力は、

1. アレンジ(松任谷正隆)
2. ミュージシャン(キャラメル・ママ/ティン・パン・アレー、松原正樹、シュガーベイブ)
3. ボーカルのハイトーン
4. 歌詞(描写)
5. ファッション(呉服屋、グラムロック、164cm)
6. ジャケット(多摩美)

中島みゆき、竹内まりや、吉田美奈子、大貫妙子、矢野顕子といつた強者女性ミュージシャンの中でも突出。



by ichiro_ishikawa | 2019-04-29 21:33 | 音楽 | Comments(0)  

ユーミン、1〜2人にしかカバーされてない曲

「ユーミンのカバーされてる曲一覧」から、1〜2人しかカバーしてない曲を編集。下記にアルバムごと年代順に列挙した。曲名のあとの人名はカバーした人。
1〜2人しかカバーしてないだけに自ずとマニアックな選曲になつてゐて、誰やねんといふ人も多い。

ひこうき雲 1973

恋のスーパーパラシューター

タチアーナ



返事はいらない(1st シングル)

一十三十一



MISSLIM 1974

たぶんあなたはむかえに来ない

キャロル・セラ


私のフランソワーズ

大貫妙子



生まれた街で

タチアーナ



旅立つ秋

長谷川きよし、渡辺香津美



COBALT HOUR 1975

花紀行

平川地一丁目、村上ゆき



航海日誌

キャロル・セラ、ティン・パン・アレー



14番目の月 1976

エピローグ(宮本典子のシングル)

yufu


晩夏(ひとりの季節)

秦基博、平原綾香



紅雀 1978

9月には帰らない

麻倉未稀


ハルジョオン ヒメジョオン

(10枚目のシングル)

Dew



罪と罰

(「ハルジョオン ヒメジョオン」のB面)

タチアーナ


残されたもの

岸洋子


白い朝まで

タチアーナ



流線形'80 1978

静かなまぼろし

(11枚目のシングル「入江の午後3時」B面)

m-flo、松本明子


キャサリン

(12枚目のシングル「埠頭を渡る風」B面)

恬妞





OLIVE 1979

帰愁(13枚目のシングル)

研ナオコ



悲しいほどお天気 1979

緑の街に舞い降りて

タチアーナ、ハイ・ファイ・セット


悲しいほどお天気

マイルス・グリフィス



時のないホテル 1979

セシルの週末

aiko、真璃子


時のないホテル

田島貴男



白日夢・DAY DREAM 1980

(15枚目のシングル)

堀江美都子



SURF&SNOW 1980

まぶしい草野球

タチアーナ、拝郷メイコ


人魚になりたい

今井美樹



水の中のASIAへ 1981

KONG NIGHT SIGHT

DJ SASA with ISLAND LOVERS


スラバヤ通りの妹へ

大江千里、元ちとせ



昨晩お会いしましょう 1981

カンナ8号線

松本英子


夕闇をひとり(18枚目のシングル)

CHEMISTRY



PEARL PIERCE 1982

ようこそ輝く時間へ

今井美樹



REINCARNATION 1983

REINCARNATION

テレサ・カルピオ


ずっとそばに

タチアーナ、原田知世


星空の誘惑

ウー・ルーチン



VOYAGER 1983

私を忘れる頃

今井美樹


TYPHOON

小林麻美Port of Notes



NO SIDE 1984

破れた恋の繕し方教えます

小林幸子



DA・DI・DA 1985

もう愛は始まらない

長谷川久美子



ALARM a la mode 1986

Autumn Park

タチアーナ


土曜日は大キライ

諫山実生



ダイアモンドダストが消えぬまに 1987

SWEET DREAMS(22枚目のシングル)

A.S.A.P.、池田綾子


ダイアモンドダストが消えぬ間に

タチアーナ



LOVE WARS 1989

WANDERERS 

小室哲哉(247 DJTK MIX)、松本英子


心ほどいて

タチアーナ長谷川久美子



天国のドア 1990

残暑麗美への曲)

A.S.A.P.


満月のフォーチュン

タチアーナ



DAWN PURPLE 1991

情熱に届かない~Don't Let Me Go

松崎ナオ



TEARS AND REASONS 1992

Carry on

ポーリン・ウィルソン



KATHMANDU 1995

輪舞曲(27枚目のシングル

April



Cowgirl Dreamin 1997

最後の嘘(29枚目のシングル)

オリータ・アダム、ローラ・フィジィ



スユアの波 1997

Sunny day Holiday

ベンチャーズ



acacia  2001

PARTNERSHIP

大地真央



A GIRL IN SUMMER  2006

哀しみのルート

ベンチャーズ


by ichiro_ishikawa | 2019-04-29 13:32 | 音楽 | Comments(0)  

ユーミン カバーされた回数の多い曲ベスト20

ユーミンをなぜとりあげたか、どう消化してゐるか、が気になり、カバーばかり聴いてゐる。

ついでにウィキペディアにて誰が何をカバーしてゐるかの一覧があつたので、excelに取り込んで編集し直し、いろんなソートをかけて多角的にカバリング状況を検証してゐる昨今。

カバーされた回数の多い曲ベスト20を調べてみた。



20位

きっと言える 10人

ひこうき雲 1973



雨音はショパンの調べ 10人

小林麻美 1984(Yuming Composition:FACES 2003)



真夏の夜の夢 10人

U-miz 1993



17位

赤いスイートピー 11人

松田聖子 1982



12月の雨 11人

MISSLIM 1974



まちぶせ 11人

三木聖子(セルフカバー 1996)



16位

冷たい雨 12人

ハイ・ファイ・セット(OLIVE 1979)



15位

ノーサイド 13人

NO SIDE 1984



14位

ベルベット・イースター 14人

ひこうき雲 1973



13位

守ってあげたい 15人

昨晩お会いしましょう 1981


12位

海を見ていた午後 16人

MISSLIM 1974



11位

中央フリーウェイ 17人

14番目の月 1976



10位

Hello, my friend  18人

THE DANCING SUN 1994



8位

恋人がサンタクロース19人

SURF & SNOW 1980



翳りゆく部屋 19人

シングル 1976



6位

ルージュの伝言 20人

COBALT HOUR 1975



春よ、来い 20人

THE DANCING SUN 1994



5位

ひこうき雲 24人

ひこうき雲 1973



4位

「いちご白書」をもう一度 26人

バンバン 1975(Yuming Composition:FACES 2003)


3位

やさしさに包まれたなら 30人

MISSLIM 1974



2位

あの日にかえりたい 33人

シングル 1975



1位

卒業写真 49人

ハイ・ファイ・セット(COBALT HOUR 1975)




22曲中半分以上の12曲が荒井由実時代。提供曲は6曲を占める。

80年代は「恋人がサンタクロース」「守ってあげたい」「ノーサイド」、90年代は「真夏の夜の夢」「Hello, My Friend」「春よ、来い」と自身の曲としては3曲ずつ。最新は1994年。



by ichiro_ishikawa | 2019-04-28 21:51 | 音楽 | Comments(0)  

エレファントカシマシ「翳りゆく部屋」


翳りゆく部屋1976年3月5日)
演奏:ティン・パン・アレー(パイプオルガン: 松任谷正隆、ギター: 鈴木茂、ベース: 細野晴臣、ドラムス: 林立夫)

荒井由実最後のシングル「翳りゆく部屋」が名曲すぎて、カバーまで聴き込んでしまふといふ昨今だが、
ベストオブカバーはエレファントカシマシであつた。






by ichiro_ishikawa | 2019-04-26 01:26 | 音楽 | Comments(0)  

ユーミンの作詞方法

ユーミンといへば、ラブソングだが、ラブソングに興味が無い、むしろ嫌ひである俺が、ラブソングの女王とも言はれるユーミンの、曲はともかくその歌詞を含めての楽曲群にかうも惹かれるのはなぜか。その謎を語りおろし自伝『ルージュの伝言』(角川書店、1982年)によつて明らかにしてみる。


ユーミンは、ラブソングの形を借りて、実はある風景や、一コマのシチュエーションを書きたいだけなのであつた。

ラブソングを書いているとは思ってないの。ラブソングという設定をかりて、もっと他の風景とかをいいたいの。日の光や、水の影や。
本当の意味でのシチュエーションね。人間のかかわりがどうたら、こうたらというシチュエーションじゃなくて、このときの日差しがこうだとか、波の具合がこうだとかいう意味のシチュエーション。瞬間の輝きみたいなこと。
それがラブソングでいったほうが伝わりやすいんじゃないかと無意識に思っているのかもしれない。
(荒井由実と松任谷由実と私)

しかも、その本来書きたいところの風景や一コマのシチュエーション、その描写が、徹底してゐる。それは絵描きでもある彼女の資質による。

書けなかったらスタイルが見つかるまで書くっていうことね。
リンゴ描くんだったら裏まで描けというようなことね。
見えないものを描くっていうことかな。
行間にパワーを持たせるっていうのかな。思い込むしかないんだよね。思い込んでいろんな風景があらわれるとこまで書くわけ。
(マイ・シークレット・ゾーン)

でも、さうしたある瞬間の風景描写だけでは歌詞にならない。だから、その風景やシチュエーションに合はせて、失恋やら片思いやらテーマを設定して紡ぐのだという。

たとえば、雨降りの日にバスの窓ガラスが曇ってるところに字を書いたことが楽しかったということだけ書きたくて、「Good luck and Good bye」という失恋の歌をかいたりしたわけ。
結局なんか一コマいいたかっただけで、失恋というテーマをもってきて書いてるみたい。
歌詞ってテーマをどっかにもたないとダメだから。強烈にあなたが好きだとか、ふられて悲しい、というテーマをもってこないと歌詞にならない。そういうニーズに応えて聴く人にこっちから供給しているわけ。でも私が自分でもっているテーマは違うところにあるという感じなの。
「海を見ていた午後」にしても、誰かと行った思い出にひたって書いているというのはさらさらなくて、ちょっとけむった春の日にガラス越しに海を見たということだけ書きたかったの。自分でいうのはおかしいけど、そういう意味では非常に絵画的だと思う。
この食べかけのケーキがすごく美しいと思ったとしたら、なんで食べかけなんだということをこじつけて歌にしちゃうという感じかな。そうしたら、それを食べた相手がいないとまずいわけだからね。
それとか、地方なんかで真っ暗闇の部屋でツアーの後テレビつけて、疲れてうたた寝して起きたら、ザァーッとなっていたのがいいなと思ったら情事の歌になっちゃったりするかもしれないものね。
だから、たとえば渋谷陽一さんにいつまでも青春の中の恋愛の主人公はやっていられないというふうに書かれても、青春の恋愛の主人公をやろうとしているんじゃないんだもの、私は。四十になってもザーザーのテレビはいいと思うかもしれないし、食べかけのケーキはいいと思うかもしれない、というところは反論しておきたい。
(荒井由実と松任谷由実と私)

さうしたこじつけの物語は、実体験などでは間に合はない。扮装して外を取材することが多いことは「笑っていいとも!」などでも明かしてゐた。曰く「ヤクの売人の様な恰好をして。あ、ヤクルトおばさんのことですよ」

本当は相手はだれでもないの、いつも。
だから女の子たちが聴いたときに、自分の彼氏とかを投影できるかもしれないなと思う。すごく抽象的だと思うよ。
(荒井由実と松任谷由実と私)

実際の恋愛とかそういうことである必要は私にとっては全然ないのね。映像を体験すれば、どういう感情でもそこにのっけていけるから。

「かんらん車」は結局失礼の歌にしちゃっているんだけど、(略)映像だけ強烈にあれば、雪の遊園地という映像が強烈にあると歌になるのね。別に失恋の歌でも、そうじゃない歌でも、なんでもできるの。どういう感情でもいいの。なんでもできるの。
(すてきな映像が歌になる)

それはプロフェッショナルのソングライターとして、受け手のニーズに応えようという意思であつた。
そして、それこそが長く職業として続けていくといふことでもある。

私、今でも女の子にウケようと努力してる。女子校のSのノリが染み付いてるんでしょうね。もっとシリアスに言うと、私は四十になってもアイドル歌手でいたいわけ。三十歳だから熟練の境地へ行こう、なんてことは考えたくない。二十五すぎたら、やっぱり汗かかないとお客は納得してくれないですよ。それに、ステージやってる限りは、いくつになってもキャーッて騒がれたい。
(マイ・シークレット・ゾーン)

ニーズに応えてるんだという意識がないと、作り続けてはいけないみたい。
(心はいつもエバーグリーン)


実話よりもフィクションの方が没入できるし、事実ではないかもしれないが、むしろ真実であるといふことは、ある。
この乾いた感じが、女心や物語、ドラマに興味がない俺のやうな、典型的な男の中の男にも支持される所以かもしれない。


しかし50年も前の音楽に対して、40年近く前の文献を漁つてあれこれ書いてゐるといふのはどうだ。
最近知つたのだから仕方ない。俺にとつてはいまの出来事。





by ichiro_ishikawa | 2019-04-22 09:34 | 音楽 | Comments(0)  

1973〜75年の荒井由実

17歳(立教女学院高校3年)

1971年

加橋かつみ(元ザ・タイガース)へ「愛は突然に…」を提供(作曲は14歳)


18歳(多摩美1年)

1972年7月5日

「返事はいらない」(B面「空と海の輝きに向けて」)リリース

[東芝音楽工業LIBERTYレーベル]

キャッチ・コピーは「★シンガー&ソング・ライター界のスーパー・ヤング・レディー!!」

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19歳(多摩美2年)

1973年5月28日

細野晴臣『HOSONO HOUSE』


1973年9月28日

林パック(TBSラジオ、金曜第2部『林美雄のパックインミュージック』)初登場


1973年11月5日

「きっと言える」(B面「ひこうき雲」) リリース

[東芝EMI/EXPRESSレーベル(以下同)]

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1973年11月20日
『ひこうき雲』 リリース
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[A]ひこうき雲/曇り空/恋のスーパー・パラシューター/空と海の輝きに向けて(album version)/きっと言える

[B]ベルベット・イースター/紙ヒコーキ/雨の街を/返事はいらない(album version)/そのまま/ひこうき雲(short version)

ピアノ:荒井由実/ベース、ガットギター:細野晴臣/キーボード:松任谷正隆/ギター:鈴木茂/ドラム:林立夫/ナイロン・ストリングス・ギター:細野晴臣(A-1,A-5)/パーカッション:松任谷正隆(A-3)、鈴木茂(A-3)、林立夫(A-3,A-5,B-4)、小原礼(B-4)/バンジョー:松任谷正隆(B-5)/フルート:宮沢昭(A-2)/コーラス:松任谷正隆(A-2)、Singers Three(A-3)、荒井由実(B-4)/テナー・サックス:西条孝之介(A-5)/スチール・ギター:駒沢裕城(B-2,B-5)/ハンドクラッピング:レコーディング・スタッフ(B-1)


とにかく、今まで聴いたことがない種類の歌だつた。誰の胸の内にもある世界のことを歌つてゐて、どんな思春期の女の子にも共感できるものだと、男である私にも感じられるのに、これまで一度も歌になつたことがなかつた。しかもそれが、単純なラブソングじやない、心の中のひそかな出来事なんだ。本当に大切なことを、言ひ当ててゐると思つた。

(沼辺信一「ミュージックマガジン」2012年12月号)


1973年暮れ
かまやつひろしらと一緒のコンサートに出演。登場するなり泣き出してメロメロ状態
(沼辺信一「ミュージックマガジン」2012年12月号)


20歳(多摩美3年)

1974年4月5日
新曲「瞳を閉じて」のデモヴァージョンが林パックで紹介される。4月21日、ヤクルトホールでの東京初のコンサート「First Impression」の宣伝も。林はニューシングル「12月の雨」(12月5日発売)をレコードになる以前のテープの段階から繰り返しかけ続ける。

1974年4月13日

シルクホールにてライブ


1974年4月20日

「やさしさに包まれたなら」(B面「魔法の鏡」リリース

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4月21日

ヤクルトホールで東京初のコンサート「First Impression」


1974年6月15日 - 8月6日

『MISSLIM』録音


1974年8月16日

林パック出演



1974年夏
渋谷ジァン・ジァンにて定期的にライブ。最初は昼の部、のちに夜の部、翌75年春ぐらいまで。

1974年8月25日
サマークリスマス。チェックのシャツにジーンズ地のホットパンツ。「ハッピーバースデー」のピアノ伴奏、「ベルベット・イースター」をグランドピアノで生演奏。

1974年10月5日

『MISSLIM』リリース

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[A]生まれた街で/瞳を閉じて/やさしさに包まれたなら(album version) /海を見ていた午後/12月の雨

[B]あなただけのもの /魔法の鏡(album version)/たぶんあなたはむかえに来ない/私のフランソワーズ/旅立つ秋

ドラム:林立夫/ベース、カウベル(A-1):細野晴臣/エレクトリック・ギター:鈴木茂/パーカッション:林立夫(A-1,A-2,A-4,B-1,B-3)、斉藤ノブオ(A-1,B-1)、細野晴臣(A-1,A-5)/フラット・マンドリン:松任谷正隆(B-2)/フルート:清水万紀夫(A-2)/アコースティック・ギター:吉川忠英(A-2,A-3,A-5)、瀬戸龍介(B-5)/12弦ギター:鈴木茂(A-5)、瀬戸龍介(A-3,B-5)/ペダル・スチール・ギター:駒沢裕城(コマコ)(A-3)/コーラス:荒井由実(A-3)、Sugar Babe(A-1,A-2,A-5,B-3)、吉田美奈子(A-1,B-1,B-3)、山下達郎(B-1)、鈴木顕子(B-1)、大貫妙子(B-1)


1974年10月5日

「12月の雨」(B面「瞳を閉じて」)リリース

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バックコーラスに山下達郎、大貫妙子らシュガー・ベイブのメンバーが初参加。

銀座山野楽器でミニコンサート


1974年12月25日
日本青年館での「クリスマスコンサート」にて新曲「ルージュの伝言」披露


21歳(多摩美3〜4年)
1975年1月14日
横浜市民ホールでの「Sky Hills Party vol.1」にて「ルージュの伝言」披露

1975年2月5日
ハイ・ファイ・セット「卒業写真」リリース

1975年2月20日
「ルージュの伝言」リリース
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1975年2月25日
自由が丘のソハラ楽器担当ミニライブ(カラオケ使用)にて「12月の雨」「ルージュの伝言」「何もきかないで」披露

1975年3月1日- 4月25日

『COBALT HOUR』 録音


1975年4月
荒井由実ファンクラブ設立(沼辺信一、会長は高校一年の菊地亜矢)

1975年4月前半
紀伊國屋ホールにて8日連続コンサート

1975年6月20日
『COBALT HOUR』リリース
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COBALT HOUR/卒業写真/花紀行/何もきかないで/ルージュの伝言

航海日誌/CHINESE SOUP/少しだけ片想い/雨のステイション/アフリカへ行きたい


キャラメル・ママはティン・パン・アレーと名前を変へ、しつとりと濡れた抒情的世界から巧妙でドライな演奏になつた。

八王子のユーミン、狭山のハウスでの細野。喧騒から離れて、孤独に心と対話するのが可能だつたのが73年。70年代のはじめの数年間は、曇り空つぽい気分つて言ふのかな、気持ちが晴れない感じつていふのかな、政治の季節が終はつて、どことなく閉塞的な空気になつた。声をあげることもできないで、内向していく時代。『ひこうき雲』や『HOSONO  HOUSE』は、内向するその果てに、心の風景が描かれてゐる感じ。絶叫でもない、プロテストでもない、つぶやきが歌になる。そんな時代が確かにあつた。

(沼辺信一「ミュージックマガジン」2012年12月号)

『ひこうき雲』『MISSLIM』が、思春期のナイーヴすぎる感性の軌跡だとすれば、『COBALT HOUR』は、ブルジョワ女子大生青春暴走日記の趣。

(松山晋也「ミュージックマガジン」2012年12月号)


1975年6月

細野晴臣『トロピカル・ダンディー』


1975年8月1日

バンバン「『いちご白書』をもう一度」(B面「冷たい雨」)リリース


1975年10月5日

「あの日にかえりたい」(B面「 少しだけ片想い」)リリース

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1975年11月26日

ハイ・ファイ・セット「スカイレストラン」(「あの日にかえりたい」の元の歌詞に村井邦彦が曲をつけ、松任谷正隆が編曲


1975年11月26日
林パックに石川セリ、井上陽水、吉田拓郎とともに出演

1975年暮れ
沼辺信一から電話で「ルージュの伝言は好きになれない。ユーミンでなければ書けない曲が聴きたい。次のアルバムでは詞をちゃんと書いてほしい」と忠告され、「次は頑張りまーす」とおどけた調子で答えたあと、「でも、もう昔みたいな詞は書けない」とポツリ(『1974年のサマークリスマス』柳澤健、集英社2016年)

1975年12月

アレンジャー・松任谷正隆と婚約

 


by ichiro_ishikawa | 2019-04-20 13:22 | 音楽 | Comments(0)  

荒井由実と林美雄パック


荒井由実(1972〜76)と松任谷由実(1977〜)では、相当に音楽が異なるが、荒井由実時代においても、ファースト『ひこうき雲』(1973.11)、セカンド『MISSLIM』(1974.11)から『COBALT HOUR』(1975.6)へは、著しい飛躍が見られる。シンガーソングライターからポップアーティストへといふ感触である。優劣はつけられない。土俵が違ふ感じがするから。どちらも最高傑作であることは間違ひなない。

それは、当人が意図してのことであつたことが、山川健一によるインタビュー集『ルージュの伝言』(角川書店、1982年)でわかる。

一枚目、二枚目は私小説ね。『コバルト・アワー』はそういうものが自分でなくなっちゃった気がしたの。
企画物をつくらなきゃという気になって、すごくプロになったアルバムだと思う。(『ルージュの伝言』)

とても納得のいくセリフである。
しかし、いささか衝撃的だつたのは続く次の言葉だ。

それだけにそれまでのマニアは反発を覚えて、私設ファンクラブを解散しちゃったんだよね。(同)

それまでのファンが解散するほど反発を覚えてゐたのだつた。リアルタイムで聴いてゐたら、さういふ感じだつたのかと衝撃を受けた。
なるほど確かに独特のフラジャイルな内省感は薄れたが、それ以上に『COBALT HOUR』は傑作ポップアルバムだと思へる。この変化は圧倒的な進化であると、シュガーベイブも大滝のアメリカンポップ趣味も全て見てきた目(聴いてきた耳)でもつて、一挙に俯瞰できる後世の人間には、さう感じられる。

そして、続くユーミンの発言はかうである。

それまでは、ファンクラブの支持者イコール林美雄パックのファンみたいな感じだったのね。(同)

「林美雄パック」?
唐突に何の説明もなく出てくるこの言葉。
後の文にもなんの説明もないので、調べてみると、

林美雄とはTBSのアナウンサーで、70年に「パックインミュージック」といふ深夜ラジオ番組の第2部を担当し、超マニアックな音楽、映画を紹介してカリスマ的に人気を博してゐた。「林美雄パック」はその愛称である。ユーミンもデビュー直後から積極的に紹介してブレイクのきつかけを作った張本人である、

といふことを知つた。

つまり、カリスマアナウンサー林美雄を通してリスナーは『ひこうき雲』『MISSLIM』のユーミンを知り、入れ込み、私設ファンクラブを作るまでになつて初期のユーミンを支へた。それが『COBALT HOUR』に失望し、多くのファンが去つていつた。しかし、結果的に、初期のマニアより数の上で大幅に上回る新しいファンがつき、ユーミンはスーパースターへと歩みだすことになつた。

「芸術とポピュラリティ」「加齢と表現」、ひいては「思想と実生活」といふテーマの探求がライフワークである俺は、この事態に興味が湧き、早速amazonにて『1974年のサマークリスマス』といふ、「林パック」の全貌が書かれた伝記を買ひ求め、読了。
ユーミンを含め、リスナーや多方面への綿密な取材を元に書かれた良書であつた。
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次稿、デビューから、『COBALT HOUR』までの足跡をまとめ直しながら、ゆつくりじつくり、リアルタイムで追ふ気持ちで、音源を聴いてみることにする。







by ichiro_ishikawa | 2019-04-20 10:01 | 音楽 | Comments(0)  

ユーミンからのニール・サイモン

音楽だけでなくYouTubeで出演テレビ番組を隈なく渉猟するほど相変はらずユーミンに首つたけだが、番組では矢沢栄吉や今野雄二やタモリやさんまなどと愉快なトークを繰り広げてをり、そのベシャリの達者さにも感服してゐる。

あるライブのMCで、歌詞作りのネタにニール・サイモンを読んでゐると言つてゐるのが気になり、早速「日本の古本屋」にて『ニール・サイモン戯曲集1〜6』(揃)をゲットン。
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まづ、件のMCでも挙げてゐた、巻2の「第二章」(←タイトル)の第一幕を読了。
アメリカンな洒落た会話で織り成す喜劇。頗る愉快。しかしこれは舞台やドラマや映画にしてしまふと多分21世紀にはベタすぎてつまらないだらう。戯曲ならではの面白さと言へる。
ユーミンの世界の源泉を見るやうだが、これもこのままでは歌詞にはならない。あくまでエッセンスといふかインスピレーションを得るにとどまつてゐると思へる。

ユーミンの歌詞については原稿を改めん。
キーワードは「風景描写」と「フィクション」。恋愛ソングの女王といふキャッチフレーズは全くの的外れ、といふ骨子になる予感。


by ichiro_ishikawa | 2019-04-14 00:43 | 音楽 | Comments(0)